アイリス

@2068591

第1話 序章

アイリスのルーツは、コンゴ王国南東部のコルウェジに住んでいたルンダ人であるが、

七代前の高祖父が内戦から逃れるためにザンベジ川源流に近いミオンボ森に隠れているところを奴隷狩りに遭ってヴァージニアに連れて来られた。


以来、代々の祖先はブラウン家の農園で屋外従事者として働いていたが、祖母のベッティーが大工の祖父と結婚すると館の下働き(家内従事者)になった。


母のマリアが生まれて三年後に祖父は屋根から落ちて亡くなったが、その時、ベッティーは館の台所女中に昇格していた為、平屋一戸建ての家内従事者用住居はそのままだった。


 マリアは十歳の頃から家内従事者として雑務に携わり、十九歳で執事のロバ―トと結婚してアイリスを授かった。


然し、ロバートが同じ屋根の下に愛人を同居させた為、産後もマリアはロバートの家には戻らなかった。アイリスはベッティーの家で産まれ、父親の温もりに触れないままマリアと三人で暮らしてきた。


ロバートの家は屋敷東側の芝生に囲われた二階家だったが、マリアがそうであるようにアイリスもその家に入ることはなかった。其処にはロバートの愛人と一つ下の異母姉妹のローズと其の弟が住んで居たからだ。


アイリスは四歳になると、隣家のウィリアムが購入してきた辞書で英語の読み書きを始めた。小学校の教師が使用する教材用の辞書だったが、中古本の「小さい可愛いポケットブ

ック」を読むのには十分だった。


ベッティーもマリアも読み書きは仕事に関係するものに限られていて、アイリスの学習の進捗と伴に上達していった。


館のシャーロットお嬢様も読み書きを習い始めていてベッティーが焼き立てのクッキーを運んで行くと、シャーロットは声を詰まらせて何度もその箇所を繰り返した。


ベッティーがクッキーを入れたバケットとホットミルクを小机に置きながらその箇所を発音すると、女主人のマーガレットはレースの編み手を止めてベッティーを見つめた。


ベッティーはマーガレットの思惟を感じて、「孫娘のアイリスが毎日のように読書しているから、もう!耳にタコができた」と告げた。


 マーガレットはシャーロットより一つ下の子が独学で“読み書き”を学んでいることを知って驚きと感動に打たれ、シャーロットの為に買っていた「くつふたつの物語」をベッティーに渡した。


以来、マーガレットはアイリスの読書の進捗を訪ね…読み終えたことを知るとカブリオレを走らせて、馬車の中からアイリスの顔を覗いては抱きしめたい初動を抑えていた。


ブラウン家の農園から自立した黒人が現れることがマーガレットの夢であったが、その兆候が芽生えていることが嬉しかったからだ。


そして、“何時か、シャーロットと一緒に学ばせたい!”と、マーガレットは逸る気持ちを抑えながら成長するアイリスを見守った。

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