日輪への反逆! イズモのオクニの盲信!!

 百鬼憑きのヤコウ 対 日輪教団三幹部――イズモのオクニ。

 彼らの勝負はたったの一合いちごうにて決着した。


 ウズメはヤコウの長刀――そこから繰り出される技にのみ簡易的な反魂はんごんの術を施す。

 ヤコウの魂そのものに術を仕掛けなかったのは、彼のような危険人物を安易に生き返らせるわけにはいかなかったことが理由である。

 この世の剣技を取り戻したヤコウは脇構えの姿勢のまま突進する。

 その勢いにひるむことなく冷静に矢を撃ち出すオクニ。

 イナバノサバクにて、伏兵の不意討ちよりなおも速く放たれた超速の一矢である。

 ところがヤコウの動きはそんな超速の矢よりさらに速く、オクニの想像をはるかに超越していた。

 飛んでくる矢に対して切り上げでやじりを弾き飛ばすと、一気にオクニの間合いを侵食する。

 そのまま長刀の切っ先は流麗りゅうれいな動作で切り下ろしへと転じた。


「秘剣――逆・つばめ返しっ!!」


 右肩から ももまでを鋭角に斬り裂かれたオクニは仰向けに倒れ込む。

 ヤコウは久しぶりに味わう肉を斬り骨を断つ感触に酔いしれた。


「ははははっ! これだこれ!! やはり魂なんぞを斬るよりもずっと心地いい!」

「は、速すぎる……あまりにも……一体、どうやって……?」

「追い風だよ」


 上機嫌のヤコウはオクニの疑問に端的に答えた。

 後ろ指で示すのは目を閉じ意識を集中させているウズメ。


「そ、そうか。ウズメちゃんの風がぼくの矢の勢いを落とし、きみの動きを加速させた……勝利の女神がきみに微笑んだというわけか。ふふっ。女性にそでにされたのははじめての経験だ。でも意外と悪くない気分だね」


 激痛が全身を襲っている中で穏やかな顔で笑うオクニに、ウズメはそっと近寄る。


「オクニさん……どうして教団のためにそこまで……?」

「ウズメちゃん。ぼくはね、きみと同じようにヤマタノオロチに生まれた村を……このイズモを襲われているんだ」


 オクニの告白に絶句ぜっくするウズメ。オクニは続ける。


「日輪教団ははるか昔から反魂の術を使える才能ある者を探していた。そこで資質のある子どもを見つけると、ヤマタノオロチを使いその子の故郷を襲い、をなくしたところを拾い上げ教団へ依存させる……。もっとも、ぼくはウズメちゃんほどの才能はなかったけどね。期待外れの役立たずだったぼくはここでヤマタノオロチの管理を命じられた。イズモノヤシロの宮司ぐうじ――なんて聞こえはいいけれどていのいい厄介払いだよ。アマテラス様の手元で大事に育てられたきみとは……雲泥うんでいの差さ」

「そこまで知っているなら、なおさらですよ! なんでオクニさんは今でも教団にいるんですか?」

「もちろん何度も復讐を考えたさ。今度はぼくがヤマタノオロチを使って日輪教団をぶっ潰してやろうとね。でも、できなかった。万が一ヤマタノオロチが暴走して、必死の思いで復興させたイズモが滅茶苦茶にされるかもしれないと思うと……怖くて怖くて……ぼくは最後までその恐怖を克服こくふくできなかった。ふふっ。きっとアマテラス様はそんなぼくの心もすべてお見通しだったんだろう。ぼくは教団の言いなりになるしかなかった」

「オクニさん……」

 

 オクニの秘めてきた過去と想いを知り、その上でかける言葉がウズメには思いつかなかった。


「ウズメちゃん。悪いことは言わない。アマテラス様には逆らわないことだ。運命を変えることはできない。あのヤマタノオロチを倒すことが誰にもできないように……」

「ふん、戯言ざれごとだな」


 そのとき沈黙を守っていたヤコウが途端に口を開いた。


「運命なんて言葉にしばられるのは弱い人間だけ。ヤマタノオロチには誰も勝てないだと? ツクモが負けるわけがないだろう」

「……きみはヤマタノオロチの恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだよ」

「貴様こそ知らんのさ。あの男の強さをな」


 そしてヤコウはにやりと笑って言った。


「百人斬りのツクモならあんなヘビごとき、容易たやすく二刀両断しているだろうさ」


 そのとき拝殿へと駆け込んできたのは二人の侍――ツクモとベイジュウ。

 全身に細かい傷を負ってはいるものの致命傷は受けていない様子だった。


「ツクモさん! ベイジュウさん!」

「二人とも無事だったか」

「遅いんだよ……馬鹿どもが。だがまあ、よくあそこから抜け出せたもんだな」

「ヤマタノオロチを倒したことで結界もなくなり、何とか地下から脱出できたでござるよ」


 めいめいに言葉を交わし合う四人。

 その様子をかすみ出した視界に捉えながら、オクニはかすれた笑いをらした。


「まさか……はっ、はははっ……ヤマタノオロチを倒すなんて。なるほど、確かにぼくは弱いだけの人間だったみたいだ」


 ツクモたちはオクニの声に耳を傾ける。

 何人もの死を見てきた彼らには、これがオクニが残す最後の言葉になると分かっていた。


「さっきの言葉は撤回するよ。ウズメちゃん、きみはきみの思うままに生きるといい。きみの道が行き着く先を……ぼくは地獄でのんびり見させてもらうよ」

「はい……はいっ! 私はがんばります。オクニさんの分まで精一杯、生きてみせますっ!」


 オクニはウズメに微笑み返すと、そのまま動かなくなった。


                  ⚔


 ウズメの提案でオクニの死体はイズモノヤシロの境内けいだいにて埋葬まいそうすることにした。

 誰かに見つかる前に逃げるべきだとヤコウは主張したが、ツクモ・ベイジュウもウズメに乗ったことで渋々折れることとなる。

 生まれてからずっと、このイズモの地に縛り付けられる人生だったオクニ。

 それでも、それだからこそ、この場所こそがオクニが最も安らかに眠れるはずだと、ウズメは思った。


 オクニの埋葬がすむと四人はイズモノヤシロを出てさらに西へと歩を進める。

 ちょうど沈みゆく夕日に――巨大な太陽へと向かっていく。

 ウズメは力強く第一歩を踏み出す。

 それは日輪教団と、アマテラスと戦う確固たる決意の表れだった。

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