第19話 貴族学校

第19話 貴族学校 ①夜の散歩 -1/2-

「じゃ、おやすみ。ル・レーナー」

シオウが灯りを消して、部屋が真っ暗になる。


「……」


六月二十五日――夜。

プラグは布団に入ったものの寝付けずにいた。

――というよりは眠る気分になれなかった。


今日は結婚式の翌日で、リゼラやコリントを含めた隊士達が事後処理や片づけで忙しかったので、候補生にとっては穏やかな一日になった。


まず朝食後、プラグはアルスと一緒にリズに突撃した。

するとアルマティラの首都出禁について、リズはあっさり証言をしてくれると言った。


プラグが泣き止んだ後、リズは雑に説明してくれたが、サンドラは彼女には珍しく声を荒らげて怒ったらしい。

王族と王族縁者の諍いとはいえ、アルスの話ではアルスとアルマティラは相当仲が悪く、しかも数年にわたる喧嘩をしていた。近衛も貴族も見ていただろうに、『王女』というのはこんな状況になるまで放置される物だろうか。あるいは手出し無用と国王が言ったのか。プラグがアルスだったら人間不信になる。

アルスは近衛も役に立たないと言っていたが、一体どういうことだろう?

プラグが出会った近衛は少ないが、先日会ったパーレウス、それに城外警備の若い近衛も、皆、優秀そうだった。事件が起きたばかりの緊迫した状況で、先に精霊を行かせて自分は飛翔を使って追ってほぼ追いついていたのだから相応の実力がある。

城門勤務や城外勤務であれならストラヴェルの近衛の質はかなり良いと言える。


アルスには普段、宿舎では見えるように警護はついていない。宿舎の外でも同じだった。

しかしクロスティア騎士団が『闇』や『旋風』のプレートを所持しているので、近衛も使っている可能性はある。

昨日アルスの側にいたのはセベヴィア・ラ・パチェーコ、サージ・ル・ウルダンガリンの二人だったが、見ただけでは本当の実力は分からない。剣は使えそうではあったが、プレートに関しては未知数だ。

ただ……あの二人は近衛にしても容姿が派手だったから、何か事情があるのかもしれない。


そんな事を考えながら、走って、その後は座学をした。

先生はバウル教授。そろそろ始まる決闘の注意点や、精霊剣を用いた模擬戦の為に、紅玉鳥や結界の仕組みなど、必要な事を一通り教えてもらった。明日からまた細かく予習して行くという。『注意点の予習ができる』という素晴らしさにプラグや候補生達は感動して拍手していた。ルネが結婚しなかったら、説明無しですぐ始まる予定だったと言うから、これはルネに感謝したい。


午後からは候補生達だけで模擬戦を四戦もやって、残りは反省会と自主訓練をして……平穏な一日……だったのだが、自主訓練が終わった辺りから、プラグはまた別の考え事をしていた。そして風呂に入り、宿題を終わらせて。

――今、ベッドに入って三十分程度過ぎただろうか。


(……)

プラグは溜息を吐いた。

元々、プラグは精霊なので睡眠を必要としない。

今は人に化けているので毎日眠る事ができるのだが、実の所、寝なくても問題はないのだ。


(あくまで、人の『振り』だからな……)

ちょうどラ=ヴィアもナダ=エルタもプレートに収まっている。

プラグは静かに起き上がって、『飛翔』のプレートを一枚持って、裸足のまま部屋を出た。

用を足す場合は部屋履きを履いて出るのだが、今日は違うのだ。

廊下は真っ暗で、窓の外には夜空と星と薄暗い雲が見える。今は雲で隠れているが、今日は『月(クレス)』が丸いはずだから、いつもより少し明るい。


階段の真ん中、踊り場で外を見る。窓を上に滑らせて開けて――久しぶりに周囲を『見て』誰もいない事を確認する。そのままするりと外に出て、窓を閉めて……外から見ていて思ったのだが、この建物は登りやすい。屋根の縁を掴んで何難なく登り、そっと、屋根の上を伝って北棟の上を通って、裏庭の、木の間に降りた。


