12.食パン咥えて
二年生のクラスは、始業式の日に学校に着いてから知った。正門の近くで各学年の担当教師が数人ずつ紙を配っていた。
晴大はどこのクラスになっても最後の出席番号になる〝わ〟なので、自分の名前は見つけやすかった。そこから順に上を見て、知っている名前を探した。
──なかった。
同じクラスのメンバーの中に、楓花の名前は入っていなかった。両隣のクラスを見たけれど、そこにも彼女の名前は見当たらず、片手ほど離れたクラスにようやく見つけた。楓花のクラスには特に友人もいなかったので、本当に偶然がない限り会うこともない。ちなみに丈志が晴大と同じクラスになっているけれど──何か情報が手に入るだろうか。
「おっす、あれ? 渡利……顔こわいぞ」
「……担任、✕✕やし。面倒臭そー。あ、おまえ同じクラスな」
「えっ、マジ? えーっと……あー、長瀬さんも天野さんも違うクラスや。誰がおるんやろ」
一覧の紙を見ながらぶつぶつ言う丈志を置いて、晴大は教室へ向かった。このクラスでもやはり晴大は人気のようで、さっそく男子生徒たちが集まってきて、女子生徒たちは遠くから見ていた。丈志も遅れて教室に入ってきた。
顔を知っている人ばかりだったのもあって、はじめはいつもと変わらない雑談をしていた。担任はハズレだとか、女子生徒たちの顔面偏差値がどうだとか、どうでも良い話をした後でふと、一人が晴大に話題を振った。
「そういえば渡利……おまえ失恋から立ち直ったん?」
春休みの間に消滅していると信じていた話が出てきてしまった。晴大が失恋したらしい、という噂は前年度の間に学年中に広まって、晴大と違うクラスだった女子生徒たちは今も真実を知りたがっているらしい。ということはおそらく、楓花の耳にも届いているはずだ──相手が誰なのかはさておいて──。
「……無理やわ」
「うわ。おまえそれ、重症やな。引きずりすぎたらあかんぞ。早く忘れて次いけよ」
「んな簡単に言うな……」
晴大は不貞腐れて頬杖をついて、溜め息をついた。もう少し早く自分の気持ちに気付いていたら今ごろ幸せだったかも知れないのに、とまた大きな溜め息が出た。
「……よっぽど好きやったんやな」
丈志は晴大に同情してくれているように見えた。晴大が頬杖をついて面白くなくなったのか、他の生徒たちは違うところへ移動していった。楓花の気持ちを聞いていないので失恋とは言いきれないけれど、会ってくれないのはそういうことだろうか。楓花は晴大以外の誰かを好きになったのだろうか。
「告白してたん?」
「いや? してない」
「その子はさぁ、誰か知らんけど、おまえのこと気になってたん? 脈ありそうやったん? まぁ──おまえ人気やけどさぁ」
「……俺にはそう見えたな。呼び出したらいつも来てくれたし」
「呼び出した? やっぱ学校の子やな? どうやって呼んだん? スマホ持ってないし」
「それは言わん」
「えーっ、あっ、靴に手紙入れたとか?」
「んなことするかっ」
第三者に間に入ってもらって、その人が呼んでいることにしていた──とは、楓花と同じクラスだった丈志には絶対に言いたくない。何回も佐藤に呼び出されて、何の用事なのか気になっていたはずだ。
「去年さぁ、女子たちが〝八番目の不思議〟とか言って渡利の噂してたやん? もしかして、どっかで会ってたん?」
晴大が何も答えないことで、丈志はそれが正解だったと判断したらしい。晴大はまた溜め息をついて、それから改めてクラス発表でもらった紙を見た。
「え……てことは、その子も渡利と会ってること秘密にしてたんよな? 誰やろ……」
晴大は楓花とは全く違うクラスを見ていたので、丈志は正解にはたどり着かなかった。丈志は一年のときの△△の件を知っているので、いつの間に気が変わったのか、と笑いながら聞いてきていた。
「女の相手は無理、とか言ってたやん」
「あのときはな?
「遊んだことあるん?」
「それはないわ。学校で、たまに話しただけ」
「誰やろ、おまえが好きそうなん……、いつからそんなんなってたん? 図書室で同じ本を取ろうとしたとか?」
「──発想が女子やな」
「ははっ! 図書室で同じ本……、おまえに似合わんな」
恋が始まるパターンとしてよく出てくる気はするけれど、晴大がそうなることは丈志には想像できなかったらしい。晴大は図書室は嫌いではないけれど、あまり用事がない。
「食パン咥えて走ってた、とか言うなよ」
言われる前に釘を打つと、丈志は気まずそうに真顔になった。それから笑いのネタが尽きてしまったのか晴大をいじるのをやめて、『俺も誰かと付き合いたいな』と知っている女子生徒の名前を挙げ始めた。
「同じ小学校やった奴か、去年同じクラスやった子……このクラスは……ないか」
丈志は全員の顔と名前が一致しているわけではなかったけれど、パッと見て気になる女子生徒はいなかったらしい。
「俺が去年よく話したのは、長瀬さんと天野さんやな。……おまえ知ってるよな?」
楓花の名前が出たので焦ったけれど、晴大は何とか表情を崩さずに済んだ。
「長瀬さんて、バレンタインのとき帰りにおった子やろ? おまえお菓子ねだってた」
「そうそう。あの子は良い子やけど……普通かな。ピアノも上手いけどな」
楓花のことを普通と言われて、晴大は少しだけ腹が立った。失恋したかもしれない相手は楓花だと、言ってしまいたかった。こめかみがピクピクしてきたのを何とか押さえてごまかし、丈志が話題を舞衣のことに変えるのを待った。
「あ──そういえば──おまえ、天野さんのこと知ってる?」
「天野さん? ……長瀬さんとよく一緒におった子? あんまり知らんけど」
昼休みに体育館の外でバスケットボールをしていた時や、丈志に用事で教室を訪ねたときに何度か見ていた。文化祭のときも楓花に続いて朗読していたので、なんとなく覚えた。
「まぁ、女子みんなかもしれんけど、天野さん、おまえのことだいぶ気になるみたいやで」
「……そうなん?」
「いろいろ聞かれたわ。でも告白するとして高校に入ってからって言ってたな。長瀬さんはあんまり渡利に興味なさそうやったけど」
それは楓花の本心だったのだろうか。一緒にいるのを見られたくない、と言っていたので敢えてそう言ったのかもしれない。楓花はリコーダーを教えてくれるときはいつも楽しそうだったので、晴大に興味はあった、と信じたい。
「おまえに興味ないとか、珍しいよな」
「……そうか? 女のこと分からんけど」
少なくとも晴大は、今まで女子生徒から嫌われたことはない。関わると知ると嬉しそうで、それでも実際に話すのは緊張していた。楓花のように晴大のことを気にしない女子生徒が少数派なのは分かっているけれど、敢えて知らないふりをしてみた。
「俺はどっちかというと、天野さんかなぁ……」
それなら楓花をめぐって丈志と対立することはないな、と変な安心をして、晴大はまた溜め息をついた。楓花とまた関われるようになる事情は、今のところない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます