幽ノ女学園怪奇譚~五人目は、まだ見つからない~
岡村 史人(もさお)
プロローグ「スプライスされた時間」
幽ノ女学園怪奇譚~五人目は、まだ見つからない~
プロローグ「スプライスされた時間」
映画研究部部長こと私、
部は廃部寸前の憂き目にあって、ここで活動を行っているのは、自分とこの2年生の
他にも何人か籍は置いているが、二宮以外は最上級生で掛け持ちのため、恐らく私たちがいなくなれば、映画研究部は終わるだろう。
机で映画雑誌を熱心に読んでいる後輩に声を掛ける。
「ねぇ二宮、今年の文化祭はどうしようか?」
「部長、まだ五月ですよ? 気が早いんじゃないんですか」
「うん、そうなんだけどさ……」
部室棟にあてがわれた六畳にも満たない狭くるしい部室の中で、古いビデオカメラをいじりながら、私は何とも言えない気持ちを抱えたまま、黙ってしまう。
「今年もまた、既存の映画の上映会でいいんじゃないですか?」
二宮は目線をそらしながらそう言った。彼女もまた、自分と同じ理由で入った同志であるだけあって、その言葉を言わせてしまったことに胸が痛む。
「それとも何か、具体的な案でもあるんですか?」
「そういうわけじゃないけど、ただ——」
ビデオカメラの電源をオンにして構える。型の古い小さな液晶にぼんやりとピントの合わない二宮の姿が見える。
「ただ?」
——そういえば私映画が撮りたくて、ここに入ったのよね。って。
そう言うと二宮は大きくため息を吐いた。
「部長、今更それ言いますか。撮影できるメンバーの頭数だってもうまともに居ないっていうのに」
「うん、まぁ。今更だからさぁ……言ってみようかなぁって」
最初、私は映画を撮りたくてこの部に入ったのである。だけど、蓋を開けてみれば、そこは幽霊部員のたまり場だった。
どれだけ熱意があっても、一年生ひとりでどうにかできるような状況じゃなかった。
それでも、二宮が入部したときは”ようやく同志が来た!”と嬉しくなって、ビデオを回していた時もあったのだ。彼女は脚本、私はカメラ。役割も決まっていた。
けれど、それもやはり当時の上級生の一言が、私たちの行動を止めるきっかけになってしまった。
「あんたたちさぁ……暑苦しいんだけど」
……要は私達もまた”空気を読んで”身を引いてしまったのだ。
私たちにとっての中にあった”諦め”は、想像以上に根深いものだった。
だからきっと、二宮の次に出る言葉は痛烈な皮肉だろう。
そんなことを思っていたら、彼女の言葉を遮るように部室のドアがノックされた。
「あら、相変わらずいつもここには貴方達しかいないのね」
返事を待たずに扉を開けて入ってきたのは、歴史教師であり、我らが研究部の顧問である辻菜穂子先生だ。
「あははは、今熱心に議論をしていた最中でしたよ」
「あら、それってどんな?」
「ブードゥーゾンビと、ロメロゾンビの違いについてです」
適当なはったりで私は誤魔化す。
「ロメロのはともかく、前者は古すぎてちょっと私にはついていけないわ……」
「ブードゥーゾンビというのはですね……」
「説明は結構よ」
そういうと、はい、と辻先生は大きな紙袋を渡してきた。
「なんですか?これ」
「さぁ? でも映画研究部宛てのものだから、持ってきただけだけど。多分ビデオテープだと思うわ」
差出人の名前には覚えが全くない。けれど触り心地からして、確かにそれは梱包されたビデオテープのようだった。
「7日で観ないと死ぬやつですかね?」
「それをいうなら、観たら7日で死ぬんですよ。まぁどっちにしても死にますね」
「死ぬのぉ!?」
「人はいつか死にますから」
なるほど、哲学的ね……。
「はいはい、馬鹿なこと言ってないの。取り敢えず私は職員室に戻るから、何かあったら連絡して頂戴」
「辻先生も顧問なのにやる気ないですね」
二宮の言葉に笑顔で辻先生は言う。
「それなら、映画の一本でも撮ってから言って頂戴?
