5.止まない雨 -由貴-


飛翔の故郷を襲った雪。




数十年に一度の被害と言われる積雪による

雪崩に飲み込まれた村の中の山辺やまべ地区と言われたところ。




飛翔が神威君を連れて、ヘリで一足先に

この村を離れても、私たちはやるべきことがあった。



っと言っても、まだ医師免の合否がわからない私たちに

医療行為は認められない。



だからこそ、精神科医を目指したいと思う、

私や勇でも出来ること。



コミュニケーションセンターに避難する人たちの

食事の準備や、避難生活のお手伝いをしながら、

時間を見つけて、被災したその人の話をゆっくりと聴く時間を過ごしていた。




神前医大から派遣されて来た医療スタッフたちが、

交代医療スタッフを待って撤退したのが、三日後。





毎晩の様に飛翔から村の衛星電話に連絡が入り、

会話をしながらも、被災した村人たちのなかで避難できる人を連れて

現場を後にしたのは、一週間ほど時間が過ぎたところだった。




あんなにも真っ白だった雪は、

雪から雨に変わって、大量の雨に瞬く間に溶かされてしまう。




勢いよく川嵩の水が増えて、激しい濁った水が勢いよく流れていく。





寸断されていたメイン道路を塞いでいた、倒れてしまった木々が取り除かれて、

孤立が解除された日、第一陣の神前スタッフである、勇の良く知る、裕先生たちが患者さんに付き添って

ヘリで離れたのを確認して、私たちも飛翔が乗り捨てたはずの愛車の方へと移動した。



鍵すらつけっぱなしにしていたのだと飛翔の親父さんがセンターに届けに来たものを、

理由を離して帰りの足を確保するために預かっておいた。





「氷室さん、緒宮さん、有難うございました」


「いえっ。


 こちらこそ、有難うございました。

 華月かげつさんで宜しかったですか?」


「えぇ」


「華月さんはどうされるのですか?」


「再度、安倍村の様子を把握して夜には、飛翔のマンションへと向かおうと思っています。

 村のことは、私の夫が対処してくれるでしょう。


 それよりもご当主の後見役として必要なことは、被災した山辺地区の村人たちの住む場所を手配することですから」



「華月さんも、ずっと動きっぱなしのようですし

 お疲れだけは出さないでくださいね」


「お心遣い有難う存じます。

 それでは、氷室さんも緒宮さんもお気をつけて。


 飛翔に宜しくお伝えください」




華月さんに見送られて、

飛翔の愛車の方へと移動していく。



飛翔の愛車の隣には、マイクロバスが二台手配されていて

そこには手荷物を持った村人たちが順番に乗り込んでいた。





飛翔の愛車である車の前まで来ると、

ポケットの中から、預かっていた鍵を勇の前へとちらつかせる。




「僕が運転?」


「お願いします」




基本、自分の車しか運転しないスタイルの私は

勇の掌へと鍵を置いた。


素早くロック解除をして、車内に体を滑り込ませると

ミラーや座席を自分の運転しやすいように、勇は調整してエンジンをスタートさせた。



心地よい振動を体に感じながら、

私はこれから帰る道程をナビに打ち込んでいく。



最短ルートと高速代に少し驚きながら、

財布からETCカードを機械へとセットした。

 

 



「多分、後でガソリン入れる予定だったんよね」




ガソリンの給油を告げる飛翔の愛車を見ながら、

勇が「ガソリンスタンド」探さなきゃっと小さく呟いた。



ナビを打ち込んで、

最寄りのガソリンスタンドを探そうにも情報が出てこない。




充電切れを起こしてしまった携帯を見つめながら、

飛翔に聞くことが出来ればと溜息をついた。




程なくして、先ほどセンターの前にいたマイクロバスが

私たちの隣で停車して、男性が一人降りてきた。




「ご当主後見役の補佐をさせて頂いています。

 万葉かずはと申します。


 どうかなさいましたが?」



車の窓ガラスを軽くノックして、

勇がガラスを下ろすと、柔らかい声が聞こえる。




「飛翔の車、ガソリンが足りなくて」



ガソリンメーターを指さしながら告げる勇に、

万葉さんは「そのようですね」っと少し笑いながら言葉を返した。




「途中のスタンドまで、マイクロバスで先導します」




そう言うと万葉かずはさんは再び、マイクロバスに乗り込んで

マイクロバスは一度、ハザードを出して合図をした後、ゆっくりと動き始めた。




その車の後をついて到着した場所は、ガソリンスタンドではなくて

バス会社。




そこの一角に設置されたスタンドの間うにバスが止まると、

再び、万葉さんが姿を見せた。





「こちらのスタンドをご利用ください。

 村に今はスタンドは存在しません。


 こちらは徳力が預かるバス会社の専用のものですが、

 村唯一のガソリンスタンドが消えた今は、この場所を提供しています」




案内されるままに、給油口をあけてセルフでガソリンを給油すると、

私たちは自分たちが住んでいた場所へと一気に車を走らせた。





ヘリに同乗してきた時はそんなに遠さを感じなかった飛翔の故郷も、

高速を使って走ると、距離感が身に染みる。




眠さに時折仮眠をとりつつ、SAのガソリンスタンドで、

もう一度給油を挟みつつ何とか辿り着いたのは、深夜3時をまわりそうな頃だった。




そのまま金城の家に帰って、時雨の邪魔をしたくなかったので

私は勇の鷹宮の部屋へと転がり込んで、ソファベッドの上で爆睡した。







「おはよう。

 勇人、帰って来てたんだ」




そう言いながら姿を見せたのは、

鷹宮千尋たかみや ちひろ君。



勇の四か月しか違わない弟って言ったら言い方はおかしいんだけど、

養父母の実子にあたる。




「千尋、おはよう。

 なんか、肩がはっちゃってバキバキだよ」




そんなことを言いながら、肩をグルグルと回しながら隣の部屋から姿を見せる勇。




「あれっ?

