第8話 積まれる死体。

 ゴスロリと祐香は揃って森の奥へと向かう。

 GPS装置は、遠くへ投げ捨てた。

 できるだけ、位置をごまかせるように。

 そして、ゴスロリは移動しながら、木に何か仕掛けをしている。

 祐香はその度に足を止める。

「ブービートラップ?」

「よく、そんな言葉を知ってますね」

「まあ、サバゲーが趣味だといろいろ」

「そうですか。あ、これ持っててください」

 そう言って、ゴスロリは手のひらサイズのプラスチックの塊を取り出した。

 工業用のホチキスにも見える。

 祐香はそれを手に取った。

 知っているものだった。

 東京マルイからエアガンが発売されている。

 だけど、これは。

「本物?」

「はい。トーラスのカーブ。本物ですよ」

 トーラスカーブ。ズボンの内側に隠しやすいようにポリマー樹脂製のフレームがカーブを描いていることから、そんな名前がついている。

 スライドからフレームまで、エッジはかなり丸められていて、引っかかることのないように仕立てられている。見かけは本当に銃には見えないが、38口径の弾丸を6発発射可能な自動拳銃だった。

「隠し持っててください。いざというときに使ってください。交換の弾倉はありませんので、六発のみ。撃ったらさっさと逃げてください」

「わかったわ」

 エアガンであるURG-Iよりも、はるかにコンパクトだけど、殺傷能力は桁違いだった。

 祐香はその重さに緊張する。

 だが、これを使わないといけない時が、今だということなのだ。

 そのことを強く意識する。


「いたぞ!」

 祐香たちを見つけたという叫び声。

 ロイヤーだ。

 少し離れて、ドクターとショートがいた。

 それぞれ手にした武器は変わっていた。

 ドクターとロイヤーは、AR15系の何か。

 ハンドガードがURG-IのようにM-LOKの穴がたくさんあいているタイプだ。

 ショートはポンプアクションのショットガン。

 レミントンかモスバーグか。

「隠れてて」

 それだけ言って、ゴスロリが立ち上がり逃げ出す。

 ロイヤーが引き金を引くと同時に横っ飛びに逃げる。

「待ちやがれ!」

 叫んで駆け出した瞬間、いきなり転んだ。

 ゴスロリが仕掛けていた罠だ、と祐香が気づくと同時にゴスロリがきびすを返し、ロイヤーに向かって走り出していた。

「畜生……」

 起き上がろうとしたロイヤーにゴスロリが拳銃を突きつけていた。

 腰にさしていたのは、ストライクウォーリアというエアガンのはずだった。

 だが、鈍く光るそれは。

 目立つスパイクのついたコンペンセイターは、おそらくストライクウォーリアに似せるために、わざわざつけられたのだ。

 轟音とともに、背中から四五口径の弾丸で地べたに縫い付けた。

「本物……!」

 ドクターとショートがゴスロリに向かって撃ち始めた。

 ゴスロリは腰を屈めて、ロイヤーの死体を持ち上げ、盾にする。

 ドクターとショートが躊躇した瞬間、ライフルを奪って、発砲する。

 そのまま、木の陰に隠れて、チェストリグからマガジンを抜き取る。

 ドクターとショートは木に向かって撃ちまくるが、弾切れの瞬間、ゴスロリは飛び出し、二連射。

 ショートがもんどり打って倒れる。

 それを見たドクターは恐怖に駆られた。

 安全な場所から死を与えていたはずなのに、その死が自分に向いたと同時に恐怖した。

 猛獣狩りなどと言っていた自分が、狩られる側になったことに気づいたのだった。

「ドクター!」

 ティーチャーが叫びながら、ゴスロリに向かってレミントンM700の引き金を引いた。

 スコープのついた狙撃銃だったが、ろくに狙いも定めずに引き金を引いた。

 当然ながら弾丸は大きく外れ、ゴスロリの頭上を通り過ぎた。

 だが、ゴスロリの意識はドクターからティーチャーに向いた。

 そう、ティーチャーは助けようとしたのだ。

 ドクターを。

 友人と呼ぶほど、仲がいいわけではなかったが、共犯者として、ドクターを救うことを考え、そして実行した。

 その行為は、結果的にティーチャーの死期を早めることになった。

 ゴスロリの持つAR15の銃口はティーチャーの方を向いていた。

 ティーチャーは慌てて次弾を装填する。

 だが、なかなかスムーズに手が動かない。

 ドクターと同様に恐怖に駆られていた。

 そして焦った。

 ゴスロリの放った銃弾が少し離れた木に当たった。

「大丈夫だ、そんなに簡単に当たるもんじゃない」

 そう言い聞かせる。

