12.桜塚神社に住む少女 -飛翔-


翌朝、早々に目覚めて起きてきた神威は、

俺が休みなのをいいことに、

もう一度桜塚神社に行くことを望んだ。



朝食の後、俺はアイツを乗せて再び

桜塚神社まで車を走らせた。




神社では、咲久と名乗った存在が

境内の掃き掃除をしていた。



玉砂利を踏みしめながら、

神威は神社の方へと歩いていく。


その背後をついていく俺。





「おはようございます。

 徳力のご当主。再びお運び頂き有難うございます」



掃除の手をとめて、深々お辞儀をする。




「構わない。


 譲原さんはいつものようにお仕事を続けてください。

 少しお邪魔します」



神威は改まった口調で、その人に返答すると

真っ直ぐに、御神木の桜の木の方へと歩いていった。




「まだ居ない」



小さく呟く神威。



「居ない?誰かいるのか?此処に?」


「この桜の木が、この地を守る鬼の大好きな場所。


 夢の中のアイツは、いつもこの枝に座って

 ずっと世界を見つめてた。


 せっかくボクが来てやったのに、

 アイツ、何処に居るんだよ」



わけのわからないことを口走りながら、

神威は不機嫌そうに呟く。



そのまま桜の木の前で、深呼吸をはじめた。



呼吸をかえようとしてるのか?



何となくそんな気がして、少し神威から距離をとって

見守っていく。





神威は何度目かの深呼吸の後、ゆっくりと桜の木に手を翳した。



ただ翳しただけの手が、

一瞬、桜の木の奥へと引き込まれたようにも映る。




慌てる俺と裏腹に、アイツは至って冷静だった。




目を閉じて、じーっと桜の木に手を翳し続ける神威。


五分くらい過ぎた頃、

神威はゆっくりと目を閉じて桜の木から離れた。




「おいっ、どうした?神威」


「桜が教えてくれた。

 鬼の名前は、桜鬼神【おうきしん】。


 鬼としてのもう一つの名は和鬼【かずき】。

 

 現世【うつしよ】の名は、由岐和喜【ゆきかずき】。

 ミュージシャンのYUKIと関係あるらしい。


 一週間前、この場所が大きく揺れて以来、鬼の役割を果たすため

 異次元を渡り歩いてるみたい」


「非現実すぎて良くわからんが、お前の待ち人は此処に居ないんだな」



俺の問いにアイツは頷いた。




「後は、アイツを取り巻く環境。

 昨日居た、三人の少女。


 桜瑛が通う、聖フローシアの高校生。


 咲久の孫、譲原咲【ゆずりはら さき】。

 咲の友人・射辺司【いのべ つかさ】。

 司の姉、射辺一花【いのべ いちか】。


 射辺は三杉の傘下にある子会社の代表を担う家柄。


 フローシアのことは、桜瑛に聞けばわかるかな?


 飛翔、放課後を狙ってアイツの学校まで車を」



そのまま神威は車へと戻ると、

シートにぐったりと体を預けながらゆっくりと目を閉じると

すぐに眠りについてしまった。




俺にとってはただの大きな桜の木。

だけど神威は、桜の木を通して何かを見出したようだった。






神威を眠らせたまま、車を走らせる。



とりあえず鷹宮まで車を走らせて、軽く処置室で点滴をさせながら

休ませつつ、俺自身も休みの日ではあるけど、時間を持て余して

遅れている勉強をすませようと、医局に入って本を一冊手にしながら

神威の傍で読書を始める。



約40分くらいの点滴を終えて、そのままアイツが目覚めるのを待つ。




お昼を少し過ぎた頃、アイツは目を覚ました。



目覚めたばかりの神威を連れてランチを食べた後、

今度は徳力の本社へと顔を出す。



そこでアイツがなすべき仕事を一通り終えて、

ようやく聖フローシアへと車を向かわせた。



初等部の下校時間。



次から次へと制服に身を包んだ生徒たちが

門の前でシスターに見送られながら帰宅していく。



そんな校門前に車を停車する。




校門前に停車するとすぐさま、門の前に立つシスターが警戒しているのか

近づいてくる。



先に運転席のドアを開けてシスタ一に礼する。




「校門前ですいません。

 私、早城飛翔と言うものです。


 こちらの初等部に通う、秋月桜瑛さんを迎えに来たものです」



そのまま身分証明を見せながら声をかける。



「早城さまですね。

 秋月桜瑛の迎えと言いましたね。

 学園に登録いただいていますか?」



すると今度は助手席から神威が降りてきて近づいてくる。



「桜瑛っ!!」


「あっ、神威……」



校門から手を振りながら駆けてくる桜瑛。



「秋月家の御令嬢たるお方が、どのようなお振舞ですか?

 もっとたおやかになさい」



即座にシスターに注意されて、

桜瑛はしずしずと歩きながら、シスターに一礼する。



「申し訳ありませんシスター。

 家のものから連絡が入ったのですが、学校側にお知らせするのが送れたようです。


 こちらは徳力神威。学園に登録している婚約者【フィアンセ】です。

 運転しているのは、フィアンセの叔父さまです。


 正規に以後は手続きを取りますので、今日のところはお許しください。

 秋月に今すぐ確認して頂いても構いません」



桜瑛はシスターに告げると、その場でシスターは携帯電話から何処かに連絡する。



話の内容から、秋月家に電話をして現状を確認しているようだった。

確認が終わると、そのままシスターは俺たちを解放した。





叔父上をここぞとばかりに、強調したように感じた生意気な秋月の神子。

だけど、アイツが……神威の婚約者とは。



兄貴、何時の間にそんなことになってたんだ。




そのまま桜瑛と神威は、後部座席へと乗り込むと

俺は車は校門前から少し走らせて近くのコンビニへ停める。




「それで神威、高校生の方の情報を知りたいってどういう事?」


「そのまま」


「高校生の譲原先輩はスポーツ特待生で、いろんな部活の応援とかもしてるみたい。

 射辺司先輩は、初等部・中等部からも人気のお姉さまだよ。


 それで司先輩のお姉さまである一花先輩は、生徒会もされていてマーチングバンドでも

 有名なの。


 そんな情報が役に立つの?」



神威の話した三人の情報を桜瑛から聞き出しても特に

重要な手がかりがその中にあるとは思えないんだが。



すると桜瑛は駐車場から、校門の方へと視線を向けた。




「あっ、今校門から出てきたの三人の先輩だよ。

 何処かお出掛けなのかな?


 車に乗られて出掛けるみたいだけど……。

 車に乗る前に行ってみる?」



桜瑛はそうやって言うものの、今から行ったところで間に合わない。




「飛翔、後をつけて」



神威の言葉に、俺は車で追いかけていく。

三人を乗せた車は徳力の管理するデパートへと入っていく。




「神威……」


「うちの店に来てるなら警備に連絡する。

 もういいよ。


 桜瑛を秋月の邸に送って、ボクを海神の寮へ」



俺に告げると、アイツは電話をかけて誰かと会話をする。




その後、俺は秋月家の邸に桜瑛を送り届けて

マンションに戻って、海神の寮へともう一度神威を送り届ける。





海神の帰り、今一度、桜塚神社に足を伸ばしてみるものの

ゃはり変ったことはないように思えた。





昨日出逢った桜塚神社に住む少女がその日のうちに消えてしまったなんて、

その時の俺たちには思いもしなかった。

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