オパールの少年

白座黒石

オパールの少年・前編

 ひとけのない寂れた公園に、ブランコの軋む音が響いている。一人の少年が、塗料が剥がれて錆びついたブランコを静かにこいでいた。


 その少年の髪と目は鈍い乳白色をしていてわずかに透き通っている。その奥では、微かな虹色の光が煌めいていた。しかし、白く濁っているせいで、その光はほとんど見えない。


 少年は、ブランコをこぐのを止めて空を見上げる。真夏の太陽が、体をジリジリと照り付けていた。


「曇りだったらいいのに」


 少年が小さくつぶやく。


 不意に、どこからか足音が聞こえてきた。反射的に少年はブランコから立ち上がり、茂みの影に隠れる。


 少年が隠れた直後、公園の中にカツカツと警官が入ってきた。


「……ここに寝泊まりしている子供がいるっていう通報を受けてきたはいいが、本当にここにいるんだろうか?」


 それを聞いた少年は、茂みの中で思わず手をぎゅっと握りしめる。


———絶対に見つかっちゃいけない。


 少年は、石のように気配を薄くする。まるで道端に落ちている石ころのように。


 その一方で、警官は公園の中を探索していた。滑り台の後ろ側、ベンチの下、木の上。しかし、誰も見つからない。

 探し始めて十数分が経過した時、警官は針の進んだ時計を見てため息をついた。


「今回の案件もただのデマカセだったか。他にも仕事があるっていうのに、無駄な時間を使わせやがって……」


 そう言いながら、警官は公園の出口に向かう。

 

 徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら、少年は肩の力を抜いた。


 その時、うっかり体のバランスを崩して大きく動いてしまう。茂みに寄りかかって体勢を立て直したが、そのせいで枝が大きく揺れてしまった。


———まずい。いるのがバレる。


 そう思った次の瞬間には、警官が再び公園に戻ってきていた。少年は必死に茂みの中に潜り込もうとする。だが、時すでに遅し。少年は背後から警官に肩を掴まれていた。


 少年は、諦めて茂みの影から出て立ち上がる。その様子を見た警官は、黒い手帳とペンを取り出し、メモを取る準備をした。


 警官は、少年に優しげな声で尋ねる。


「きみ、名前はなんていうの?」

「…………」

「近所の人から、この公園で生活してる子供がいるっていう通報を受けたんだけど、きみのことで合ってるかな?」

「…………」

「……話してくれないとちょっと困るなあ。もしここで話したく無いんだったら、一旦交番に行こうか。そこで話を聞くからね」


 そう言って、警官が少年の手を取ろうとする。少年は、とっさにその場から逃げ出した。


「おい、待ちなさい!」


 警官がそう言いながら、少年を走って追いかける。


 公園を出た少年は、住宅街の中を走る。夏休みの真昼だが、暑すぎるせいで人っ子ひとりいない。


 静かな道路を走りながら、少年は後ろを振り返る。50メートルほど離れたところに、警官が走ってきている姿が見えた。


 少年は走って建物の角を曲がる。曲がった先に何者かがいて、少年は目を見開いた。


 それは可愛らしい顔の少女だった。ちょうど少年と同じくらいの年齢に見える。どこかにいく途中だったのか、手に小さなバックを持ち、綺麗なワンピースを着ていた。なぜかバックの中から、服装に似つかわしくないオカルト本が入っているのが少し気になる。


 角の向こうから急に現れた少年に驚いたのか、少女は驚いて大きく口を開けた。少年はそんな少女に構わず、その横を走り抜けようとする。


 その時、少女が口を開いた。


「ちょっと待って。今あなた、誰かに追われてるの? 警察? それともUFO?」


 少年は、変な二択に怪訝な顔をしつつも、「警官に追われてる」と答える。


「そっか。なんか物を盗んじゃった系で追われてるの?」

「いや、違う」

「そうなんだ〜」


 少女はそう言って、軽く頷く。そして、口元にニヤリと笑みを浮かべて言った。


「ついてきて。私の家まで連れてってあげる。きみの善人面を見たところ、悪いことをしたから追われてるわけじゃなさそうだし」


 そう言って少女は駆け出した。少年も慌ててその後を追いかける。





 何分か走り続け、少女がやっと立ち止まった。目の前には、かわいらしい家がある。


「ここが私の家。今は家に誰もいないはずだから、きみが入っても問題ないはず」


 少女は玄関の鍵を開け、家の中へ入っていった。少年も躊躇いながら少女に続く。


「私の部屋に案内してあげるね。警官がどっかにいくまで、しばらくそこで待っていよう」


 階段を上がり、少女が部屋の扉を開けた。


「うわあ……とってもきれいな部屋」


 その部屋は、まるで宝石の詰まった宝箱のようだった。キラキラした布地のカーテンやベッドが、窓から差し込む陽光を受けてきらめいている。ベッドの上の人形は、純金のような髪で、目にダイヤモンドの輝きを湛えていた。


 ただ、この部屋にあったのはキラキラしたものだけではない。ところどころにオカルト雑誌や謎の紋様が入った金属の円盤が散らばっている。本棚は宇宙人やUFOや超常現象関連の本でぎっしりだ。


 でも、特に目を引くのは、机の上に置かれたいくつかの石だった。石といっても道端に落ちているような石ころではなく、いわゆる宝石と呼ばれる部類のものだ。

 無色透明で不純物のない水晶。カラフルなトルマリン。蜜のような琥珀。そして、虹色の光が揺らめくオパール。


 オパールを見た少年は、無意識に顔を顰めていた。しかし、すぐに少女に悟られまいと表情を消す。少女は少年の顰めた顔に気付かずに微笑んだ。


「えへへ、お母さんと一緒にデザインしたんだ。石はお母さんのコレクションだよ。キラキラ系とオカルト系が混ざってちょっと変な感じになっちゃってるけど、まあそこはしょうがないということで」


 そこで、少女が少年に手を差し出した。


「そういえば、お互い自己紹介がまだだったね。私の名前は綺羅きら。きみの名前は?」

「ボクの名前は……ヒカルだよ」

「へえ〜! いい名前だね!」


 ヒカルは少し嬉しそうに口元を緩めた。


「てか、なんでさっき警官に追いかけられてたの? 物を盗んじゃったわけじゃないんなら、うっかり物を壊しちゃったとか?」


 その瞬間、ヒカルの顔が固くなった。綺羅は慌てて手をふる。


「ごめんごめん。もし言いたくないんなら、全然言わなくていいよ。でも、きみがもし困ってたら、私も力になりたいなって。壊した物の弁償とか、私もお金少しもってるから手伝えるよ」


 ヒカルは、綺羅の目を見た。その瞳はまっすぐで、純粋で、自分のことを本当に考えてくれているように見える。ここ最近久しく見ていなかった、優しくて思いやりのある目だ。


———この子にだったら、本当のことを話してもいいかもしれない。


 ヒカルは、ゆっくりと口を開き、ごく小さな声で言った。


「ボク、実は体がオパールでできてるんだ」

「え、ほんとに!?」


 そう言いながら、綺羅がヒカルの髪をじっと見る。すぐに、綺羅の顔が驚きに染まった。白い髪の中で虹色の光が揺れていることに気付いたようだ。


「見てオパールだってわかるのは髪と目だけだけど、この皮膚の下も全部オパールなんだよ。当然、血液も流れてないし、体も冷たい。ボクは血も涙もない怪物なんだ」

「怪物って……それは言い過ぎだよ」

「いや、それが事実なんだ。今のボクはもう人間じゃない」

「『今の』……?」

「そう。半年前まで、ボクは普通の人間だったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る