 そして装填の終わったライフルをゴスロリに向ける。

 ゴスロリの手元が光る。それと同時に音と、衝撃がやってきた。

 そして、その衝撃はティーチャーの首を貫いた。

「くひゅっ!」

 喉から空気が漏れた。

 血が噴き出した。

 ティーチャーは宙を仰ぎながら倒れた。

 木々の隙間から青空が見えた。

 それが、ティーチャーの見た最後の光景だった。


 ドクターは、ティーチャーのおかげで、自分が標的から外れたことに気がついた。

 ドクターは逃げ出した。

 森の奥へと。

 そして、そこに。

 祐香がいた。

「キャットっ! お前、ここにいたのか!」

 木と草むらの陰に隠れていた祐香は、よりにもよつて、真正面からドクターに遭遇してしまった。

 祐香は、AR15を突きつけられ言葉を失った。

「お前も警察サツなのか? ええ?」

「ち、違う、私はただのホステスで……」

 絞り出すように答える。

「そうか、違うのか」

 ドクターの心の中に湧いたのは、安心という名の感情。それと嗜虐心。

 ドクターは理不尽と戦っていた。

 獲物が反撃してくる、自分の生命を狙ってくるという理不尽に。

 それはドクターにとって、とても甘い幻想に浸っているだけなのだが、少なくとも金と家柄がその幻想を保証してくれていたのだ。

 だが。

 スカジャンとゴスロリがその幻想を破壊した。

 そこに現れたキャットこと祐香は、ドクターの「お気持ち」を押しつける相手としてはちょうどよかった。

 そうだ。

 泣きながら、俺にひれ伏して、命乞いをする女。

 俺が求めているのはそれだ。

 ドクターはそう認識して、キャットを見つめた。

 恐怖に怯えている目。

 うっすら涙の浮かんでいる、潤んだ瞳。

 そうだ、これが求めていたものだ。


 祐香は恐怖に怯えていた。

 AR15を突きつけるドクターの目は、きょろきょろと動き、何かに怯えているような落ち着きのなさを示していた。

 追い詰められているのがわかる。

 昼に食事をしているときの余裕は何もなくなっていた。

 剥き出しの生への執着と恐怖がそこにあった。

 リアクションを間違えれば死が待っているのがわかってしまった。

 ―どうすればいい?―

 自問自答するものの、解答はない。隠し持ったトーラスカーブを取り出すタイミングもわからない。

 だが、その重みが、かろうじて祐香を恐慌に走らせず、落ち着かせていた。

「ドクター!」

 スカジャンの叫び。

 ドクターの視線が叫びのもとを探し、銃口がブレた。

 刹那、祐香はトーラスカーブを取り出して銃口をドクターに向け、引き金を引いた。

 ドクターの胸に血の華が咲いた。

 ドクターは左手で傷を押さえながら、右手に握ったAR15を祐香に向けた。

「ち……畜生……!」

 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで。

 いつの間にか、ドクターの脇に立っていたスカジャンがこめかみに突きつけたコルトアナコンダの引き金を引いた。

 頭がはじけ飛び、ドクターの生涯はそこで終わった。


「よくがんばったな」

 スカジャンが祐香に手をさしのべた。

 祐香はその手を取って立ち上がった。

 スカジャンはそのまま祐香を抱きしめた。

 相手は女だぞ、と思いつつ祐香はその身を預けた。

 とめどなく涙が流れてくる。

「馨、三人相手とはいえ、もう少しうまくやれよ」

「すみません。僕のミスです」

 ゴスロリが頭を下げた。

 本名なのか、下の名前なのか、瀬名と名乗ったゴスロリは、スカジャンに馨と呼ばれていた。

「とは言え、あと三人か?」

「そうですね。ファーストたちはダメでしたか?」

「ああ。やつらの一味かどうかがわからなかったのが災いしたな。あいつらが撃たれたタイミングでもう少し近くにいれたら」

「そうですか……」

「後悔は後回しだ。残り全員片付けるぞ」

「了解」

 祐香はスカジャンの腕の中にとてつもない安心感を感じていた。

 自分を守ってくれる強さを。

「悪いが、もう少し付き合ってくれ。片付いたら、ちゃんと家に帰してやるから」

「はい……」

 涙を拭いて顔を上げる。

 トーラスカーブの重さが、祐香に生きていることを教えてくれていた。


 死亡

 ファースト、セカンド、キャッチャー、プレイヤー、コンサルタント、ロイヤー、ショート、ティーチャー、ドクター。

 計九名。

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