その後は小声の「ル・フィーラ」で『飛翔』を起動させて、静かに走り出す。

クレナ湖の側で止まると、アリア=エルタのいるテントが見えたが灯りは点いていない。寝ているようだ。

プラグは水辺に近づいて水に手を入れて「ルルミリー、いる?」と聞いてみた。

するとざばりと水が持ち上がり、ルルミリー=エルタが姿を現した。

「あれ? プラグ、さん?」

ルルミリー=エルタが言った。

「こんばんは。寂しい夜だから散歩に出たんだ。こっそりと。内緒だよ。誰か来たら知らないって言ってね」

プラグは微笑んだ。するとルルミリーは、微妙な顔をして首を傾げた。

「内緒なら、知らない方が良かった気がする……?」

「そうだね。ははは。見つかったら――ここに居られなくなっちゃうかも――そしたらどうしようか。旅に出ようかな」

「いいなぁ。旅! ルルもしたい……あー……でも、出られないんだった」

「ごめんな。方法が分からなくて。アリア達は頑張ってる?」

プラグの言葉に、ルルミリー=エルタは暗い湖を指さした。

「うん、この前あの辺探して、こっちとあっちもさがして、あとはあの辺り。でも、中々見つからないの」

「そうなんだ。クレナ湖は広いからなぁ。でもきっと、そのうち見つかるよ――ルルミリーは昨日、楽しめた?」

プラグが尋ねるとルルミリーは満面の笑みを浮かべた。

「うん、皆が美味しいものやお花も沢山持って来てくれたの。ワルツと、あと変な踊りを教えてくれたの。ニアちゃんと一緒に、いーっぱい食べて、いーっぱい踊ったよ!」

ルルミリーはダンスの練習について語った。トアゼ=エルタとアリア=エルタが優雅だったこと、コル=ナーダとイル=ナーダが意外にも息ぴったりで激しく踊っていたこと。

ルルミリー=エルタはニア=エルタと一緒に練習して、あっと言う間に踊れたこと。

プラグは湖の畔に座って相づちを打ちながら聞いた。

「主はどうしてた? あとで来るって言ったのに来なかったの……」

ルルミリーが口を尖らせた。

ルルミリーの主――シオウは昨日、様子がおかしかった。

詳しい事は言わなかったが、今後、自分が何か変な行動をしたらさりげなく皆と引き離すように頼まれた。

プラグはその事をルルミリーに話すか迷ったが、やめておいた。

「ああ、それなんだけど、疲れて寝ちゃったんだ。寝不足だったみたい」

「あ、そうなんだ……勉強、大変なんだね」

しばらくすると、雲が途切れ、月(クレス)が見えた。思ったとおり、見事な満月だった。しばらくルルミリーと二人で月と星を眺めた。クレナ湖に星が映って、星の海にいるようだ。


「――あ、俺、そろそろ行くから。誰か来たら誤魔化して」

「あ。うん。上手く誤魔化す? 下手に誤魔化す? どこに行くの?」

ルルミリーが首を傾げて尋ねた。

「そうだな……上手く誤魔化してみて。ちょっと山に行くけど、これも内緒だよ」

プラグは山を指さした。

「はぁい。でも私には聞かれないと思う」

「あ。そうかも。探しに来るとは限らないし……ま、じゃあいいや。適当で。もう行くね! 話せて良かった」

「私も楽しかった。また来てねー!」


プラグは手を振り返して『飛翔』でその場から遠ざかった。


■ ■ ■


山に着いて無断で壁を乗り越え、良く来る滝壷まで来た所で、また誰も近くにいないか『見て』プラグは姿を『カド=ククナ』に戻した。

戻るときもプラグになる時も『なりたい』と思えばすぐなれる。

一瞬後、そこに立っているのは全く違う存在だ。瞬きの間に変わる。それがプラグとカド=ククナだ。

カド=ククナは長い銀色の髪と、ぱっちりとした大きな丸い瞳、尖った耳を持つ精霊で、黒い祭司服を着ている。頭には金の派手な冠があり、四角い金属の板が周囲に浮かんでいる。冠からは薄いヴェールが流れて、祭司服の裾はスカート状になっていて、ドレスを着た少女の精霊に見える。以前は頭と背中に羽があったが、今はもう無い。


周囲が煌々と光る――目視で周囲三十メルトくらいを照らしている。


「明かりいらず、だけど調整できないなぁ」

カド=ククナはぼやいた。カド=ククナの外見は自分の意志でも変更できるが、時代や風土、気分や気力に合わせて勝手に変わる事がある。昔も光っていたが、これほど光っていなかったと思う。霊力が強くなったのか、千年眠って元気があるからか、やる気になったからか、ククナにもよく分からない。

ククナは光っているときは光ることにしていたが、リズは眩しがっていたし、これでは目立って仕方無い。

むー、と拳を握って、しばらく頑張ってみるができない。明るさの調整機能は付いていないようだ。

あるいはカド=ククナの練習不足なのか。


「よし、やってみよう」

カド=ククナは胸の前で手を祈りの形に組んで、その場に跪き。ひたすらに『光りませんように。もう少し抑えて』と念じてみた。

しばらく練習していたが、中々できない。それでも、もう少し、と思って念じて――『力』や『霊力』をああでもない、こうでもないと動かして試していく。

(これって、できるのかな……?)

