坂を上り続ける夢について

世界の半分

            *

 私は坂を上る。息切れがひどいが、決して傾斜がきついわけではない。

 私は急いでいるのだ。どうやら私は何か罪を犯したようで、公になって騒ぎが起こる前に坂を上って逃げなければと思っているらしい。ジェットコースターがてっぺんから落ちるときと同じ気持ちだった。心臓の中身が体から乖離して、随分と後ろの方に置き去りにされてしまったような。抜けてしまった部分を埋めるように筋肉が収縮して胸の中がくすぐったい。


 私は坂を上る。どんなことをしでかしたのか、とても焦っている。

道は車道と歩道に分かれており、間にガードレールがある。車道の方にはぽつぽつと車が走るが、歩道には誰も来ない。ただ坂を上り続ける私がいるだけだ。

 この坂はどこへ伸びているのかわからない。私は急いでいるから、見上げて確認する暇もないのだ。とにかく逃げなければいけない。


 やがてあたりの空気がつんと冷たくなってきた。夜が近づいているのかもしれない。私はどこまで坂を上るんだろう。


 刹那、私の視界に人間の影が映る。誰か坂を下ってきたのだ。

「正直に言った方がいいよ。ちゃんと言えば許してくれるよ」

 友達だった。それだけ言って、私の横を通り過ぎていった。私は止まらず坂を上り続けるが、頭の中では彼女の言ったことがぐるぐると渦を巻いていた。


 車道の信号が突然消える。銀の車の運転手がパニックを起こして突然急停車する。前を走っていたトラックにつっこんだ。

 めらめらと燃える現場の横を私は通り過ぎる。歩道にいても少し熱い。それでも逃げなくてはいけないので、足は止めない。


 今度は街灯が消える。始めはちかちか点滅するだけだったが、すぐに町全体の街灯が消えた。それと同時に夜が訪れる。


 私は坂を上る。夜の海をただ一人泳ぐ。明かりがないので何も見えない。

 どれもこれも全部私が坂を上っているせいだ。私がこんなところにいるからいけないんだ。


 口の中が甘ったるい。舌が乾いて上顎に張り付いている。涙がひとりでに零れてくる。滲んだ景色も相変わらず真っ暗なままだ。 


 私は坂を上る。上り続ける。目を覚ますまで、ずっと。



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坂を上り続ける夢について 世界の半分 @sekainohanbun17

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