第六章 鬼は外

異教の徒! 五十一鬼タダオキの乱心!!

【アソノカザン】


 トサノサトの港から出ている船に乗って、ツクモたちはヒノモト南端の島へ上陸した。

 そして島の中心部に位置する火山――アソノカザンへと入山する。

 気を抜けば倒れてしまいそうなだる暑さの中を進む四人。

 自然、彼らの間で会話も少なくなり、一刻も早くこの山を抜けたい一心で黙々と足を動かす。

 そのとき彼らを暑さとは別の脅威きょういが襲った。


「アソ示現流じげんりゅう初伝しょでん――四十五鬼よんじゅうごきタダトシ! ちぇぇえすとぉぉぉ!!」

「ヤコウさん、危ないっ!」


 背後に現れた幽冥の百鬼の刃がヤコウの頭を割る寸前、ウズメの破魔の弓矢が大きく開かれたタダトシの口中こうちゅう射貫いぬく。


「どうしたんですか、ヤコウさん。あんな奇声を上げてくる奇襲にもなってない奇襲にやられそうになるなんて。お腹でも痛いんですか?」

「何でもない……悪いな、サル女」

「えっ! ちょ、ちょっと、本当にどうしたんですか?」


 ヤコウの発言にウズメが耳を疑っていた、そのとき――。


「アソ示現流じげんりゅう中伝ちゅうでん――四十七鬼よんじゅうななきフジタカ! ちぇぇえすとぉぉぉ!!」

「二人共、後ろでござる!」


 再び奇声と共に現れた新手あらてをベイジュウの太刀が食い止め、返す刀でこれをほうむる。


「ヤコウさんが変なこと言うから私までやられるところだったじゃないですか!」

「いかがされた、ヤコウ殿。二度も不覚を取るなど貴殿らしくもない」

「…………」

「ヤコウ殿?」


 ヤコウはなおも意気消沈としたままベイジュウの呼び掛けに反応もしない。

 そこに三度みたび響き渡る奇声。


「アソ示現流じげんりゅう奥伝おくでん――四十九鬼よんじゅうきゅうきガラシャ! チェェェエストォォォ!!」

「みな油断し過ぎだ」

 

 これはあらかじめ読んでいたツクモが余裕を持って対処する。

 だが、そんなツクモの裏をかいて最後の一人が飛び出してきた。


「アソ示現流じげんりゅう皆伝かいでん――五十一鬼ごじゅういっきタダオキ! ちぇぇえすとぉぉぉ!!」

「貴様もな、ツクモ」


 ツクモが振り返るより早く、タダトシの喉元にヤコウの長刀が突き刺さる。


 示現流の一撃は強力な分、隙が大きく初撃さえ防げれば勝ったも同然である。

 その弱点を複数人による波状攻撃で補うというのが彼らの戦法のようだった。

 四人は背中合わせとなって四方を警戒するも、今度こそは新手はいないようだと分かり安堵あんどする。

 

 場が落ち着いてくると、やはり先程から様子のおかしいヤコウが気がかりになるツクモ・ウズメ・ベイジュウの三人。

 あのヤコウが幾度も繰り返される一本調子の攻撃に遅れを取るという不自然。

 最後の一人こそヤコウが仕留めたが、思えばツクモの窮地きゅうちをヤコウがここまで直接的に助けるのははじめてのことだった。

 それだけならともかく、ヤコウの性格なら恩着せがましく憎まれ口の一つも出てきてもおかしくはない。

 ところがヤコウは不気味なほどに大人しく沈黙している。


「ヤコウ、お主――」

「ちぇぇえすとぉぉぉ!!」


 ツクモの声をさえぎる例の奇声に四人全員が素早く反応するが、今回の奇声のぬしはすでに事切れる寸前のタダオキであった。


「ちぇぇえすとぉぉぉ!! ちぇぇえすとぉぉぉ!! ちぇぇえすとぉぉぉ!!」


 タダオキはツクモたちからかなり離れた位置――山の頂上付近にて何度も刀を地面へと叩きつけていた。

 その狂気的な行動はツクモたちを混乱させ、思わず足を止める。


「あの者はどうしたというのだ?」

「乱心……でござろうか?」

「ふん、放っておけ。じきに消える」

「ま、待ってください……なんか妙な音が聞こえませんか?」


 ウズメに言われて耳をすましてみれば、確かに地鳴りのような音が徐々に大きくなっているのが分かる。

 タダオキの意味不明な攻撃と謎の音、そして今いる場所――四人は何が起きているのかに気付き一気に顔が青ざめた。


「噴火するぞっ! 今すぐ逃げろっ!!」

「ちぇちぇちぇちぇぇえすとぉぉぉ!!」


 ツクモの声で全員が弾かれたように逃げ出したのと、タダオキの最後の一撃が地脈を揺り起こしたのは同時だった。

 地獄の業火ごうかすら生ぬるい灼熱しゃくねつの溶岩から彼らは必死で逃げ、どうにか無事にアソノカザンを下山する。

 そのころにはヤコウの様子がおかしかったことなどはツクモたちの中では完全に忘却の彼方かなただった。


「ふい~間一髪でしたね~」


 汗だくの体を少しでも冷やそうと自分の周囲に風を巻き起こすウズメ。

 心頭滅却しんとうめっきゃくすれば火もまた涼し――とばかりに無表情を貫こうとするツクモとベイジュウだが、気付けば恨めし気な目でウズメを見ていた。

 そんな視線にはまるで気付かず一人だけ涼しい思いをしながらウズメは言う。


「さてさて、次の町はどんなところなんでしょうか?」

「確かサツマノトリデという城塞じょうさい都市でござるな。かなり厳重な警備を敷いていると聞くが、果たしてすんなりと入れるかどうか」


 まさにそのとき彼らの視界に真っ白な城壁と、そこから頭を出す二つの天守が映る。

 すべてをこばむかのような迫力にまれそうになる一方で、ただ一人――ヤコウだけが別の感情を抱いていた。

 郷愁きょうしゅうの情を。


「まさか……またここに戻ってくることになるとはな」


 彼が小さく呟いた言葉は噴火の残響の中にかき消えた。

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