第5話 【人間使い】はお子様ランチが食べたい
夜の公園で保護されてから一週間。
警察病院・小児科病棟。
俺と指揮官ちゃんの病室に、一人の男がやってきた。
「俺は高階。
鋭そうな男だった。
眼光はまるで獲物を狙う鷹。
灰色のコートは威圧感がある程にしっかりとして、体格も良い。
短く切りそろえられた髪は高階という男の職務に対する忠実さを実によく感じさせる。それでいて、心の奥には野心のような、目的のためなら何もかもを捨て去れるような、そんな刺々しさがあった。
そんなものを見たら、どうするべきか。
「ひぅっ」
俺は――
「しらじらしい、ばけものが……」
指揮官ちゃんの小さい呟きは無視する。
「……こんな所で、難しい話もなんだ」
高階という男は目を伏せて、それからこう言った。
「ファミレスにでも行こう。何を食べたい?」
「お子様ランチ!」
ということで、そういうことになった。
ファミレス。
入院着から着換えさせられ、女児服である。
「ふふん」
「二人とも。何が食べたい? お姉ちゃんはお子様ランチだったが……」
ラメラメ、ピンク色、ユニコーン模様。きらきらの女児服である。
俺の趣味ではない。
高階という男が用意したカモフラージュ用の装備だ。
しかし、黒髪清楚美少女幼女に着せてみれば異常に似合う。
12歳という大人が射程圏内に入って来る年齢だと若干の厳しさを感じないわけでもなかったが、しかし、悪くないぞ。あぁ、まったく悪くない。
「おれ……は……おとこ、で……大人で……」
「指揮官ちゃん。可愛い可愛い俺の妹よ」
同じように女児服を着せられ、ふわふわ金髪をツインテールにされてしまった幼女指揮官ちゃん(俺より幼い姿にデザインしたので俺より似合っている)を抱きしめ、俺はその愛らしい耳元でささやいた。
「普通のガキのフリをしろ。生きたまま、肉の塊になりたくなければな」
「ひっ……!」
「どうした?」
高階に何か言おうとする指揮官ちゃんをそっと撫でる。
絞り出すように、指揮官ちゃんは食べたいものを言った。
「ち……ちーず、ちーずいんはんばーぐ……」
「そうか」
「かわいい」
わんぱくな子供らしいカワイイチョイスである。俺は指揮官ちゃんに百点満点の札を出したかったが、それより先に、高階が本題を切り出した。
「まず名前を聞かせてもらおうか。書類では身元不明としか分からなくってな」
「お、おれはこくれんたいいのうぶたい……ひゃっ」
本名を言おうとした指揮官ちゃんのほっぺを甘くつねる。
【人間使い】に接触されたという事実だけで、指揮官ちゃんは怯えた犬みたいに震えて鳴くのをやめた。
「どうした?」
「なんでもないです、高階さん……妹は指揮官ちゃん。私が【髪使い】です」
「……人名ではないな。なるほど、そういう扱いか」
何かを勝手に察したように、高階は目を伏せる。
指揮官という役職で呼ばれる妹、
高階という男は、鋭そうな雰囲気に反して情にあついらしい。
一瞬の沈黙から、俺はそう読み取った。
「名前をやる。今度からは、人間の名前を名乗るといい」
「……おれには、なま……ぅっ」
「お名前、ですか?」
小首をかしげ、指揮官ちゃんを撫でながら尋ねる。
今のは無知な超能力少女らしいカワイイムーブではないだろうか?
「お姉ちゃんは黒、妹ちゃんは白……『高階 黒』と『高階 白』。どうだ、覚えやすいだろう?」
悪くない。
髪色と雰囲気からの雑な命名だが、嫌いではなかった。
「くろ……しろ……」
口の中で、噛み締めるように繰り返す。
人間としての名前。
ここ数十年、馴染みのなかった概念だ。
「キミたちは人間だ。それを忘れないでほしい……どんなことがあっても」
高階はそう言った。
指揮官ちゃん、白と名前を付けられた元成人男性は、抗うように首を振り……俺の長い黒い髪が指先に触れていることに気付いて、言葉にできないままに涙を流した。
俺はそれを気遣うように、抱きしめた。
お子様ランチは美味しかったので泣いて食べた。
ハンバーグとからあげとエビフライとチキンライスと旗ってなんだよ。
神の食べ物か?
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