22.潤う雨 -飛翔-
鷹宮を後にして安倍村の総本家へと由貴を同行させて
再び向かう俺。
当初、ハンドルを握っていた由貴と
SAで運転を交代した後、ノンストップで安倍村まで走り抜けた。
「飛翔……」
「由貴、此処からは何が起きるかわからない」
弱音にも聞こえる言葉を親友に告げながら、
俺は敷地内へと足を踏み入れた。
「飛翔……何だか、このお屋敷……
前よりも空気が重たいような気がするのですが。
2月にお邪魔した時は、
もっと神聖な感じがしていたはずなんです」
突然、そんなことを言いだす由貴を
思わず見つめる。
「お前、霊感……」
「霊感なんてそんなものは持ち合わせてませんよ。
ただ直感なんです。
何となく、この場所はザワザワしている気がする。
そう感じてしまうのです」
そう言うと、由貴は注意深く周囲を確認するように
キョロキョロと視線を動かしながら、俺の後をついてくる。
「止まれ」
敷地の中に入って、前回、圧迫感が襲い掛かって
意識を失ってしまったその場所に近づくと
由貴を制して、立ち止まった。
「飛翔、どうかしたのですか?」
「この奥で前回意識を失った。
多分、この体中の痣が作られた場所だと推測している」
「ならば今回は無理は出来ませんよ」
無理は出来ない。
俺一人ならば何とかしたかもしれないが、
今は由貴を連れてる。
勢いとはいえ、由貴を同行させた俺自身の判断の甘さに苛立ちを覚える。
「飛翔、退け。
時間がない」
突然、聴きなれた声が聴覚に届く。
「闇寿さま」
神威の後見役を務める、
従兄弟の華月の旦那。
闇寿さまの後ろには見知らぬ女性が一人。
「柊佳【とうか】殿」
闇寿さまが、その女性の名を紡ぐ。
「お二人とも、その場から後ろへ。
この場は、私がお相手致します」
凛とした口調で告げると、
その女性を取り巻く空気が瞬く間に変わっていく。
張りつめた空気は渦のように、
その女性を包み込んでいくのが感じられる。
「闇寿さま、あの方は」
「生駒家の本巫女。
蒼龍と契約せしもの」
生駒と言えば……、
風舞【かざまい】の一族。
「と言うことは、この屋敷は目に見えぬものに
何かを細工されているということですか?
俺も邸に足を踏み入れた途端に、
圧迫を受けて意識を失いました」
「この奥に華月は居る。
万葉からの情報だ。
今日、当主の儀式が行われる。
何としてでも阻止したい。
その為に、私が柊佳殿を探し出して此処に来て頂いた」
そう告げた闇寿さまと一緒に、
目の前での不可思議な時間を見届ける。
まるで何かの夢を見ているように、
風が巫女を宙へと浮かしていく。
浮遊する巫女は、そのまま指先で何かを描き出す。
次の瞬間、暴風雨のように風が暴れ出して、
龍神のシルエットが総本家の頭上に現れた。
豪雨のような雨が降り注いで、
ピタリと止んだ瞬間、宙を浮遊していた巫女が突然落下してくる。
落下した巫女を慌てて抱きかかえる闇寿さま。
「もう大丈夫ですわ。
雷龍の力が解放されるまでは、何時同じ状態になりうるかはわかりませんが
今暫くは持つでしょう。
闇寿殿、早く華月殿の元へ」
巫女はそう告げると、闇寿さまは視線を俺に向ける。
「由貴、彼女を頼んでいいか。
俺は中に入る」
彼女のことを由貴に託すと、
そのままこの間は踏み入れた途端に、圧迫感が激しくて動けなくなった
その空間へと足を踏み入れた。
前回の出来事が嘘のように、
何の抵抗もなく侵入することが出来る。
闇寿さまについて、総本家の奥座敷の方まで踏み入れると
その中の一番奥の座敷牢で、縄に縛られたまま壁際に繋がれている華月の姿を見つける。
すでにその体に力はなく、
繋がれた鎖だけが、辛うじて彼女を支えているような現状だった。
ずっと手にしていた刀の鞘を取り払って、
座敷牢の鍵を隠すと、そのまま彼女結ぶ縄を切って鎖を叩き落とす。
「飛翔、手を貸せ」
闇寿さまに求められるままに、
華月を救出する。
闇寿さまの体に倒れ込むように崩れ落ちた体を、
