7.不穏な音(こえ) -神威-
柊との修行。
一週間の学院生活を終えて週末、
ボクは再び飛翔の迎えで、
「宝さま、おいでなさいませ」
だけどまだ桜瑛の姿がなかった。
「柊、桜瑛は?」
「秋月の巫女は今週はおいでになりません」
「今週は来ない?
桜瑛は何も言ってなかったぞ」
「さようでございますか?
ですが柊の元にはそのように連絡が参りました」
少し拗ねたように納得がいかない心を押し殺して
ポケットの中から携帯電話を取り出す。
電話帳から桜瑛の番号を呼び出してコールボタンを押すものの
アイツは出る気配はなかった。
「神威?」
「もういいっ。
飛翔、修業に入る」
八つ当たりするように飛翔に言い捨てて、ツカツカとボクは洞窟の中へと入っていく。
「飛翔、お前もやれ」
当初は一緒に修行をしていたものの、何時しか見学だけになったアイツに
声をかける。
アイツはやれやれっと言うような顔を浮かべて、
ボクの方に近づいてきた。
「ほらっ、やるぞ。神威」
柊に教えられた所作を辿るように、身を清める儀式の後
何度も何度も、指文字を描き続ける。
修行開始からもう少しで一ヶ月が過ぎようとした頃、
ボクはようやく、体内に宿る気を一点に集中させることが出来た。
耳を澄まし、自然の声を聞く。
自然と溶け込んで一体になるイメージをして、
体内を流れる気脈の流れを追いかけていく。
正直、今もボクが追いかけているものが柊が言う気脈かどうかなんて
わからない。
だけどその流れに意識を集中していくと、ボクの意識が集中しているところが
一際温かく感じるようになった。
多分、それが……気っと言う見えない力を一点に集中出来ている証なのかもしれない。
そんな風にも思えた。
一点に力を集中することは、とても体力を消耗する。
だけどその集中した力で、雷龍翁瑛の召喚の指文字を描いても目の前に何の変化も生じない。
「チクショー」
悔しさから弱音が零れる。
「宝さま、人にはその人それぞれの持つ特徴がございます。
今の宝さまは、焦っておられます。
焦っておられます故に、その瞬間気脈が乱れるのです。
心の乱れは気の乱れ。
心が静まりきらぬ中で、神の力を宿すなど出来ません」
「なぁ、柊……。
お前も大変だったのか?修行」
「大変と言えば大変でしたし、流されたと言えばそうなのかもしれません。
私は生駒の家に生まれました。
そして幼い頃から、色々なものを視ることが出来る存在でした。
人が視えぬものを視る私を、一族の大人たちは流石、
次期当主だともてはやしましたが
その力のせいで、気味悪がられた私には友達も作れず、
心の拠り所となれるものが居ませんでした。
そんな折、出逢ったのが徳力櫻翼《とくりきおうすけ》。
私の夫でした。
視えない力の修行。私も成果があるかどうかなんて、眼に見えて感じられるわけでもなかったのですよ。
その後、夕妃を身ごもりました。
生駒は女傑族。
当主となる年、先代当主である母を殺めて就任することが儀式とされています。
お腹の子にそんな宿命を背負わせたくなかったと言えば聞こえはいいでしょう。
ですが……私自身が母を殺められるはずもなかったし、
我が子の父となる最愛の
手にかけられるはずもなかったのです。
生駒の当主は完全に女子でなければならなくて、
当主の身を穢した男は罪を犯したことによって
殺されなければならない。
バカげているでしょう?