すると雑念が入ってしまい、光の色がピンクや緑や青色に変わってしまった。どうやら感情によって色が変えられるらしいが、意味がないのでこの方法はなしだ。


すると別の方法で、光が揺らめいた。

「ん?」

カド=ククナはこれか、と思って、その感覚を繰り返した。

そして、掴んだ。


「! やった!」

カド=ククナは『光量調節』を修得した。

ただし限界があるようで、周囲三十セリチはまだ明るく光っている。いつのまにか見学していた二匹のリスも、喜んでくれた……? ので手を伸ばして感動を分かち合った。

「やればできるんだな……! 起こしてごめん」

するとリスの内一匹がカド=ククナの腕を通って背中を通って、頭を通って、反対側に降りて行った。もう一匹はカド=ククナのドレスのスカート――ではなく『スカートに見える祭司服の裾』を通って、先に渡った一匹と合流した。

「あ、もしかしたら、動物の言葉も分かるかも……? 今、何を考えてる?」

カド=ククナはリス達をじっと見つめたが、なんとなく、大まかな感情が伝わってくるだけだ。

『おおきなせいれい』『あかるい』『おもしろい』『なにしてるの?』

「なるほどなるほど」

カド=ククナはころんとうつ伏せに寝転がり、しばらく二匹のリスと戯れた。カド=ククナの格好が珍しいのか、二匹は背中に乗ったり、冠に飛び乗っていたりしていた。この二匹は番(つがい)のようで仲良しだ。やがて慣れたのかメスがカド=ククナの肩に乗って頬摺りしてくれた。

つぶらな瞳が可愛くて、愛らしい仕草は見ていて飽きない。オスはどことなく自慢げだ。

「きみの恋人か。凄く可愛いね。目が大きいところとか、耳が小さいところとか」

すると小さな鳴き声で威嚇された。カド=ククナは体を起こしてまっすぐに座って。頭を下げて手を振って、取らないと示した。

「ああ、きみの恋人を取ったりしないって、大丈夫……大丈夫だから、俺の話を聞いてくれる? 懺悔したいんだ……」

カド=ククナが言うと、リスたちは首を傾げた。メスの方が心配そうにこちらを見上げた。


「俺はこの通り、もう四、五千年くらい生きていて、大精霊をやっているんだけど……」

カド=ククナは溜息を吐いた。

改めて考えてみると口に出すのは恥ずかしい。


「……」

口には出せずに頰を染めた。


「いや……なんでもないよ、ごめんね、やっぱりいいや。起こしてごめんね、また会ったらよろしく」

リスたちは『気にするな』『楽しかった』と言う雰囲気を出して、小さく鳴いて去って行った。カド=ククナは手を振った。巣穴は案外近く、五メルトほど後ろの木にあった。カド=ククナはあの木だったんだ、と思った。


カド=ククナは項垂れて、しばらくぼうっとしていた。

すると連動して、周囲の金の板や、ヴェールも一緒に項垂れてくる。

カド=ククナは自分のつるりとした指先を見つめて、溜息を吐いた。

カド=ククナには爪があるが、人間とは違って皺や指紋はない。精霊にも血は通っていて、体温はあるが……。血管の配置だって全く違う。


プラグ・カルタも同じだ。

ルネは霊力がある割に熱が出やすいのを心配してくれたが、あれは、『人の振りをするため、霊力を使った反動の熱』だ。


プラグの体は、実を言えば何も中身は入っていない。

――いや、入っているが、『嘘』で作った物だから使わない時は再現していない。


普段から用意しているのは『外見』『肺』『心臓』『血管』くらいなのだ。

食べた物は精霊と同じく何処かへ消えるので、実は排泄の必要もない。トイレは皆に合わせて適当に頃合いを見て行っているし、『汗』や『代謝』などは『外見』として常に再現しているが、それも止めようと思えば止められる。

……胃が無いので吐くことはできないが、吐こうと思えば、吐ける、と言えば分かるだろうか。ただし口の中、食道や気管はあるので口を開けても自然だ。


再現自体は『よし吐こう』『トイレに行こう』程度でさほど難しくは無いのだが、再現が緻密であればあるほど霊力を使う。

例えば吐くためには、どこかへ消える食物を体内に留めて、胃液を混ぜる必要がある。胃を作ってもそのままでは空っぽだ。むしろ食べない時は手を抜いて胃が省略されている。

『よし吐こう』で吐けるのだが、吐く際には、その嘘のために霊力が惜しみなく使われていく。

それが『人としての外見』や精霊にもある『肺』『心臓』『血管』程度なら、たいした霊力では無いのだが、鍛練をして、斬られたら痛みを感じて、正しく出血して、正しく鬱血して、骨折して、となると、その分だけ霊力を消費する。

