第30話 イケメンの覚醒

フィリップはもはや打つ手なしの窮状に陥った。


「あの平身低頭は、崇め奉る偶像アイドルを目の前にして、感極まったのだ」


男爵家の三男が妙に事情に詳しいと思ったら、彼の姉が、入信ではない、入会しているそうだ。

ちなみにどっちの会に入信しているのかは、聞かなかった。フィリップの理解力を超越している。無理。


事態は彼の手を離れた。というか、彼の判断力や事態掌握力とか、すべての種類の能力を超えていた。お手上げ。


「イケメンの自覚を持て!」


男子友達からは厳しい言葉をいただいた。


「その年まで、よくものうのうと無自覚風に生きてきたな。その髪の手入れっぷりは、ものすごく念入りじゃないか。一番のセールスポイントをそんなに大事にしているのに、自覚がないとは言わせないぞ」


これは侍女たちが……と言いかけて、フィリップは口をつぐんだ。

いくら貴族とは言え、侍女が山ほどいて、争って令息の髪の手入れをするだなんて家はない。ないらしい。フィリップはやっと気が付いた。


「しかもその髪、背中まであるじゃないか。手入れが大変だろう」


これは侍女たちが……と言いかけて、フィリップは黙った。

彼だって、留学してからは不自由していたのだ。長い髪が邪魔なので結んでいたが、リボンが解けてバラバラに広がってしまい、黄金の髪が夕日に映えてとても美しかった……とか意味の分からない賛辞には胃が痛くなった。三つ編みにしてみたが、剣を力一杯振るった反動で一本にまとめられた髪が太綱のように返ってきて、鼻を強打した。骨折したかと思った。頬と鼻に赤い筋が付いてしまって、翌日、女に平手打ちされたのねと囁かれた。


「そうか。イケメンはつらいな」


例の男爵家の三男に、冷たくグフグフと含み笑いされて、思わずフィリップは怒鳴った。


「違ーう!」


フィリップは一大決心をした。

髪なんか切っちまえばいいのである。


ナイフを取り出した時、王宮の侍女頭の顔が目に浮かんだ。

彼がこの黄金の髪を切ってしまったら、彼女はなんていうだろう。


ばかばかしい。

フィリップは自由になるつもりでここへ来たのだ。


ちょっとザンバラになってしまったが、肩のあたりで切りそろえ、侍女頭に申し訳ないので、切った髪は彼女に上げようと思って箱にしまい込んだ。侍女頭は髪が好きらしい。それが後々とんだ騒ぎになるとは考えもせずに。


「せめてハサミで切ったらよかったのに」

みんなに呆れられたが、決意だけは買ってもらえた。


「男らしくなりたいと言うことなんだな」


あのう、それはそれで少し違うみたいな? これまで男らしくなかったと言いたいんですか?


「いや。というか、例のファンクラブが葬儀をしているらしくて」


「誰の?」


「髪のさ」


その話は聞きたくない。


「でもまあ現実を見た方がいいよね。うかつに振る舞うと、似たような騒ぎが起きるわけだ」


フィリップは実感した。

これまでは守られてきたのだと。


男爵家の三男は、フィリップをつくづく見てこう言った。


「顔ってさ、ただ単にきれいだなって思う顔と、引き込まれて二度見したくなる顔があるよね。お前の顔は、フッと通りすがっても、気が付いてもう一度見たくなる顔なんだよ。どんな種類の美しさか、なんで美しいのか理由を知りたくなる顔なんだ」


「お前……キモいな」


フィリップは決意した。

勉学に励もう。それから自国に帰ってからは、出来ないことを今やろう。

そうだ。例えばアルバイトで家庭教師とか、護衛とか、庭師とか、侍女とか。

ああ、侍女は無理だ。つまり逆の側の仕える立場になってみよう。


彼は、マルク先生のところに出かけて庭師の修行を申し出て、ブレード先生に護衛のアルバイトがないか尋ねた。


マルク先生は白髭の小柄な先生で、庭師より農業をやらないかと誘った。


「地味だから嫌です」


「国が豊かになる」


マルク先生の小さな青い目には夢が詰まっていた。マルク先生は校庭で枝豆とコマツ菜と小麦を育てていた。


めっちゃ地味。


「砂漠でもこれを育てたい」


麦を? 水がないのに? この国は砂漠地帯が多い。


せめてトウモロコシにしたらどうなんだ。


「だが、大昔この辺りには川が流れていた。ずっと砂漠だったわけではないのだよ。地味は肥え、水さえあれば多くの人が暮らしていける。今よりずっと豊かに。国を導く人々が農業に無関心なのが残念だ」


国を導く側としては、グサッとなった。


「君のように農業や施策に興味を持つ若者は珍しいな」


いや、興味、持っていないんですけど。


しかし、フィリップが渋々ながらマルク先生の授業を取ったのは、今よりずっと豊かにと言う言葉だった。


そこには何か魔法のような意味があった。


少しでも前へ。フィリップは、王家の存続の義務があり、守られて暮らしてきたが、甥が生まれた今後はそうではない。自分が前へ進むことで、何かできるかもしれない。


なんでそんな言葉にひかれるのか。


フィリップはよくわからないままブレード先生に護衛の仕事を申し込んだが、今度は説教された。


「いいかね? 君は貴族の御曹司だ」


フィリップはむっとした。おしのびで、王族ではないことになっている。貴族は貴族だが、王家の一員を思えば、御曹司度としてはずっと下である。


「御曹司ではありません。それとも腕がないとでも?」


「違うね。殺す気がないからだよ」


「殺す?」


護衛って、そんなに物騒なの? まあ、殺すこともあるのかも知れないけど。


「いや、本気の殺し合いなんかそうそうあってたまるものか。だけど、自分がケガをしても相手を守るような気持ちは君たちにはないんだよ。貴族の御曹司には。無意識のうちに自分と相手を比べている。君の方が、守るべき相手より身分が高いんじゃないかな。商人の護衛に雇われたとしよう。悪党に襲われた時、どっちの方がケガを甘んじるべきか、判断してしまうだろ? それでは護衛としてはダメだと言っているんだ」


確かに。

ぐう正論。


フィリップは王子だ。

彼が商人を守る護衛になった時、顧客の商人を身を挺して守るだろうか。


それより。フィリップがかすり傷でも受けようものなら、事情の如何を問わず、商人の首が物理で飛ぶ。それダメ、絶対。


フィリップは限界を感じて授業に戻ろうとしたが、例のファンクラブが全員で喪服を着て悲しみに打ちひしがれているところに出くわしてしまった。


「エリック様のあの麗しい髪が……」


大勢がさめざめと泣いていた。


「マルク先生のところに行こうかな」


フィリップは回れ右をして、国を救うことにした。まだ、その方が建設的だ。








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