第5話「村おこし計画が始まった件について」
アーカディア観光特区の計画が本格的に動き出してから、一週間が経過した。
「これでいいのか?」
俺は大きな羊皮紙に描かれた遺跡周辺の地図を眺めていた。赤線で区切られた「観光エリア」、青で示された「研究専用区域」、そして緑の「安全境界線」。すべて俺が決めた区分けだ。
《センスがありますね、ご主人様》
「嫌味か?」
《いえ、真面目に言っています。かつてのパーティーリーダーとしての才能が出ているのでしょう》
そう言われると少し複雑な気分になる。確かに五年前、俺は魔王討伐の勇者パーティーをまとめ上げた。だがそれはもう前の人生だ。
「アルトさん!」
サーラが資料を抱えて駆け込んできた。彼女は「歴史・文化研究班」という名目で、遺跡の文献解読を担当している。
「古代文字の解読が少し進みました! 入口の銘文には『永遠の門、帰還せし者のみに開かれん』と書かれているようです!」
「へえ、やるじゃないか」
実は俺には「言語解読」のスキルがあり、最初から読めていたのだが、もちろんそんなことは言えない。
「誰が『帰還せし者』なのか、まだわかりませんけど……」
「調査を続けよう。何か手がかりがあるはずだ」
そう言って彼女を励ました。サーラの熱意は村の若者たちにも伝染し、今では「アーカディア研究会」なるものまで結成されていた。
部屋の片隅では、ゼノンが古代の書物らしきものを熱心に調べている。彼の真の目的がどこにあるのか、未だに掴めていないが、妙に兵器の記述に反応するのが気になる。
《あの男、要注意ですね》
(ああ、目を離さないようにしよう)
***
午後、村の広場で全体会議が開かれた。
「皆さん、進捗状況を報告してください」
フレイヤが議事を進行する。王国魔法省次官としての威厳が漂っている。
「宿泊施設の建設は予定通り進んでいます」ドランが報告する。「元・盗賊団の仲間たちも労働力として雇い入れました」
「元・盗賊団?」と誰かが驚いた声を上げる。
「ああ、俺と同じ改心組だ。腕っぷしも強いし、実は大工仕事も得意でな」
その意外な人材活用に、フレイヤも感心した様子だ。
「続いて、特産品開発の進捗は?」
ガルドとメイラのドワーフ夫妻が前に出る。
「これがアーカディアの護符だ!」
ガルドが掲げた金属製のペンダントは、遺跡の模様を模した精巧な作りだった。
「遺跡の外壁から採取した金属の微粒子を混ぜ込んでいる。身につけると幸運が訪れるという触れ込みでどうだ?」
「すばらしいわ!」メイラが続く。「試作品を村の入口で売ってみたところ、もう30個も売れたのよ!」
会議は順調に進み、最後に俺から今後の予定を説明した。
「来週から、遺跡の安全が確認されたエリアで小規模なガイドツアーを試験的に開始します。案内役は希望者を募ります」
説明を終えると、意外にも多くの村人が手を挙げた。彼らの目には活気が宿っている。
(本当に変わっていくんだな、この村は)
会議の後、リリアが近づいてきた。
「アルト、すごいわ。あなたが中心になるだけで、みんな生き生きしてきたわ」
「俺のおかげじゃない。みんな元々やる気があったんだ。きっかけが必要だっただけさ」
「謙遜しなくていいのよ」彼女は優しく微笑んだ。「ところで、庭の薬草園を観光スポットとして開放してほしいって言われたんだけど……」
「嫌なら断っていい。無理する必要はない」
「いいえ、むしろ嬉しいの。夫が残してくれた薬草園、多くの人に見てもらいたいわ」
リリアの目には決意と少しの寂しさが混ざっていた。
***
翌日、俺は遺跡の調査に向かった。
入口の大扉は先日の出来事で開いたままになっている。内部は青白い光が漂い、古代の技術を思わせる装置や壁画が広がっていた。
「ここからが本格調査ですね」
ゼノンとサーラが同行している。サーラは興奮した様子で次々とスケッチを取り、ゼノンは冷静に観察を続けている。
