第三章05 第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズ(聖職者っぽいということだよな!?)
影の落ちた狭い路地で、痩せた少年少女たちがこちらを見つめている。
都市は発展した。聖教会の奉仕活動も行われている。しかし、すべての人が満足に暮らせているわけではなかった。
徐に、ロズリーヌは少年少女たちに近付いた。
「貴方たち。そこで何をしているのだ?」
突然話しかけられた子どもたちは身を寄せ合って警戒した。そのうちの一人、一番歳上そうな、長く伸びた癖の強いアンバーの髪を首の後ろでまとめており、ひょろりと縦に長い少年が幼い子たちを庇うように立った。
「なんだ、お前。教会の奴らもいないのに、俺たちに話しかけるなんて。そうか、わかったぞ。汚らわしいと罵るためか?」
口の端を吊り上げる少年。印象的な深い赤色の瞳を鋭く光らせている。
彼の気持ちは痛いほど分かった。傍で守ってくれる人がいないと余裕がなく、誰も信用できなくなるのだ。ロズリーヌも孤児だった頃に経験している。
(妙に親しみを見せたらかえって警戒し、離れてしまうだろうな。ここはただ、事務的に)
とはいえ淡々とした物言いでは、何も話してくれないだろう。そこでロズリーヌは彼を安心させるためにも、意識してゆっくり言葉を紡ぐことにした。
「私はただ、貴方たちに聞きたいことがあって、近付いたのだ。貴方たちはこのあたりのことに詳しそうで、貴方は随分賢そうだからな」
「俺が賢そうだって?」
少年がぽかんと口を開けて驚いた顔をすると、彼の後ろに隠れていた少年少女たちがぽこぽこと顔を出した。
「そうなんだ! ヴェルにいちゃんはかしこいんだ!」
「わたしたちみんなの めんどうをみてくれるのよ」
「そこらのやつには まけないくらい けんかもつよいんだ!」
口々にヴェルという少年を褒める子どもたち。ヴェルと呼ばれた少年は焦った様子で子どもたちをぐいぐい路地の奥へ押し込んで、「大人しくしてろ!」と指示を出してこちらへ向き直った。けれど幼い少年少女たちが聞くわけも無く。ヴェルがこちらまでやってくるのを追ってきて、こちらの様子を伺いながら彼の足元にまとわりつくのだった。
ヴェルは大きなため息を吐いて乱暴に頭を掻いた。
「俺を褒めるなんて、とりあえずお前が普通の貴族じゃないってことは分かった。……それで、何を聞きたいんだよ?」
腕を組んでこちらを牽制している様子だが、声は和らいでいる。少しなら話をしてやっても良いと思われるくらいには認められたらしい。
ロズリーヌはまず礼を言ってから切り出すことにした。
「応じてくれてありがとう。実は、最近貴族や商家の宝石を奪う怪盗なる者の調査をしているのだ。何かを見たり聞いたりしたことはないか?」
「ふぅん。怪盗ねぇ。調査してどうするんだ? 犯人を捕まえて死刑にでもするのかよ?」
「盗みは他人の財産の略奪に当たり、すでに三件も起こっているから同一犯なら重罪だな。しかも被害者は身分が高い。もし犯人が平民なら、貴方の言う通り死刑だろうな」
ヴェルの足元の子どもたちが騒ぐ。「じゅーざいってなに?」「しけいってなに?」「へいみんってなに?」ヴェルの服を引っ張り、初めて知った単語がどういう意味なのかを尋ねる。しかしヴェルが「お前たちが知る必要は無い!」と一喝すると、子どもたちはそれぞれ不満そうにしながらも静かになった。
「それは俺だって知ってる。俺が聞きたかったのはそういうことじゃない。お前はどうするのかって聞いてるんだ」
ヴェルは苛立った様子でロズリーヌを睨んだ。子ども(おそらくロズリーヌとそう歳は離れていないだろうが)とはいえ統率者的な立場にある者だからか威圧感がある。しかし、ロズリーヌは全く臆することなく言い放った。
「良心に従って行動する」
ヴェルがまた意外そうな顔をする。
「見るからにワガママそうなオジョーサマのくせに、教会のやつらみたいなことを言うんだな」
「な!?」
(聖職者っぽいということだよな!?)
別人からも同じようなことを言われるとは思わず、ロズリーヌは内心焦って扇子を広げ、ひそひそとマルティーニに確認した。
「殿下にもそう言われたけれど、私ってそんなに聖職者っぽいか?」
「はい。ローズ様は根っからの聖職者だと思います」
二つ返事で頷かれてロズリーヌはうっと言葉を喉に詰まらせた。
(殿下の前でぼろを出さないためには常日頃からの意識が大切か?)
思えども、思想あるいは性格とも言える部分をどのように隠せば良いのか。ひとまずロズリーヌは咳払いをして取り繕うことにする。
「まぁ、毎週聖餐式にも出席していて、奉仕活動もしているからな。私は敬虔な信者なのだ」
はははと笑ってみせるとヴェルは訝し気な顔をしたが、すぐに表情を改めた。
「ま、俺にはお前が貴族だろうが教会のやつらだろうがどうでも良いけど。悪くない答えだった。それで、怪盗、だっけ。俺たちはその怪盗ってやつがここらに出たとき、別のところにいたからわからない。なぁ、お前たち」
子どもたちはこくこく頷いた。
「……そうか」
残念そうにロズリーヌが呟くと、ヴェルは「ま、そういうことだ」と踵を返した。
「今度会うことがあったら、その怪盗ってやつに奪われる前にお前の持ってる宝石くれよ。そしたらその分働いてやっても良いぜ。じゃーな」
そうしてひらひらと後ろ手で手を振り、子どもたちと共に路地の奥へ消えていく。
「……もう夕方です。そろそろ帰りましょうかローズ様」
「そうだな」
ヴェルと子どもたちが見えなくなるのを待ってから、ロズリーヌも歩き出した。
半日を費やして犯行現場を回ったが、ついに決定的な手掛かりは何も得られなかった。重たいドレスを引きずり回して足を棒にした甲斐が無い。思わずため息が出る。
「はぁ」
「おい、聖人オジョーサマ」
「わぁ!?」
気を抜いていたら呼びかけられて、ロズリーヌは飛び上がりそうになるくらい驚いた。見ると建物の隙間に先ほどの少年ヴェルの頭が生えているではないか。
「なぜそんな狭いところに!?」
「良い人そーなオジョーサマにいいこと教えてやろうと思って。来た道を戻るより先回りの方が速いだろ」
「それはそうだが」
建物の隙間はロズリーヌが両手を広げたくらいの大きさしかない。よくもまぁ、こんなところを先回りの場所として選んだなと感心するぐらいだ。
「そんなことより。なぁ、俺の話、聞きたいだろ?」
促されて、素直に頷く。するとヴェルはにやりと笑って言った。
「大悪党ノアって、オジョーサマは知ってるか?」
「大悪党ノア? いや、知らない」
「最近裏社会を牛耳ってるやつだよ。悪いことなら何でもやるやつで、ここらで起こる犯罪は全部そいつの仕業って言われてるくらいなんだ。たぶん、貴族のやつらとも繋がってると思う。調べてみな。何か分かるかもしれないぜ」
「ありがとう。良い情報だな。でもどうして教えてくれるのだ?」
ロズリーヌが何気なく問いかけると、ヴェルは苦い顔をした。
「俺はあいつが嫌いなんだ」
それだけ零すとヴェルは「今度こそ、じゃーな」と隙間に引っ込み、あっという間に暗がりに潜んでしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます