その三 復活した男

 「虎ちゃん!」


 「くっそぉ、離れろってんだよ!」


 虎三郎は、自分の腕に食らいつくアンデッドの頭が左右に振れないよう押さえ込む。食い千切られることを恐れての判断だったが、

 「ウイルスには……やられちまうなぁ!」

 観念したような調子であった。


 洋司はその場にあった丸椅子でアンデッドの頭をガンガンと殴りつけたが、一向に離れる気配はない。


 「俺もここまでか、サヨナラだけが人生だってなぁ、おい!」 


 「諦めちゃいかん!いっそ食い千切られた方が良い!腕の一本くらい――」


「おや、こんなにも客人が来るとは珍しい」


 突如、皆の背後から低音のよく通る声が響いた。


 誰かが戸口に立っていた。

 白いローブを着た、白髪交じりの壮年の男。


 「あんた白衣の……とにかくこのアンデッドをどうにか!」


 「おお……出てきたのか」


 白いローブの男は皆の前をかき分けて虎三郎とアンデッドの間に近づいた。


 虎三郎が腕の痛みと恐怖とで呼吸を荒げていると、

 「落ち着いて、私の目を見つめなさい」


 「お前さん何を言って――」


 「いいから黙って、私の目を見よ!」


 虎三郎は必死の思いで、白い男の両眼を見つめた。

 そうして目を見ているうちに、段々と力が抜けていくように感じた。

 体中が弛緩したように、ぐにゃりとその場に倒れ伏す。


 その拍子にアンデッドもまた顎の力が抜けたのか、腕から口を離した。


 その瞬間を見計らって素早くローブを脱ぎ、アンデッドの頭に被せる。


 ふっと、男はため息を漏らす。

 「アンデッドの中には、身体を媒介として人間に共感性を抱くことの可能な個体がいる。人間が力を入れたならアンデッドもまたりきむ。こちらが力を抜けば、向こうの力も抜ける……こともある」


 「ミラーニューロン?でも……」

 幸子がぼそりとつぶやく。


 「そうだな。脳が完全にやられていなければ、の話だ」


 その後、男はアンデッドの首の後ろを掴んで、検査所の隅まで連れて行く。


 「そいつは危険じゃないのかえ?」

 みつ子が問う。


 「このアンデッドは、神の愛に気付きつつある」


 男はアンデッドの背にそっと触れた。

 すると、

 「サヨ……ラダケ……ガ、ジンセ……」


 皆は唖然としてその光景を見つめた。


 男は振り返り、皆の視線から全てを察して、


 「私が、長岡らざ郎だ。私を探していたのだろう?」

 



 * * *




 応急処置後、簡易ベットまで運ばれた虎三郎は荒い呼吸を繰り返していた。


 「虎ちゃん、アンデッドになってしまうのか……」

 洋司が嘆く。


 すると、

 「アンデッドになりたくないのか?」

 らざ郎は言葉を返す。 


 「なんだと!?お主は何を言って……」


 「私もかつて噛みつかれ、アンデッドとなった。しかしその後に『復活』を経験し、神を感じる力を得たのだ」


 そう言って、シャツの袖をめくった。

 アンデッドのものと思しき歯形の傷が付いていた。


 「復活!?信じろというのか!」

 洋司が叫んだ。


らざ郎は、洋司の肩に触れ、優しい眼差しで答える。


 「疑う気持ちは分かる……それは大事なことだ」


 洋司は何も返せなくなった。


 みつ子が代わりを引き継ぐ。

 「あんたは復活できたとしても、虎ちゃんは難しいだろうに」


 らざ郎はみつ子にも微笑みかけ、

 「全ては神の導きのままだ……が、虎三郎とらざぶろうはおそらくアンデッドにはならない」


 「本当か!どうして分かる?」


 「神がそう仰っている。変化の兆しも見えない」


 「そうだと良いのじゃが」

 洋司の心配をよそに、虎三郎の容態は次第に落ちつき、ついにはいびきをかいて寝てしまった。


 らざ郎は、

 「これでひと安心だ。それで、私を探しにきた目的は?」


 「あなた、桃香をどこへ連れていったの!?」

 幸子が尋ねた。


 らざ郎はすぐ「あの子供か」と察した。

 そして付け加えるようにして、

 「二人の少年、体の大きいのと赤い帽子のも一緒に連れ出した。ちょうど桃香が耳に齧りついていたところに出くわしてな」


 「齧りついて……やっぱり桃香を監禁所ほけんじょに!?」


 「違う。噛みつき行為は悪であるが、理由もきちんと知っている」


 「罰してやろうってわけじゃないんだね?」

 みつ子が安堵した表情で聞いた。


 「汚れなき魂に与える罰など、私は持たない」


 「そうかい……それで今はどこ?」


 「送った」


 「送ったって、だからどこに!」


 「本部だ。ベイエリアにある」


 港近くにあるセクターである。

 ここからはトラックを飛ばして二時間ほどだ。


 「隔離?それって懲罰と変わらな――」


 らざ郎は掌を向けて、

 「まあ聞くがいい。『桃香』という名を聞いた時、解放戦線に届いたある報告を思い出したのだ」



 『二カ月前、健太という青年とエリカという少女が保護された。

 彼らの証言では、セクターの裏門を立哨りっしょう中にアンデッドが出現、その個体は言葉を話したらしい。

 ユキ……コ、モモカ、アイシテイル……と』


 「その言葉……!!!」

 老夫婦は、思わず互いの顔を見つめ合った。

 

 「か、和彦……やはりアンデッドに!」

 洋司は和彦の最後の姿を思い出して、目元を押さえた。


 「そうか。和彦というのか、アンデッドは」


 「あの?」


 「ああ、我が教団で保護した。もしかしたら『復活』できるかもしれんぞ、私のように」


 老夫婦は驚きのあまり何も言葉が出なかった。

 代わりに、もう少しで顎が外れるところであった。


 「その話、桃香に聞かせたの……?」

 幸子が静かな声で、らざ郎に問いかける。


 「そうだ」


 「それで、『パパは生きている。パパに会いたい』……そう言ったのね」


 「まさしく、彼女はそう言った」


 幸子はその場にへたり込んだ。

 安心が疲れを伴って、一気に押し寄せてきたような感覚。


 「桃香は、本当に安全なのね?」


 「ああ、二人の少年もな。我が教団の大型バスで快適に過ごしているだろう」

 

 「良かった……そうと分かったら、私たちも本部に急がなきゃ」


 幸子は再び立ち上がり、らざ郎に本部までの道のりを尋ねた。


 が、しかし……


 「ならぬ」


 「!?」


 「彼の地は神の領域だ。選ばれた者だけが許される地なのだ」


 突然、戸が開いて、白衣の信者たちが検査所になだれ込んできた。


 「桃香は必ず送り届ける……と言っても、お前達は大人しくしているタイプではあるまい。私が本部に戻るまでは拘束させてもらう」


 「やっばり、アンデッドを飼ってるような連中は信用できないねぇ」

 みつ子はため息をつく。


 「大人が四人、うち一人は噛まれているが……教会まで連れて行け。丁重にな」


 ……ん?真千子と翔は?


 幸子と老夫婦は心のなかでつぶやいた。

 顔色に出さないように努めながら。

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