第26話 挽回の土曜日

 土曜日の朝、エルクは腕を組み思案していた。


(毎日エレナさんの店に行き過ぎていたな……流石に今日は控えておくか)


 ほぼ毎日、花を買いに行っていたエルクはエレナに迷惑がかかるのではないかと判断し、学校が休みの今日は行かないことにした。

 

 隣で眠るシアの顔を眺め、そして金を稼いでくることを決意する。


「よし、シアの家族のためにも金を稼いでくるぞ」

「行こう」

「おわっ! サーリャ、いつの間に……」


 エルクのベッドの横で膝を抱えて座っていたサーリャ。

 彼女は冷たい瞳――しかし熱のこもったそれでエルクを見つめている。


「エルクたちが寝てからずっと。一人じゃ寂しかったから」

「サーリャ……すまない! 君に寂しい思いをさせていたなんて、旦那失格だ!」

「失格じゃない。エルクは良くしてくれている」

「でも俺は君の寂しさに気づけなかった。お願いだから俺に罰を与えてくれ。そうしないと自分を許せそうにない!」


 恐ろしくなるほど真っ直ぐなエルクは、サーリャに一瞬でも寂しい想いをさせてしまったことを後悔していた。

 サーリャは一人で寝るのが寂しい程度の気持ちだったのだが……エルクが自分のことで真剣に悩んでくれていることが嬉しく、まぁそれはそれでいいかなどと考える。


「じゃあ今日は一日私といて」

「喜んで……一生一緒にいるつもりだけどな」

「一生一緒にいるけど、今日は特に一緒にいてほしい」


 感情のこもってないように思える感情溢れたその言葉に、エルクはサーリャを抱きしめる。


「今日はずっと一緒にいる。一日サーリャを離さないことをここに宣言する」

「それはすごく幸せなこと。シア許してくれるかな?」

「許さないけど?」


 すでに起きていたシアは、二人が抱き合っているのを見て頬を膨らませていた。

 自分も同じように構ってほしい。

 エルクに自分の行為と意志を伝えるようにして、ジッと見つめる。


「シア……」

「エルク……」


(何を怒ってるんだ!?)


 寝起きでシアの目が腫れている。

 それは睨んでいるようにしか見えず、エルクは背筋を凍り付かせていた。


(俺はシアに何をしたんだ……サーリャと一日いることを許さない……きっと彼女の怒りを買うようなことをしてしまったんだ)


 ゴクリと息を飲むエルク。

 シアの考えを伺うようにして、おそるおそる声をかけた。


「シア……俺は勘違いしているんだろうか」

「ううん。きっとエルクが思っている通りよ」


(やはりそうなのか!?)


 焦りに焦るエルク。

 シアは自分がエルクを好きだと伝えようとしているだけ。

 そしてそれをエルクが理解してくれていると思い、そう答えていたのだ。


「俺の思っている通りか……ははは……ははははは!」


 サーリャから片手を離し、片手で頭を抱えるエルク。 

 自分が何をやったのかを必死に考える。

 だが答えは導き出せない。

 存在していないミスなど出て来るはず無いのだが……それでもエルクは真剣に思案していた。


「挽回させてほしい」

「挽回?」

「ああ。俺はきっとシアの想いに応えきれていなかったのだろう……だからその挽回をさせてほしいんだ」


(私がエルクを好きな気持ち、それに応えれていないって考えてるんだ……そんなこと全く無いのに。そしてそう考えてくれているエルクも好き! 大好き!)


