第17話 初配信を終えて

 初配信を終えて数時間後――。


「はぁ……」


 自室のベッドに寝転がりながら溜め息を吐く。

 やれやれ、なんか思いがけず初回から凄まじい配信になっちゃったな。やたらと乳だのミルクだのというワードも飛び交ってたしアーカイブとか大丈夫なんだろうかあれ?

 ……まあでも一応即BANされるようなワードまではギリ届いてなかったはずだし、たぶんセーフではあるんだろうけど。

 終わった直後には玉森さんからも「グッジョブでした! 見事な初配信でしたね!」って電話で絶賛されたし(ホンマか? 見事とは??)。

 それになんだかんだ目的だったファンネーム決めも無事できたから全体的には合格点っちゃ合格点……でいいのかなぁ?


「あーそれにしても疲れた……初めてやったけど配信ってこんなに疲れるんだな」


 先日のまーたん謝罪配信の俺はあくまでゲスト的ポジション。

 いざ自分で枠立てて進行するのがここまで大変だとは思わなんだ。

 もちろん覚悟はしてたけど想像以上の疲労感だ……叫びすぎてさっきから地味にノドも痛いし。


「ふぅ……。こんなんでこの先やってけるのかなぁ……俺」


 どうしよう……なんか急に不安になってきちゃった。

 それこそまだ初回だってのにこれじゃあ、ますます先行きが思いやられ――。


 コンコン。


「!」

「――たっくん、今大丈夫?」

「あ、うん。別にいいけど……」


 ガチャッ。


「あら? ごめんね、もしかして眠ってた?」

「ああいや、ただボーっとしてただけ」

「そっか。よかった、ママ邪魔しちゃったかと思っちゃった」

「いやそんなことは……てか、今は一応ノックするんだね」

「ふふっ、当たり前じゃない。ママだってその辺はちゃんと弁えてるわ。親子と言えどもプライバシーは守らないと……あっ、起きなくて大丈夫よ。お疲れなんだろうしたっくんはそのまま横になってて」

「あ、うん……ありがとう」


 そう言ってそっとベッド脇に腰かける母さん。

 なるほど、一応その辺の常識はまだ残ってたのか。でもじゃあなぜ配信前だけあんな暴挙に……いやよそう。聞いてもマトモな答えは返ってこない気がする。


「まずは改めまして初配信お疲れさま。その様子だと、今日はすっごく疲れちゃったみたいだね」

「まあさすがにね……ノドだけじゃなく全身クタクタ」

「だよね~。私も初めてのときを思い出すなぁ」

「ママも初配信は疲れたの?」

「もっちろん。終わったときはホントにぐてぇ~って感じですぐには立てなかったもん。不思議よねぇ……行為としてはただひたすらイスに座っておしゃべりしてただけのはずなのに、カラダはまるでマラソンでゴールした後みたいにフニャフニャになっちゃって」

「たしかに」


 あーわかるわかる。俺もまさに今そんな感じ。

 汗こそかいてないけどこの感覚は長距離走を走り切った直後に近い。

 頼むからそろそろウチの高校もマラソン大会なんて悪しき習慣を廃止してほしいもんだ。


 とまあそんなやり取りもそこそこに――。


「そっかそっか~。でも、やっぱりたっくんはお疲れさんだったんだね。それじゃあ今夜は特別に、いっぱいガンバったたっくんのためにママからご褒美をあげないとね」

「え、ご褒美?」

「うん。というわけでたっくん、ちょっとだけ頭上げてもらっていい?」

「頭……? え、なんでまた?」

「え~どうしてって……それはもちろん、今からママがたっくんに膝枕をしてあげるからに決まってるじゃない」

「え」


 は? 膝枕?


「い、いやいいよ。なにそれ、なんか恥ずかしいんですけど……」

「え~そんなことないよ。ほらほら遠慮しないで」

「いやべつに遠慮とかではなく……」

「も~素直じゃないんだから……それなら仕方ない。こうなったらママも実力行使に出ちゃうから」

「実力行使? いったいなにを――」


 ――ヒュボッ!!!


「!?」

「うふふ♪」

「なっ……!?」


 馬鹿な……!

 一瞬で俺の枕が母さんの太ももに入れ替わった……だと……!?


 な、なんだ今のは……速すぎて動きが全く見えなかったぞ……!

 母さん、いったいどこでこんな高等テクを習得して……え、てゆーかマジで俺の枕どこ行った? なんか急に消えたんですけど……ああっ!? よく見たらいつの間にかあんな遠い壁際までぶっ飛んでる!!

 なにこれどういう理屈!? もしやダルマ落とし的な理論で入れ替えたのか!?


「どう、気持ちいい?」

「あ、まあ……」

「ね? だから遠慮しないでって言ったでしょ?」

「…………」


 いやまあそりゃ気持ちいいは気持ちいいけど……。

 でもやっぱり今のとこどっちかと言えば恥ずかしいの方が勝ってるというのが本音なんだが……。


 ――と。


「……ねぇ、たっくん。いっこだけ聞いてもいいかな?」

「? なに?」

「配信……これからも続けられそう?」

「え……」


 え? なに急にそのしっとりめなテンション?

