第13話 小さなステージで
日曜の午後。商店街の一角にある小さな音楽広場には、春の日差しが優しく差し込んでいた。
人が行き交うなか、スピーカーの前でセッティングをしている僕の手は、少しだけ震えていた。
「ほんとに、ここでやるんだな……」
思わず、呟く。
中学のとき、柚月と音楽室で一緒に弾いたあの曲。もし、あの頃に公の場で歌えたなら。
そんなことを、冗談半分で話した記憶がある。結局ライブなんて実現しなかったけれど、あの日の“夢”だけは、ずっと心に残っていた。
「奏!」
小さな人混みの中から、涼の声が飛ぶ。
「これ、貼っといていいか? 『演奏はすぐ始まります』って」
「うん、頼む。あと、コードの確認も」
「了解。つーか、おまえ本当に変わったなぁ」
「またそれ?」
「いや、なんかさ。前は“うまくやらなきゃ”って力入れてたけど、今は、“ちゃんと届けよう”って感じ。そういうの、聴く方にも伝わるぜ」
「ありがとな」
ギターを構え、軽くチューニングをする。あの頃、柚月と指をそろえながら探したメロディ。ミューと何度も繰り返し練習した記憶。涼が何も言わず見守ってくれた時間。全部が、今日に繋がっている。
「最初の一音、大切に行こう」
マイクの前に立ったとき、風がふわりと頬をなでた。
そして、コードを鳴らす。そのときだった。
「……!」
視線の先、遠くの人波の向こうに、見覚えのある横顔があった。
風間柚月。
風のように軽やかに、でも少しだけ涙を浮かべて立っていた。
驚いて言葉が出ない。でも、僕の指は止まらなかった。
これが、“あのとき”できなかった演奏だ。そして、“今”だからこそ届けたい音だ。
柚月。聞いてくれ。これは、君と一緒に始まった物語の続きを奏でる歌。
ほんの小さなステージだった。でも、僕の中では、確かに世界が広がった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます