第4話【出会い】

 マイヨルカの町でひっそりと暮らそう―――陽一はそう決心してはいたが、当面の問題としては宿探しと資金調達が必要だった。

 だが、王都で追放される際に渡されたのはほんのわずかな小銭。まともな旅館に泊まれるほどの金額ではない。仕方なく、町はずれの安宿に数日だけ滞在し、仕事を探すことにする。


 「すみません、ここらで雇い口はありませんか?」


 「あるわけないでしょ。こんな町、雨ばっかで仕事なんかないわよ」


 宿の女将の冷たい言葉が突き刺さる。少なくとも、港の漁師たちは暗い顔ばかりだし、貿易商たちも船を出せず苦境に立たされていると聞く。観光業も壊滅的。町全体が停滞しているようだ。苦しい状況はどこも同じなのだろうと思うと、気が滅入るばかりだ。


 とはいえ、動かなければ始まらない。とにかく外に出て情報を仕入れようと考えた陽一は、その日の昼過ぎ、町の外れにある小さな雑貨屋に寄った。その帰り道――遠くの路地から、かすかに甲高い悲鳴が聞こえてきた。わずかに聞き取れる言葉は「……助け……」だった。


 陽一は思わず息を呑んで耳を澄ます。

 周囲の雨音にかき消されそうだが、確かに誰かが助けを求めている。居ても立ってもいられなくなった彼は、傘代わりにしていたボロ布を放り出し、声のする方向へ走り出した。


 細い路地を抜け、町の郊外へと続く小道へ出ると、そこには黒装束の男たち数名が馬車を取り囲んでいる姿があった。道の真ん中で立ち尽くす若い女性が、彼らに脅されている。


 「あんた、それ以上声を出すんじゃねえ!」


 「きゃあ!助けて!」


 女性は片腕を掴まれ、今にも無理やり馬車に押し込まれそうだった。黒装束の男たちのうち一人が小型のナイフを持ち上げ、彼女を脅している。明らかに盗賊、あるいは人攫いの類だろう。

 陽一は驚きつつも、放っておくわけにもいかないと、勇気を振り絞った。


 「や、やめろ! 何をしてるんだ!」


 突然背後から叫び声を浴びせられた男たちは、一斉にこちらを振り向いた。確かに数は多いが、武器を見る限り寄せ集めの盗賊で、統率も取れていないようだ。

 陽一は恐怖を感じながらも、臆病風に吹かれる自分を懸命に叱咤した。見殺しにするわけにはいかない。


 「てめえ、なんだあ? 冒険者か?」


 「ち、違う! でも、関係ないだろ!」


 その言葉を聞いた盗賊たちは、陽一を嘲笑うように顔を見合わせる。


 「なんだそりゃ? ただの町人かよ? いい度胸だなぁ」 「金もなさそうだし、こいつも攫っちまうか?」


 そう言って二人の男がナイフを構えながら陽一に近づいてくる。陽一の頭は真っ白だ。格闘経験など一切ない。会社員時代にせいぜいやったケンカといえば、学生時代にクラスメイトと軽く揉めた程度。

 だが、逃げるわけにもいかない。女性は恐怖に震えている。彼女を放置して逃げ出したら、一生の後悔になる――。


 そう思った矢先、何かが閃いたように頭をよぎった。そうだ、奇跡的に晴れを呼ぶ“運の良さ”が、自分を助けてくれるかもしれない。根拠のない考えだったが、他にすがるものは何もない。


 「う、うおおおおっ!」


 陽一は気合を入れて飛び出し、無謀にも男に体当たりした。

 予想外の反撃に盗賊の一人がバランスを崩し、その隙に陽一はもう一人を蹴り飛ばした。無我夢中で身体を動かす。思い切り腕を振り回すうちに、ナイフを握った手を叩き落とすことに成功。すると地面に落ちたナイフが泥に埋まり、男たちは慌てて拾おうとするが、なかなか見つからない。


 「くそ、こいつ、意外とやるな!」 「おい、魔法をぶっ放してやれ!」


 盗賊の一人が呪文らしきものを唱え始める。陽一は激しく動揺した。

 魔法なんて使われたらひとたまりもない。ところが、意外なことに、呪文の出だしは不発に終わったようだ。何かがうまくいかなかったのか、その男は「あれ?」と戸惑った声を出している。


 「あ、あれ? なんだ、魔力が乱れてる?」


 「なにやってんだよ!」


 盗賊の仲間が焦りだし、その間隙を突くように陽一は女性の手を取り、急いで逆方向に逃げ出した。相手たちは魔法が使えない混乱から立ち直るのに手間取っている。何とか距離を取ることができそうだ。


 「逃げるぞ、こっち!」


 陽一は町の方へと戻る道を選んだ。幸い盗賊たちは呪文を使おうとしても上手く発動できないようで、追っては来るものの距離が大きくは詰まらない。雨で足場が悪いのもお互いさまだからだ。


 全力疾走でしばらく走った後、陽一と女性は町の方へ隠れるようにして逃げ込んだ。人通りのある場所にたどり着けば、さすがに盗賊たちもこれ以上追ってこなかった。陽一は息を切らしながら、ようやく立ち止まる。


 「だ、大丈夫ですか……!?」


 「は、はい……ありがとうございます……」


 女性はまだ恐怖に捕らわれた様子で肩を震わせている。年の頃は二十歳前後か。明るい茶髪を雨に濡らし、大きな瞳が涙に潤んでいた。

 ドレスというよりは軽装だったが、その生地は上質そうで、身分の低い者ではないようだった。


 「助けていただいて、本当に感謝します。でも……命の危険がありますのに、どうして?」


 「そ、そんなこと、目の前で人が襲われてたら……放っておけないでしょ」


 陽一は肩で息をしながら答えた。女性は目を丸くして、やがて安堵の表情を浮かべる。


 「あなた、ひょっとして冒険者の方ですか?」


 「いや、えっと……まあ、一応そう思われるかもしれないけど……」


 実際はスキルを発現できなかった“偽”冒険者であるなんて言いにくい。

 しかし、女性は陽一に対し、ますます興味を持ったようだ。


 「そうですか……うちの町は今、冒険者さんを求めているんです。よろしければ、改めてお礼をしたいのですが、いかがでしょう?」


 こうして陽一は、盗賊に襲われそうになっていた女性――名を“メル”と名乗る――を救った縁で、彼女の家に案内されることになる。

 まさかこの出会いによって、さらなるピンチに巻き込まれることになろうとは、その時点では陽一は微塵も思っていなかった。

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