20.雷龍 翁瑛 -飛翔-
目が覚めた場所は鷹宮だった。
夜中、目が覚めて起き上がった途端に
ベッドサイドのソファーに座ったまま眠りにつく由貴の姿が視界に映る。
また……心配かけちまったか……。
腕に刺さったままの点滴の針を抜いて、
掛布団を由貴にかけると、モゾモゾとアイツは動いて目を開けた。
「飛翔……アナタと言う人は……」
真っ直ぐに見据えて睨み付ける表情と変わって、声だけは不安の色を伝えてくる。
「悪かった」
「神威君は心配いりませんよ。
朝まではぐっすりのはずです。
少し安定剤を入れて、休ませていますから。
ご心配なら、隣のベッドに」
「いやっ、別に構わない。
今は由貴に任せるよ」
「飛翔の方はどうなんですか?
何処か痛いとか、何かないんですか?」
由貴に問われて俺自身に意識を向けるものの、
それといって思い当たるものはない。
「いやっ、別にないな。
しいて言えば、のどが乾いた……くらいか」
俺が答えると由貴は呆れたようにホッとしたようにようやく笑顔を見せた。
「少し病室の外に出ていいか?
神威を起こしたくない」
そう言うとゆっくりと病室から這い出して、一番近くの自販機の前のソファーに座る。
ホットのブラック珈琲を注文しようとした俺は、
ミルク入りと微糖を先に選択されてしまう。
「今日の飛翔はこちらで。
明日のERは私。明後日は史也が交代してくれます。
こちらは、すでに安田先生と城山先生の承認済みなので
大人しく受け入れてくださいね。
後、神威君が私を頼ってくれたこと、凄く嬉しかったです。
面識が乏しい私に連絡をしてくるのは、とても勇気が必要な行動だったと思います。
そこは飛翔も、ちゃんと評価してあげてくださいよ。
あんな小さい子に心配かけて、どうするんですか?
貴方がちゃんと守ってあげるんでしょ。
亡くなったお兄さんの代わりに」
由貴の言葉を聞きながら、口元に運び続けた缶の中身はすでに飲み干してしまっていた。
「あぁ、俺が守る」
そうだ……兄貴の代わりに、アイツは俺が守る。
そうは思っていたが……アイツを取り巻く環境は、
俺の想像以上に特殊なものになっている現実。
「なぁ、由貴。
一人少女が眠り続けてる。
その眠り続けている少女と全く同じ容姿をした少女が現れて、
物理的に何かを起こしてくる」
「物理的にとはどういう事ですか?」
「俺も神威も物凄い力で首を絞められた」
「首を?」
「あぁ。
最初、首を絞められていたのは神威だった。
アイツを助けたくて、兄貴の護符を持った途端
稲光みたいなものが、真っ直ぐに俺の中に轟いた。
その瞬間、神威から首を絞めるターゲットは俺に変ったらしく、
外からの強い衝撃に意識を失いそうになりながら、必死に抵抗を続けてた。
その存在は、俺たちの首を絞めているにもかかわらず
俺たちが触れようとしても、触ることすら出来ない。
そんな現実、有り得ないだろう。
意識を失う間際、兄貴の声が聞こえた気がしてな。
兄貴と共に『宵玻招来』って声に出してた。
多分……神威を守ることすら出来ない俺を、
兄貴があっちから守りに来てくれたのかも知れないな。
『世話焼かせやがって』って文句でも言いながら」
記憶の中の兄貴を辿りながら、由貴に告げる。
「そうだとしたら、飛翔のお兄さんは二人のことが心配で
溜まらなくなって、力を貸してくれたのかもしれませんね。
お兄さんが守ってくれたから、飛翔も神威君も怪我一つしなかった。
それは喜ばしいことだと思います。
ただその……飛翔と神威君の首を絞めてきた存在が気になりますね。
また襲ってこないといいのですが……」
由貴はそう言いながら再び、不安そうな視線を見せた。
「由貴、朝には退院させて貰えると思うか?」
「さぁ、どうでしょうね。
片っ端から人間ドッグだ、精密検査だって帰して貰えなかったらどうしますか?」
そんなことを言いながら笑いかける。
そんなことを言いそうな存在を一人思い浮かべて、
俺も思わず想像して苦笑いする。
「それは困るな……」
「だったら朝まででも見つかる前に、ベッドに戻って」
由貴の言葉に病室に戻ろうと立ち上がると、
そこには何時の間にか、背後に立って俺たちの会話を盗み聞いていた嵩継さんが仁王立ちしている。
「あっ、……たっ嵩継さん……」
「氷室、お前がついていながらどう言うことだ?
早城、ぶっ倒れてたやつが何でこんな夜中に、自販機の前でお茶してやがる?