『この深さで斬られたらこれだけの出血量で』とまでは意識する必要はなく、『痛みを感じよう』『ちゃんと怪我しよう』程度でいいのだが、沢山怪我をしてしまうと『人間らしく』振る舞うために反動で霊力熱が出ることがある。


ルネが心配した霊力が高いのに治療の反動が大きい、というのはこのせいだ。

本来は存在しない傷をあるように見せかけて作り、わざわざ『治療』のプレートに反応させるから霊力を使う。

一時的な現象なので一晩、寝れば回復する程度なのは助かるが……。


――ちなみに、ラ=ヴィアと契約したときは純粋に契約に霊力を使いすぎて熱が出ただけなので種類が違う。精霊との契約は相手が強いほど霊力を使うのだ。


(もう少し、使える霊力を増やす必要があるんだけど、さすがに今でもぎりぎりだし……)

解決する方法はあって『プラグ』の霊力上限を上げればいい。

プラグはククナが本来持っている霊力よりも、大分少ない霊力で生活している。

ククナの持つ霊力総量を分かりやすく『二百』だとすると、プラグの霊力は『八十』程度だろうか。


これでも普通の人間より多いのだが、怪我の擬態に必要な霊力は案外高く、五から三十程度だ。正確に言うと、怪我の再現には二、三程度の霊力しか使わないのだが『プレートに反応させ、人と同じように治す』のに、怪我の程度によって五から三十程度の霊力がかかってしまう。

大した怪我でなければ大した消費ではないが、大怪我をして、プレートによって治されると、五から三十もの霊力を一気に消費した反動で『霊力熱』が発生してしまうのだ。


切り傷、刺し傷の治療は三程度。

一カ所の骨折をプレートに反応させるのは、五程度。

十はこの間のルネの怪我くらい。骨折や打撲、浅い切り傷が沢山、と言ったところか。

十五はもっと大怪我。数カ所の骨折や深く切られた場合など。

三十は切断や激しい内部損傷、致命傷――これはプレートでは治せないが、聖女に怪我を治された場合、相当、霊力を消費するだろう。


(隊士になった後なら誰も気にしないだろうから、その時、上げようか)

霊力上限の変更は『やろう』と思ってもすぐできる物では無い。

霊力に関わる事は無意識に、意識が無くても、瀕死でも働くようにしているので、一旦、この『体』の情報を捨てて、体ごと作り直しをしなければいけないのだ。


『体』の作り直しは、いつも通りの禊ぎと祈りから初めて、丸三日で終わるのだが、ティアスには遅いと言われた……。


プラグは普段、自分の意志で年齢や細部を変えることもできるが、それは『プラグ・カルタ』の基本に沿った形になる。身長、外見はある程度は変えられるが、プラグ・カルタの霊力上限は決まっているので、その場その場で、都合良く霊力上限を増やす事はできない。


『アメル』はプラグの変装だが、別の上限を設定してあって、霊力を多めに作ってあるのでプラグより強い。

プラグが女装し『アメル』になっていると思う時は、体は一緒だが『嘘の設定』が違うので、プラグにはできない難しい動きもできる。

例えば体が柔らかいとか、プレート無しで五メルト跳ぶ跳躍力があるとか、百メルトを八秒で走れるとか、女性にしては怪力だとか。

プラグは跳躍は三、四メルト程度、百メルトは十秒程度なのでアメルの方が性能がいい。

逆にアメルは泳げなかったり、幽霊が苦手だったり、できない事もある。

これはアメルが精霊騎士になる必要がなかったためだ。戦う事も少ないし『強い巫女』で十分誤魔化せる。

プラグはこの国でしばらく過ごして『霊力が八十もあれば精霊騎士として充分だ』と思って『プラグ・カルタ』を作ったのだが、クロスティア騎士団は予想以上に化け物だらけだった。

リズは人なのにプラグと同じ程度の霊力があるし、シオウはもっと多い霊力を持っていそうだし。ルネは強すぎるし、候補生も皆凄いし、アルスだって王族だから相当な物だ。


カド=ククナは周囲を『見る』以外にも、光ったり、祈ったり、神としての力を使ったりもできるが『プラグ』にそれはできない。

できないのはククナが『プラグ・カルタ』を元々そのように作っていないからだ。

周囲を『見る』力、人が使える精霊術についてはプラグもククナに劣るが使える。


霊力の限界値を上げればその分、熱は出なくなるだろう。

怪我を『治療』する度に熱を出していては面倒なので、ククナは引き上げを検討した。


(うーん、霊力、百二十は怪しすぎるから、霊力は百まで引き上げて、後はアメルと合わせる感じで……今はまだ駄目だな)


