第9話「結社の襲撃と選定者の危機」
正午過ぎ、祭りは最高潮を迎えていた。村の広場では伝統的な踊りが披露され、ドランを先頭に村人たちが輪になって踊っていた。観光客も次々と輪に加わり、広場は笑顔と喜びに満ち溢れていた。
俺はルークを連れて昼食を取るため、少し混雑を避けた場所にあるテーブルへと向かった。リリアの特製シチューとパンが振る舞われ、美味しい香りが辺りに漂っていた。
「兄ちゃん、あっちにクロノスじいちゃんがいるよ!」ルークが指さした。
確かに、クロノスは少し離れたテーブルで一人、食事をしていた。しかし、彼の周りには何か不自然な緊張感が漂っているように見えた。
俺は即座に違和感を察知した。クロノスの周りには、何人かの黒っぽい服装の人々が徐々に距離を詰めていた。彼らの動きには明らかな意図が感じられた。
「ルーク、ここで待っていてくれ」俺は立ち上がりながら言った。「すぐ戻る」
ルークが応答する前に、俺は人混みをかき分けて進み始めた。クロノスに近づきながら、黒装束の人々の動きを観察した。彼らは銀翼結社のメンバーだろう。しかし、祭りの人混みの中では確証がない。
クロノスも何かを察知していたようだ。彼は慎重に周囲を見回し、杖をしっかりと握りしめていた。
俺が数歩離れたところまで来た時、突然の衝突が起きた。給仕の少女が大きな鍋を運んでいて、黒装束の男の一人と激しくぶつかった。熱いスープが男の上に降りかかり、男は思わず痛みで叫んだ。
「くっ! 熱い!」
その混乱に乗じて、別の黒装束の者がクロノスに近づき、何かを投げつけようとした。俺は咄嗟に動いた。
「クロノス、気をつけろ!」
俺の警告に、クロノスは素早く身を翻した。投げられた小さな球体——それは魔力を帯びた拘束具だった——が空中で弧を描き、地面に落ちた。球体は地面に触れると同時に開き、半透明の魔法の網が広がったが、クロノスはすでにそこにはいなかった。
周囲は一瞬混乱し、観光客たちは「何が起きた?」「演出の一部?」と騒ぎ始めた。
俺はクロノスの安全を確認すると、黒装束の男たちを追跡した。彼らは群衆の中に紛れ込もうとしていたが、俺の鋭い目は彼らを見失わなかった。
「そこまでだ」
俺は最も近い男の肩を掴んだ。男は振り向き、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「何の話だ?」男は知らないふりをした。「私は観光客だが」
俺は男の胸元を見た。確かに、服の下に銀の羽根のブローチが光っているのが見えた。
「銀翼結社のメンバーだな」俺は低く言った。「おとなしく来るか、それとも力ずくか」
男の表情が変わった。「統合勇者か……」
その瞬間、男は突然、煙玉を投げつけた。白い煙が周囲に広がり、観光客たちの悲鳴が上がった。俺は咄嗟に後ろに飛び、煙を避けた。
「見せ物だ! 心配ない!」村の衛兵が制服を着てあわてて叫んだ。「古代魔法の演出です!」
衛兵たちは素早く観光客を落ち着かせながら、同時に結社のメンバーを追跡し始めた。俺は煙の中から抜け出し、クロノスの元へと急いだ。
「大丈夫か?」
「ああ」クロノスは冷静に答えた。「やはり私を狙ってきたな」
「ルークも危険だ」俺は思い出したように振り向いた。「俺が置いてきた場所に……」
しかし、俺が振り向いた先、ルークがいたはずのテーブルは空になっていた。少年の姿はなかった。
「ルーク!」
俺の心臓が高鳴った。咄嗟に周囲を見回したが、祭りの混乱の中で少年を見つけることは難しかった。
「クロノス、ルークが消えた」
「なに!?」老人の顔から血の気が引いた。「結社の別働隊か……」
二人は即座に行動に移った。俺はサーラとマックスを探し、クロノスは村の長老たちに警戒を呼びかけた。
***
「ルーク!」
俺は村の祭り会場を駆け抜けながら、必死に少年の姿を探していた。頭には最悪の事態が浮かんでいた。銀翼結社がルークを捕らえ、選定者の印を使って門を開こうとしているのではないか——。
遠くからマックスが走ってくるのが見えた。
「アルト! 遺跡で不審な動きがある!」
「ルークはどうした?」
「村の北側で、黒装束の者たちが少年を連れているのを村人が目撃したらしい」
その言葉を聞いて、俺の表情が暗くなった。「遺跡に向かっているのか」
「おそらく。すでに衛兵隊を向かわせている」
俺はマックスに頷き、「フレイヤとクロノスにも知らせてくれ」と言い残し、遺跡の方向へと走り出した。
人混みを素早くかき分け、祭りの会場から離れると、全力で駆けた。遺跡への道は観光客もまばらで、移動は容易だった。しかし、俺の心は焦りで一杯だった。
「ルーク!」
遺跡の入口に近づくと、息を切らし、立ち止まった。周囲を警戒しながら、状況を把握しようとした。
その時、遺跡の奥から、ルークの声が聞こえた。
「離して! 兄ちゃん!」
俺は声のする方向へと駆け出した。神殿区画に向かう途中、倒れている衛兵の姿が目に入った。彼らは気絶しているようだったが、深刻な怪我はなさそうだった。
神殿区画の入口に辿り着くと、俺は一瞬足を止めた。中からは青白い光が漏れ出し、壁に複雑な影を投げかけていた。奥から呪文を唱える声も聞こえる。
俺は深く息を吸い、神殿区画へと足を踏み入れた。
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