21.天の架け橋 -唯香-
Takaの旅だちから
一ヶ月が過ぎた。
季節は年明けを迎え、
一月の終わりを迎えようとしていた。
この一ヶ月は、
自分でもびっくりするくらいに
穏やかな心で、
日々を過ごしてた。
親友の百花とも、
連絡が疎遠になってしまっているけど、
今は、自分のことに精一杯。
Takaの臨終の間際、
雪貴くんの発したキーワードで
発狂しながら、
失った記憶を取り戻した私。
冬休みに
差し掛かっていたこともあって、
学校に三学期までの休職を貰った。
病院での療養の為。
先生たちの優しさに
支えられて、
今の私が此処にいる。
そう思えるほどに。
雪貴くんが、
私の教え子じゃなかったら
私は、本来あの場所で
Takaを見送るなんて出来なかった。
それが出来たのは間違いなく、
私をずっと思い続けてくれた
彼の存在が大きい。
彼自身が
傷つくのを知りながらも
私を思って、
その時間を作ってくれた
そんな彼を抱きしめたい。
彼の人肌が
恋しくなるほどに。
だけど……
今、彼は私の傍に居ない。
最後に見たのは、
Takaの告別式。
その日を境に、
彼の姿を見ることはなくなった。
冬休みを病院で過ごして、
三学期初日。
今日こそは雪貴くんに逢えると
思っていたのに、
学年主任を通して手渡されたのは、
彼の休学届。
理由は、療養の為。
季節は過ぎていくのに、
雪貴くんとは連絡がとれないまま
一ヶ月が過ぎた。
雪貴くんが不在の教室。
学校……。
彼がAnsyalのTakaだったと
生徒たちに知れ渡ることにもなり、
学院内は騒ついていた。
そんなざわついたクラスを
まとめ上げてくれるのは、
雪貴くんの片腕、
霧生【きりゅう】くん。
霧生くんの存在に
助けられながら、
いつもの日常が繰り返されていた。
何度となく
彼の携帯電話を呼び出しても
すぐにアナウンスの後
留守番電話センターへと繋がる。
二月、三月と
彼が私のクラスの生徒であるのは
残り二か月。
もう少しで彼は私の元から
離れて行ってしまう。
彼が学校に来なくなって
私の世界は、
また光を少しずつ失っていった。
教室にかかる表彰状は、
彼が私の為に
アレンジしてくれた
Ansyalの大切な曲。
お兄さんの大切な曲を
受け継いで彼の手によって、
アレンジされたその曲は
彼の居ない器楽奏コンクールで、
クラスメイトたちの力と思いも重なって
最優秀賞の成績をおさめた。
彼の居ない時間にも、
彼が残してくれた
大切な宝物が、
一つ、また一つと
私の中で大きくなっていく。
休みの日。
久しぶりに私は、
Takaに貰った
大切なCDに触れる。
『Taka……。
ううん……隆雪さん、
雪貴を守ってあげて』
ジャケットに映る
Takaの顔に、
ゆっくりと手を触れて
そっと祈る。
CDケースを開いて、
コンポの中に吸いこませていく。
コンポは、やがて自動再生を始め
Ansyalの大切な曲が
部屋の中に優しく響く。
私の脳内で
重なっていくのは
何度も何度も聴き続けた、
Takaの音色に良く似せて
つま弾かれた雪貴の音色。
6人のAnsyalの音色が
脳内で融合されて、
広がっていく。
その音色に更に、
自分の音色も重ねたくて
床から立ち上がると、
ピアノの椅子へと腰かける。
その時、想い出のケースが
私の手から滑り落ちて、
床に弾け
ケースがバラバラになる。
バラバラになったケースを
かき集めようと
ケースを持ち上げると
今まで気が付くことのなかった、
一枚の紙が出てきた。
Taka?
