第9話 え、俺もデビュー?③

「……やれやれ、まいったな。まさか俺までVTuberって……」


 その日の夜、夕飯を食べた俺は自室のベッドに寝そべりながら悩んでいた。

 結局返事については一旦保留。玉森さんも急かすつもりはないということで、今日のところは解散となった。


「いつでも連絡してくれていいって言ってたけど……」


 帰り際に玉森さんからもらった名刺を眺めながら呟く。

 株式会社Vランド――当たり前だが、そこにはハッキリとそう書かれていた。


「はぁ……どうしよ」


 別に興味がないってわけじゃない。

 むしろ本音を言うと、興味だけならめちゃくちゃある。


 ――俺もVTuberになって配信者として生きていきたい。


 たぶん、ファンなら一度くらいはあるんじゃないだろうか?


 好きなゲームに好きなアニメに好きなマンガ。

 どっかの事務所に所属してスパチャやら案件やらグッズ収益やらで稼ぎつつ、そんな己の趣味全開の配信をしながら毎日を過ごす。

 でもってある程度有名になったあかつきには企画やライブなんかで推しとコラボし、さらにはそれをきっかけにプライベートでもお出かけするような関係になっちゃったり……なんて、都合のいい妄想を。

 ……ま、俺の場合は幸か不幸かその推しが母親だったんですけども。


 ともあれ、傍から見ればこれはそんな願望を叶える絶好のチャンスだ。


「でもなぁ……」


 ただ、一方で現実的にはやっぱりこうも思ってしまう。


 そんな程度の気持ちで始めちゃっていいのかな……?

 もしくは実際に始めたとして、明確な目標があるわけでもないのにちゃんと続けていけるのかな……?


 ……とか。


 しかも今回の件はちゃんとした企業(中身がどうあれ)からのお誘い。

 たとえこっちがスカウトという招かれた立場だとしても「すいません、なんかやってみたら思ったよりキツかったんで辞めてもいいですか……?」などと簡単にバックレていいもんでもないだろう。

 そう考えると、やっぱりちょっと恐い。


「……あー、マジでどうしよう」


 ベッドの上を転げ回りながら悶々と呟く。

 部屋に戻って以降、さっきからずっとこんな感じだ。

 おかげで普段なら今頃真面目に取り組んでいるはずの学校の宿題にもまだ手を付けられていない。

 というか今更だけど俺今日学校サボったんだった。

 やべぇ、明日先生になんて説明しよう。ノリアキのやつウマく誤魔化してくれたりしてないかな……?

 あーダメだ! 考えることが多すぎてワケわかんなくなってきた!

 俺はいったいどうしたらいいんだぁああ……!!


