17.優しい雨 -由貴-
飛翔が語った過去は、
私の想像以上のものでした。
幼い頃から、寂しい思いをし続けた
その心は……遠い日の私にもシンクロする。
仕事ばかりで、
家を留守がちにした両親。
両親が留守がちなだけでも寂しかったのに、
両親が村人たちに殺された辛さを抱えながら
現実を生き続けるのはどれほど辛かったでしょうか?
私には……時雨が居ました。
時雨と時雨の双子の弟である氷雨。
二人が支えてくれて時雨たちの両親が、
いつも自分たちの子供のように接してくれた。
だけど飛翔は、その唯一の支えである
お兄さんにすら、見放されたと心に深い傷をつけたまま
早城家に養子入った。
出会った頃から気になってた
早城のご両親と飛翔の関係のズレ。
そんなパズルのはまらない原因が
わかった気がした。
他人行儀な親子関係の原因は家柄。
総本家と分家。
その二つの縛りが、
こんなにも世界を遮断していくなんて。
そして……それは、
今も神威くんと飛翔の間に根付いてる。
飛翔は……神威君に、
ご両親や兄さんがしてきたような犠牲は
背負ってほしくないと願ってる。
それと同時に……本来は、
その責を背負うのは神威くんの前に
自分自身であることを一番知っている。
その罪悪感が先に立ちすぎて、
視野を狭くさせてるのかも知れない。
一方的な思いをどれほどに押し付けても、
相手を苦しめるだけなのに
それすらも、気が付けずに。
そして……もしかしたら神威君もまた、
飛翔を守ろうとしてるのかも知れません。
飛翔を冷たく突き放して
総本家に関わらせないようにしている。
飛翔は、今は分家の末端の人間。
もしかしたら……お父様である、
飛翔のお兄さんがどうして、
飛翔を分家に養子に出したのか
大人の世界で強く揉まれ続けた彼は
気が付いたのかも知れません。
こんなにも思いあって響きあっているのに
決して相容れることのない不器用な形。
目に見えず、
言葉にしていないからこそ、
水面下でぶつかり合う感情は、
次々と相手を傷つけていく。
飛翔は……黙ったまま、
お兄さんからの手紙をじっと見つめている。
「……飛翔……。
それで貴方はどうしたいのですか?」
静かに言葉を続ける。
ここで飛翔の心をまた閉じさせてはいけない。
私の心がそう告げるから。
覚悟のメス。
貴方を追い詰めるであろうと知りながら
あえて……言わせてください。
互いを思いあいながら自滅していく
二人をこれ以上見ていたくないから。
「……別に……」
言葉を紡ぐんで、本性を出さなくなった
飛翔の頬を思いっきり掌で打つ。
「飛翔……。
貴方の言葉は飾りですか?
言いたいことがある。
貴方の表情は、目は何かを語りたげですよ。
目は語りますが、目だけでは
全ては伝わりません。
吐き出せない言葉は思いだけであって、
考え、決意に至ってません。
飛翔の中では私が言わなくとも
心はすでに定まってますね」
穏やかな口調でありながら、
一言一言に力を込めて。
こんなにも冷静に紡ぎ続けられるなんて、
私自身も驚くほどに言葉がスラスラと飛び出してくる。
「あぁ。
神威は助ける」
短いけれど、
そう言い放った飛翔の一言は
とても力強かった。
「神威は助ける。
それが兄貴の優しさに報いるための
俺のすべきこと。
あれには、まだ未来がある。
だが……」
「だが?」
飛翔が告げようとする言葉の
正体を感じながら、
あえて……飛翔の言葉で
吐き出させようと語尾をリピートする。
暫くの沈黙の後、飛翔は再び、
言葉を紡ぎはじめした。
「アイツは……あのガキは俺を許さない」
「飛翔、貴方がそう思う根拠は?
神威君が、貴方に向かって自分の声で
はっきりと告げたのですか?」
自らの意志で、しっかりとした口調で
飛翔を否定したのであれば、
今のままでは関係の修復は難しいのかもしれない。
だけど……飛翔の話だを聞いていると、
飛翔と神威君の間には、二人が近づくのを快く思わない
そんな人物がいるようにも感じられて……。
もしかしたら……神威君は、
マインドコントロールをされている可能性も
否定は出来ないように思えるから。
昔から、飛翔のような古風な家柄に生まれて
その家の都合のいいように操られるように教育されてきた。
神威君の幼い頃の生活が、
そうやって続いてきたものなら《にえ》となることに対して
運命と一言でわりきって諦めてしまっている。
飛翔が早城である以上、
総本家の血は神威君で断絶する。
断絶した後、
その愚かな出来事を
するものはもういなくなるだろう。
聡明な彼は、それすらも考えて
動いているのかも知れない。
だったら……手遅れになる前に
動かないと。
彼の命が尽きてからだと
取り返しが付かなくなる。
「いや……」
飛翔は何かを考えるような仕草のまま小さく答える。
「でしたら飛翔、自信を持ちなさい。
貴方ほど、神威君を思っている存在が
どこにいるというのです。
飛翔、貴方の名に託されたまま
思うままに生きなさい。
飛翔自身の後悔がないように」
言い放った私の言葉を受けると、
彼は台所のシンクの蛇口をひねると、
冷水に頭ごと顔を突っ込んで、
水を浴びると、ぬれた前髪をかきあげて、
玄関から飛び出していった。
その背中を見送って、
私も時雨へと電話をかける。
私も……このままじゃいけません。
二人を見届ける。
そう……決めたから。
飛翔を良く知る親友たちと共に。
私の言葉は、ただ……
貴方を追い詰めるためだけのメスだけでしたか?
それとも貴方にとっての
優しい雨となりえましたか?
テーブルに残された
飛翔の本当の家族写真を手に取って、
リビングの写真縦に飾られている
早城の家族の写真の隣にそっと立てかける。
……どうぞ……
飛翔をお守りください。
心の中、静かに写真の前で祈りを捧げると、
私も飛翔のマンションをゆっくりと後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます