第5話 少女の魔法
急に動きを遅くした船に驚いていたフユは、その次の瞬間――船にぶつかって水の身体が拡散して弾き飛ぶ。
バシャーンッ!!
遅くなったとはいえ船に激突すればタダでは済まないが、水の身体は衝撃を全て無にする。
分裂した水の身体は空中で留まって吸い込まれていくように形を形成して行く。フユが魔法を解とくと元に戻り、港近くの砂浜に降り立つ。
座礁したものの浜辺のパラソルとベンチを踏み潰さず止まったが、船はほぼ半壊していた。
狭い砂浜というのもあるが大きな客船が突っ込んできたんだからそうなっても仕方がない。
しかし、フユには1つだけ疑問があった。
それはどうして船が減速したのか、そして港を逸れて夜の人の居ない安全な砂浜へ突撃したのか。
そこで考えるのはやはり操縦席、そこからなら船を操縦できるのでそれで舵を切る事が出来れば逸らすことが出来る。
ただそれだけでは急に減速した理由が分からないし何よりあの少女に操縦なんてできないと考えていた。
運よく舵を切って逸らすことはできても速度は落ちない。
(あんな一瞬で速度は落ちるモノなのか……?)
戸惑いながら半壊した砂浜のベンチ近くに佇んでいると、船の操縦席から一人の少女が顔を出す。
「ふぅ……助かりましたか」
「……やはり君か、何したんだ?」
「ん?フユさんではありませんか!船を降りていたんですね?こんな夜中に……危ないですよ」
「いや……というかそこから降りてきたらどうだ?」
「……その、実はですね」
「何か問題でもあったのか?」
「わ、私……高所が苦手で…………」
フユの脳裏には彼女がふざけた事を言っている。
最初にそのことが浮かんだ一方で天奈の様子からそれが嘘では無いことに気づく。
彼女は予想よりも肩を震わせて後込みしていた。
フユは仕方ないと頭の中で愚痴を零しながら操縦席へ向かおうとしたその時だった。
「とっとと降りなさい!」
「わわっ!?押さないでよイズナァ~!!」
「ふんっ!イズナおはじき!!」
「ちょっと叩かないで!ホントに落ち…………あっ」
中から聞こえる不思議な声が技名のようなものを呟くと天奈は操縦席の窓から投げ出される。
きゃああああ、と可愛らしい悲鳴を叫びながら落ちてくる天奈をフユが両腕でキャッチしてあげる。
俗に言うお姫様抱っこ。
天奈は生まれて初めてされたお姫様抱っこに心を震わせて、先程の高所から落ちた事を忘れていた。
「こ、これはお姫様抱っこというものですよね」
「そうだな。痛みがなく受け止めるにはこれしか無かった」
「私、まだ結婚ははやいかと」
「は?」
「お、お姫様抱っこされたら結婚するんじゃないんですか?」
「君の常識が可笑しい事はなんとなく解っていたんだが……そこまでかよ」
フユはまるで面白いものを見るように笑みを浮かべる。
変わった子だけどなんとなく悪い人では無い。
フユの天奈への評価は意外にも高く、お姫様抱っこしている彼女をそっと下ろしてあげるとその頭に張り付いている狐を首を傾げる。
(ペットだろうか……?それとも野生から入り込んだ迷子か)
フユの頭の中ではそんな考えが巡る。
しかしそんな予想それは直ぐに裏切られる。
「何じっと妾を見ておるかこのオスめ」
「え……狐が喋った!?」
(言葉は話せないけど、従魔の言葉が分かるフユさんがそんなこと言ってもね……)
天奈そんなことを考えながら、その頭の上に乗っている水色の毛を持つ神秘的な狐の紹介をする。
「師匠が私の旅のお供にと、一応お友達です!」
「そ、そうか……驚いてすまないな」
フユは少々動揺しつつも小さな水色の喋る狐に頭を下げる。
「全くじゃ……妾をそこら辺の狐っ子と一緒にするでない!」
「はい……」
怒られてしゅんっとなるフユを微笑ましそうに天奈は見つめている。
その視線を感じてようやく聞きたかったことを思い出し、尋ねる。
操縦席で何があったのか、またどうやって船の軌道を変えたのかを……。
それに対して天奈は操縦席で海賊と遭遇して倒して舵を奪ったこと。
少し前に船から放り出されたのは海賊だったが、運転手は気絶させられていて操縦は出来なかったという。
操作の仕方が分からずあたふたしていたら、偶然上手く操縦できて軌道を逸らすことが出来たということ。
当然それを聞いたフユは天奈への不信感を覚えた。
逸らすだけなら偶然でも速度が落ちた説明が一切ないからだ。
おそらく嘘をついている。そう確信した。
そして嘘と確信したのか明確な理由があった……。
フユが目を細めて軽く睨む。
「う、嘘じゃないデスヨ~!」
「……」
とてつもなく嘘が下手だったからだ。
本来は疑って叱るべき所だけど、嘘を付くのが苦手なら悪いことをするのに向いていないとも考えて頭がごちゃごちゃになる。
ここまでの動向やその様子から天奈を敵ではないとは考えているが、どうにもおかしい子だ。
しかしそこで天奈と会った時の事を思い出す。
(確か家庭の事情が複雑みたいだし、話したくない事があるんだろう)
それにもし、あの船を止めたのが魔法で超魔法か何かの特殊なモノを使っていたのなら是非ギルドに欲しい。
悪い事をしていないのだから当然その力を良い事に使う事は悪い事ではない。
何かわけアリなのは見てわかるのでギルドへ迎え入れることを考えた。
ギルドとは行く宛てのない人や時に小さな子供にとっても家として過ごす場でもある。
そのため、ならず者やわけアリの子が多いので天奈のような子はギルドに迎え入れやすい。
フユのギルドは人数が少なくて少しでも優秀な魔道士が欲しかった。
そんな天奈に手を差し伸べようとしたその時だった。
「こらー!!これはなんの騒ぎだぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
「げっ!魔法統括教会かよ!!」
魔法統括協会……それは魔法を無闇に使い、悪事を働くものを裁く機関。
ギルドに加盟する場合は絶対に目を付けられていはいけない人達だ。
フユはそれを見て黙って捕まる……はずもなく!!
「逃げるぞ天奈!」
「逃げて大丈夫なのですか?」
「あ……あぁ……マー、ダイジョウブ!!だからはやく――」
「嘘が下手ですね……というか私は先程の街で大切な指わ……」
「いいから!旅をするにしても魔法統括教会を敵に回しちゃいけない!!」
フユはそういって天奈の言い分を聞かず、手を取ってそのまま引っ張って港を去る。
そしてもう取り返すことのできない指輪を思い出した天奈は叫ぶ。
その声は港に悲しく響く。
「私の大切な指輪あああああああああああああ!?」
これは後にその名を轟かせるギルドの始まりの物語。
その1ページ目を締めくくる最後にして、始まりの魔法冒険譚である。
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