厨二病男子の実は
toronton
第1話 ノアリス・レイアンはまだ知らない
この私、ノアリス・レイアンの通うクライフ魔法学園は、基本的には品行方正を絵に描いたような真面目な生徒が集う場所だ。
かくいう私も、その例に漏れずクラスの委員長として、学級の秩序を守ることに日々心を砕いている。
だが——そんな学園に、ひときわ浮いた存在がひとりだけいる。
この学園に到底相応しくない、前代未聞の問題児。
「くっ……!」
黒い髪に所々白のメッシュを入れ、左目に眼帯、左手にはぐるぐると包帯を巻いた男子生徒が、教室の隅で突如として呻き声を上げた。
彼は顔を歪め、左目を押さえながら苦しそうにうずくまる。
「リース、大丈夫?」
教壇に立つ先生が心配そうに声をかける。
「すまない……左目に封印している邪竜が暴れているようだ……!」
「それは大変ね。……それで、この魔法式は解けそうかしら?」
黒板を指さすと、リースと呼ばれた男子生徒は荒い息を吐き、震える声で言った。
「今は……邪竜を抑えるのに、全神経を使っている……!」
「そんなに酷いなら、保健室に行く?」
先生が歩み寄り、左肩に手を置こうとすると——
「それ以上近づかない方がいい……左手に封印されたダークドラゴンが……目覚めようとしている……!」
「ドラゴン二体も封印してるの? しかも左半身ばっかり。もっと右側も活用して、バランスよくした方がいいわよ?」
その突っ込みにもどこ吹く風で、彼は再び目を伏せ、魔力が漏れ出している(らしい)左手を抱えた。
この、厨二病全開の男子生徒——リース・ライガット。
間違いなく、クライフ魔法学園随一の問題児だ。
私は思わず深いため息をついた。
委員長として、学級の平穏を守るのは私の責務。
けれど毎日のように、「封印が緩んだ」とか「世界の終焉が迫っている」とか言われていては、さすがに胃がもたない。
「リース君、いい加減にしなさい。授業の妨害はやめてって、何度言えば分かるの」
「授業を妨害しているつもりは無い。だが委員長、君には分からないだろう……この、内に巣食う闇の苦しみが……!」
「分からなくて結構。ていうか、理解したくないわよ」
教室中から、くすくすと笑い声が漏れる。
……結局、いつものパターンだ。
リース・ライガットは間違いなく“問題児”だ。
でも不思議と、彼がいるとクラスに妙な一体感が生まれるのもまた、事実だった。
「ノアリスー、早く更衣室行かないと、訓練遅れちゃうよー!」
黒板を消していた私に向かって、赤髪で背の低い少女がせかせかと手を振りながら声をかけてくる。
「ごめんライラ、すぐ準備するから、ちょっと待ってて」
この子はライラ・ファーレンス。
私の幼馴染であり、このクラスの“妹ポジション”を一手に引き受ける、明るく元気な愛されキャラだ。
私はカバンから訓練用の服を取り出し、講義室を後にする。
更衣室では、ライラがさっそく笑いながら話しかけてきた。
「リース君、今日も絶好調だったね!」
「本人の言い分を信じるなら、“絶不調”でしょ。邪竜が暴れてるらしいし」
「それもそうか。……左目に邪竜で、左手にダークドラゴンだっけ?」
「そう。しかも封印対象の方向性が被りすぎなのよ。封印するにしても、もうちょっとバリエーションなかったの?」
「やっぱり隠れオタク的には気になる?」
「私はオタクじゃない。オタクじゃないけど……普通気になるでしょ」
「気になるねぇ。封印するなら一体だけにしないと、設定がゴチャゴチャになっちゃうよ」
「そうよ。あの調子だと、世界何回崩壊しかけたか分からないわよ」
「他にどんな設定があったっけ?」
「えっと……身体に関してはさっきのに加えて、右目に“魔眼”、右手には“聖なる紋章”だったはず」
「上半身忙しいね」
「実際、右目には変な紋様入ってるけど……あれ、カラコンか何かかしら」
「うーん、特注でそういうの作ってくれるとこあるのかな? こだわりすごいよね」
「でも、その右手の“聖なる紋章”は見た限り何もないのよね」
「あっ、でもね、この間“右手の甲にある小さい黒子”のことを、“聖なる紋章”って言ってたよ?」
「それ、もう何でもありじゃないの……」
「あと独り言も多いよね?」
「一回近くで聞いたことがあるけど、本当に会話してるみたいだったわ」
「へぇー私も聞いてみたいかも」
「本当に見えない何かがいるみたいで怖いわよ」
「でも、そういうキャラだって思って見ると、面白くない?」
「まぁ……確かに。ある意味、貫いてるわよね」
当初は、ことあるごとに授業を妨害してくるリースの言動に、周囲は困惑し、煙たがっていた。
でも今ではすっかり“厨二病キャラ”として認識されていて、彼の言動も一種の恒例行事のように、クラス全体で受け入れている。
「今じゃ、いちいち突っかかるのも、ノアリスだけになっちゃったね」
「私だって、正直もう……半分諦めてるわよ」
苦笑しながら、私は制服の上着を脱いで更衣ロッカーへと押し込んだ。
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