第三章02 第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズ(それなのに私は何も)
ティモシーの存在に気づいた皆は息を呑み、彼が颯爽と歩いてロズリーヌの傍まで来るのを静かに見つめた。
「こんにちはロズリーヌ殿。あの日以来ですね」
ティモシーはまずロズリーヌへ笑いかけてから隣に立ち、集まった面々に向かってもう一度分かりやすく宣言した。
「こんにちは皆さん。お話は聞かせてもらいました。私は全面的にロズリーヌ殿の考えに賛同します。けれど聖女シャルルリエル殿のように、残念だと考える方もいらっしゃるご様子。ならば定期的に本物を身に付けるような特別な機会を、私が設けましょう」
この国最高峰の皇家の彼が口に出した『特別な機会』という言葉は、貴族たちの興味を駆り立てたようだ。皆の目の色が変わっていく。ロズリーヌは分かりやすく表情を変えた彼らの顔を順番に眺めながら、これはこれで面倒なことになったものだと今後を案じていた。
三番目の皇子とはいえ皇家。そこへ取り入る隙を自らで作るというのだから、彼の負担は計り知れない。それを計算できないティモシーではないはずだが、彼はむしろどこか楽しそうだった。
「皇家主催の催しなら警備も皇家の名で動かせますので、お客様の安全は私が必ず守りましょう。ただし、招待客は私と婚約者の彼女が選びますので、この場の全員を招待できるかは分かりませんが」
ティモシーがロズリーヌの肩を抱くと、皆の表情は青ざめた。上げて落とすのが上手い。ティモシーは完全にこの場を掌握していた。
それを良しとしない者が、一人。
「さすが殿下ですわ! それならアクセサリーたちも喜ぶでしょうし、私も納得です!」
シャルルリエルは慌てた様子で大きく声を張り上げた。ティモシーが攫った注目を集めるには声を大きくするしかなかったのだろうが、焦りも強調されてしまっており、これでは示しがつかなかった。シャルルリエルを見つめる貴族たちの目は聖女を見る目ではなく、実力不足の男爵令嬢を見る目だ。
「マクシムも機会を設けますから! ね、マクシム!」
「あ、あぁ! もちろんだ!」
味方がいないことを敏感に感じ取ったシャルルリエルがマクシムの胸を叩くと、マクシムはそういうおもちゃのように頷いた。ティモシーはそんな二人を見て、上品だが冷淡な笑みを零す。
「ご自由に。私の方は、そうですね。三ヵ月後くらいでいかがですか? 催しは何にしましょう? 舞踏会、交流会、夜会など、何でも。私にご意見を手紙にしたためて送ってください。一つ残らず目を通します。そして彼女と相談して招待状を送りましょう。お待ちしております」
ティモシーが優雅に礼をすると、貴族たちは頭を叩かれたかのようにざわめいた。シャルルリエルやマクシムはそっちのけで戦略を立て始める。
皆の意識が計画に向かっている間に、ティモシーは「それでは」とロズリーヌの手を引いて、その場を辞した。
耳だけを皆の声に傾けるとシャルルリエルの高い声が「こちらは一ヵ月後に開きます!」と叫んでいるのが聞こえてきたが、果たしてどうなることやら。
ロズリーヌは横目でティモシーを盗み見ながら、さすがだと心の中で賞賛した。
マクシムは二番目の皇子だが、ゆくゆくはシャルルリエルの夫となり、皇家を出ることが決まっている。一方ティモシーはロズアトリスと婚約を解消し皇家に残ることになったので、立太子さえするかもしれないという期待が残されていた。そんな皇子が手紙に一つ残らず目を通すと言ったのだ。ここで食いつかない権力者はいない。
ロズリーヌの視線に気づいたのか、ティモシーがこちらを向いた。不躾な真似をしてしまったかと不安になったロズリーヌが足を止めると、ティモシーは小首を傾げて一歩足を後ろに踏み出した。
彼の身体が一段下がる。そこでロズリーヌは、彼が中庭へ降りようとしていることに気がついた。
ティモシーの手が段差を安全に降りられるよう気遣って、ロズリーヌの身体にそっと添えられている。ロズリーヌの視界には庭ではなく彼しか映っていないので、彼の腕の中に飛び込むようで躊躇した。
くんっと繋いでいる手を軽く引っ張られる。
いつまでも戸惑っている訳にもいかず、ロズリーヌは足を踏み出して中庭に降り立った。
小さな花から背の高い花が敷き詰められた、自然の景色そのもののような中庭。ホールから伸びた石畳の先には大きな丸い噴水があり、周りを遊歩道が囲っている。ティモシーは、とくとくと流れる噴水の周りの遊歩道を歩いて裏側まで来ると、足を止めた。
「――ありがとうございます」
ロズリーヌは開口一番に礼を言った。ティモシーが「お気になさらず」と言いながら噴水の淵にハンカチをひいてくれ、座るよう促すので、甘えることにして腰を下ろした。ティモシーも隣に腰を下ろす。
「それより、貴方の計画にないことを話してしまいましたか? 厄介なことになったとは思っていませんか?」
「むしろ好都合です。社交場の主催はわたくしも考えていたのですが、伯爵位であるわたくしの主催では招待できる方が限られているので口に出せなかったのです」
「三ヵ月後というのはどうでしたか? イミテーションのアクセサリーを作成する期間、そして身に付けるのが定着するくらいの時期を狙ったつもりだったのですが」
「それについても同意見です。すぐに催してしまってはイミテーションのアクセサリーを作らせる時間が無く、身に付けることも定着しない。かといって遅すぎては焦れてしまいますから、良い頃合いだと思います。わたくしもそのくらいの時期を提案したでしょう」
「つまり私と貴方は同じことを考えていたということですね」
うまいことを言う。
(彼とは事前に打ち合わせをしていなくても意見が合うのだと思うと、嬉しいような気もするが。けれど実際は単純に彼が聡明だからこういうことができるに違いない)
婚約者として支えてくれていたときの彼のことを思い返せば思い返すほど、強くそう思う。
(そういえば、彼はまた私の婚約者になったのだったな。となると、彼は自然と婚約者という存在には手を差し伸べる人ということか。それなのに私は何も……)
ロズアトリスの婚約者に対する接し方が適切ではなかったかもしれないと気づいたロズリーヌは、婚約者としてどのように接すれば良いのか分からなくなっていた。
心の内を読まれないように、微笑むことにする。
「……そう、ですね。本当に、助かりました。ありがとうございます。それでは、今日はこの辺りで」
そうしてボロが出ないうちに彼の元を離れようと立ち上がった。
「待って!」
しかし、腕を掴まれて引き止められてしまった。
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