フエラムネは音が鳴る

七星ろじこ

それでも引くってこと

第1話:『ハズレしかないくじ引き』

1. 放課後、下町

放課後の陽ざしが、斜めに「たまや」の引き戸を照らしていた。

迷川 拓はランドセルのまま、無言でその扉を引く。ギイと鈍い音がするのも、もう慣れた。


「いらっしゃい、ぼっちくん」

奥のちゃぶ台にノートパソコンを広げた“おねーさん”が、缶コーヒー片手に顔も上げずに言った。


「……ただいまじゃダメですか」

「いいね、その感じ。どんどん家じゃなくなるね、うちが」

皮肉なのか歓迎なのか、わからないまま、拓は今日も駄菓子の棚を眺める。


2. 魅惑の“ハズレくじ”

「お、新しいの入ってるじゃん」

拓の目が止まったのは、色褪せたプラスチックのくじ引き機だった。木の棒を引き抜く、あのアレ。


「当たり入ってるんですか、これ」

「さぁね。もしかしたら全ハズレ。もしかしたら夢の詰まった嘘袋」

「え、それ詐欺じゃ……」


それでも拓は100円を取り出し、棒を1本引いた。

先端には、かすれた“ハズレ”の文字。


「ほら、やっぱり」


だが、おねーさんは笑って言った。

「うん、ハズレ。でもさ──顔、めっちゃ楽しそうだったよ?」


拓は言葉に詰まる。


「人生ってさ、そういうとこあるよ。ハズレと知りつつ引く。それでも『もしかしたら』って心が動く。バカみたいだけど、その“動き”がある限り、まだ大丈夫ってこと」


3. 理屈じゃないこと

「でも、意味ないじゃないですか。全部ハズレなら、引くだけ損です」


「そう思う子もいる。でも、“意味がないことを楽しめる力”って、理屈だけで生きるよりずっとしぶといんだよ」


おねーさんが立ち上がり、くじ引き箱をポンと叩いた。


「じゃあさ、もう一本タダで引いてみなよ。今度もハズレかもしれない。でもさ──その“一瞬”が、ちょっと心を救うこともある」


拓は無言でうなずく。

そして2本目の棒を引く。


やはり──“ハズレ”。


でも、少しだけ口の端がゆるんでいた。


4. 駄菓子屋の光景

その日の帰り道。拓は、学校でうまくいかなかったことも、家で黙っている両親のことも、ほんの少しだけ軽く感じていた。


ポケットにはハズレ棒が2本。

けれど、その手には、小さなガムが1粒握られていた。

おねーさんが「おまけね」と投げてくれたものだ。


「ハズレって、案外あったかいんだな」


そんなことをつぶやきながら、拓は明日もまた「たまや」に行こうと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る