5.劣等感 -神威-
柊と共に始めた週末の修行。
平日は
土曜日の午後から飛翔の迎えで赴く
修行の始まりは、
一番最初に教えて貰った所作に乗っ取って、
桜瑛と二人、自分自身を清めていく。
清めていくといっても、何処をどう清められているのかすら実感が出来ない現実。
だけどどれだけ同じように修行をして実感が得られていないボクと違って、
桜瑛は修行の成果が目に見えて現れていく。
そう先日の修行の最中、桜瑛は
指先から迸った一瞬の炎。
そして……天から降り立った、炎が一筋アイツの体内へと吸い込まれていくのを見た。
その直後、崩れるようにぶっ倒れた桜瑛は
そのまま神前へと運ばれて、一晩の入院の後退院となった。
倒れた桜瑛を気遣う心と、同じように修行を始めながら
何の手ごたえも感じられないボク自身の不甲斐なさに劣等感を覚える。
その日、修業が中断してボクは久しぶりに総本家の邸へと帰った。
飛翔の運転する車が邸前に到着すると同時に、
万葉が奥から姿を見せる。
そして万葉の隣に立つのは、
現、【桜】を担う存在。
暁華は、
そして桜瑛にとっての大親友。
*
大人しく寮に居ればいいものの、
帰ってきたのかよ、アイツも。
*
心の中毒づきながら、飛翔の車を降りる。
「お帰りなさいませ、ご当主。
そして飛翔さま」
万葉が頭を下げて、いつものように迎えいれようとするなか、
ボクが車から降りると同時に、近づいてきてボクの頬を平手打ちする華暁。
流石の状況に、飛翔も
「桜さま、ご当主に何てことを」
慌てて、
だけど暁華にそんな説教はきかない。
「お黙りっ、
誰も神威に何も言えないから、こんなことになるの。
お母様が監禁されてたですって?
監禁されて、倒れて、入院までなさっていたのに私は学校の寮で何も知らされなかったですって。
それに……私だって、徳力の「桜」として一族の為に修行してるわ。
今は、全く力のないそこの当主よりは霊力だってあるわよ。
私の式神が教えてくれた。桜瑛が倒れたって。
しかもその傍には、神威、貴方が居たわ。
どういうことか、私の前で説明して貰うわよ」
アイツは勢いに任せて、ポンポンとボクを責め立てるように抗議する。
そんな暁華を無視するように、目の前を通過して邸の中に入ると
中でも、じっと真っ直ぐにボクを見つめる視線が一人。
「ご当主、飛翔お帰りなさい」
ふと椅子から立ち上がった華月が、ボクたちに声をかける。
「ボクは部屋に居る」
華月にのみ所在を告げて、
そのまま更に奥にある部屋へと向かう。
背後から気配を感じていた飛翔は、
華月と夕妃たちに捕まっているようだった。
数ヶ月ぶりに立ち入った総本家の自室。
その部屋でボクは、着物に袖を通すと
裏庭から更に奥の神殿へと続く場所へと歩いていく。
総本家の敷地内は広い。
母屋のある本館。
その奥には、桜の住む居住区「
当主のみ立ち入ることが許される「神殿」が存在する。
神殿へと続く途中、真っ黒な巨大の石にしめ縄が
飾られている
徳力の家から代々受け継がれているこの龍石は、
一番最初に、一族の御神体である雷龍が降り立って巻きついた石とされている。
それ以来、この石の近くには正方形の黒い石が次から次へと湧き上がる。
本当かどうかは、今のボクにはわからないけど
その石の一つ一つに龍が宿り、力あるものは使役することも可能だとか。
その石の麓に立って、柊にならった通り禊を再び実行して
息吹を生吹へと転じるように、所作を繰り返す。
そこで雷龍召喚の指文字を描くも、
ボクの体には、ボクの心には何も伝わらない。
チクショーっ。
何度か同じ所作を繰り返して挑戦するものの、
成果は感じられる、その場に崩れ落ちて、
悔し紛れに両手で土を握りしめて拳を地面に叩きつける。
何度も何度も痛め続ける拳。
悔しさから溢れだす涙。
その場で立ち上がって腕で涙を涙を拭うと、
そのままフラフラと神殿の奥から今度は海岸の方へと歩いていく。
両親が眠るお墓の傍へ。
あの場所で……一度、金色の雨を見てる。
だからあの場所なら……ボクも桜瑛のように力が使えるかもしれない。
そんな僅かな祈りを込めて。
着替えた真っ白な着物は、土に汚れてしまってる。
決して、身綺麗と言えぬままボクは
父と母が眠る墓の前で、同じように柊に教わった所作を繰り返して
再び雷龍召喚の指文字を描く。
*
今は全く力のないそこの当主よりは霊力だってあるわよ。
*
暁華の言葉が深く突き刺さる。
お父さんはどうやって
ボクは、お父さんの子供なのに……徳力の当主なのに、
どうして雷龍とコンタクトがとれないの?