貴方の住む徳力にも、バカげていると思えることがあると思うわ。
私はそんな柵から解放されたくて、一族を飛び出した。
貴方のお父様の恩恵を受けて、夕妃も出産して、
夕妃を守るために
更に危険を遠ざけるため、
夕妃を華月様に容姿として迎え入れて頂いた。
でも私は私のことだけで精いっぱいで、何も見えていなかったのね」
「見えていなかった?」
「えぇ。私が生駒を出た後、
一族は父親の違う妹の
風が教えてくれたの。
母が絢吏に殺されたことを。
だけど妹を責めることなんて出来なかった。
その夜だったかしら?私が蒼龍を視て交わったのは。
母の温もりのある慈愛に満ちた蒼龍に抱かれるように、
私は本来の役割だけを全うしたいと思うようになったの。
私には守りたい未来があるもの。
生駒の解放と、最愛の娘がのびのびと自由に暮らせる世界を。
まだ娘と殆ど変わらない貴方に、こんなことをさせて心苦しく思っているわ。
だけど……生駒の解放は、宝さまのお許しなしには成しえないの。
私は私の持つ知識の全てをお伝えします。
それが今の私の使命。
その全てを知って、宝さまがどう思われても私はその意に添いたいと思っています。
まだ時間はあります。
宝さまの御身を守ってらっしゃるのは、貴方のお母上様である
そして先代当主、
ご両親をお信じなさいませ。
柊は近くで、宝さまのペースでご指南致します」
ボクの問いに、自らの身の上話をした柊。
柊の言葉は今のボクには難しくて、よくわからなかったけど
柊が大切な人を守りたいと思っているのは、ボクにも伝わった。
ボクも大切だと思える存在を守りたい。
その思いがあれば、何時か……ボクの呼びかけに雷龍が応えてくれる日が来るのかもしれない。
そんな風にも思えた。
週末、三人だけの修行を終えてボクは、またいつものように海神校の寮へと戻った。
その日も何時ものように、皆が寝静まった寮の自室で
一人、力を高めるための儀式と修行を続ける。
一点だけに集中していた気脈の気を、次第に意識を少しずつ広げていく。
ほんの少し、金色の光がボクの体を包み込んでいるようにも思えた。
息を止めて一気に集中して、呼吸が続かなくなったのと同時に崩れ落ちるように
ボクは床へと座り込んだ。
大分上手く行った気がする。
疲労感は半端ないのに、何処か心は軽くて
少し嬉しさが混じる。
引きずるようにベッドに潜り込んで、
目を閉じると、意識は何処かに引きづられるように落ちていった。
突如金縛りにかかったように動かなくなった体に、
まとわりつくようにねっとりとした黒いものが、圧力をかけながら渦巻いて締め付けていく。
何?
目の前に広がる、非現実的な光景にボクは体を動かし、声を出したいと望むのに
自由にならないボクの体。
真っ暗な世界の中、薄らの見えるのは……金色の角を宿した存在。
*
誰?
*
声をかけたいのに、ボク自身は発することも動くことも出来ない。
体を少しずつ黒いものに乗っ取られている、その角の存在は
ボクを捕えて「タ・ス・ケ・テ」と紡いだ。
その鬼の周囲には、桜吹雪が舞い踊る。
朝、重怠い体を引きづるようにベッドから体を起こす。
ずっと、自由の利かなかった体はようやく動かせるようになったものの
怠すぎる体は、ベットからすぐに動ける状態にしてくれない。
デューティーのお目覚め準備をしなきゃいけないのに……。
「徳力君、時間だよ。早く起きないと間に合わないよ」
ルームメイトの子が声をかけ、ボクはベッドから必死に体を離そうと
床についた足に力をいれるものの、立ち上がれた思った途端、体が床にすり抜けた感覚が包み込んで
床へと倒れ込んでしまった。
「徳力君?」
物音に慌てて、ルームメイトが駆け寄ってくる。
かっこ悪い……。
「ぼく、徳力君のデューティー呼んでくる」
そう言って、慌てて駆け出す存在。
まだ殆ど名前も覚えていないルームメイト。
大人に囲まれた生活が多すぎて、ボクと同じ年代の存在にどうやって
付き合えばいいのかわからないから、ずっと疎遠だった。
当たり障りのない関係だけを続けた、ルームメイトたちがボクの為に走りまわってる。
「神威っ!」
暫くしてボクのデューティーが、駆けつけてくる。
デューティーの後ろには、グランデューティとなる、デューティーのデューティ。
「神威、医務室で少し休もう。
抱え上げるよ」
グランデューティに抱きかかえられたまま、寮の医務室に連れて行かれると
西園寺病院からの校医が駆けつけて、ボクを診察していく。
「疲れているのかな」
診察してくれた先生は、そう言ってボクに点滴の処置をして
デスクに座った。
「大丈夫だとは思うけど、念のために保護者の方に連絡しておこうか」
先生の言葉に、ボクは渋々、飛翔の連絡先を伝えた。
平日の今は病院で働いている時間だと思うから、
鷹宮総合病院の連絡先と一緒に。
「今は眠りなさい」
先生の優しい声と、点滴がポツポツと落ちるのを見つめていると
すーっと、ボクは眠りの世界へと導かれた。
そして再び……あの金色の角の夢を見た。
それと同時に大きな桜の木の夢を。
目が覚めた時、ボクの傍には着物姿の華月と、病院を抜け出してきたらしい飛翔の姿があった。
「ご当主」
華月の言葉に体を反射的に起こそうとしたら、
すーっと伸びてきた飛翔の腕に、それ以上を起きることが出来なかった。
「起きるな。じっとしてろ」
そう言いながら、飛翔はボクの腕から、終わったらしい点滴の針を抜き取った。
気まずくて何も言えないボクは、二人の視線から逃げるように
窓の外を見つめる。
その時……、ボクの視界に入ってきたのは夢で見た大きな桜の木。
……タスケテ……ボクガ、ソマルマエニ。
夢の声と同じ、その声がボクの耳に届いた。
不穏な音(声)。
その日から、ボクを取り巻く時間が少しずつ変わっていった。
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