 シアはエルクの胸に飛び込む。


「挽回させてあげる。何をしてくれるの?」

「シアの好きなことをしようと思っている……ああ、でも今日はサーリャと離れることができないんだ!」

「シア、エルクは今日、私から離れられない」

「じゃあどうやって挽回するっていうの?」


 二人から挟まれる形となるエルク。

 愛する家内が二人、両方とも平等に愛しく、大好きな存在。

 どちらかを選ぶなんて自分にはできないと思うエルクは、頭が沸騰しそうなほど思考を加速させていく。


「お、俺は……俺は、二人を満足させてみせる! だから時間をくれ、シア!」

「時間……? 時間をあげたら、何か挽回できるの?」

「当然だ。俺に全て任せておいてくれ。そしてサーリャ、今日は一日離さないからな!」

「離れないから、ずっと」


 ひしっとエルクに抱き着くサーリャ。


「だからサーリャと一緒にいることを許してくれ、シア!」


 エルクはサーリャをそのまま抱き抱え、外へと走って行く。


「エルク!?」

「シア、夜には帰る! 夜には挽回をする! だから待っててくれ!」

「…………」


 エルクの走る速度は尋常ではなく、すぐに彼の背中は見えなくなってしまった。 

 唖然とするシアであったが、エルクが考える『挽回』を楽しみにし、伸びをして着替えを始める。


「今日は義母さんと一緒に過ごそっと」


 エルクはサーリャを抱えたまま、ギルドへとやって来ていた。

 そしてすぐに仕事を見つけ、受付を速攻で済ませる。

 光のような速さでギルドを後にするエルク、その姿を見て職員も冒険者も全員が茫然と彼の背中を見送るのであった。


「はい終わり! じゃあ帰るぞ、サーリャ」

「仕事が早いエルクも好き」

「俺の腕の中で大人しくしているサーリャも好きだ!」


 モンスターの討伐をあっという間に終わらせ、すぐに町に戻るエルクとサーリャ。

 この間、わずか一時間足らず。

 驚異的な記録を更新し、この日以降エルクは『神速』の異名を付けられるのだが……彼の耳に入ることは無かったりする。


「仕事が終わったけど、この後どうする?」

「やることは一つ……シアのために頑張るのみ!」


 エルクの首に腕を回しながら、サーリャは首を傾げる。

 だがこの状態に幸せを感じているサーリャにとっては、どうでもいいことだったらしく、彼の胸に顔を埋めた。


「私から離れない約束、守ってる」

「当然だ……サーリャとの約束を破るわけないだろう。そしてシアとの約束も破るつもりは無い!」


 そして再び走り出すエルク。

 大忙しだがサーリャを離すことは本当に無かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「待たせた、シア」

「ああ、おかえり。どこ行ってたの?」

「挽回するためさ。俺たちの家に戻ろうか」


 サーリャを抱いたまま、実家を訪ねるエルク。

 すでに外は暗くなっており、エルクの母は息子が嫁を離さない状態に呆れるばかり。


「愛し合ってるのはいいけど、もうちょっと考えたほうがいいんじゃない? 色々と」

「考えている……考えた結果がこれなんだよ!」

「何をどう考えたらそうなんのよ!!」


 必死な形相でそう叫ぶエルクであったが……息子夫婦の出来事を知らない母はため息をついて額に手を当てた。


「はぁ……この様子じゃ、子供もすぐできそうね。それはいいことなんだけど、一体何人作るつもりなのかしら」

「さぁシア。すぐに家に戻ろう」

「え、ええ」


 シアの手を引き、家に帰るエルク。

 玄関の扉を開くと――テーブルにはいっぱいの料理が並んでいた。

 魚、肉、野菜……その全てには唐辛子が大量に乗っている。

 それを見たシアは、「わぁ」と感嘆の声を上げた。


「これ、全部エルクが用意してくれたの?」

「ああ。魚を釣って野生の動物を狩って……素材を集めるのに時間がかかった。でもシアが満足してくれるぐらいには、いい物を用意できたつもりだ」

「嬉しい……嬉しいよ、エルク!」

 

 エルクの頬のキスをするシア。

 そしてエルクとシアは席につき、食事を始めた。


「美味しい! 私、辛いの大好き!」

「ああ、シアが喜ぶものばかりを用意したからな」

「私は辛いの苦手」

「サーリャにはこれを用意した。遠慮なく食べてくれ」


 カチカチに凍ったパンをサーリャに手渡すエルク。

 もちろん、サーリャはエルクの膝の上に座ったままである。


「美味しい。私の好きなの分かってるエルク、好き」

「凍ったパンが美味しいって思うサーリャも好きだ」

「こんなの用意してくれるエルクが好き!」

「辛いの食べても辛がらないシアも好きだ!」


 家族で楽しく、それから愛の溢れた食事を楽しむエルク一家。

 母親がいう通り、子供ができるのも早いのかもしれない。

 そう思えるぐらい、愛し合うエルク夫婦であった。


 ちなみにエルクは翌日、辛い物を食べ過ぎて腹痛を起こしたのである。

 それも訓練と汗をかきながら耐え忍ぶエルクの姿があったとか……

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