 

 あぁ……ごめんね。

 氷室が泊まってたんだね」


「昨日遅かったから、由貴とそのまま部屋に倒れ込んじゃった」


「飛翔の甥っ子は兄さんの病院で目を覚ましたって。

 近日中に、うちに転院してくるって父さんが、政成まさなり叔父さんと話してたよ」


「そうなんだ。

 情報有難う。

 

 後で、飛翔にも連絡とってあってくるよ」


「そうだね。


 でも……今日何の日か知ってる?

 合格発表あるけど」




千尋君の声に、私は勇と思わず顔を見合わせた。



バタバタしててすっかり忘れてた。




「だと思った。

 これ新聞に掲載されてた合格者の受験番号」




千尋君が広げた新聞紙を食い入るように数字を追いかける。




「僕は合格してた」


「あっ、僕の番号も見つけた」



千尋君の後、勇も言葉を続ける。



私の中の焦りが、

数字を追いかける視線の先を惑わせる。



ようやく見つけた受験番号。




「見つけました……」





そう言葉を続けたと同時に、

ずっと高三の頃から思い続けていた妃彩さんと、

亡くなってしまった時雨の弟、氷雨のことを思い浮かべた。



「良かった。

 後は早城だね。


 今日中に、内定で研修が決まってる新スタッフたちからも

 連絡が入る手はずになってるみたいだね。


 勇人もお父さんに報告しないと。氷室もね」



「ありがとう。千尋。

 後で、お父さんとRizママと、母さんにも連絡しておくよ」



「私も後ほど、鷹宮院長にご報告に伺います。

 後は……飛翔が気になりますね」




千尋君が勇の部屋を出た後、

私もお風呂を入り勇の洋服を借りると

母屋のリビングの方へとお邪魔した。



そこには病院スタッフらしい男の人がすでに

朝ご飯を食べてた。




「おぉ、勇人。

 結果どうだった?」



嵩継たかつぐさん、僕も由貴も千尋も受かりました」



「そうかそうか。

 後は、あの早城だっか?


 アイツの合否か?気になるのは」



「ってことは、四月から研修が決まってる他のスタッフも

 ほぼ合格が決まってるってことですか?」



「まぁな、神前医大の連中はな」





そう言うと、「ごちそうさまでした」と手を合わせて食器を流しに片付けて

「少し仮眠してくるわ」っと、先ほどまで居た一階スペースへと歩いていた。




「由貴、改めて紹介。


 僕や千尋が高校生の頃から一緒に住んでた、

 安田嵩継やすだ たかつぐさん。


 四月からお世話になると思うよ」




安田嵩継……。


今、妃彩ひめあさんと時雨お母さんがお世話になってる

鷹宮のケアセンターの責任者の名前。






嵩継先生がね……。





妃彩さんが何度もその名前を紡ぐたびに

複雑な感情が心を占める。





その人と同じ職場になるんだな。




そんなことを思いながら、Riz夫人の朝ご飯を頂いて

飛翔と連絡をとった後、鷹宮総合病院へと顔を出す。





鷹宮に顔を出した後、私と勇は神威君の病室として

用意されている、特別室の方へと顔を出す。




そこで飛翔はソファーに座って目を閉じていた。





「飛翔」


「おぉ」



私が声をかけると、飛翔はすぐに閉じていた眼を開く。




「随分とお疲れのようですね。

 眠れていますか?」



「いやっ。

 やることが沢山あってな。


 俺は……兄貴の権限を借りても、

 一族にとっては、厄介者なんだよ。


 神威にとってもな……」




最後の言葉を寂しそうに履き出した後、

飛翔は座っていたソファーから立ち上がる。





ふいに特別室に着物姿の華月かげつさんが姿を見せる。





「飛翔、そろそろ参りましょうか?」




長い黒髪が特徴の女性は

上品に告げると、飛翔はその女性の方へと近づいていく。




「華月、俺の親友。

 氷室由貴と緒宮勇人だ。


 安倍村の災害時にも、手伝いに来てくれた」



「えぇ、飛翔存じていますわ。


 あちらでもご挨拶させて頂きましたが、

 この度は本当にお世話になりました。


 今日よりこちらで、当主がお世話になります。

 どうぞ宜しくお願いします」



そう言って華月さんは再び、優雅にお辞儀を続けた。




「ガキを迎えに行ってくる。


 ここに連れてきても、

 俺はガキとまともな会話にはならないだろう。


 だから……由貴や勇が、ガキの話し相手になって貰えたらと思ってる」





そう言うと飛翔は、華月さんと共に特別室を出ていった。




二人の後を私と勇も慌てて追いかける。



その途中、勇が病院内の売店でブラック缶珈琲を購入すると

「飛翔」と名を呼んで、振り向いた時に放り投げた。





「飛翔、僕に出来ることがあれば何時でもいって」



そう告げた勇の言葉を追いかけるように私も続ける。




「えぇ、勇の言う通りです。

 私も出来ることを精一杯、お手伝いさせて頂きますよ。


 今は神威君を無事に連れてきてください。


 その後、時間が出来たら夜にでも話しましょう」





そう言って飛翔に手を振る。





軽くいつもの様に、「わかった」っと言うように手だけをあげると

鷹宮のエントランスから飛翔は出ていってしまう。






止まない雨は今も降り続ける。


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