就寝時間はとっくに過ぎてやがるぞ。
とっとと寝やがれ。
じゃないと希望通り、人間ドックと精密検査のフルコースにしてやろうか」
その声に思わず、逃げ出すように病室へと駆け込む。
駆けこんだ俺たちの病室に追いついた嵩継さんは、そのまま病室の中に入って来て
隣のベッドに眠る神威の状態を確認していく。
「おぉ、よく寝てるな。
薬が効いてるみたいだ。
氷室、お前も仮眠室で休め。早城も一度は目覚めた。
後は大丈夫だろう。
明日、こいつのER変わるんだろ。
せっかくの貴重な休みを……だったら、寝れる間に寝ておけ」
そう言うと嵩継さんは問答無用で、由貴を仮眠室へと追いやった。
「お前さんもとっととベッドに入れ。
勝手に点滴も抜きやがって」
「抜いたっていっても、もう殆ど入ってないですから」
「追加だ追加。
どうせ、朝からまた無茶しやがんだろ。
研修医ってのは結構過酷で、ただでさえ睡眠不足な生き物だが
それ以上に二足の草鞋で駆けずり回ってるだろ。
無理しなきゃいけない時が人生にはあるだろうけど、
あんまりしなさんなよ」
そう言いながら嵩継さんは、再びポケットから取り出した新しい針で
俺の点滴をセットして病室から出ていった。
点滴の中身に一服盛られたことに気が付いたのはその後。
神威と同じように薬の力で落とされた
俺は翌日の昼を過ぎてようやく目覚めることが出来た。
すでに起きていた神威は、俺のベッドサイドで本を読み続けていた。
「よっ、神威。心配かけたな」
「別に……」
俺の言葉に返信するアイツの言葉は相変わらずで。
それでもアイツが心配していたのは、
昨日の由貴の情報からも、少し照れたような仕草をするコイツからも伝わってくる。
「えっと……キャビネットの上、安田って先生が朝から来た」
視線を向けるとそこには、嵩継さんの文字で綴られたメモが一枚。
*
起きたら帰っていいぞ。
神威君と一緒にな。
無理すんじゃねぇぞ。
安田
*
ベッドの上で、大きく伸びをした後
体を起こして神威の頭に手をやる。
驚いたような神威。
「さて、総本家にでも顔出すか。
華月と万葉が心配してるだろ」
そう言うと神威を連れて、一晩過ごした病室を後にする。
その途中医局に顔を出して挨拶だけする。
「飛翔、由貴に鍵だけ預かってる。
アイツ、今寝てるよ。
アイツ、オンコールだったから結局あの後朝まで眠れなくてさ」
そう言いながら、机の上に置いていた鍵を俺の方に投げて寄越すのは
同じ同期の蓮井史也【はすい ふみや】。
「サンキュ」
声を発すると同時にキャッチして、鍵をポケットに突っ込む。
「僕からはこっち。
神威君の口にあえばいいけど、マドレーヌ焼いてきたんだ。
車の中でどうぞ」
そう言って、神威にラッピングされた袋を手渡すのは若杉知成【わかすぎ ともなり】。
「神威、貰ったらどうだ?
こいつら二人も、俺の今の仲間だよ」
「あっ、有難うございます」
戸惑うように若杉から受け取った神威は、
その紙袋を俺の方へと押し付けてきた。
黙ってそれを受け取ると、二人にお礼を言って医局を後にする。
いつもの従業員専用駐車場に止まっていた愛車に乗り込むと、
俺は時雨に例の電話を一本かけて、そのまま総本家へと車を走らせた。
総本家に到着したのは夕方。
総本家の敷地内には、全員が勢揃いしていた。
「飛翔、もうお体は大丈夫なのですか?
須王さんからご連絡を頂きました」
華月の言葉に、余計なことをと内心毒づく。
「兄貴の力を借りたんだ。
護符の力で、雷龍にお出まし頂いた結果
ぶっ倒れた。
それだけだよ。
大した修行もせずに扱える神の力じゃないってことだ」
「飛翔、ならば今はなおさらご無理は行けませんわ。
奥に布団を敷きますから、どうか休んでください」
「様子を見ながらな。
さて神威、隣に。
昨日の須王家での出来事を説明する。
何か、解決のための糸口になればいいが……」
そう言って、自身が体験したことを関係者の前で伝える。
依子の現状のこと。
「信じられないかも知れませんが、
今の依子さんの御霊は、紅葉と言う少女に捕らわれてしまっているのかも知れません。
ご自身でも、わかり得ぬほどに。
ですが依子さんの体の上に、雷龍のご加護が降り注いだのであれば
徐々に二人を繋ぐ何かが、浄化されて清められていくことでしょう。
その時が、現実の世界に依子さんの御霊を引き戻すチャンスなのかもしれません」
柊はゆっくりと口を開いた。
「桜鬼が向かう先は咲と言う少女が居るところ。
そして、その場所には紅葉と言う少女が居る。
桜鬼は二人を助けて自らは滅ぼうとしている……。
桜鬼に残されてる時間はあまりない。
ボクは桜鬼を助けたい。
その為に、徳力の当主として、雷龍翁瑛の継承者として
今から禊に入る」
神威が決意したように言葉を紡ぐと、
一気に周囲の空気が緊迫を醸し出していく。
その日、俺も神威と共に真っ白い装束に身を包んで
敷地内の奥にある、祠へと歩いていく。
そこで柊によって伝授された、禊を手順通りにおえると
外には真新しい着物が用意されている。
仕事の際の式服と言うものに初めて袖を通して、
俺は神威の後ろに控えるように歩き続けた。
今も兄貴の護符だけは、話すことなど出来ない。
常に指先で護符の手触りを感じながら……。
雷龍翁瑛。
再び、俺の前に姿を見せてくれるなら……
どうか兄貴の忘れ形見だけでも全力で守ってやってくれ。
そう願わずにはいられなかった。
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