24.咄嗟の判断
【晴大】
悠成からの質問に楓花はもちろん、巻き込まれた晴大も驚いてしばらく言葉を出せなかった。開いた口が塞がらず、近くにいた同級生たちにも一斉に注目されてしまった。
「──俺いま、通りかかっただけやぞ。勝手に巻き込むなよ」
「それは、ごめん。でも、俺が前にフラれたとき、噂になってたやん」
「噂? ……勝手に言ってるだけやろ」
それなりにモテている悠成がダメなら楓花は晴大が好きなのでは、女子生徒からの告白を何人も断っている晴大は楓花が好きなのでは、だから晴大は楓花に告白するのでは、という噂は確かに流れていた。ほとんど真実に近いけれど、晴大は楓花に学校で告白するつもりはなかったし、そもそも二人の関係を正しく知っているのは佐藤だけだった。楓花と晴大が親しく話すのを見た生徒はいないので、接点を探られても困る。
「多分みんな気になってると思うで。長瀬さん、どうなん?」
「私は別に……」
楓花はものすごく困惑していた。晴大とも悠成とも目を合わせようとせず、野次馬の視線からも逃げようとしていた。
「そもそも俺──長瀬さんのこと、あんま知らんし。……じゃあな」
その場の空気に耐えられず晴大は帰ろうとしたけれど、野次馬の人垣が通してくれなかったし、悠成にも腕を捕まれた。
「離せよ、疲れてるから帰りたいねん」
「待って、長瀬さんの答え聞くまで」
晴大は眉間に皺を寄せて悠成を見てから、そのまま楓花のほうを向いた。
楓花は相変わらず困惑していて、言葉を探しているように見えた。
晴大は冷たく〝楓花のことはあまり知らない〟と言ったけれど、それは嘘だと楓花には分かってもらいたかった。本音を言うと〝悠成よりも晴大が良い〟と聞きたかったけれど、晴大の思惑にも気付いてもらいたかった。
「私は……矢嶋君と渡利君を、比べたくない」
それはつまり、晴大と悠成のどちらも好きということなのだろうか。ちら、と晴大が楓花を見ると、楓花も晴大を見ていた。
「渡利君ごめん、巻き込んで……帰って良いで」
「──じゃあな。……どけ」
晴大は野次馬の人垣を分けて、階段を一気に一階まで駆け下りた。遠くにざわめきが聞こえたけれど振り返らずに、そのまま靴を履き替えて学校を出た。
楓花が悠成と付き合う──とは、考えたくない。それでも悠成を残して晴大を帰らせたのは、楓花は晴大には用事がない、ということだ。ざわめきが何だったのか気になるけれど、楓花ならきっと晴大が傷つかないことを話している、と信じていたかった。
チリンチリン、と後ろから聞こえ、キイイ、とブレーキをかけて自転車を停めたのは予想通り丈志だった。
「残念やったな、渡利」
「……なにが?」
「え、さっき悠成が長瀬さんと話してるの聞いてたんやけど……おまえも巻き込まれてたらしいやん。でも帰らせたし、告白されても断る、って言ってたで」
「……あの二人、付き合うん?」
「いや? 悠成またフラれてたわ。目立つことされて、嫌いちゃうかったのに嫌いになる、って長瀬さん言ってた」
「ふぅん……」
楓花は悠成とは距離を置くようになるのかもしれない。それは晴大には嬉しいけれど、相変わらず楓花とは何の接点もない。晴大と楓花はお互いに恋愛対象ではないと噂になったのは良いけれど、楓花が晴大からの告白を断るのは嘘であってほしかった。
「ちょっとはショックやろ?」
「別に……」
「おまえ誰が好きなん? 絶対に教えろよ?」
「あ──ああ……付き合えたらな」
【楓花】
晴大を帰らせて悠成を改めてふったあと、楓花は荷物を持って舞衣と一緒に放送室へ行った。溜め息をついているとドアが開いて、副顧問がグラウンドから引き上げた放送機材を持って入ってきた。
