第4話 操られた記憶、焼かれた昨日
ノエルは、自分の死体を見下ろしていた。
胸に深々と突き刺さっているのは、黒焦げになった破片。それは、記憶を記録する魔道具【記憶石】だった。暴走した魔力が内部から吹き出し、焼け焦げた痕跡が生々しい。
死体の表情は凍りついていた。苦悶と絶望、そして、何かを成し遂げようとした覚悟。その全てが、張りついたまま剥がれない。
「……昨日の俺は、記憶を残そうとしたんだな」
ノエルの声が震える。死体の空いた瞳と、自分の目が重なった気がして、思わず目を逸らす。
リアムは静かに頷いた。
「忘れたくない“何か”があったんだろうな。命と引き換えに、それを記そうとした。でも——」
彼は短く言った。
「結果はこれだ」
ノエルは拳を握った。掌に爪が食い込みそうになる。胸元に何かが触れる感触——死体の内ポケットから、焦げた紙片が覗いていた。
取り出す。破けかけたそれには、たった一文だけが残されていた。
『“彼女”を信じるな。お前も、俺も操られてる』
「……彼女……?」
ノエルの脳裏に、黒ローブの女が浮かぶ。感情の読めない仮面のような顔。あの無表情な眼差しが、なぜか急に恐ろしく思えた。
その瞬間——空気が震えた。背後から、刺すような魔力の圧。
振り返るより早く、声が耳に届いた。
「やっと思い出したか、ノエル」
ローブの女が、音もなくそこに立っていた。白い肌、黒の仮面。そして、光を帯びた眼だけが、鋭くノエルを見据えている。
「昨日のお前は、お前じゃなかった。だから私は——殺した」
ノエルの呼吸が止まる。鼓動がひとつ跳ねた。
「お前は“何か”に操られていた。目の色も、話し方も、全てが別人だった。自分では自覚がないまま、他人の意志で動いていたのよ」
女の声は、氷のように冷たい。だが、その奥に微かに滲む——悲しみのようなもの。
リアムの証言と重なる。昨日の自分は、誰かに操られていた。意識すらも奪われ、記憶も残せぬまま、死んだ——。
「次も同じことを繰り返すなら、その時は“魂”ごと焼き尽くす。記憶どころの話じゃ済まないわ」
その言葉を残し、女は影のように闇へと溶けた。言い逃げのようにも、警告のようにも聞こえた。
ノエルはその場に膝をついた。心の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
震える手で、死体の胸から【記憶石】を引き抜く。石は、まだわずかに熱を帯びている。微かに脈打つように。過去の“自分”の記憶が、そこに宿っている気がした。
「……見るか? 今なら、まだ間に合う」
リアムが低く、穏やかに問いかける。
見る——それは、全ての答えを得る方法かもしれない。けれど、その先にあるものを、ノエルは恐れていた。
この世界の歯車のどこかが、狂っている。自分の正体も、この記憶の真実も、そして“昨日の自分”も。
沈黙の中で、ノエルはゆっくりと顔を上げた。
だがその時だった。
「やめろ」
空間が裂けるような音が響いた。
現れたのは、一人の少年。
その顔、その髪、その声——全てがノエル自身と瓜二つだった。
「……誰だ、お前」
ノエルが問うと、少年は静かに答えた。
「お前が“それ”を見ると、この世界が壊れる」
少年——否、未来のノエルは言った。
その目に宿るのは、絶望を超えた先にある諦念。そして、微かに残る決意。
この未来を変えるために、彼は——“今日の自分”を止めに来たのだ。
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