いっそ百二十にしてしまいたいが、霊力は高ければ良い、という物でも無い。

実は霊力とは『高ければ高いほど、人間離れしてしていく』物なのだ。


人間の場合、霊力が百二十あると、体がうっすらと光ったり奇跡を起こしたりする事がある。

例えば、外見に変化があったり、そよ風を纏ってしまったり、気合いを入れたら岩が割れたとか、通った後に井戸が復活したとか、お年寄りの腰をさすったら腰痛が治ったとか、野生動物が懐いたとか。

他にも、運がやたらと良かったり、逆に運がとても悪くなったり、祈りを捧げたらあっさり神を呼べたり、怪我が早く治ったり、病気に罹らなかったり、眠る必要がなくなったり、腹が減らなくなったり、霊力のおかげで長命だったりする。

こうなってしまうと、もはや人と呼べない。人神、賢者、聖人と呼ばれる存在になる。

つまりプラグが霊力百二十だとこうなる、と言う事なのだが……。

かつては稀にこう言う人間がいたものだが、今の時代は不自然だ。


これに近いのがシオウで、彼はおそらく霊力の総量が百はある。

しかも成長に従って、まだ増えていきそうな感じがある。こうなるとシオウの寿命が心配だが、シオウの体は上手く機能していて、今の所は健康そうだ。

シオウは候補生に忌避されがちだが、これは霊力のある人間がシオウの霊力の高さをなんとなく感じているからだろう。


それに『霊力の上限変更』で握力や身体能力を強化しても、人体の構造上、やはり限界はある。

ククナが『嘘』で仕立てる『人間』の握力は、最大でも林檎を片手で潰せるくらい、跳躍は最大で五メルト、百メルトは八秒、霊力は最大でも百二十、一般人を装うなら百が限界だ。

これでも人としてどうかと思うが、いつも全力を出す訳では無いので『ぎりぎり』人と言い張れる。

この辺りが、ラ=サミルに『程々で手を抜く癖がある』と言われる所以だろう。

……ルネにも『手を抜いてた?』と言われてしまって、しょんぼりした。

『嘘』の体は、鍛えれば無限に強くなれる精霊の体とは違うのだ。

霊力は人らしさの限界である百に留め、努力して握力を上げて、剣技を磨いていく……。

これが実現可能な『プラグ・カルタ』の姿だろう。

筋力に関してはカックス=エルタを見習ってもう少し頑張ってみようと思う。


このように『プラグ・カルタ』はどう見ても人間でも、実際は『人のような物』でしかない。

人への擬態の精度はかなり高く、初見で見破られたのはルネが初めてだ。

しかし状況証拠から勘づかれる場合はある。シオウもそうだが『人にしては強すぎる』『この年齢にしては頭が良すぎる』『色々できすぎる』などだ。


……気を付けているつもりなのだが……加減は難しい。

手を抜いて、ギリギリ五番で受かる程度にすればいいのだが、『手を抜いている』『余裕がある』感じは、案外すぐばれる物だ。

しかも、そのままだと隊士になった時の活動に制限ができてしまう。

『コイツはこの程度だから、キツイ任務には連れて行けない。留守番させよう』とか『もうちょい強そうだけど、手を抜くしなぁ。信用できん』となるとかえって不便なのだ。

例えば弱いと、魔霊退治の際に後方支援に回されたり、必要な情報が得られなかったりするだろう。

プラグとしては前線で戦う方がいいので、とりあえず一番を取ろうと思った結果、笑い以外は何でもできる『プラグ・カルタ』が生まれてしまった。

『プラグ・カルタ』は人としてはやや不自然だが、リズからはそれなりに? 信頼されているから、やはり手を抜いて生活するより良かったと思う。


他にも『トイレの回数が少ない』『寝不足でも眠く無さそう』など日常的な事からばれる可能性もあるので、なるべく人らしい生活をしている。

候補生の生活、特に鍛練では、ほぼ人と同じにしているので、見たままの耐久性になっているのだろう。


「どうしよう……」

上限を変えずに、手っ取り早く強くなる方法はあるのだが、それをやると、上限変更よりもっと人間を捨ててしまう。

例えば痛みを都合良く無くしたり、腕が斬られたり、落とされたりした時に、都合良く腕を生やしたり、出血しないようにする。

体は精霊なので、プラグを殺そうと思ったら、精霊剣――あるいはそれに類する剣、特殊な武器を使う必要がある。

本来、精霊は普通の剣では傷付けられないのだが。これは擬態しているときに限り、きちんと斬れている。ただその斬れ方が、プラグが『ちゃんとしよう』と決めない限り雑になる。