 今の今まで配信のときと同じように暴走気味だったのに……。


「えっと……」

「たっくん……実は私ね、ホント言うと今日は少し不安だったの」

「不安? 配信がうまくいくか?」

「ううん、そうじゃなくて……というか、むしろそこはそんなに心配してなかったかな。ほら、たっくんて私と違っておっちょこちょいでもないし、学校でも優等生じゃない?」

「優等生……そこまでってほどでもないと思うけど」

「えーそう? だってたっくんて成績も内申もいっつもバッチシじゃない? 私から見ればとっても優等生だと思うな」

「それはまあ、もとは母さんに迷惑かけたくなかったから頑張ったってだけで……」

「ふふ、ありがとう。……だからね、そうじゃなくて私が不安だったのはもっと別のこと」

「別の……」

「うん。それはね、たっくんがもしかしたら私のためにイヤイヤVTuberになっちゃったんじゃないかってこと」

「!」


 しゃべりながら母さんが俺の頭をそっと撫でる。

 その手つきはまるで壊しちゃいけない大事な大事な宝物を扱うように優しかった。


「たっくん、この前ママに聞いたよね。VTuberの仕事好きって?」

「うん……」


 もちろん覚えてる。

 そしてあのとき、母さんはハッキリと「うん」と答えてくれた。


「ママね、やるからにはやっぱりたっくんにも私と同じくらいこの仕事を好きになってほしいと思ってる。それはVTuberの先輩としてもだし……もちろん母親としても。たっくんがツラいところなんて見たくない」

「…………」

「そしてそのために一番大事なのは、きっとまずはたっくん自身が思い切り配信を楽しめること。それがひいては見に来てくれるリスナーさんたちにも伝わって、みんなが喜べる配信になるとも思うの」

「……なるほど」


 みんなが喜べる配信……か。

 たしかに言われてみればそうかもしれない。少なくとも俺は今まで母さんの……まーたんの配信から義務感とかやらされてる感とかそういう空気を感じたことは一切ない。

 だからこそ見ているこっちも安心して配信を楽しめたし、いざVTuberの仕事が好きだとはっきり答えてくれたとき嬉しかったんだと思う。


 ああ、俺が配信を通して見てきたまーたんの姿は本物だったんだ……って。


「ねぇ、たっくん」

「……なに?」

「今日の配信、楽しかった?」


 …………。


「……うん。まあ正直に言うとやってる最中はいろいろ嵐に巻き込まれてるみたいでそんなこと考えてる余裕なかったけど、こうして終わっていざ振り返ってみるとね。いろんなコメントが流れるのを拾っては返して、画面越しだけど本当にいろんな人と会話してるみたいで楽しかったよ」

「そっか……それならよかった」


 そうだ……なんだかんだいろいろありはしたけど、今日の配信は本当に楽しかった。その気持ちはウソじゃない。

 これならきっとこの先も続けていける。

 ……幸い、ウチには誰よりも頼りになる先輩もいるし。


「母さん……」


 あー……なんだろこの感じ。

 落ち着いたらなんかすごく気持ちよくなってきた。

 そういや母さんに膝枕されたのなんて何年振りだろう?

 たぶん相当前だった気はするけど……。


 ……てかちょっと待て。

 いざ冷静に考えたら今のこの状況ってあのまーたんに膝枕されてるんだよな?

 すげぇ……いつもASMR聞きながら「ああ、これを生身でやってもらえたらなぁ」なんて妄想してたのに、まさかそれが現実に叶う日が来るなんて……。

 えっ、どうしよう。なんか意識したら急にめちゃくちゃ心臓が……!


「…………」

「ふふっ。たっくん、今すっごくドキドキしてるでしょ?」

「!?」


 なっ……!?


「え、あっ、いや……な、なんのことやら……」

「隠してもだーめ。ママには全部お見通しなんだから。ほら、もし素直になってくれたらママがも~っとイイことしてあげるんだけどなぁ」

「……も、もっとイイこと?」

「うふふ、なんだと思う?」

「な、なにって……」


 えっ、なにその意味深な言い回し!

 ちょちょちょ、いくらなんでもそれはマズいって!

 だってそんな言い方されたら否が応でも……うわーダメだダメだ!! 何を考えてるんだ俺は!

 いくら声だけ聴けば推しだからって相手は母親だぞっ!?

 たしかに直接血がつながってるわけではないけど、いくらなんでもそれはさすがに――。


「ねぇ……たっくん」

「っ!!?」


 そっと耳元で聞こえた声。

 ピクッと震える俺のカラダ。



 そして――。



「大好きだよ」

「!」


 その瞬間、俺は推しであるまーたんが母さんでよかったなと思った。

 なぜかはうまく言葉に表せないけど……。









「あ、ちなみにたっくんさっき約束破って“母さん”って呼んだでしょ? ダメよ、ちゃんと“ママ”って呼ばないと。はい、というわけで1点減点。罰として今夜はママがこのままいっしょのお布団で添い寝しまーす♪」

「えぇなにそのルール!? 初耳なんだけど!?」

「だって今決めたもーん」

「ちょっ――あ、こら勝手にフトンに……!」

「ふふ、逃げようとしてもだーめ。はい、ぎゅ~」

「どぁぁあああああああ!!!」




 拝啓 みなさん

 ボクはこれからもなんとかやっていけそうです




――――――――――――――――――――――――――

はい、というわけでこれにて第1章終了です!

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!


もしここまでで「おもしろかったよ」「続きが気になる」なんて思っていただけたなら、ぜひ下記リンク先などから★評価、作品フォローやレビューをしていただけると作者が事故らない程度に狂喜します!

今後ともよろしくお願いします!

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