第3話

美味しいご飯を―なんて言っていたけれど、結局着いたのはファミレスだった。とはいえ、安くはないファミレス。



「奢るよ。好きなの食べて」


「高校のバイト生が何言ってんの。ちゃんと払うし、なんなら私が出すよ」


「なにそれ。大学の苦学生より自由にできるの多いよ」


「そういうのは貯金して―」


「はいはい。香帆はそういう考えだから窮屈なんだよ」


「…なにそれ」



祐希と話しているとよく感じる。私にはない自由さとか、柔軟な考え方とか。こうしなきゃいけないなんて考え方は今の若者とは分かり合えない。私には年の離れた兄がいるから余計にそう感じてしまうんだと、言い聞かせている。



「高校もさ、今だけじゃん。社会人になったら考えることも背負うことも増えるんだし、今のうちに自由にしとかないと」


「そう思うなら、未来に保険掛けたらいいのに。それこそ背負うものが多くなったらお金こそどうにもならないよ」


「今の時代副業だってあるしどうにかする」


「…そんな甘くないと思うけどな」



でもきっと、これは価値観の問題で。時代も含めた育った環境とか、その人自身のポテンシャルとか、自信とかそういうの。何が悪いわけじゃない。その違いに救われることもきっとある。私がただ、常識と言われた生き方や持論の混じらない正論に勝てるほど、それに背を向けられるほどの自分の自信もない。それだけの、話。



「ドリンク取ってくる。香帆は?」


「まだいいかな。ありがと」



なんとなく、思考がネガティブに流れていく。それが良くないことも、祐希がそういうつもりで話してることもなくただ祐希の強い意志を伝えられただけの話なのも分かってるのに。

――『こんな私だから』。そうやって、思考が沼に落ちていく。



「……ッ」



いつの間にか下を向いていた顔を、わざとらしく大きく上にあげる。ファミレスの席は真上に照明があって、眼の奥が痛くなった。猫背を直すように背筋を伸ばす。

今は。祐希と食事に来ているんだから、美味しくご飯を食べて、自宅で落ち込もう。そう考えて、コップの中にあったオレンジジュースを一気に飲み干す。まだ祐希は戻ってきていないから、一緒に選ぼうと席を立ちあがった。



「あれ、もう飲んだの?」


「うん。食事来る前に、別の飲みたくなって」


「ちゃんと水分取った方がいいもんね。大人は大変だ」


「もう。祐希こそ、ジュースしか選ばないのに何悩んでるの?」


「今って、ジュースのブレンド増えたんだよ。知らないの?」



確かに最近、ジュースを混ぜてるのを見る機会が増えた。ただのおふざけじゃなく、ちゃんと美味しいんだろうけど、私はやっぱりそういうのには手が出せない。悩む祐希を尻目に、私はウーロン茶を注いだ。そして――



「そんなのに悩むなんて真野は子供だね」


「…え?」



知らない声が、祐希を親しげに呼ぶ。



「…なんでいるの」


「夕飯食べに来ただけだけど。顔怖。機嫌悪いの?」


「今悪くなった」



悪態づく祐希に、その人は笑う。ちょっと心配だったけど気にしていないようだったから、祐希と仲が良いのかと思った。祐希の同級生には見えなかったけれど、祐希に私以外の交友関係があって、祐希の態度にも笑ってくれるなんていい友人さんがいてくれてるんだって安心した。邪魔しない様に席に戻ろうとした、その時。



「…あれ?」


「え?」



その人は、私に向かって声をかけてきた。



「この間、大丈夫でした?」


「…え?」



この間。この間って…いつ?



「ちょっと萩野さん、絡まないで」


「いいじゃん。こんな会えるなんて運命すぎるでしょ」


「香帆、席戻ってて」


「でも」


「この人こういう人だから。気にしないで」


「酷くないか?…まあ迷惑かけたいわけじゃないんで。また機会があれば」


「…あはは」



私は、コップを両手で持って、足早に席に戻った。



・真野祐希



「…ちょっと。何絡んでんだよ」


「だから運命かなって。だめ?」


「だめっていうか…」



口ごもる私に、萩野さんはアイスコーヒーを入れると、もう一つアイスカフェオレを注ぎ始める。嫌な予感は、よく当たる。



「…いいの?言わなくて」


「…」


「香帆ちゃんだっけ?」


「……」



嫌だとも、良いとも言わない私に、萩野さんは両手にグラスを持ったまましょうがなさそうに笑った。

嫌だけど、嫌だなんて言いたくない。会わせたくないけど、もしかしたら香帆は会いたいかもしれない。昨日の話は何も聞いていないんだ。これは、香帆を傷つけたくない大義名分の私の自己満足で、本当はまた会わせて惹かれる一端を阻止したい卑怯な自分なのかもしれない。でもそんなのは認めたくない。



「…さっき食事注文したばっかりなんだけどさ」


「え?」


「食事したらしばらくいそうなんだよね。ドリンクバー頼むときって、長くなるから」


「……」


「たまにはコーヒーとか飲んでみなよ。美味しいから」


「…うん」



幸運か、運命に試されているのか。萩野さんは私たちとは反対側の席へと向かっていった。

ため息をついて、もやっとした気持ちのまま、コップに飲み物を注いで席に戻った。



「珍しい。カフェオレ?」


「うん。すすめられた」


「へえ。祐希が人の意見聞くことあるんだ」


「…私をなんだと思ってんの」



食事が届いて、少し口数が減りながらも、その美味しさを口に出しながらお皿を空にした。美味しかったね、なんて話して少しの日常会話をした。知り合いがいるのも気を遣うから帰りにコンビニでスイーツを買ってゆっくりしようと提案すると、香帆は頷いてくれた。

席を立つときに会計をどうするかひと悶着して、結局私が帰りのスイーツ代を担当し、ここは香帆が支払うことになった。

そして、誰に会うこともなく、私たちはファミレスを出る。



「…あ」


「なに?」


「さっきの人、私会ったことある…」


「…」



どこだっけな、なんて香帆は上を見上げていた。カフェオレは確かに美味しかったけれど、コーヒーの苦みが口の中に残っていて。帰りに、とんでもなく甘いスイーツを買おうって決めていた。




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火種が弾けて、世界は回り始める。 @kuon5711

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