恐る恐る、
その紙に手を伸ばして、
掴み取ると
私はゆっくりと、
その紙を開いた。
☆
あの日、君を
見つけたのは俺じゃない。
俺を探しに来た
俺の弟。
だけど君を助けたのは、
紛れもなく俺だよ。
君を助けることによって
俺自身も救われた。
あの日、君に出逢わなければ、
俺は俺自身の命を
先に終わらせていただろう。
もう長く生きられない。
そう告げられた体を
君に出逢うまでは、
確実に葬り去ろうとしていた。
だけど、雪貴が君を見つけて
必死に叫ぶ声が
俺にそれを思いとどまらせた。
俺が君の元に
駆け寄った時は、
すでに弟の姿はなくて、
俺は君に話しかけたんだ。
『おいっ、お前何してんだ。
こんなところで泣いてさ。
ここから落ちる気かよ。
なんだよ、泣くなよ。
泣いてちゃ、
わかんねぇだろ。
何があったか知んないけど
落ち着くまで今だけ居てやるよ』
偉そうに言ったよな。
だけど実際に
救われたのは俺だった。
ありがとな。
残された時間。
俺は俺にしか出来ないことを
精一杯続ける。
だから君も、
俺たちが助けた命
粗末にすんなよ。
全ての想いを込めて
このCDを残していく。
良かったら、聴いてくれ。
そして君に出会って
生まれ変わった
俺自身を見つけてくれ。
後は……いつか出逢う
俺の弟を支えてやって
貰えると嬉しい。
俺にはアイツを
悲しませることしか
出来ないから。
この広い……
天(そら)の下で。
俺は弟と一緒に君に
再会できる日を
楽しみにしている。
ありがとう。
Ansyal
Taka(隆雪)
☆
嘘……。
こんなにも近くに
本当が隠されていたなんて。
そしてCDは、
やがて自分でも初めて聴く
音色へと変わっていく。
それは天の調べの
原曲のようで
とても優しく降り注いだ。
隆雪さんの
ギターの音色だけで
語られた
『光の記憶』に似て。
一枚の紙に
小さな繊細な文字で
書き綴られた手紙を
握りしめて私は
声をあげて泣いた……。
声を殺すのではなくて
声をあげて。
泣き疲れて
眠ってしまったらしい状態で
目が覚めた私。
鏡を覗き込むと、
腫れすぎた私の顔が
フサイクに映し出される。
ゆっくりと起こした体は
何故か、すっきりしていて
軽くなっていた。
隆雪さんが
架け橋となってくれた
この想いを抱きしめて
私は歩き出すよ。
一人で
立ち止まるんじゃなくて
雪貴くんに、
嫌われることに
怯えるんじゃなくて。
私も行動を起こさないと。
不細工な顔を
早々に素早く洗顔すると、
私は服を着替えて、
軽くメイクを整えて
隆雪さんからの手紙を
握りしめて
マンションを飛び出す。
鞄中から
携帯電話を取り出して、
彼の携帯に電話を繋ぐ。
相変わらず
雪貴くんの
電話は留守番電話になるばかり。
留守番電話。
ふと、そのキーワードに、
胸騒ぎがする。
着信拒否をされたなら、
話中になるはず。
だけど彼の携帯電話は、
留守番電話になるばかり。
彼は療養の為の
休学届を出した。
本当に体調を崩して
入院してるの?
携帯電話を
繋ぐことが出来ない
その場所を考えて
辿り着いた私の答え。
途端に体は震えだす。
どうして、すぐに
連想できなかったの?
ずっと通い続けてた
病院なのに。
慌ててタクシーを止めて、
神前大学附属病院へと急がせる。
苛立つ車内。
信号の待ち時間が
とても遠く感じられて
後部座席に座りながら
イライラしながら窓ガラスを
コツコツ叩いてる。
早く行きたい。
その思いだけが、
私を活発に突き動かす。
「運転手さん。
まだ動きませんか?」
動かなくなったタクシ-。
「すいません。
なんか、この先で
人身事故が
あったみたいですねー」
人身事故?
人身事故だったら、
まだまだ時間がかかる。
だったら、
走ってく方が近いかも。
「すいません。
急いでるんで、
ここでおろしてください。
私、時間ないんです」
雪貴に逢いたい。
少しでも早く会って
彼を抱きしめたい。
私の中にこんなにも
情熱的な感情があったなんて
自分でも戸惑うくらい。
タクシーのドアは、
ゆっくりと開く。
「お釣り、いらないです。
すいません」
運転手さんに、
福沢さんを1枚手渡して
慌てて、私は走り出す。
途中、ハイヒールを脱いで、
手に持つとストッキングのまま
冬の街中を走り続ける。
どんよりとした低い空からは、
雪が舞い始める。
息を弾ませながら、
ようやく
辿り着いた大学病院。
玄関に滑り込むや否や、
私は顔見知りの医師や看護師さんたちを
院内を駆けづりまわって探す。
この場合、私の主治医より、
隆雪さんの主治医。
大学病院のガラスの
自動ドアがゆっくりと開く。
「あれ?
唯香ちゃん」
病院内をキョロキョロして
隆雪さんの主治医を
探していると、
聞き慣れた声が降り注ぐ。
白衣を着た二人組。
その二人は同じように、
伊舎堂と記されたネームプレートを
ぶら下げていて
私の方に視線を向ける。
私の主治医ともう一人
……誰……?