雷龍の力を感じられないの?
ボク自身を責める言葉は沢山思いつくのに、
思いつけば思いつくほど、ボク自身が苦しくなってお墓の前でしゃがみ込む。
*
お父さん、お母さん。
お母さんはどうしてボクを守るためにその身を海に還したのですか?
お父さん……。
お父さんが海に還った後から、ボクは当主になりました。
だけど当主って何ですか?
ボクは徳力と言う透明な籠に閉ざされ続ける鳥なのですか?
*
手を合わせながら、何度問いかけても
お父さんの声も、お母さんの声も聞こえない。
ただボクの耳に届くのは、規則正しい海が波打つ子守唄。
そんな波の音に誘われるようにボクは眠りに落ちる。
気が付いた時、ボクは自室の布団の中で目を覚ました。
「ご当主、お目覚めですか?
心配致しましたよ。
お父様とお母様のお墓参りですか?
一言、声をかけて頂ければ皆さま、安堵なされましたのに」
眠っているボクに声をかけてくるのは、見知らぬ存在。
ゆっくりと布団から体を起こして、
真っ直ぐに見据える。
「誰?」
「ご当主、お目覚めでしょうか?」
目の前の女性に声をかけた途端、襖の向こうから
聞きなれた声がボクを呼ぶ。
あの声は……確か、闇寿と万葉の妹、
「
真っ直ぐに背筋を伸ばして、声を襖の方に向ける。
「失礼いたします」
そう言って姿を見せたのは、久しぶりに見た
「どうぞ、ご当主、お飲み物をお持ちいたしました。
兄、
兄は母屋には長く留まれぬ身故に、桜さま付の身ではありますが
私がこちらへとお邪魔致しました。
お隣に居ますのは、兄・万葉の婚約者、撫子にございます。
私が席を離れる間、ご当主のお傍へとお願いした次第でございます」
ボクの身に起きた出来事を、わかりやすく説明した後
盆に乗せてきたお茶をボクの前へとそっと置く。
ボクの耳には、屋敷内に響くピアノの音色がきこえた。
「飛翔は?」
「華月様とお話し中です。
お呼びいたしましょうか?」
「かまわない。
もう暫く、ここでお茶をして待ってる。
学校の宿題もあるから」
「かしこまりました。
飛翔さまには、お話が終わり次第お姿を見せるようにと伝えておきます。
撫子、後のお世話はお願いします。
それでは、ご当主、私は桜さまの元へと帰ります」
静かにお辞儀をした桜愛は、ボクの部屋を後にする。
ボクの部屋の片隅、正座したままじっとボクの傍に居続ける撫子。
「撫子と言ったか?
気負わなくともよい。
ボクは初めて知ったぞ。
「ご当主へとのご報告は、正式に決まりましてからと万葉さまと話しておりました。
今はまだ婚約者候補と言う形で、私が万葉さまの婚約者になるには
総本家からのお許しも必要ですから」
撫子はそう言ってボクの方を微笑みながら見つめる。
「総本家からの許しは、つまりボクの許可と言うことか?」
「はいっ。さようでございます。
改めまして、ご報告の仕度が整い次第、ご当主様の御前にて正式に
お許しを賜れましたら、婚約者となることが叶います」
「わかった。
万葉が幸せになれるなら、ボクに反対の意思はない。
今この時から、正式に万葉の婚約者として振舞って構わない。
今日は世話になった、撫子」
ボクの口からスルスルで零れ落ちる、当主としての染みついた言葉。
何時の間にか、ボクはこんな形でしか身内とは会話が出来なくなった。
何も出来ないこんなボクが、偉そうに徳力の当主を名乗り続ける。
そんなことが本当に許されていいのだろうか?
ボクがそれを許されるには、学問にも武術にも呪術にも全てにおいて
一族の頂点に立つことが求められるから。
その為には、ボクにはどれだけ時間があっても時間は足りない。
もっともっと必死になってボク自身を磨き続ける。
その後、飛翔が迎えに来た後、ボクは海神校の寮へと帰宅した。
翌日から始まる一週間。
ボクは授業にも集中して、放課後はデューティーと過ごす時間の中で
授業よりも先の問題を教えて貰う。
そして勉強時間も終わると、就寝時間までの間
自分の部屋で、一人、修業を復習し続ける。
体の一部になるほど所作が染みつくまで、
何度も何度も繰り返しながら。
劣等感を克服するには、
どれだけ挫折をしそうになっても繰り返し修行することしか出来ないから。
何かから逃げ続けるように、
必死に向き合い続ける、孤独の時間。
ボクは……何のために此処に居るの?
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