空腹絶倒! 百度参りのウズメ!!

【オワリノジョウカ】


 オワリノジョウカはヒノモトを統べる大将軍ヨシテルのお膝元ひざもとである。

 ヨシテルは剣豪将軍と異名を取るほどに剣の腕が立ち、そのため今代になってからオワリノジョウカでは一気に剣術が普及した。

 三大道場をはじめとする幾多の剣術道場がのきつらねる――まさに武士の町である。


 そんな武士の町へとやってきた侍たち――ツクモとヤコウ。

 二人の目に飛び込んできたのは、オワリノジョウカの変わり果てた姿だった。

 建物という建物がすべて滅茶苦茶に破壊されている。

 町人の住む長屋から商人の店、職人の工房、武士が日夜 稽古けいこに励む道場に町の象徴たるオワリ城に至るまで。

 一体、オワリノジョウカで何が起こったのか?

 ツクモは町人たちに聞き込みをする。

 その結果、何の前触れもなく町の建物が次々と壊れ出していったというのである。

 さらに一通りの破壊が静まり被害を確認する中で、町中まちじゅうの食料と金品が根こそぎなくなっていることに気付いたとのことだ。

 何者の仕業かは一切不明。下手人げしゅにんの目撃者は一人もいなかった。

 話を聞く限り明らかに人間業ではない。

 この世ならざる者の所業――つまり……。


「どうやらこの町を襲ったのは幽冥の百鬼のようだな」


 ヤコウの言葉にツクモは静かにうなづき返す。


「しかし一つせん。幽冥の百鬼はすべて死人しびと。食料も金も無用のはず」

「確かにな。それに盗みを働くだけなら、こんなに町中で暴れ回る必要もない」


 謎多き襲撃者の行動に頭を悩ませていると、突然、目の前を歩いていた一人の女がその場でバッタリと倒れた。

 慌てて女の方に視線をやるツクモたち。

 何とも派手な緑色の髪をした少女だった。

 巫女服を着ており、額には太陽を模した独特の意匠いしょうの入れ墨がある。

 さらに護身ごしん用だろうか、弓と矢筒やづつとを背に帯びていた。

 ツクモとヤコウが少女の奇天烈きてれつ恰好かっこうに面を食らっていた、次の瞬間――。


『ぐううう~!! ぎゅるるるる~!!』


 少女の腹から町中に聞こえんばかりの音が鳴り響く。

 あまりの大きな音に往来の人々も反応するが、今の町の状況もあり、すぐに視線は散っていった。


「何だ、こいつは?」

「どうやら行き倒れのようだな」


 呆れるヤコウにツクモは簡潔に言葉を返すと、迷いなく自らの最後の食料を差し出した。

 その行動に、今度はツクモに対して呆れてみせるヤコウ。


「おい、正気か? この町には食料がないんだぞ?」

「しかし、このまま放っておくわけにもいくまい」

「武士は食わねど高楊枝たかようじか……。貴様らしいことだ」


 まるで野生の獣のように、ツクモが差し出した握り飯にむしゃぶりつく少女。

 すべて食い尽くした後でようやく正気を取り戻す。


「う……う~ん……はっ! ここはどこ? 私はウズメ!」


 少女――ウズメはどうやら見た目だけでなく、中身もかなり奇天烈らしいとうかがえる第一声。

 それからウズメは真っ直ぐにツクモとヤコウを見て言う。


「ひょっとして、あなたたちが私を助けてくれたんですか?」

「助けたというほどのことでもない」

「ちょっと待て、女! 今、貴様……『あなたたち』と言ったか? まさか俺の姿が見えているのか!?」

「ええ、くっきりはっきり見えますよ。あなた、私より顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


 ヤコウがツクモ以外で自分の姿が見える人間に出会うのは、これが初めてだった。

 どうやら身にまとう巫女服は伊達だてではないらしい。

 ウズメは先程のタクアン和尚おしょうとは違い本物のようだった。

 その一方で彼女はヤコウが霊であることには一切気付いていない。

 どうにもつかみどころのない少女だったが、彼女に霊が見えるというのならば、聞いておかねばならないことがある。


「お主、もしやこの町を襲った者を見なかったか?」

「ええ、見ましたよ。忍者みたいな人たちが食べ物やお金を盗んでいくのを。命令していたのは女の人でした。そういえば、あの人たちもみんな顔色が悪かったですね~」


 意外なところから重要な目撃証言を得ることができた。

 オワリノジョウカを襲撃したのは、やはり幽冥の百鬼――つまりツクモが一度斬り殺した人間たち。


「女まで手にかけていたとは。どこまでも容赦のないやつだ」

「…………まさかな」


 ヤコウの毒舌どくぜつに対し、ツクモは誰にも聞こえないような小声で呟く。

 それから引き続きウズメに問いかけた。


「しかしお主、盗みの現場を見ておきながら何もしなかったのか?」

「だって、しょうがないじゃないですか! 空腹の限界でふらふらだったんですから! この町に来るまでそのへんの木の実とかで何とか食いつないでた状態なんですよ!!」

「サルみたいな女だな……」

「それで盗賊共はどちらへ向かったか分かるか?」

「スズカノトウゲの方へ行ったみたいですけど……もしかして、お二人はあいつらを成敗するおつもりですか?」


 ツクモたちにとって幽冥の百鬼は野放しにしておける相手ではない。

 ウズメの想像とは違うが、結果的には戦うことに変わりはない。

 ツクモが頷くとウズメは拳を固く握って言った。


「それでしたら、この不肖ふしょうウズメも助太刀させてもらいますよ! 一宿一飯の恩、お返しさせてもらいます!」

「一宿の恩は知らんが……」

「いいですか! いいですよね!?」

「拙者は異存ない」

「ふん、好きにしろ」


 ウズメの訳の分からない迫力に押し切られる形で、ツクモもヤコウもしぶしぶ彼女の同行を許す。


「ありがとうございます、愛想あいそのないお侍さんに顔色の悪いお侍さん! えっと……そういえばお二人のお名前は?」

「拙者は百人斬りのツクモ」

「俺は百鬼憑きのヤコウ」

「な、何ですか、その格好いい異名は……! それなら私はえ~と……ひゃく……ひゃく……百度ひゃくど参りのウズメです!」


 こうして百度参りのウズメを加えた一行は盗賊退治へと繰り出すこととなった。

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