精霊は、核を精霊剣で破壊されない限り、上下真っ二つにされても死ぬ事は無いので、普通の剣で真っ二つにされてもプラグは死なないし、くっつく。

ただしプラグの意識が『今は人間に擬態をしている』と思い込んでいると血が出るし、臓器は飛び出すし、痛いし、かなりの重傷となる。


これはとても厄介で、人の振りをしていると傷の治りは『人間と言える範囲』に収まってしまう。回復力は高く普通の人間より早く治るが、大怪我をした時は『治療』がなければ相応の時間が掛かる。

意識を切り替えるのは簡単だから、斬られた後でも、血を止めて、体を戻そうとすれば治す事はできる。

真っ二つの場合は、核のある方が動く。下肢は消えて無くなり、体は上から再生し……。プラグは復活できる。

――……だが、そんな『人間』は存在しない。

それを一度でも、誰かに見られた時点で『プラグ・カルタ』は成立しなくなり、姿を消すしか無くなる。

考えてみて欲しい。

『あ、右腕、斬られちゃった! 落ちた!』

『真っ二つにされちゃった! しまったなぁ』

と言って血も流さない人間(?)と以後普通に接する事ができるか? 絶対に無理だ。

だから『擬態』する限りは痛みを感じて、血を流し、骨を折らなければならない。


『仕方無い、新しく作るか』

と言って斬られた腕を軽々と再生させる――。

これは精霊狩りのあった時代、必要があればやっていたが、その時のプラグは正体を隠していなかった。それに周囲も似たような敵や人間ばかりだったので、問題は無かったのだ。そもそも当時のプラグは今より強く、腕を斬られる事は無かった。今のプラグもその気になれば、ああなれるのだが……どう頑張っても人とは言えないので、今の所、そこまでする必要はない。


(痛みくらいならばれない場合もあるから、戦いがきつくなったらそうするか……)

痛みを感じない、というのは外見からは分からない。あまり良いことでは無いが、大怪我をしても戦わなくてはいけない状況があったら、痛みを捨てて動くのはありだ。

……プラグは溜息を吐いて、指を曲げて数えた。

出血は必須、骨折も必須。切断は状況次第。内部損傷もできればそれらしく装いたい。

切断を誤魔化すのはかなり面倒だし、聖女の力で治療をされたら後の反動が大きい。

切断には注意して、上手く正体を隠す必要がある。

ラ=ヴィアはわかっているが、ナダ=エルタにも言っておこう。


結局、カド=ククナは――『人ではない物』と戦う為の存在なのだ。


色々考え、カド=ククナはすっかり落ち着いた。

近頃感じていた落ち着かない気持ちが、まさか、恋の前兆だったのかも? という懸念は綺麗に払拭された。アルスを好きになりかけている、なんて気のせいだった。


アルスは王女だし人間だし全く違う生き物だ。

寿命だって、瞬きほどだから、そもそも相手にならない。

カド=ククナには可愛い物を可愛いと思い、綺麗な物を綺麗と思う心があるので、犬や馬やリスが可愛いように、アルスも一応、可愛く見えるのだ。

つまり美醜を基準にしてアルスが可愛い子だなと思ったに過ぎない。

客観的に見て、アルスは可愛い顔をしている。目は大きいし、配置も整っている。

人間は精霊に姿が近いので、親近感を抱いてしまったのだ。


(それでいこう。そうだ、そうなんだ……)

カド=ククナは頭を抱えて反省した。

一瞬でも心を動かしそうになった自分が恥ずかしい。アルスに抱きつかれて、抱き返しそうになった自分が情けない。初めて会った時、可愛い子だなと思った自分がおぞましい。

アルスで良いなら、コル=ナーダでも良かった。むしろ精霊同士だし、その方が良かった。

昔『あの人』に言われたように、好きだと言ってくる女性を片っ端から抱いてしまう……つもりはない。それはだけは絶対に駄目だ。

(俺は絶対、あんな風にはならない……!)