「おまえら時間あるか? これ片付けといてくれるか?」
「はい……これで全部ですか?」
「うん。頼むわ」
グラウンドでついた土は取れていたので、大きな物は部屋の隅へ、コード類や音源も棚の中に戻しながら、楓花はまた溜め息をついた。
「楓花ちゃん……さっきの、本音?」
晴大が帰るのを見たあと、悠成は野次馬の真ん中で楓花に告白してきた。楓花は悠成が嫌いではないし、どちらかといえば好きだったけれど、良い返事をしようとは思えなかった。俯きながら謝ると、やはり晴大が良いのか、と聞かれた。
『違う、私も、渡利君のことあんまり知らんし』
『でも女子からのダントツ人気って渡利やろ?』
『そうみたいやけど──』
楓花の答えを聞きながら、悠成は野次馬からも同意を得ようとしていた。女子生徒たちは〝晴大は格好良い、でも好きな人がいるらしい〟と口々に言った。晴大が楓花を相手にするわけがない、とも聞こえた。
『やめて、こんな目立つこと……。矢嶋君のこと嫌いになる』
『ごめん、そんなつもりなかったんやけど……。もし──もし、渡利が告白してきたらどうする?』
『たぶん──断る』
野次馬、特に女子生徒から驚きの声が出た。
『格好良いとは思うけど……』
『前に長瀬さん、好きな人いるって言ってたやん? その人やったら?』
『──今は誰とも付き合うつもりない』
それだけ言うと楓花は悠成に背を向けて席に戻り、まとめてあった荷物を持って黙って教室を出た。廊下にはまだ悠成たちがいたけれど楓花は何も言わず、放送室に入ってようやく長い溜め息をついた。
「本音? ……渡利君のこと?」
「うん。興味なくても、格好良い人と並んだら嬉しいやん?」
「まぁねぇ……」
楓花は晴大のことはあまり知らないと言ったけれど、もちろんそれは嘘だ。全部は知らないにしても、リコーダーを教えていたときに他の誰も知らない面を見たと信じていた。悠成に巻き込まれた晴大を先に帰らせたのも、彼の秘密を守りたかったからだ。楓花と晴大の接点はないと、周りに思わせたかった。
「私もやけど、楓花ちゃんと渡利君て、あんまり話したことないもんなぁ」
「……うん」
「矢嶋君は? 去年も告白されてなかった?」
「──どうせなら、こっそり呼び出してほしかったわ。体育館の裏とか、帰り道とか……」
悠成は格好良いし成績も優秀で、誰にでも優しくて悪いこともしないので楓花は彼を信頼していた。だから場合によっては付き合うことを選んだかもしれないけれど、同級生たちが見ている前で告白されて、しかも通りかかっただけの晴大を巻き込んで迷惑をかけて、少しだけ嫌になってしまった。
「もしさぁ、高校生になってから、偶然どっかで会ったらどうする? 大学とか」
「……矢嶋君と?」
「うん」
「どうやろなぁ。分からん。格好良い男子何人かいるけどさぁ、今は見てるだけで十分やし……高校生になったら変わってくるんかなぁ?」
楓花が男子生徒について思うのは〝格好良い〟か〝別に普通〟か、話して〝楽しい〟か〝楽しくない〟かで、休みの日にデートしたい、と思った相手はいない。悠成と晴大は──晴大は二人で会っていたとき──二人とも格好良くて話しているのも楽しいけれど、休日を一緒に過ごしたいと思ったことはなかった。
「ところでさぁ、楓花ちゃん、誰が好きなん? 矢嶋君が言ってたけど」
「え……はは! 秘密ー」
「教えてよぉー。楓花ちゃん、男子とも普通に話すから分からん……。実は矢嶋君やったりして?」
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