27.Dear Senior
【楓花】
ほとんどのクラブで三年生は引退してしまっているけれど、楓花たち放送部は後輩が一年生の二人しかいないので、楓花と舞衣が手伝い程度に残ることになった。勉強時間を削ることはないので、続けていても特に問題はない。
「はい、これ修学旅行のお土産」
「ありがとうございます! 良いなぁ、東京行ったんですか? 飛行機ですか?」
いつものように放課後を放送室で過ごしていると後輩たちが現れたので、お土産を渡した。
行きは飛行機に乗って滞在中はバスと電車で移動し、帰りは予算の都合か新幹線だった。途中で雨にも降られたけれど、屋外にいる間はだいたい晴れてくれていた。
「先輩、写真ないんですか?」
「あー……あるけど印刷してないわ」
「彼氏と撮ったやつは?」
「ないから。彼氏いてないし」
「えーっ、嘘やぁ」
楓花は自由時間はだいたい舞衣と二人で行動していたので、そもそも男子生徒と撮った写真はない。晴大たちと一緒の時間はあったけれど誰も写真を撮ろうとは言わなかったし、アトラクションの途中で写真を撮られて出口で買えるものでもなかった。もしかすると、同行のカメラマンが隠し撮りしていたかもしれないけれど。いまのところ楓花の知っている限り、そんな写真はない。
「そういえば、文化祭は司会するん?」
「はい。緊張するぅ」
「いけるいける。それに、前に席あるから舞台の端は見にくいけどさぁ、椅子に座れるから楽やで」
集会のときはもちろん文化祭などのイベントも、生徒たちはいつも床に座らされていた。前にある放送席は目立つけれど、椅子が用意されているので有り難くもあった。
「頑張って、見とくから」
今年も文化祭では放送部としての出番はないようで、楓花はクラスの出し物の準備に専念していた。受験生なので楽なものが良い、という意見が多かったけれど、最も避けられることが多い劇をすることになった。
「何するんですか?」
「……不思議の国のアリス、みたいなやつ」
「みたいなやつ?」
原作ではアリスがウサギに誘われて不思議な世界に迷い込んで喋る動物やトランプが登場するところを、中学生が変な学校に迷い込んでおかしくなった先生たちと戦う、という生徒ウケを狙ったものになった。全校生徒が知っていそうな先生のモノマネをして、性格をとことん悪くして、最後はヘンテコな校則に反抗していると目が覚めて元の世界に──。楓花は小道具・大道具作りを手伝って、劇には男子生徒が中心に出ていた。マネをする先生たちには許可を取ってあったし、音響を担当しながら楓花は生徒たちの笑い声を聞いて、先生たちが体育館の端で笑っているのも確認した。
「あとは三学期の合唱コンクールと、送る会?」
「……えっ、合唱コンクールって、
「ううん。それは佐藤先生が各学年で決めるんちゃう? 一年は君らに声かかると思うけど」
クラスメイトの顔ぶれから、今年も楓花はコンクールで伴奏をすることになりそうな気はしていた。曲はまだ決まっていないけれど、二学期のうちには伴奏と指揮も決まるはずだ。課題曲と自由曲が毎年あって、三年生の課題曲は卒業式でも歌われる曲だ。
「送る会って、全校でやるやつ? うちらが司会するん?」
「うん。卒業生を送る会やから、
「全部のクラブ?」
「うん。それは多いから、私らも手伝うわ。編集は先生がしてくれるし」
【晴大】
既にクラブは引退しているけれど、体を動かしたかったので昼休みや放課後は体育館の横でボールを触っていた。勉強ばかりでは嫌になってくるし、家でもあまり集中できなかった。
修学旅行で楓花と一緒に行動できて、それはものすごく嬉しかった。アトラクションで隣に座ることはなかったけれど、だいたい視界に楓花がいたし、楽しそうに舞衣と話す声も聞こえた。ただ、やはり悠成が一緒だったことは不満で、楓花が悠成と話すのを見るとどうしても顔が強ばってしまった。楓花との関係は隠していたけれど、本当の気持ちを伝えてしまおうかと思ったこともあった。それでも結局は何もしなかったのは、楓花が望んでいないからだ。
晴大が楓花に気持ちを伝えるのは、ギャンブルでしかない。仮に楓花が同じ気持ちだったとしても、丈志や悠成に知られてしまうと説明が面倒だった。楓花が他の女子生徒から嫌がらせされる可能性もあったので、余計に言えなかった。もちろん、そうなった場合は全力で楓花を守るつもりたったけれど──、楓花が困らないようにいつでも味方をする、とそんな保障も伝えられないまま、楓花と二人で話す機会はなくなってしまった。
高校は滑り止めに私立高校も受験するけれど男子校だったし、通学中に楓花と会えそうな場所でもなかった。悠成に〝楓花の志望校の近くに良い学校がない〟と言ったのは、晴大自身も学校を探して分かっていたからだ。
二学期末の三者懇談が早い時間だったので、母親には先に帰ってもらって体を動かしていた。ボールを片付けに倉庫へ行くと、丈志の声が聞こえた。
「俺も撮ってー」
「あかん、一・二年からのメッセージやのに、三年が映ったらおかしいやん」
「……そういえば俺も去年撮ったわ。練習してるとこと、みんなでメッセージ考えたな」
声のほうを見ると、倉庫の隣で舞衣がビデオカメラを持って操作していた。一緒にいるはずの楓花は──体育館の横の出入り口から中を覗いていた。
「おまえら何してん?」
「あっ渡利、懇談終わったん?」
「うん。……何撮ってんの?」
「送る会のやつやって」
「楓花ちゃーん、中どう?」
舞衣が聞くと、楓花はようやく振り返った。晴大の存在に気づいていなかったようで、少し驚いてから舞衣の隣に来た。
「剣道部とバスケ部と、あと二階に卓球部がいてる」
「三年はおらん?」
「うん。行こ、舞衣ちゃん」
「俺も行って良い?」
「……あかん、送る会のお楽しみにしといて」
舞衣に断られて丈志は残念そうに肩を落としていた。
「送る会って、三学期よなぁ? まだまだやな」
「そんなことないんちゃう? 意外と早いかもしれんで」
「んー……そうやな。楽しみにしてるわ。またな。渡利、帰ろ」
「ああ──」
丈志はホームルームのあと学校内で適当に暇潰しをしようとしていたところ、カメラを持った楓花と舞衣に遭遇したらしい。本来は一・二年で撮影するものを、後輩が二人しかいないので楓花と舞衣も手伝っているらしい。
「野球部とかテニス部とか、外でやるやつは後輩に任せてるみたいやで」
「ふぅん」
「──おまえさぁ、例の子とはどうなん?」
「例の子? ……別に何も」
「俺、おまえとその子が付き合ってほしい、って言ったけどさぁ、矢嶋となんか張り合ってるし、ちょっとは長瀬さん気になってんちゃうん?」
「──前よりはな」
そっと仕舞っておくはずだったものが、噂のせいで考えない日はなくなってしまった。丈志と下校しながらも、学校に残る楓花が気になって足取りは重い。
「どうする? こないだも修学旅行でわりと話してたし、いけるんちゃうん? 告ってみる?」
「んなことするか。俺は──変わらん」
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