異世界中立宣言-勇者を拒否したら神々の便利屋に!?-

セフェル

1話 中立宣言

 白く眩い空間の中心で、俺はただ一人、立ち尽くしていた。

 目の前には、淡い金色の髪と澄んだ碧眼を持つ女神がいてその美しさと威厳に、思わず息を呑む。

 だが、その微笑みは柔らかく、どこか親しみやすさも感じさせた。


「ようこそ、選ばれし魂よ。あなたには、特別な使命を与えたいのです」

 女神はそう言って、手をそっと差し伸べる。


「私の勇者として人々を救い、混沌を正してほしい。その力も授けましょう」

 まさしく異世界転生にお馴染みの展開だった。

 だが俺は優しく微笑みかけてくる女神の笑顔にどことなく不安を覚えた。

 そこで俺は詳しく事情を尋ねてみることにした。

 女神は少しだけ不思議そうにしながらも、どうして勇者が必要なのかを説明してくれた。

 その話を聞いて俺は勇者という存在が本当にいいものなのか疑わしく思えてきた。


「……お断りします」

 俺は静かに、しかしはっきりと答えた。

 女神は笑みを崩すことなく問いかけてくる。


「どうしてですか? あなたなら誰もが憧れを抱く勇者になれるでしょうに」

「勇者にはなりません。俺は誰かの正義や大義のために命をかけるほどできた人間じゃないです」

 女神はしばし沈黙し、首を傾げる。


「……あなたは面白い選択をしますね。でも、異世界はあなたが思うよりずっと厳しいですよ。少しでも力が欲しいとは思わないのですか?」

「俺は……中立を貫かせてもらいます」

 女神はふっと肩をすくめてみせた。


「そうですか、その中立宣言を承認しましょう。あなたの歩む道が、どこへ辿り着くのか……楽しみにしています」

「その前に少しいいですか?」

 白い光に包まれながら、新たな世界へと送り出されそうになったその瞬間に俺は思わず口を開いた。


§


「ここが女神が言ってた異世界か」

 見慣れぬ部屋の一室、ベッドから降りて鏡の前で自分の姿を確認する。

 若返った姿は十代の頃の自分だ。

 寝室であろう部屋から出ると、ここは二階のようで他にも部屋が三部屋ある。

 他の部屋は家具も何も置いてないまっさらな状態。

 一階へ降りると広々としたリビングと台所がある。

 世界観は中世といったところか。

 この二階建ての家はなんなのかと言われれば俺のマイホームである。

 勇者となるか、それとも魔王となるかを選ばされそうになったのを断り、その代わりに女神様に頼んで身分と持ち家を用意してもらった。


「さて、何をしようか」

 衣食住のすべてが揃っている。

 クローゼットに服は何着かあったし、食料もそれなりに蓄えられている。

 しかも、そこらの貴族が稼ぐよりもたくさんのお金がある。

 なんとまぁ至れり尽くせりではないか。

 知識に関しても一般常識はインストールしてもらっていて生活に支障もないとくれば一生ニートでも問題ないわけだ。

 ただしそれはこの世界が平和であればの話。

 邪神が作り出したダンジョンがあり、ダンジョンが生み出したモンスターがいる。

 基本的にモンスターはダンジョン内にしかいないのだが、ダンジョン内でモンスターが増えすぎると外へと出てきてしまう。

 そのためにダンジョンに潜り、モンスターを狩る冒険者がいる。

 冒険者の中には柄の悪い連中もいれば、冒険者をドロップアウトして犯罪者へと成り下がった者だっている。

 つまりはなんらかしらの防衛手段がなければ今の俺はネギを背負った鴨なわけだ。

 護衛を雇うにしても常にお守りをしてもらわないといけないほどに今の俺は弱い。

 結局は最低限の力は必要だということだ。

 ひっそりと目立たず力をつけて、護衛はおいおいだな。


「まずは冒険者ギルドに行くか」

 我が家があるのはヴァルディア王国の王都エルダリオン。

 王都の端に建てられた我が家は人通りも少なく静かだ。

 街の中心まで歩いて20分ほどで不便もしない。


 歩いていると徐々に人通りが多くなり、街行く人の服装が鎧やらローブなど冒険者然としたものになってくる。

 目的地の重厚感のある三階建ての建物にたどり着いた。

 俺の服装が妙に品のあるもののせいで場違い感が否めないが、どれも似たり寄ったりだったから仕方がない。

 むしろこっちの方が舐められない気もする。

 少しの注目を浴びながら受付へと向かう。


「ようこそ冒険者ギルドエルダリオン支部へ、本日はどのようなご用件でしょうか」

「冒険者登録をお願いしたい」

「……あっ、依頼ではなく登録ですね、畏まりました」

 こんな格好では商人や貴族の遣いとでも間違われたかもな。

 もしかしたら、この登録も金持ちの道楽だなんて思われたりするかもしれない。

 まぁ、それならそれで後ろ盾があると勘違いしてもらえれば下手な手出しはされないだろう。


「こちらに手を翳してもらえますか」

 半透明の玉に手を翳す。

 自動的に魔力を感知して登録するらしい。

 この情報は様々な機関で共有され、もし犯罪なんかに手を染めるととても生きづらい生活が待っている。


「カナエ・ヒイラギ様ですね、確認できました。では冒険者について説明させていただきますので、30分後にこちらに来てくれますか」

 ギルドの端で時間を潰して再び受付に行くと、奥の部屋へと通された。

 そこにはすでに何人かがいて全体的に若い印象を受ける。

 俺も同年代なんだろうが、少し慣れない。

 ギルド職員が部屋に入ってきて一時間ほど講習のようなものがあって冒険者登録することができた。


 その際に、仲間を見つけること、装備を整えること、アイテムをケチらないこと、スキルを獲得することなど、色々とアドバイスがあった。

 仲間に関しては今のところ必要ないと考えている。

 俺は命を大事にのんびりとやっていきたいと思っている。

 しかし、冒険者になる人間の大半は名声か金のどちらかを求めてダンジョンに潜る。

 俺のようなのんびり攻略とはソリが合わない。

 仲間の代わりに残りの三つに注力しよう。


 冒険者ギルドの横にダンジョン関連の店が並列している。

 ギルドからお勧めされたのは初心者専門の冒険ショップだ。

 自分の実力に合ったものを選ばないとむしろ足を引っ張ってしまう。

 初心者専門冒険ショップ『たびだち』、入ってすぐの広々としたオープンスペースには装備が整然と並べられている。

 試着室だけでなく、軽く動ける小スペースも完備していて、装備の性能を軽く試すこともできるようになっている。

 二階に上がると壁一面にアイテムとスキルオーブが並べられていた。

 若き冒険者たちは輝かしい未来を想像しながら「この装備ならこうで……」「こういうときはアイテムを使って」など嬉々として語り合っている。


 まず俺がすることは戦闘スタイルを決めること。

 それによってどのような装備にするか、必要なアイテムやスキルも変わってくる。

 この『たびだち』が繁盛している理由の一つに初心者応援サポートと言って相談を受けてくれるものがある。

 俺の担当は見目麗しい女性が対応をしてくれた。

 どうやら男性客には女性店員が、女性客には男性店員が対応するらしい。

 店員全体の顔面偏差値が高いのも狙いだろう。

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