第28話 取り戻した未来
夜風が静かに吹き抜ける王城の塔の上、月は青白く輝き、世界を明るく、しかし優しく照らしていた。
城内がすっかり静まり返った深夜、ひとりディーはその高台に立ち、漆黒のマントを風になびかせながら夜空を見上げていた。
彼の表情に、いつもの威厳や冷徹さはない。代わりに、どこか遠い世界を見つめるような、沈んだ瞳がそこにあった。
「……レオンが生きて国を治めている……か……」
誰に語るでもない独り言が、冷たい夜気に溶けていく。
「信じ難いようで……だが、確かに現実だ。あの日の彼の最期……あの光景は、今でも記憶から消えることはない。」
ディーの脳裏に、遠い“もう一つの過去”が蘇る。
かつて、今とは異なる時間軸で、彼らは同じようにベルツを討ち果たしていた。戦いの果てに、希望を手にしようとしていた。だが──
「……ベルツを倒し、国の再建の話をするため我が城へと帰還する道中。突如として放たれた、一本の矢……」
あの時の風の流れ、緊張の糸がほどけかけていた静けさ、そして──突き刺さるような音。
レオンに放たれたその矢は、平和ではなく、悲劇の始まりを告げた。
「目の前で、あの瞳から……希望の光が消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった。」
レオンの体から温かさが失われ、無力に崩れ落ちていく。あの瞬間、ディーは“魔王”としてではなく、“仲間”として、取り返しのつかない後悔を刻まれた。
唇を噛みしめ、拳を強く握る。
「……それが、私が“あの日”をなかったことにしようと決意した瞬間だ……」
世界の理を捻じ曲げる、禁断の魔法──時間逆行。
それを手にするために、どれほどの年月を費やしたか。レオンの遺志を継ぐ四天王としてエルディアを守りながらも、あの日に戻るという信念は消えることは無かった。ディーにとって、それは苦行でも修行でもなく、当然の使命だった。
「……私は、レオンのあの無念を見過ごすことができなかった。たとえ世界を欺いてでも、彼が真に望んだ国の未来を……共に築く機会を得たかった……」
そうしてようやく辿り着いた、この“今”。
時間を越え、再び出会い、そして今、共にこの国を治めているという奇跡のような現実。
「ふっ……私としたことが、感傷的になりすぎたな」
少し自嘲気味に笑うと、ディーはそっと目を閉じた。風が静かにマントを揺らす。
「このことは……誰にも語るつもりはない。レオンにも、他の仲間にも。これは私だけが抱えていく記憶……この胸の奥深くに、永遠にしまっておこう。」
静かな誓いの言葉とともに、ディーは塔をあとにした。
彼の背には、魔王としての威厳と共に、かつて果たせなかった誓いを今、果たしているという、静かな安堵が宿っていた。
そしてその夜もまた、何事もなかったかのように、穏やかに、静かに更けていった。
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