具体例を思い出し、カド=ククナは首を振った。

ああならないように、カド=ククナは誰の気持ちにも、自分の気持ちにも応えてはいけない。


今日は反省して、禊ぎをする為に抜け出して来たのだ。最近たるんでいる。

カド=ククナはしっかりと自分の役目を思い出し、自分が人間でない事も思い出し、浮ついていた最近の自分を反省した。『プラグ・カルタ』は軽薄な最低男だ。もっと……例えばシオウのように硬派に生きるべきだ。シオウは純粋に強くなることを目指している格好いい男だ。

カド=ククナは立ち上がって冠を外してヴェールと一緒に投げ捨てて、羽衣を外して、祭司服の上着を勢いよく脱ぎ捨てて、裳を外して、スカートと靴を脱いで、ブラウスと半ズボン姿になって、滝壷に飛び込んだ。何度も潜って、少し溺れかけ、慌てて岸に捕まり、もう少し浅い所に移動して、水の中でしゃがんで、腰まで水に浸かった。

祈りの言葉を捧げてよくよく反省する。


(演技……そうだ、演技。プラグは全て俺の演技だから……)

……全ての感情は偽物……言葉だって、常識として良さそうな事を返しているだけだ。

カド=ククナは目を閉じて、痛いほどに指を組む。

ふと胸にかけたままの、金の首飾りを思い出す。五色の宝石がはめ込まれた、立派な……カド=ククナには過ぎたものだ。この重みを感じ、さらに反省する。

(反省反省って、もっと何かすることはないのか……! この愚か者!)

カド=ククナは自分の頭を叩いた。

反省なんて何の役にも立たない。


『謝罪』と言う単語が浮かび、ククナは震えた。


「……ごめんなさい……プラグは軽薄でバカだから……アルスに触ってしまいました。駄目でした……アルスティアは王女様で、この国にとって、大切な人間です。もう二度と邪な気持ちを抱きません……頃合いを見て消えます……」

視界がぼやけたが、もう一度「必ず消えます」と呟いた。

虚しくなってしばらく泣いた。

カド=ククナは何の為に頑張っているのだろう? いつ来るとも知れない敵に、適当な対策をして、適当に精霊達をまとめて。適当に鍛練して。

勿論、頑張っているが、本来なら鍛練の必要はない。カド=ククナは十分強い。

それでもカド=ククナはもっと強くなる必要がある。今のままでは、倒せない敵がいるから。どうしても果たすべき約束が……せめて自分でやると決めた事があるから。


カド=ククナは器用な性質だが、笑いを取ることと、戦う事は苦手なのだ。

戦いに比べたらまだ笑いを取る方が得意かもしれない。……いや……どちらも苦手だ。

神々は、もっと戦い大好きな者を選べば良かったのだ。のんびり屋のカド=ククナを選んだ時点で失敗している。

頑張っているのだが、失敗続きでもう死にたい。皆、死んでしまった。けれど役目があるのでまだ死ねない。

無様な生き物だった。

もういい加減、楽しく生きたいとか、お洒落がしたいとか。そんな感情は捨てた方がいい。けれど捨てたら……本当に狂ってしまって、この大陸を壊してしまうだろう。

人の振りをするのは、勉強になるし、感情を呼び起こしてくれるし。楽しいし、良い事ずくめだ。


それに……考えてみれば、別にアルスを好きと決まった訳でもない。

ただちょっと良い子だな、と思っただけだ。

彼女はそれくらい可愛い女の子だから、これは男なら当然だ。

カド=ククナも男だから……性欲もまだ探せばあるのだろう。

カド=ククナは女性経験が全くないし、これからも無縁だし、もう一生独身でいい。


カド=ククナは、本当に遠い世界の話だな、と思った。

ただ、この国のお姫様が偶然、精霊騎士候補生の中にいて……。

同じく候補生の中に『嘘』の大精霊カド=ククナが化けた『プラグ・カルタ』と言う偽物の人間がいた。

二人は偶然、同じ部屋になり、友人になって、やがてアルスは外国に嫁いでいなくなり、プラグは旅に出る。

その時、プラグがクロスティア騎士団にいるかはまだ分からない。

そもそも精霊騎士になれるか分からない。

まだ何も始まっていないのだ。

いずれにせよ、今いる人間達とは数十年の短い付き合いだ。

……カド=ククナは精霊達の事だけ考えればいい。

強くなって『大陸戦争』を終わらせて……そして、できれば、最後の戦いに勝つことを……。


「よし! 心配はいらない。なんだ。鍛えれば良いんだ」

カド=ククナはすっきりと禊ぎを終えた。


岸に上がるとブラウスや、体は既に乾いている。髪も緩やかに広がった。

服を着ようとして、少し考えて――服を『変える』事にした。


リリが着ていた花嫁衣装が素敵だったので、着てみたくなったのだ。

どんな服が良いか、頭の中で考える。

一応、祭司服と分かる感じにして、胸元には布を垂らして、そこに菱形模様を描く。

これは祭司服の様式美なので外せない。布の垂れを鳩尾辺りにして、ドレスの裾は大きく広げて。


(よし。とりあえず着てみて考えよう)