「唯香ちゃん。
どうしたの、
そんなに乱れて」
裕医師に言われて、ようやく
今の自分の姿に我に返る。
「あっ、あのぉー」
雪貴くん、
入院してないですか?
Takaの主治医の医師
何処ですか?
紡ぎだそうと思う言葉は
咽元から出てこなくて
心だけが苦しくなる。
ふと、暖かく
触れてくる手の温もり。
「落ち着いて。
ゆっくり深呼吸して。
そしたら楽になるから」
その声に誘導されるように
呼吸を整えていくと、
ゆっくりと
その苦しさから解放される。
「兄さん。
込み入った話になりそうだね。
俺の最上階、
使っていいよ」
「裕真」
「今から俺も少し出掛けるから。
厄介なお姫様のとこまで。
日本に居る間は、
たまには任せてもいいだろ」
そう言うと裕医師のことを
兄さんと呼んだその人は
目の前から遠ざかっていく。
「唯香ちゃん、
こっちに来て」
裕先生に手招きされるまま、
私は後ろをついてまわる。
途中、裕先生が
受付嬢に何かを伝達した。
手を引かれるままに、
エレベーターにのり、
向った最上階。
ゆっくりと止まった
エレベーターのドアが
開いた途端に広がるバノラマ。
その場所の室内装飾は、
この場所が病院と言うことを
忘れてしまうほどで。
「裕さま」
主治医に向かって、
若い女性が一礼してお辞儀する。
「裕真の許可は貰ってるから。
彼女に着替えを。
その後、少し席、
外して貰っていいかな?」
「かしこまりました」
女の人は、
上品にお辞儀をした後、
私を誘導して、
奥の部屋へと連れていく。
「サイズ、
あうかしら?」
彼女に手渡された、
ストッキングを手にして、
やぶれたそれを、
ゆっくりと脱ぐ。
脱いだ後から、
温かいタオルで、
彼女は私の両足を
拭いてくれて
軽くオイルを
つけてマッサージ。
軽くほぐして貰った後、
もう一度、真っ新な
ストッキングを脚を包んで
ハイヒールを履くと
その場所へと戻った。
私を送り届けると、
彼女はそのまま、
何処かへ退室していく。
それと入れ違いに
顔を覗かせたTakaの主治医。
ネームプレートに
記された名前は
高遠悠久【たかとお はるか】。
「呼び出して、
悪かったね」
主治医は、
そうやって切り出す。
全てを問いただして、
真実を知りたい。
バズルのピースを
一つずつ組みなおしたいのに
いざ、その時間が整ったら
前に一歩が踏み出せない。
『しっかりしろっ!!
私』
何度も、呪文のように
心の中で
自分に言い聞かせて
叱咤する。
「唯香ちゃん、
こちらへ」
裕医師が進めてくれるままに、
豪華なソファーに
肩身狭く腰かける私。
「悠久も座って」
二人を座らせると、
裕先生は、ティーセットを準備して
テーブルへと戻ってきた。
シーンと静まり返った
何も話せない時間が
この部屋に、
妙な緊張感を漂わせる。
カップに、
ゆっくりとハーブティーが注がれて
裕医師に勧められるままに、
一口、含む。
体の緊張が
一気に緩むように
力が抜けて
息苦しさから
解放されていく。
私は鞄の中に無造作に
突っ込んだ、
思い出のCDと
隆雪さんからの
手紙を静かに取り出す。
テーブルの上に
ゆっくりと
押し出すように置いた
宝物。
「これは?」
CDと手紙を見て、
はっと、驚いたような表情を見せたのは
悠久先生。
「その様子だと、
このCDについて、
ご存じみたいですね」
悠久先生は、
ゆっくりと頷いた。
「唯香さん、
読ませて貰っていいかな?」
裕先生の言葉に
私はにっこり笑って頷いた。
そこに語られていた
真実を、
裕先生はゆっくりと読み切ると、
その隆雪さんからの手紙を
悠久先生にも手渡す。
手紙読む間の
静かな沈黙が、
周囲を静寂に包みこんでいく。
全てを読み切った
悠久の先生は、
丁寧に手紙を折りたたむと、
私の前へと置いた。
「隆雪君はこうなる未来を
考えてたんですね」
悠久先生は
しみじみと紡いだ。
「隆雪君が、
初めて僕のところに
来たのは託実君を通して
裕に連絡があった後。
相談された後、僕が受け持つ形になって
関わりを持つようになった。
隆雪君が抱えていた症状は、
朝起きた時に
強い頭痛を感じるようになったとか。
突発的に吐くことが多くなった。
吐いてしまうとすっきりするようになった。
そんな異常が自分の体に
感じられるようになった頃。
検査の結果、彼の症状が、
