第6話 聖女

「街の近くに着いたのは良いけど、早すぎたな」


 一か月もかけて森の奥へ入ったのに、空を飛んで帰ってきたら2時間もかからなかった。まあ、魔物を倒しながら進むのと、何も無い空を飛ぶのとでは違うのだから仕方ない。

 見つからないように、森の中に隠れているが、この辺だと冒険者が薬草を取りに来たり、低ランク冒険者が雑魚魔物を狩りに来たりするので気を付けないと。


「そこのあなた!」


 そう思っていたのに、いきなり声をかけられた。いや、僕以外に誰か居るのかもしれない。それに、僕は魔物にすら見つからないレベルで気配を消しているんだ。例えベテランの冒険者だったとしても、早々に見つける事は出来ないはずだ。


「無視しないでよ。あなた、薬草を採りに来たの? 私、手伝おうか?」


 白い服を着た少女が、僕の方へと真っすぐ進んでくる。どうして見つかったんだろう? とりあえず、殺すか?

 僕は、少女に向けて魔法を使おうと構える。


「怖がらなくても良いわよ。私、こう見えても聖女なの」

「・・・聖女?」


 僕はその単語を聞いて、魔法を使うのを止める。魔王を倒したパーティには、聖女は居なかった。そもそも、聖女が居るという話を聞いたことが無い。つまり、この少女が新しく聖女として目覚めたのだろう。もし、聖女が新しく目覚めたのだとすれば――


「魔王が、この世界に存在するって事の証明だよね?」


 僕は、少女に聞こえないように呟く。言い伝えでは、魔王が世界を混乱に貶める時、勇者と聖女がそれを食い止めるのだという。それは、僕が魔王として世界に認められた証明ともいえる。それに、聖女が脅威になる前に排除できるとなれば、勇者を倒せる確率が上がるというものだ。

 僕は、改めて聖女に向けて魔法を使おうとして、使えなかった。


「あら、あなた魔法使いなの? ごめんなさい、私の近くでは魔法を使う事は出来ないの」

「それなら・・・」


 僕は、直接聖女を剣で斬ればいいと思った。けれど、取り出した剣を掴む僕の腕は震えていた。僕は、貴族たちを殺したあの時から、直接生き物を傷つけることが出来なくなっていたのだ。しかし、魔物なら魔法で攻撃できる。人間も、魔法なら攻撃できるだろう。けど、聖女には魔法が効かない。


「僕は、どうすれば・・・」

「そんなに落ち込む必要無いわ。私が居るもの。その辺の魔物からあなたを守るくらい、何でもないわよ」


 聖女は、勘違いして僕を守ろうとする。僕は世界の敵だというのに、この少女は僕を守ろうというのだ。


「僕は、魔王だ」

「あら、そうなの?」


 僕は何故か素直に魔王であることを白状していた。話した瞬間後悔したが、予想外にも少女の反応は普通だった。


「・・・僕は魔王だぞ?」

「聞こえてたわよ。それで、あなたは何をしていたの?」


 少女は、最初に話しかけて来た時の質問を続ける。


「お前には関係ないことだ。僕に構うな。どこかへ行け」

「そんなわけには行かないわ。だって、私気づいちゃったんですもの。あなた、何に怯えているの?」

「僕は、強い。誰にも、怯えて何ていない!」


 僕は少女の言葉を強く否定する。それが、逆に怯えている証明になるような気がしたが、もう言い放ってしまった。すると少女は、剣を握る僕を怖がることなく近づくと、静かに頭を引き寄せて、自分の胸へと抱く。


「怖がらなくても良いわよ。安心して、私が守ってあげるわ」


 僕は、すごく気持ちが落ち着き、いつの間にか意識を失うのだった。

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