22.鬼の青年 -飛翔-


「飛翔、お疲れ様でございました」




寝台の上で体を起こすと、

そこには華月が心配そうに俺を覗き込む。



まだ怠すぎる体を何とか手をつきながら起こして、

寝台から立ち上がると、今も眠ったままの神威の傍へと近づいていく。





「華月、どれほどの時間が過ぎていたんだ」


「サクラが力の解放をして、三夜の時間が流れました」




三日間?

あの時間が……三日も経っていたというのか。


華月の言葉に驚きながら、目の前の神威の状態を確認して

準に柊・桜瑛の状態も確認していく。




「多分、眠っているだけだと思うが……」


「万が一に備えて、ホームドクターとも連絡をとっていますから。

 順にあちらの病院へと搬送して頂けるように手配しています。

 飛翔、お疲れだと思いますが娘も……」



華月はそう言うと、視線を奥の方に向ける。

そこには小袖と長袴だけの姿で闇寿に抱かれて横たわるアイツの娘。



華月に支えられるように駆け寄って状態を確認しながら心の中で安堵する。




「命に別状はないだろう」



短く告げて俺自身も、そのままその場に座り込む。



「まぁ飛翔、貴方もお休みになられなくては……」


「神威が気にしてた桜鬼は?」


「現在、総力をあげて追跡していますが今だ見つかっていません。

 ご当主の為にも、軌跡を辿ることが出来ればよいのですが」


「あぁ、部屋で休む。神威たちを頼む」




そのまま再び下肢に力をいれて、何とか立ち上がると

ゆっくりと総本家の邸の方へと歩みを進める。



「お疲れ様でした。

 肩、お貸しします」


すかさず支えるように万葉が俺の腕を、

アイツの型へとまわさせる。



万葉に支えられるように邸の中へと入ると、

客室に支度されている布団へと潜り込んだ。



今もポケットには、兄貴の文字で綴られた雷龍の護符が

傷一つない状態でおさめられている。



取り出して兄貴の文字を辿りながら、

静かに祈りと感謝を告げた。



重怠い状態が続いて、瞼が自然に落ちてくる。





全て終わった。休む。




それでも何とか意識を繋いで由貴に短いメールを送信して、

そのまま眠りに落ちた。







目が覚めた時、俺の布団の傍には心配そうな由貴が顔を見せる。




「どうして……此処に?」




この場所は総本家で、鷹宮からはかなりの距離がある。




「飛翔、私が来ては行けなかったのですか?

 あんな短いメール。


 私が心配しないとは思わなかったのですが?


 いっ、いえ……飛翔を責めたいわけじゃないんです。

 あのメールを頂けたから、私ももう我慢しなくていいとも思えたのですから」




そう言うと親友は何故か泣いているみたいだった。 

 



「お前、メールの日から何日過ぎたか知ってるか?

 

 丸四日だぞ。

 お前がメールした後から、由貴をここに連れてきたのは俺。

 

 その後も、お前が目覚めないって狼狽えて鷹宮の連中にもいろいろと

 世話になってるみたいだな。


 お前の指導医も、様子見に来たみたいだしな」



時雨の言葉に、あの日からまた四日も過ぎていることに驚いた。

ただ眠っていただけの感覚が、そんなにも時間を経過させてしまっていた現実。





それでも目覚めはすっきりしていて、俺は布団の中で大きく伸びをして

体をゆっくりと起こした。





「飛翔?

 もう起きて大丈夫なのですか?」




今も心配そうに視線を向ける由貴。




「あぁ、よく寝たからな。

 それより飯でも食って帰るか?


 神威の様子も気になるしな。

 飯、付きあえよ」




短く告げると、由貴も時雨も静かに頷いた。



布団から起き上がって、畳んで部屋の隅に置くと

そのまま台所の方へと顔を出す。




「おはようございます。

 飛翔さま、氷室様、金城さま」


「朝ご飯を頼めるか?」


「かしこまりました。

 どうぞあちらのテーブルへ」




誘導されたテーブルへと着席すると、10分も経たずして

色とりどりに飾られた和食が運ばれてくる。



あっさりとした位に優しい味付けで。





「早城さまより幾度かお電話がありました」




村人の婦人部から何人か、お手伝いに来て貰っている中の一人が

頭をさげながら告げる。




その言葉に、両親に連絡する出来ていなかったことを今更に思い知る。




朝食の後、すかさず携帯を取り出して実家へとコール。

1回目の呼び出しが終わるかどうかくらいの早さで電話が繋がる。




「飛翔?飛翔なのね」



おふくろの声は凄く憔悴しているように感じた。



「あぁ、悪かった。

 兄貴の代わりに御神体を下ろした後、寝てた」


「そう……無事に役目を務めたと言うことね。

 お疲れ様でした」


「有難う。

 悧羅に顔を出して神威の様子を見て、今日はマンションに帰る。

 晩飯、頼む」


「えぇ、ご飯作って待ってますよ」


「あぁ。

 その前に母さんも少し休めよ。俺は大丈夫だから」



そう言って通話を切った。



その後は、兄貴の墓参りだけを済ませて総本家を後にする。

途中で、由貴と時雨とわかれて俺は神前の病院へと足を運ぶ。





関係者パスを見せて、顔を出したとき

俺よりも先に目覚めて、あの鬼の青年の傍にじっと座っている神威を見つけた。





「神威……」


「あっ、飛翔……。

 桜鬼、倒れてたところをここに運びこばれたんだ。

 ずっと眠ったままで目覚めない」




そう言うと神威はまたじっと、眠ったままの青年を見つめなから

その場で固まる。




「神威……大丈夫だ。

 雷龍たちが力を貸してくれただろ。

 お前はちやんとアイツを助けられたんだよ」


「……助けられたのかな?」


「助けられたよ」





自分にも言い聞かせるように、もう一度ゆっくりと呟いた。






「失礼致します。

 YUKI、今日も来たわよ」




そう言って姿を見せたのは、見知らぬ女の人。




「あれっ?先にお客様がいらしていたのね。

 徳力さま……かしら?」


「はい」


「社長から伺っています。

 この度は、由岐が大変お世話になりました。


 私、由岐のマネージャーを務めている有香琥珀です」



そう言って、その人はゆっくりとお辞儀をした。



その後ろから姿を見せたのは須王依子……。




「こちらは須王依子。


 新たに、由岐のサブマネージャーとして入社した新人スタッフです。

 依子、ご挨拶を。

  

 我が社がお世話になっている徳力さまです」


「初めまして。

 この度、トバジオスレコードに入社しました須王依子です。


 どうぞ宜しくお願いします」




そう言って挨拶をかえした存在は、

今までの出来事を何も知らないかのように元気に笑顔を見せた。




「お体は?

 最近まで意識がなかったと伺っていますが……」


「まぁ、依子そうだったの?

 今は大丈夫?」


「有香先輩、大丈夫です。

 何か凄く長い夢を見てたんですよ。

 YUKIの夢を……。


 ずっと寂しくて孤独で不安で……。

 だけどYUKIが夢に出てきて私を助けてくれたから。


 だから今度は、本当に意味で私がYUKIの力になりたいんです。

 父の会社の時はご迷惑を沢山掛けましたから」




そう言うと、依子は愛しそうにベッドに眠り続ける由岐和喜と書かれた青年に

そっと触れた。





「神威、行くか……」




これ以上の長居は邪魔になるかもと、声をかけて病室の外へと退室する。




「また来る……和鬼」




そう言って神威は、俺の後を追いかけてきた。



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