第5話 侵入


「くっそーっ! むかつくむかつく!」

「むか~? む~か……つ~く~」


関所の番人を思い出してはイライラ頂点である。


今は関所を迂回するように街道に馬を歩かせている最中。

だが、別に関所を通るのを諦めたわけではない。


というのも、関所を通らないと気が遠くなるほど回り道になるし、そもそも道がどこまで続いているかも分からない。

かといって馬車を捨てて無理やり山や川を通って近道するのもちょっと現実的ではない。


どう考えても関所を通る以外に選択肢がない。

ということは、どうやってあの関所を通るかだけど。


一つ目は、大量の金で通してもらう方法。

一番簡単に見えるが、どれだけ要求されるか分からないし、関所の次にまた関所というクソみたいな作りをしていることもよくあり、そうなったら詰む。


二つ目は、陰陽でごまかす作戦。

刻座コクザ花見カケン”は、術対象を聴覚・視覚的に認知されなくなる術だ。

これを上手く使えば、関所を突破できるはず。


ただし陰陽の呪文を術対象に書き込まなきゃいけないので、この術で馬車全体を対象とするのはかなり労力がかかる。

術を使って俺独りで関所に侵入して、過去の使用済み通行許可証をくすねる方が楽そうだ。


「よし、これで行こう。メアフェルは留守番だ」

「るす?」

「”待て”だな」

「あい!」


不法侵入といえば夜……というのは定番ではあるが、花見カケンのおかげで姿を隠す必要がない陰陽士にとっては関係ない。


俺は手早く自分の顔や肌が露出する部分に呪文を書き込んだ。

頭には毛が邪魔で書き込めないので、呪文を書き込んだ包帯を巻く。

服もなるべく文字がつぶれないよう、肌に張り付くようなキツめのものを着た。


「これでよし」

「……」


メアフェルがめっちゃ微妙な表情でこちらを見ている。

まあ、陰陽士以外が見たらすごい変なカッコしてるよな。わかる。


「やめろやめろ、見るな」

「ん~」


俺の顔に細かく書かれた文字が気になるのか、顔を触りに来る。


「メアフェル、ダメだよ、”ダ・メ!”」

「だめ……あい……」


さて、門番が休みに入ってからの方がよかったが、メアフェルにいたずらされんうちにやってしまうか。

仕上げに、背中に呪符を貼って準備完了。


廻円如律令かいえんにょりつりょう、刻座……花見!」


”廻円”は”急急”の逆バージョンだ。

持続力が増す代わりに効果発揮までのタイムラグが大きくなってしまう、接頭辞呪文。

今回のように即効性が求められていない時は便利だ。


あと10分後くらいには効果があらわれるだろう。


「メアフェル、ここで待っててくれ」

「あい!」


元気よく返事したメアフェルは、しかしその後すぐに大きな瞳を丸くして俺を見る。

認識を阻害する呪文は、元々の認識能力が高いほど効果値が大きくなる。

早くも異変に気付いたメアフェルの認識能力は相当高いと思われ……


「ってだから顔に触るのはやめなさい!」


馬車を飛び降りると、ちょっと冷たい風に顔を撫でられる。

早いこと用事を済ませよう。ボヤッとしてたら風邪引きそうだ。



***



なるべく早く事を済ませようと思っていたのだが、何だかんだでもう日没。


番兵は休むことなく見張りを続けているが、どことなく気の抜けた表情をしている。

それも無理はない。

先ほど通った時もそうだったが、この関所には全く通行人がいないのだ。

国境と緩衝領域かんしょうりょういきの間の関所ともなれば、通行人といえば他国からの商人くらいのものだろう。

しかも途中で森を通るこの街道ははっきり言って魔物が多すぎる。

一介の商人が通れるルートではなかろう。


となると、この関所はどちらかというと異国民の侵入を防ぐための役割が強いのかもしれない。


「もしもーし」

「……」


目の前で踊ってみても、声をかけても番兵は何の反応も示さない。

術式はしっかり機能しているようだ。


俺は見張り番が交代する瞬間を見計らい、さっと関所内部に侵入した。

本来ならそこに通行許可証チェックの役人がいるはずなのだが……どこにも見当たらない。

おそらく詰所で休んでいるのだろう。通行人もいないのに書類仕事しても意味ないしな。


詰所の扉を開けると、こもったタバコの香りが鼻をつく。

壁際の長椅子には無造作に脱ぎ捨てられた鎧が転がっており、中央のテーブルに数人の番兵たちが木製カップで酒をあおっていた。


「んでよォ、そいつぁ完ッ全に俺様にビビッてよ。縮こまりながら小便と鼻水垂らして帰っていったってわけよ! ハッハッハッ!」

「えー、マジッスか先輩! 弱いものイジメはかわいそうッスよ~。お金まで取ったくせに~」

「日頃の俺様の働きを考えりゃ金貨一枚なんざ安すぎるくらいだぜ」


昼間の俺を酒のアテにして談笑しとる。

一発くらい殴ってもいい気がするけど、任務の妨げになるような事はしないでおこう。


ここにいてもムカつくだけなので詰所の奥に進む。

目的はもちろん記録書庫だ。そこに行けば過去の許可証の控えがあるはず。

それを入手出来れば、あとは”花見”を使って使用済み印を消すなりでどうとでもなる。


小さな記録書庫に入ると、積もったホコリが舞って出迎えてくれる。


「ごほっ、ごほっ」


役人もここには滅多に用がないのであろう。

これだけ人通りが少ない関所だと当然ともいえるが。


「どれどれ。えーっと、通行許可証」


勝手にロウソクに火をつけ、さっそく書類を物色する。

書類が乱雑に詰まった棚、ホコリ被った机の上も。床に転がった巻物もかき集めて漁った。

が、通行許可証らしきものは一切見つからない。


「……」


記録帳簿を確認してみると、どれもかなり古いものばかりだ。

回収された通行証の控えは一時的には保存されるはずだが、いつかは破棄される。

長く通行人が居なければ、通行証の控えも当然ないのだ。


マズイ。ここまで不人気関所だったとは。


「……?」


帳簿によると、つい3日前にここの関所を通ったやつがいるみたいだ。

しかし、それに該当する通行証の控えは見つからないし、帳簿には通行税を収めた記録もない。


何だこりゃ……記載ミスか?

あるいは……


詳しく調べたいが、”花見”の効果時間もそろそろ限界だ。

一旦帰って作戦を練り直そう。少なくともこれ以上探してもお目当てのものはなさそうだし。


記録書庫を出て詰所に戻ると、番兵どもがまだ楽しく酒を飲んで踊ってやがる。


「そうそう! 本当に綺麗でしたね、カレナちゃん! 伝説の勇者様があんなに可愛い女の子なんて信じられませんねえ」

「何かの間違いで俺に惚れてくれんかねぇ~」

「いえ~、無理ですね。あと100倍イケメンじゃないと」

「てめっ。言いやがったな」


ガキの会話みたいだ……


「でも、こんなに近くでカレナさまを見れるなんて、こんな辺境に飛ばされても我慢して仕事してた甲斐がありましたよ」

「ああ。久々の客がカレナさまとは、目ン玉飛び出たぜ」


……!


カレナがこの関所を……!?



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