第29話 地下へ

 地下会場は、かつての記憶とほとんど変わっていなかった。 コンクリートの湿った匂い。 薄暗い照明。 無言で通される通路の奥に、人間の気配だけが凝縮されている。


 受付の男が剛を見ると、一瞬だけ目を見開いた。 だが何も言わず、ただ無言で頷くと通行証のような札を手渡した。


 「控室は、奥。時間が来たら呼びます」 それだけの事務的な声。 この場所に感情は不要だとでも言うように。


 剛は札を受け取り、静かに歩く。 周囲の視線が剛の背中に集まっているのを感じた。 だが、誰も声をかけてはこない。


 控室に入ると、粗末な椅子と机が置かれただけの空間だった。 剛は椅子に腰かけ、壁を見つめる。 時計はない。 音もない。 ただ、頭の奥に響くような低いうねり――それだけが、会場全体を包んでいた。


 ここでは、すべてが本気だ。 気配ひとつで命が決まる。 “間”も、“それ”も、そして“先の先”も。


 ――この場で出なければ、それは所詮、幻想だ。


 剛は目を閉じ、呼吸を整えた。 自分の内側から、すでに何かが立ち上がりつつあるのを感じていた。


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