「この壁画、古代アーカディアの暮らしを描いているようです!」サーラが指さす。「空を飛ぶ乗り物や、自動で動く人形まで!」
その通りだった。壁画には高度な文明の様子が描かれている。
「主に三つのエリアに分かれているようですね」ゼノンが言う。「生活区、研究区、そして……この図柄が示すものは……武器庫、でしょうか」
武器庫という言葉に、俺は警戒した。
「まずは生活区を調査しましょう」俺は話題を変えた。「最も安全そうだ」
広間を進むと、かつての住居だったと思われる部屋が並んでいた。家具や調度品は朽ちているものの、壁には美しい装飾が施され、床には複雑な模様が刻まれている。
「素晴らしい……」サーラが感嘆の声を上げる。「これが古代人の暮らしだったのね」
調査を続けるうち、サーラが何かを発見した。
「これは……台所?」
確かに、調理場らしき場所だ。中央には不思議な装置が残っている。
「調理用の魔導器具ではないでしょうか」ゼノンが近づく。「試しに魔力を通してみましょう」
「待って!」
俺の制止も虚しく、ゼノンが装置に手を当てた。小さな光が灯り、装置が唸り始める。
「ゴゴゴゴ……」
「危ない!」
装置から煙が出始め、急激に熱を帯びる。爆発の危険を感じた俺は、反射的に動いた。
(やむを得ない……)
スキル統合『物質変換+熱減衰』
装置に触れると、過剰な魔力の流れが正常化し、熱が急速に冷めていく。
「な、なんだ? 急に収まった……」ゼノンは困惑している。
「運が良かったな」俺はさりげなく手を引っ込めた。「古代の装置は不安定だ。むやみに触れるべきじゃない」
サーラが俺をじっと見ていた。何か気づいたのだろうか。
《またもや能力を使ってしまいましたね》
(最小限だ。気づかれなければいい)
「さて、他のエリアも調査しよう」
俺は先に立って歩き始めた。背後でサーラとゼノンが何か囁き合っているのが気になった。
***
夕方、村に戻ると、予想外の光景が広がっていた。
「いらっしゃい! アーカディア遺跡の護符はいかがですか?」 「本日の宿はあいにくいっぱいですが、リリアさんの家に空きがあります!」 「遺跡写生ツアー、あと三名様募集中です!」
村の入口には小さな屋台が並び、数十人の見知らぬ人々が行き交っている。
「もう観光客が?」
驚いて村長の家に向かうと、ドランが地図を広げて指示を出していた。
「おお、アルト! 見てくれ、噂を聞きつけた冒険者や好奇心旺盛な商人たちが勝手に集まってきているんだ!」
「計画より早すぎるぞ! 安全確認もまだ十分じゃない」
「わかっている。だからこそ、お前の指示が必要なんだ」
ドランの目は輝いていた。彼にとって、村の活性化は長年の夢だったのだろう。
「……わかった。臨時の観光ルートを設定しよう。遺跡の外周部だけにして、内部には立ち入らせないようにする」
俺の指示に、村人たちが素早く動き始めた。
夜、家に戻ると、リリアが訪ねてきた。
「アルト、大変なことになってるわね」
「ああ、予想より早く人が集まってきた」
「うちにも三人の客人が泊まることになったわ。急いで部屋を片付けてきたところ」
彼女は少し疲れた様子だが、どこか嬉しそうでもあった。
「リリア、無理はするな」
「大丈夫よ。久しぶりに家が賑やかになって、悪くないわ」
リリアが去った後、窓から夜の村を見渡した。いつもなら静まり返っている時間だが、今夜は灯りが輝き、人々の話し声が聞こえてくる。
《変わりましたね、この村》
「ああ……」
複雑な気持ちを抱えながらも、俺はこの変化が悪いものではないと感じていた。ただ、この先さらに村が注目を集めることになれば、俺の正体を隠し続けるのは難しくなるだろう。
(本当に、このままでいいのか……)
その問いの答えは、まだ見つからなかった。
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