私が在学中の映画研究部は、文化祭でオリジナルの映像作品毎年流してたわよ?」
「…一つや二つ……」
「映画は機材じゃないと思うわ。それに、撮影をする気のない映画研究部に、投資をしてどうするの?」
……反論の余地もない。そういって、辻先生は去っていった。
「相変わらず手厳しいなぁ」
「私も辻先生の言ってることは正しいと思いますけど?」
二宮も容赦がない。
辻先生に渡された紙袋を再度見てみる。
あて先は確かに映画研究部だけれど、差出人は全く知らない人だった。
筆跡からして、多分大人の人だろう。「高城 日菜子」と書かれていた。
悩んでいても仕方がないので、さっさと紙袋を開いてみると、そこには予想通り梱包材に包まれた
ビデオテープと手紙が入っていた。
”初めまして、高城日菜子と申します。私の娘は十年前に映画研究部に所属しておりました。”
始まりの文面に、私の顔は少しだけ曇る。
十年前といえばこの学校のだれもが知っている災害があった年のことだ。
この学園の近くにある、幽ノ山で映画研究部の部員たち数名が、撮影中に起きた土砂災害に巻き込まれて、亡くなったのだという。
原因は当時その近辺で行われていた宅地開発により、地盤が緩んだせいだと言われている。
”娘の枝織は、当時あの忌まわしい人災に巻き込まれ、命を落としました。
私達夫婦はそれからただ何の気力も湧かず、生きながらえるだけの日々を送っておりました。しかし十年という節目を迎え、漸く傷も癒えてきた私たちが、先日娘の部屋を整理していたところ、このテープが出てきたのです。
まだ未完成の作品ではありますが、恐らく娘が一番輝いていた瞬間の、素晴らしい出来の映画です。この作品を今のあなた達にも是非見てほしい。そう思い、このテープを送らせて頂きます。
どうか貴方達の学生生活も、実りあるものであることを、願っています。”
十年前のあの事故がきっかけとなり、映画研究部の部員は減少していったという。
つまりこの映画は、研究部全盛期の作品ということだ。
「二宮、テープの用意……」
「もうとっくにしてあります」
「さっすがー!みーちゃんたら有能すぎてトキメキがとまらなーい♪」
「………」
しんみりした空気を和らげるためにわざと上げたトーンは空回ってしまったようだ。
気を取り直して、私たちは高城さんの送ってきたテープを視聴し始めた。
……初めての感情だった。古くて粗い映像だったけれど、それは同じ学生が撮影したとは思えないほどの出来だった。
大切な友人の喪失に感情を爆発させ、呆然とする少女の表情。
素晴らしい演技力。そして、洗練されたカメラワーク。
多分この感情を言葉で表すのなら、間違いなく嫉妬であり、そして自分への怒りであったと思う。
映画の中の少女が言う。
「私の未来がどうなるかなんて、まだ私には分からない。それは未来の貴方にだって、絶対に決めさせない。私の未来は、私が作るの……!」
その言葉が胸を抉るように刺さった。
気が付くと私は泣いていた。
彼女達の未来はもう、過去に消えている。消えてしまった。
——でも私はどうだろうか?まだ、作れるのだろうか……。
「二宮ゴメン。アタシ何してたんだろ三年間」
涙を服の袖で拭うと、二宮をみる。気のせいか彼女の目も少し潤んでいるようなきがする。
「……部長?」
「三年間、足りないものばかりの文句ばっかり言って、何も努力してこなかった自分が、今凄く憎たらしいって思ってる……」
「でも、私達じゃ部員も少ないし、こんな映画つくるの……無理だったと——」
「そうだったとしても!」
私は二宮の声を遮って叫ぶ。
「……何かできた筈なんだよ!」
そう思えるほどそのあった映画は、素晴らしかった。
しかし、突然最後のシーンを前にして、映像はぷつりと切れてしまった。
……ああ、そういえば親御さんの手紙に書かれてたっけ。「未完成」だって。
——そんなのって残酷すぎる!
「こんなエンディングで、良い筈がないんだよ、映画ってのは!」
私は居てもたっても居られず、立ち上がると思考を巡らせた。
私たちの部は、今や廃部寸前のギリギリだ。人数も足りないし、なによりも私たちには技術も演技力も何もかも足りてない。
……けど。そんなこと、きっと理由にならない。言い訳はやめよう、やるなら、もう今しかない。
「二宮、この映画私達で撮り直さない?」
「え?!」
「いや、違う。そうじゃない……。ゴメン、間違えた。
二宮、この映画私達で撮り直そう!」
どんな手を使ってでも、私はこの映画を撮り直す。
絶対にそう決めたのだった。
***
「……それで、この人に相談しに来たってのは、どういう事なんですか」
新聞部の部室内で、不満を顔いっぱいに表した二宮は腕を組んで私にこう問い質した。
「ちょっと、二宮ちゃーん。先輩に失礼じゃなーい?
