甘やかされて育った私には貴族社会はあまりにも無理すぎたので全力で辞退させていただきます

@K_mtki

第1話

 「いやいやいや、どんな茶番よ・・・」


田中茜____改めアリア・シューベルトは呟いた。


 遡ること5分前・・・


 彼女はベッドの上で目覚めた。それはもう、大層ふかふかなベッドの上で。しゃんと目覚めきっていない頭でベッドの上をただごろごろして少しして、気付いたのである。 

 

 __私のベッドがこんなにふかふかな訳がない。かれこれ中学生の頃から変えていないうっすいマットレス。その下は普通に木材。腰が痛いと言っても親が変えてくれなかった、あのマットレスである。


 もちろん、次に浮かぶ感情は恐怖である。


 「え、もしかして連れ去られた?」


 映画やアニメでしか見たこともないほど豪華な装飾が施された部屋。来たこともないエレガントな寝間着。もはや、寝間着なのかどうかも分からないほどである。ただただ、彼女の趣味ではないことは確かであり、誰かに着替えさせられた可能性が彼女の頭をよぎった。


 これはきっと、夢である。こんなことが現実にあってたまるものか。そう思いながら彼女は自分の頬をつねった。


 普通に痛かった。別に我慢できるけれど痛い、そんなリアルすぎる痛みであった。夢でないことに落胆しながらも頬をつねった手を下ろし、彼女は気付いた。自分の手が白すぎることに。自分の肌はやや褐色がかっているはずである。


 彼女は慌てて鏡を探した。普通の人なら訳が分からない状況だろうが、彼女にはその理由に心当たりがあった。


 鏡は大して探さなくとも、すぐに見つかった。恐る恐る、彼女は鏡に近づいて自分の顔を確認する。


 「いやいやいや、どんな茶番よ・・・」


 こうして、話は冒頭に戻るのである。


 タンスの角に足をぶつけたわけでもないが、彼女は自分が転生したことに気付かされたのである。


 田中茜___それが彼女の前世の名前であった。勉強が特別できないわけでも、特別できるわけでもない。顔立ちがびっくりするくらいきれいなわけでもない。実家がお金持ちなわけでもない。ただただ、”普通”という肩書きが似合う大学生だった。


 しいて特別なところがあるとするならば、彼女は驚くほど甘やかされて育っていた。10歳以上離れた二人の兄は今でも頼めば抱っこでもおんぶでもなんでもしてくれるし、両親も彼女のことを「茜ちゃん」と呼んでまるで小学校低学年かのように彼女を扱い続けていた。人としての道徳的な面を除いて、彼女はデロッデロに甘やかされて育ったのである。


 そんな彼女が好きだったのが、「転生アニメ」である。彼女は自分の人生に不満があったわけではないが、転生して絶世の美女として送る生活には誰だって憧れるものである。そんなわけで、彼女は早々にこの”転生”という事実を受け入れたわけである。


 事実を鏡で確認した瞬間、彼女の脳内に”アリア”の情報が入ってきた。アリアは有力貴族の長女で、常にネガティブに育ってきた。彼女は決して出来が悪かったわけではないが、年子の妹であるエレナの出来が良すぎてだんだんと自分に自信をなくしていったのである。


 「こんなに可愛いのに・・・」


 脳内に流れてきた情報などそっちのけで、田中茜改めアリアは自分の顔に見とれていた。小さいけれど高い鼻、くっきりとした二重、長いまつげ、大きな瞳。彼女が前世で思い描いていた理想の顔そのものだった。


 「アリア様、朝でございます」


 使用人の言葉で、貴族社会の礼儀などなにも分からない彼女は、されるがままにお風呂に入らされ、着替えさせられ、食事へと向かった。



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 「おはようございます、お姉様」


 「天使っ・・・・」


 喉元まででかかった言葉を、彼女は寸前で引っ込めた。先に席に座っていた妹のエレナは、確かに記憶の中にはあったものの、実際に見てみると本当にきれいだった。


 その天使ににっこり笑われた暁には、アリアは溶けてしまいそうだった。これで成績も優秀なのだから、自信を失うのも無理はない、とアリアは過去の自分に同情した。


 でも、安心して欲しい。アリアも十分可愛い。なんなら彼女自身はアリアの顔の方が好みであった。


 「ごきげんよう、エレナ」


 アリアはにっこりと微笑んだ。そのアリアの表情に少し驚いた顔を見せたエレナだったが、すぐに満面の笑みを見せた。


 今日は2人の両親が遠方に出張に行っているらしく、エレナと2人での食事であった。席についた2人の前に豪華な料理が並ぶ。しかし、2人の間に会話はなかった。


 過去のアリアは、食事中に自分から話すことはなかった。話しかけられてもぼそぼそと自信なさげに答えるだけ。会話のラリーをしようとする気が全くなかったのである。そんなアリアを見て、エレナが悲しそうに目を伏せていたことをアリアは知らなかった。


 前世で甘やかされて育った彼女は、この空気に耐えられなかった。彼女は会話のない食卓など経験したことがなかったからである。


 「エレナは今日、何をする予定なのかしら?」


 しびれを切らしたアリアは、エレナに話しかけた。下を向いていたエレナは、驚いた顔でアリアを見つめる。一瞬、時が止まった気がした。


 「ごめんなさい、答えたくなければ答えなくて大丈夫よ」


 この世界では、相手の予定を聞くことはタブーなのかもしれないとアリアは焦って付け足した。


 次に焦ったのはエレナの方だった。


 「違います。そういうわけではなくて・・・。お姉様から話しかけてくださったがとても久しぶりだったから驚いてしまって・・・。ごめんなさい、今日の予定はですね____」


 話していくうちに口角が上がっていくエレナを見て、やっぱり天使だ、とアリアは心の中で呟いた。




 




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