『俺はプロラノベ作家なのだが青春ラブコメが書けない ~茨城県で萌え萌えな青春ラブコメが書けないだろうか?俺は恋人と鮟鱇鍋を食べたい~』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

【プロローグ】 ──青春ラブコメが書けない理由(わけ)──

  「萌えって……なんなんだろうな……」   夜の勉強机に肘をつきながら、俺はそっと溜息を吐いた。

 画面に映るのは、真っ白なワード文書と、点滅するカーソルだけ。

 何度目になるのかもわからない。

 毎晩、俺はここで立ち尽くしている。いや、正確には座り尽くしている。

 目の前にはノートパソコン。脳内には、何十人ものヒロイン候補たちが駆け巡る。

 ツンデレ、ヤンデレ、無表情系、ギャル、妹、くのいち、お嬢様、転校生、VTuber。

 だが、キーボードに手を置いた途端──すべてが、消えるのだ。   俺の名前は、久慈川幸喜(くじかわこうき)。

 高校二年生。そして──

 現役書籍化作家だ。   書籍化したのは異世界転移戦国歴史改変ファンタジー『関ヶ原から始める伊達政宗との天下統一』。

 ありがたいことに三巻まで重版がかかり、少しだけ“プロ”としての自覚が芽生え始めた頃だった。

  ──にもかかわらず。

 俺は今、青春ラブコメの一行すら書けずにいた。

  「読んでるラノベは全部、ラブコメなのにな……」   皮肉だ。

 俺は“萌え”が好きで、“青春”に憧れて、ラブコメを書こうとしてるのに、

 なぜか出てくるのは、火縄銃と甲冑と戦国武将たちの熱い魂ばかり。

 そんな自分に、俺は絶望しかけていた。


 


    ***


  「先生。……また神棚に柏手打ってたでしょ?」   呆れたような、でも慣れた声が俺の部屋の引き戸の向こうから聞こえてくる。

 言うまでもない。

 この声の主は──


「歩美。俺は本気なんだよ……“萌え”ってやつに。頼むから、真剣に祈る男を笑わないでくれ」


「いや、笑うでしょ普通。何あれ?“萌え萌えキュンキュンヒロインを我が前に降臨せしめ給え”って……神様も困惑してるよ」


 振り返ると、家事エプロンをつけた幼なじみ──袋田歩美が眉を寄せて俺を見ていた。

 この家に住んでいるのは俺と妹だけだが、隣に住む彼女は“ほぼ家族”だ。

 いや、正確には──

 《俺の青春ラブコメを書けなくしている最大の原因》と言ってもいい。


「先生、じゃなかった……幸喜。あなた、自分の周囲を見てごらん?」


「周囲?」


「この作品のどこに“恋の芽”が生える余地があるのよ」


「……戦国時代には側室文化があったから?」


「現代の話をしろ!!」


 怒鳴りながら歩美は台所へと去っていった。

 鍋からは、グツグツと音を立てて鮟鱇が煮えている。

 今夜は──俺の希望で鮟鱇鍋。

 茨城の冬のソウルフードだ。これを食べないと小説の筆が乗らない。


 だが──俺は知っている。


 歩美は、俺がラブコメを書けない理由を、本当は知っている。


 それは──

 彼女自身が、俺の「理想のヒロイン」に近すぎるからだ。


 だから俺は、筆が止まる。 だから俺は、物語の中で誰とも恋をさせられない。 誰が彼女を超えるんだ? 誰が歩美の強さと優しさを越えられるんだ?

 そんなヒロインを“創作”できるわけがない。


 ──だったら。

 この現実がラブコメになればいいのに。


 


    ***


  俺の部屋の本棚には、三段すべてを埋め尽くす“萌えフィギュア”たちが並ぶ。

 タペストリーには、**お気に入りVTuber†黒薔薇ノ戦姫ちゃん†**のセリフがプリントされている。

 毎晩、夢の中では彼女と告白イベントをしている。

 でも、現実は。


 現実は俺の目の前で、エプロン姿の歩美が言うのだ。


「ねぇ……恋って、そんなに難しいの?」


 


 彼女の何気ないその言葉が、俺の脳と心をぐちゃぐちゃにかき乱す。


 


 ……だから、俺は決めた。


 この茨城県北の田舎町で──

 この、鮟鱇の香りが似合う場所で──

 青春ラブコメを、リアルでやってみようって。


 


 物語の舞台はここだ。

 “萌えの聖地”じゃない、秋葉原でも池袋でもない。

 茨城県で──

 俺は青春ラブコメを書く!


 いや、

 “体験”してみせる──この身を賭して!!


 


 神様、見ていてくれ──

 “萌え萌えキュンキュン”は、ここから始まる。


 青春と、ラブコメと、鮟鱇鍋の物語が──!!

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