しかも一応、貴女も新聞部の部員でしょう?」
「メインは映研ですから」
「にべもないわねぇ」
特段気にした様子もなく、目の前の少女は軽快に笑う。
しかし顔はこちらに向いておらず、今度出す記事の校正の方に頭がいっているようだ。
少しだけふくよかな体型をした彼女の名前は、本間 星華(ほんま せいか)。
私と同じ新聞部の部長で、一応寮の相部屋仲間だ。そして——。
「二宮、星華も一応映研の部員よ?」
「名義だけのゴーストだけどねー」
悪びれもせずに校正中のボールペンをくるくると回す星華。それを敢えて無視して、私はそれとなく尋ねる。
「……ほかの部員達は?」
「インタビューと記事作りに回って貰ってる。まぁ、正確には一人手こずってる子がいるから、一人補佐を付けて追い払ったって感じ」
ここだとその子、気が散って遊び始めちゃうから、と星華は言った。
「……そういえば二宮の新聞記事は大丈夫なの?」
「私そういうの早いんで」
「そうそう、二宮ちゃんはいつも完璧。記者の鏡よねー。……で?話ってなぁに?」
「うん」
他の部員たちが来ることがないのなら話しやすい。
適当な席を引き寄せて座ると、私はちょっとだけ考える。
話したいことがいっぱいで、何処から話せばいいものだろう?彼女が第一の難関だ。
けれど結局、悩んだところでこの口の上手い友人を早々懐柔出来るものではないことに気づいた私は、正直に今日あったことを話すことにした。
「あのさ……映画撮りたいから、協力してくれないかな?」
星華が初めて顔をこちらに向けた。
——仔細をたどたどしく話す私に、星華は相槌を打ちながら聞いてくれる。
正直こういう話の説明は苦手だ。うまく言おうとすればするほど、要点をどうやってうまく伝えればいいのか、よくわからなくなってしまう。
それでも星華が言葉を遮ることもなく聞いてくれたのは、ありがたかった。
「なるほど、つまり——十年前の未完成映画をリメイクしたいから、人手として、私の力を貸して欲しいってことね?」
うまく要約してくれる彼女にホッとしながら頷く。
「うん。これから雅にも声を掛けるつもり。人数どうしたって足りないから、頼み込んで出来れば演劇部演劇部の人何人かヘルプで貸してもらえないかも聞いてみるんだ」
「ちょっと待って遥。それさ、何時決めたの?」
「え? 今日っていうか……今さっきだけど」
「やっぱり……アンタらしいわ」
そう言って星華はため息を吐いた。
「そういうのやるんだったら、まずは辻先生に話に行くのが先決じゃない?
あとそれ、ビデオテープを送ってきたご遺族への了承。必要だと思うわよ?」
「あ!!」
そう言われると、その通りだった。
「そうだね、ありがとう、まずは辻先生に話して——」
「待ちなさいよ、遥。私もまだ協力するなんて、一言もいってないんですけど?」
星華の言葉に私の心はひやりとする。
「ちょっと本間先輩、仮にも貴女だって映研の部員ですよね?
だったら、協力くらいしてくれたって——」
「3年生になるまで、だらだらやって来た人が、映画なんていきなり撮れると思う?
そういうのって、積み重ねだよね?ゴメン、私そういうタイプだから」
星華の言葉は厳しかったけれど、本当にその通りだと思った。
今更何の努力もしてこなかった私に何ができる?
出来たはずの何かをしてこなかった私の言葉なんて、誰も信じないかもしれない。
でも、私は決めたのだ。この映画だけは、どんな手を使ってでも、映画化するのだと。
席を立ちあがり、私は星華に向かって深く深く頭を下げた。
「星華、お願いします!協力してください」
「ちょ、ちょっと遥!?」
「星華の言う事最もだし、私は言い訳なんてしない。でもこの映画だけは、本気で撮りたいの。
遺族の方の説得は、これから電話でしてくる。辻先生へも、話を通してくる。
あのね、星華。この映画作品が撮れるんだったら、私、貴方の言う事なんでも聞くわ。だから協力してください。……お願いします」
……部室棟に少しの間、沈黙が流れる。
今、星華がどんな顔をしているかは、頭を下げているからわからない。
見下されているのかもしれないし、呆れられているのかもしれない。
でもどっちでもよかった。
「わかったわよ、もういいわ。頭を上げて、遥」
下げていた頭を上げると、星華はトレードマークの眼鏡をはずして拭いていた。
「あなたがそこまで言うなら、頼みを聞くわ。でも今さっき言った言葉が本当なんだっていう覚悟も私に見せてもらう」
「わ、わかった」
私は少しだけ震えながら、頷いた。
「よし。じゃあ先生とご遺族の許可、やっといて。
それとここからが私の命令になるわ」
「な、なに?」
恐々と星華の顔を見ると、これまで以上に良い笑顔で、彼女は私たちにこう言った。
「最初に動くのは、新聞部の私たち——それで異論ないわよね?」
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