脳腫瘍によるものだとわかりました。
両親に話して、
全てを隠すのではなく
事実を告げて欲しいと
望む彼の意に沿う形で
僕は、そのことを告知しました。
その後、彼は何も言わずに、
病院から姿を消しました。
数日後、彼が再び
僕の元を訪れた時には、
何故か隆雪君の表情は
すっきりしていて。
僕にこう言ったんですよ。
『Ansyalの
メジャーデビューが決まった。
12月の記念LIVEまでは、
俺がやりたいことを
させて欲しい。
その後は、
手術を受けるから。
どんなに、
可能性が少なくても
先生だけは諦めないでほしいって。
俺には、
俺を生まれ変わらせてくれた
大切な人がいるから。
その人に、黙ってデモテープ置いてきた。
何時か探して欲しいって。
だから、悲しませたくないんだ。
後は雪貴も。
今、俺が居なくなるわけには
いかないからろ』
隆雪君は抗がん剤治療を
重ねながら
Ansyalの活動も
ずっと頑張ってたんですよ。
あの事故の日まで」
悠久先生は
そう言うと
言葉を紡ぐのをやめて、
窓の外に視線をうつし、
ゆっくりと何かを
思い出すかのように
遠くを見つめた。
その見つめた先には、
隆雪さんが空に帰った
世界が広がっている。
暫くの沈黙後、
ゆっくりと
私の方を向き直った
悠久先生は悲しい表情を浮かべた。
多分、その沈黙の時間は
私が知らない隆雪さんの
交通事故から始まった
歪み始めた物語のはじまり。
「あの日は、隆雪君がTakaとして
自分で決めたラストステージ。
あのLIVEの後、、
隆雪君は腫瘍摘出手術を受ける予定だった。
だけど彼は、交通事故に巻き込まれ
頭部挫傷で救急搬送。
ステージで最後の演奏を
しているはずの時間。
隆(たか)は、この場所で予定とは
違うオペを受けてた」
そんな真実を知らずに、
私はあの日、雪貴のTakaの演奏に
微かな違和感を覚えながら
Takaを思って叫んでた。
何も知らないままに。
ふと、室内に
電話の着信音が広がる。
裕先生が受話器を取ると、
モニター越しに、
看護師さんの
慌ただしそうな姿が
映し出される。
「どうかした?」
『お話し中、
大変申し訳ありません。
雪貴君が
居なくなりました』
えっ?
一瞬のうちに頭の中が
真っ白になって
体の力が抜けていく。
そんな体が許せなくて、
両足に力を入れて踏みとどまり、
痛みの刺激で、
自分自身を保ちたくて
わさど皮膚に爪を食い込ませる。
……大丈夫……。
今度は、
私がちゃんと雪貴を
守るんだから。
いつの間にか
私にとって
大きくなっていた
彼の存在に気がつけたから。
「わかりました。
君たちは
病院内を探して」
裕先生がそう言って、
受話器を置くと同時に
モニターが消えた。
悠久先生も
いつの間にか
部屋を飛び出した後で、
この場にはいない。
彼が行きそうなところ。
私だったら……。
あの場所しかない。
握りしめた拳に
力を入れて、
自分を叱咤する。
「裕先生、行きたいところあるんです。
雪貴、迎えに行ってきます。
多分、初めて出会った
あの場所にいると思うから」
「三人が出会った
君たちの
終わりと始まりの場所?」
そう……。
私と隆雪さんの
終焉と再生の場所。
そして雪貴にとっては、
時計を凍りつかせた
全てを失った場所。
今度は
あの場所で
私と隆雪さんの二人で
雪貴の終焉と再生を手伝いたい。
それが隆雪さんが
私と雪貴に
最後に残してくれた
天の架け橋。
そう思うから。
光の記憶の奥に閉ざされた
真実パンドラの箱は残酷だけど
とても優しい光に
溢れていた。
「車、出してあげるよ」
裕先生に連れられて、
私は病院を駆け出す。
待ってて。
あの日、貴方が私を
見つけてくれたみたいに
今度は、
私が貴方の光になるから。
隆雪さんの想いも
受け継いで
私が貴方の暗闇を照らす
道標になるから。
だから……もう、
一人で苦しまないで。
抱え込まないで。
貴方の事は、
この先の未来、
私が照らし続ける。
フロントガラスには、
雪が舞い始める。
窓にあたっては、
水へと姿を変えていく
桜の待ち続ける
凍てついた世界。
天の架け橋を
静かに渡るその瞬間。
Love Songを君に……。
この想いの全てを託して。
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