第13話 不協和音と逆恨み
「森の主」との戦闘は、序盤こそ各ギルドの連携が機能していたものの、次第にその様相を変えつつあった。
巨大な蔦による薙ぎ払いは広範囲に及び、回避が遅れたアタッカーやヒーラーが吹き飛ばされる。
口から吐き出される溶解液は、地面に着弾すると暫くの間、持続ダメージを与えるエリアを作り出し、プレイヤーたちの移動範囲を制限した。
さらに、本体から分離するように召喚される小型の分身プラントが、後衛のヒーラーや魔法使いを執拗に狙ってくるため、前衛は本体を抑えつつ、後衛のカバーにも気を配らねばならず、負担は増す一方だった。
「ちっ、硬ぇな、こいつ! 全然HPが減らねぇ!」
イズルが悪態をつきながら、大盾で森の主の強烈な蔦攻撃を受け止める。
衝撃で腕が痺れるが、ここで退くわけにはいかない。後方には守るべき仲間たちがいる。
「イズルさん、回復します! 【グレーターヒール】!」
紗奈の詠唱と共に、温かい光がイズルを包む。
彼女の声はまだ少し震えているが、以前のようなパニックは見られない。
必死に集中し、仲間たちのHPバーを注視しながら、適切なタイミングで回復魔法を飛ばしている。
その成長ぶりは目覚ましいものがあった。
レベッカも、まだぎこちなさは残るものの、必死に挑発スキルを使い、分身プラントのターゲットを自分に向けようと奮闘している。
戦闘の喧騒の中、颯太は冷静に森の主の動きと、流れ続ける戦闘ログを分析していた。
(やはり、挙動がおかしい…再生能力が異常に高い。ダメージを与えても、すぐにHPが回復してしまう。それに、特定の攻撃パターン…溶解液噴射と蔦薙ぎ払いを繰り返す頻度が高すぎる。明らかなループ処理だ。これもバグの影響か…? 単純なバグというより、意図的に組み込まれたトラップのような性質を感じる…T国の仕業か?)
颯太は弱点を探りつつ、最適化された詠唱で魔法を放ち、的確にダメージを与えていく。
しかし、焼け石に水、という感が否めない。
状況を打開するには、この異常な再生能力の謎を解く必要があった。
そんな緊迫した状況下で、調査隊の一角から不協和音が聞こえ始めた。
グレイ率いる、元々は別のギルドだったメンバーたちだ。
彼らは当初こそ他のギルドと連携していたが、戦闘が長引くにつれ、焦りと苛立ちの色を濃くしていた。
「おい、聞いたか? この森の主が落とす『生命の心臓』ってレア素材、めちゃくちゃ高く売れるらしいぜ!」
「マジかよ! それがあれば、当分ポーションには困らねぇな!」
「…だったら、俺たちで独り占めするしかねぇだろ!」
彼らの間に、そんな囁きが交わされる。
森の主がドロップするとされるレア素材は、強力な装備の素材や、高価なポーションの材料になると噂されていた。
デスゲーム下で物資が不足しがちな状況では、喉から手が出るほど欲しいアイテムだ。その欲望が、彼らを身勝手な行動へと駆り立てた。
「おい、お前ら! そっちの雑魚(分身プラント)は俺たちに任せろ! 本体に集中しろ!」
グレイはそう叫ぶと、他のギルドが交戦中の小型プラントに狙いを定め、横から強引に割り込んで攻撃を加える。
明らかに、ドロップアイテムの所有権を得るためのラストアタック狙いだ。
「おい、グレイ! 何やってるんだ! こっちは手一杯なんだぞ!」
「邪魔するな! こっちだって必死なんだよ!」
連携を無視した行動に、他のギルドメンバーから当然のように非難の声が上がる。
しかし、グレイは悪びれる様子もなく、聞く耳を持たない。
それどころか、彼の取り巻きの一人が、さらに悪質な行動に出た。
「うっかり手が滑ったぜ!」
そう言いながら、協力しているはずの別ギルドのヒーラーに向けて、攻撃魔法を放ったのだ。
「誤射」を装っているが、明らかに意図的な妨害行為だった。
ヒーラーは咄嗟に回避したが、回復魔法の詠唱が中断され、前衛のタンクが一瞬危険な状態に陥る。
「危ない!」
見過ごせない状況に、颯太が瞬時に反応した。
対象ヒーラーとの間に割って入り、防御魔法【プロテクション・フィールド】を展開。きらめく光の障壁が、悪意ある魔法弾を弾き返した。
「…グレイさん、今は一致団結してボスに当たるべき時です。全体の足を引っ張るような真似はやめてもらえませんか?」
颯太は冷静さを保ちながらも、その声には明確な怒気が含まれていた。
彼の強い口調に、周囲の空気も一気に凍りつく。
「んだと、てめぇ…! ルーカス、偉そうに指図してんじゃねぇぞ!」
颯太の言葉に、グレイは逆上した。
元々、颯太の存在を快く思っていなかった彼は、ここで完全に堪忍袋の緒が切れた。
まるで獣のような形相で、武器を構えたまま颯太に掴みかかろうとする。
その赤い髪が怒りで逆立っているように見えた。
「やめろ、グレイ!」
「戦闘中だぞ! 仲間割れしてる場合か!」
イズルや他のギルドの良識あるプレイヤーたちが、慌てて二人を止めに入る。
しかし、この騒動の間にも、森の主の猛攻は容赦なく続く。蔦が薙ぎ払われ、数人のプレイヤーが吹き飛ばされた。
「…今は戦闘に集中しましょう。この話は、ボスを倒した後で」
颯太は、掴みかかろうとするグレイの手を冷静に振り払い、再びボスへと向き直った。
ここで感情的になっても状況は悪化するだけだ。今は、目の前の脅威を排除することが最優先。
しかし、グレイの心には、颯太への歪んだ憎しみが、消えない炎のように深く刻み込まれた。
(ルーカス…あの野郎、俺に恥をかかせやがって…! いつか必ず、その自信満々なツラを歪ませてやる…!)
その憎悪に満ちた視線の先、少し離れた場所で戦闘に参加しているアンジェロが、口元に満足げな笑みを浮かべていたことには、興奮状態のグレイはもちろん、他の誰も気づくことはなかった。
彼の狙い通り、プレイヤー間の亀裂は深まり、対立の火種は確実に大きくなっていた。
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