その場で横にさせて、確認していくのはバイタルの状態。
「外に運び出そう。
勇が神前とコンタクトをとってくれる手はずになっている。
すぐにドクターヘリが飛んでくる」
そう告げると、華月を抱きかかえようとする手を闇寿さまが制して
自ら抱きかかえると、座敷牢の外へと向かっていく。
「飛翔……」
生駒の巫女を解放していた由貴が、
次に運び出された華月の状態を見て絶句する。
「飛翔と同じように彼女も閉じ込められてたの?」
「あぁ。
これで後は、神威だけだ。
由貴、勇には連絡したか?」
「えぇ。勇はすぐに神前からドクターヘリを向かわせてくれる。
そのヘリで一緒に乗り込んでくるみたいですが……。
後、時雨ももう近くまで来てるみたいです。
皆、飛翔のことが心配なんですよ。
私だけじゃなくて」
そう言った由貴の言葉に、
心が少しあたたかくなるのを感じた。
そんな温もりを、アイツは……
神威は知っているのだろうか。
まだ早い……。
アイツを死なせるには。
「由貴、ヘリが来るまで頼んだ。
闇寿さま、神威の方へと俺は行きます」
行先だけ告げて、そのまま総本家の敷地を飛び出して
山道を抜けて、儀式の行われてきた砂浜を目指す。
兄貴と何度か出向いた、
母さんと父さんが最後を迎えた場所。
そして兄貴が最後を迎えたその場所で、
今日、短すぎる終焉を迎えようとしている神威。
どれだけ憎まれても、
それだけは阻止したくて。
痛みだす脇腹を抑えながら必死に走り続けた先、
真っ白い装束にの行列が掛け声と共に輿を運んでいく。
先頭から数名は手にそれぞれ榊や竹飾り、
お供えものを手にして歩いている。
その後ろには豪華な輿が
何人もの人に担がれて後に続いている。
「神威っ。
俺だ、飛翔だ」
柄にもなく叫びながら行列の方へと走っていくと、
輿を停めて、綺麗に整列していた白装束の奴らが
俺の方へと一斉に向かってくる。
そんな白装束の村人たちの攻撃を慣れない砂に
足を取られながらかわしたり、
投げ飛ばしつつゆっくりと輿へと近づいていく。
「神威っ!!」
神威の輿まで一気に駆け寄ると、
その輿の扉を蹴破る。
「……飛翔……」
驚いたような顔をしたアイツに手を伸ばして、
輿の中から引きづりだすと、
神威を守りながら、襲い掛かる奴らと殴り合う。
だけど僅かな隙で、村人たちは神威を奪い取り、
輿から下ろしたまま、アイツを縄で縛りあげて
引きづるように海の方へと連れて行く。
俺自身も人数を見極めながらやりあっていたはずが、
一人で倒すには、分が悪すぎる人数が集まり
最初に殴られ倒されたのをきっかけに、防御に徹しながら
腹部や胸部に入る暴力を必死に防ぐ。
何時の間にか持ち出してきた、
棒による乱暴。
口の中を切って流れ出る血を手で拭い取って、
そのまま、砂の上に吐き出す。
……兄貴……。
力を貸してくれ。
俺は神威を助けたい。
節々まで痛みが走る体を必死に起こして
ゆっくりと立ち上がるとまた神威のもとへと走り出す。
もう一度、
神威の腕を掴み取る。
村人たちの暴力を受けて同じ繰り返し。
「神威、
手を取れっ!!」
近づいて、何度も叫び続けるものの
神威の返事は聞こえない。
輿に居た時は、俺の名を呼んだはずの神威は、
もう瞳に何を映さなくなったように、
「村人たちを助けないと」
っとまるで暗示にでもかかったかのように
うつろな目を向けてブツブツと繰り返して紡ぎながら
フラフラと海へと向かい続ける。
無力感だけがただ押し寄せながら、
神威にもう一度近づくタイミングを
見計らいながら村人たちの暴力を耐えしのいでいた。
こんなにも傍に居るのに、
俺はまた何も出来ないのか?
……兄貴……
俺の代わりに
アイツを守ってやってくれ。
何度も何度も祈るように問い続ける。
やがて……静かに黄金の雨が降り始める。
その雨は傷を癒すように、
何処か優しい心を潤していく雨だった。
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