 ――と。


 コンコン。


「たっくん、入っていい?」

「!」


 ノックの音とともに聞こえた声。

 母さんだ。


「あー……うん、いいよ」


 ガチャッ。


「お邪魔しまーす」


 俺の許可を受け、母さんが静かに部屋に入ってくる。


「隣、座ってもいい?」

「うん、いいけど……」


 ベッドの上で起き上がった俺の隣に、母さんも腰を下ろす。

 心なしか距離が近い。いや、むしろほとんど肩が触れてる。


「え~っと……どうしたの?」

「ん? いやー、きっと悩んでるだろうなと思って。ご飯のときもなんだかずっと元気なかったし」

「あ……ごめん」

「ふふっ、どうして謝るの?」

「ああいや、心配かけちゃったのかなって……」

「あらあら、そんなの全然気にしなくていいのに」

「でも……」

「いいったらいいの。親が子を心配するのは当たり前だもの。むしろするなって言われる方が難しいんだから」

「……そういうもの?」

「うん、そういうもの。だからね、たっくんはなんにも気にしなくていいの」

「! 母さん……」


 膝に乗せていた俺の手の上に、そっと母さんの手が重ねられる。

 なんだろう……さっきまで悩んでたせいかやけにホッとする。

 優しさが身に染みるっていうか……。


 実を言うと、Vになるとか以前にちょっと不安だった。

 母さんがまーたんだと分かって、俺たちの関係がどうなるのか。もしかしたら変にギクシャクしたりしないかなって。

 でも、こうしていっしょにいるとよくわかる。

 母さんはやっぱり母さんだ。

 今までとなにも変わらない――。


「あ、そうそう。それはそうとたっくん」

「?」

「母さんじゃなくて……、でしょ?」

「………………」


 あ、ごめんなさい、やっぱめっちゃ変わってましたこれ。

 激変です、激変。


「い、いやぁ、それはちょっとどうかと……え、てかそれガチだったの?」

「当たり前じゃない。ガチもガチ、ガッチガチよ」

「マジか……」


 そんな……俺としてはワンチャン配信を盛り上げるための限定的なノリかと思ったのに……。

 てかガッチガチて。なにその表現、そこはかとなく卑猥なんですけど……。


「まあでも、たっくんがどうしてもイヤだって言うなら百歩譲って別のでもいいけど」

「え、マジで?」


 おお、それは助かる。


「うん。“マーマ”とか」

「いや意味なっ! ほぼ変わってねぇじゃん! 百歩も譲って伸ばし棒一本増えただけて!」

「えー……それじゃあ百本に増やしてみる? でもそれだとさすがに呼びづらくない? マーーーーーーー……って」

「いやそこじゃないから! 誰も数の交渉なんてしてないよ! 求めてるのはもっと根本的な改善だよ!」

「根本的……って言うと、接し方とか? あ、もしかしてもっと甘えたいってこと? ふふ、それならそうと早く言ってくれればいいのに。はい、ゴロンってして。ママが膝枕してあげるから」

「ちがうから! そっちじゃないから! むしろなんでそっち行った!? ポンポン、じゃないから!」

「え、そうなの? ああそっか。たっくんはお腹空いたんだね。わかった。今ママが母乳を――」

「ちげぇええええ! メシはさっき食ったよ! つーか母乳なんて出ないでしょ!」

「そこはほら、母の愛と気合さえあれば……あ、ていうかたっくんまたツッコんでる」

「ぐっ……!」


 し、しまった、つい……。

 ……いや、でもこれ俺悪くないよね? こんなん普通にツッコまずにはいられないだろ。

 あーダメだ、もはやツッコみ自体を変に意識してしまっている自分がいる……。

 つーかそれはさておき、今俺がしたいのはこんな会話じゃなく――。


「ところでさ、マ……母さんはどう思う?」

「あ、今ママって言いかけた!? わーうれしい! その調子だよたっくん! もう一息! 内なる自分をさらけ出して!」

「だぁあああ! 違うから! 今のはちょっとしたミスだから! ノーカン! ノーカウント!」

「もー、べつにガマンなんてしなくていいのに」

「いやガマンとかじゃなく……」


 ぐぅぅ、なんという失態だ。

 いかん、いかんぞ。なんかすでに俺の精神がナニかよからぬ思考に浸食されかけている気がする……。

 って、だからそんなことじゃなくて!


「……それで? 母さん的には玉森さんの話……どう思う?」

「たっくんがVTuberになるか?」

「うん……」

「そうねぇ……こればっかりはたっくんの人生だから、やっぱりどれだけ悩んでも自分で決めるのがいいと思うな。その方があとあと後悔も少ないと思うし」

「まあ……だよね」


 そりゃそうだ。それこそ親ならそう言うわな。

 もし逆の立場でも、俺だってきっとそう言うしかないと思うし。


「ただ」

「? ただ?」

「どんな選択だろうと、私としてはたっくんが幸せならそれが一番だから。だって私はたっくんを大好きで、たっくんの幸せこそが私の幸せなんだもの。そこだけは絶対変わらないし、どんな選択だって応援する。だから、たっくんは安心して思うがままに決めていいからね」

「!」


 母さん……。


「たっくんはどう? たっくんにとって、なにが一番幸せ?」

「俺は……」


 俺の幸せ……か。

 それっていったいなんだろう?


 いや、そんなの決まってる。

 まーたんの配信を見ることだ。


 俺はファンとして、まーたんの幸せを本気で望んでいたはずだ。

 でもってそのまーたんは実は母さんで……さらにその母さんは俺の質問にはっきり「配信が好き」と答えてくれた。

 自分の配信を通してたくさんの人が喜んでくれるのが嬉しい……とも。


「…………」


 ……そうだよな。

 もし俺がVTuberになることで、まーたんの人気がさらに高まるなら……。




――――――――――――――――――――――――――

どうでもいいあとがきコーナー


というわでまさかのデビューへ。

ちなみに先生にはノリアキくんがマジでうまいこと誤魔化してくれました


もしここまでで「おもしろかったよ」「続きが気になる」なんて思っていただけたなら、ぜひ下記リンク先などから★評価、作品フォローやレビューをしていただけると作者が事故らない程度に狂喜します!

今後ともよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818622174143421536

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