無念を断ち斬れ! 破邪の太刀!!
【ムサシノハラ】
タマノウラより北へ数里ほど進むと見えてくる森林。
昼間ですら薄暗さを感じるほど
赤い着物を着た
その足取りには一切の迷いの色はない。
常人ならば
ヤコウにはそんなツクモの
「
そのとき、ツクモはおもむろに立ち止まったかと思うとヤコウの方へ振り返る。
あまりに突然のことに面を食らうヤコウ。
「な、なんだ?」
「お主はもう直接その手で拙者を斬る気はないのか?」
「安心しろ。貴様の
「左様か」
それだけ言うとツクモは前へ向き直り、再び黙々と歩き出した。
ヤコウの答えに何を思ったのか?
そもそも何を考えてこのような問いをしたのか?
ツクモの考えが一切読めないことにヤコウは不気味ささえ覚えていた。
それから二人の間には会話もなく、常人離れの
そこにはやはり今のヤコウと同じく、この世ならざる気配を持った男が待ち構えていた。
「この男が幽冥の百鬼か」
赤黒い肌に藤色の髪。
緑色の着物に身を包んだ浪人風の男だった。
血走った目でこちらを睨みつけている。
「この男の名はトウセン。幽冥の百鬼の
幽冥の百鬼には一鬼から百鬼までの数字が与えられており、数字が大きい者ほど腕が立つ。
百人斬りの侍に対し、幽冥の百鬼の中でも最弱の男をぶつけるという不可解さ。
それに気付いているのかいないのか、普段と寸分違わぬ動きで抜刀するツクモ。
ヤコウは不敵な笑みを浮かべたまま言う。
「それよりもどうだ? 自分が一度殺した相手が目の前にいる気分は?」
「先刻承知」
「ふっ、そうだったな。貴様は俺を見ても少しも驚きはしなかった。殺した相手に何の情もないわけだ」
ヤコウの毒舌にツクモは目を伏したまま沈黙する。
そして、やや間を置いてから口を開いた。
「……逆にお主に問おう。自分を殺した相手が目の前にいるとはいかな気分だ?」
「ふん、その答えは――目の前のそいつに聞いてみろ! やれっ! トウセン!!」
ヤコウの号令と共にツクモへ襲い掛かる一鬼トウセン。
大上段から
しかし、そんなトウセンの全力もツクモにとっては軽いもの。
左の刀でやすやすと弾き返し、相手の体勢が崩れたところへ右の刀を刺し返す。
だがツクモの反撃はトウセンには通じなかった。
文字通りに通じない――霊体のトウセンにツクモの刀は刺さらずすり抜けてしまったのだ。
「――っ!!」
ツクモはたまらず間合いの外まで距離を取る。
「どうだ! 今度こそ絶望したか!? 幽冥の百鬼には貴様の剣技は通用しない!」
少し考えてみればそれもそのはず。
あの世の者にこの世の刃が届かぬのは当然の道理。
これこそがヤコウの謎の自身の裏付けだった。
「百人斬りを達成した貴様でも地獄の鬼は斬れないようだな。ははははっ! おい、何とかいったらどうだ?」
ヤコウは絶望に染まっているだろうツクモの表情をうかがう。
だがツクモの顔は絶望どころか喜色に満ちていた。
「礼を言おう。お主のおかげで拙者は己の剣の限界を知ることができた」
「な、何だとっ!?」
「お主を斬り百人斬りを果たしてから拙者は目標を見失っていた。もはや自分は剣の道を究めたのでは――などと愚かにも思い上がっていた。だがやはりそれは間違いだった。拙者の限界はまだはるか先にある。拙者はまだまだ強くなれる」
ツクモは玉座になど興味はない。
飽くなき挑戦こそがツクモの
ツクモの心に熱き闘志の火が
それは亡者をあるべき場所へ導く送り火のような温かな光――。
「――送り火斬り」
ツクモは一足飛びでトウセンに迫ると、火をまとった刀で
「ぐっ――!」
今度の一撃は確かな手応えをツクモに与え、トウセンの顔も苦痛に
「なっ!」
次に驚くのはヤコウの番だった。
ヤコウが地獄に
地獄の亡者にも通じる必殺剣をツクモはいとも簡単に身につけてしまったのだ。
ヤコウはツクモの絶対的な才能に
「ぐっ……うぅ……うわあああああ!!!」
突如、トウセンの苦しみ方が変わった。
両手で頭を抑え
予想外の事態を前に、ツクモもヤコウも黙って見ていることしかできない。
やがて呻き声が止み、トウセンはゆっくりと体を起こしてツクモたちを見た。
憎しみで血走っていた彼の目は――生気の宿った
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