カド=ククナは一瞬でドレスの原型をまとい……『目』で自分の姿を見ながら、細部を考え始めた。


ドレスの色は白……。生地はリリの着ていたドレスをイメージする。

光沢がある絹地と迷ったが、リリのドレスは軽い生地だった。あれがいい。


縁取りは金色で、ふわふわとしたスカートが欲しい。胸元は祭司服らしくして、あとは冠も少し変えてみよう。

カド=ククナは思った通りに、次々に細部を変えていく。


冠は、細くて軽いティアラが可愛いと思った。土台は金色で、宝石の形を変えて、少し小さくして、五色。ティアラにはめ込んでいく。

袖は膨らませて、涼しげな半袖にして、露出は恥ずかしいので、白い長手袋で手を覆う。

首元には星形の輝証が連なる、金色のネックレス。

足はハイヒール……は祭司服の決まりで禁止されているので、白の平靴。つま先はほんの少し尖らせてみよう。

ヴェールには銀の糸で豪華な刺繍を入れる。

長いヴェールがいいけれど、動きやすさも重視したい。

ヴェールは髪が隠れる長さにして、ウエストは編み上げの白コルセット。

腰の後ろには白くてふんわりしたリボンを付けて、リボンの裾は長めに伸ばして、ふわふわと揺らす。

リボンが髪で少し隠れてしまうか……? でもこのリボンは気に入った。

考えた結果、髪を少し短くして、横一直線に調え、リボンが少し見えるようにしてみた。

後ろ髪とお揃い、と言う事で、耳前の髪も、少し整える。

そして今度は服の下。スカートの中も手を抜かない。半ズボンはそのままでいいけれど、膝上の靴下を履こう。花嫁が良く履く、ニーハイソックス、と言う物だ。ガーターソックスにするのも良いが、下がる事は無いのでしばらく考え、ニーハイソックスにして、履き口にレースを着けた。外からは見えないが良い感じだ。

半ズボンもこっそり、可愛い感じにしておこう。

後は指。手袋にきらきらとした刺繍を入れる。指輪をはめたいけれど、カド=ククナは未婚だ。でもあると嬉しいので、左右の中指にさりげなくつけてみた。小さな、透明な宝石が埋め込まれた、金の指輪だ。後は菱形のイヤリングをつけて、おまけで小さな花のイヤリングもつける。精霊は耳が長いのでイヤリングは二つ三つ着けられる。二つずつにしておこう。残りは刺繍をふんだんに施して完成だ。


きちんと立って全体を見る。

「うん、可愛い!」

カド=ククナはご機嫌になった。どこからどうみても女性精霊だが、まあいいだろう。


「ルルに見せようっと。起きてるかな?」

これで後は霊体になって移動すれば、ベッドまで戻るのは簡単だ。窓は開いているので入る時に手だけ実体化させて開ければ問題はない。


カド=ククナは霊体になって、五十セリチほど浮き上がり――羽を無くしてしまったので飛べないが、この程度ならなんとかできる――ぴょんぴょんと跳びながら走り出した。

『飛翔』で走るのと同じような感覚だ。木から木に飛び移り、木の上を飛んで、あっと言う間に山を下って、走り出す。

カド=ククナは足が速いので、五分ほどで湖に到着した。

そこでブーケを忘れていた、と気付いて作った。


「ふふ。ねぇルル、いる? 起きてるー?」

湖の縁で声を掛けると、ルルミリー=エルタが首を傾げながら姿を現した。


「どう、これ! リリが羨ましくて、真似したんだ」

カド=ククナは満面の笑みを浮かべ、くるくると回った。

ルルミリーが花嫁衣装のカド=ククナを見て、驚いて目を丸くした。

「えっー! すごーい! 可愛いーっ!」

「見て見て、後ろにリボンを付けたんだ。髪の毛もちょっと調えてみた。ふふ、似合ってる?」

ルルミリー=エルタは湖からギリギリまで身を乗り出して双眸を輝かせた。

「うん! 似合う! うわぁ、すごい、ククナちゃん可愛い!」

「ククナちゃん? そうか、そうだね、よし、この姿は『ククナちゃん』だ! ふふ、女の子に見える?」

「見える、見える!」

ルルミリー=エルタがパチパチと手を叩く。

するとアリア=エルタがテントから出て、起き出して来た。

――近頃彼女は湖の側にテントを張って、そこで生活している。


「あら? まあ!」

アリアが目を丸くする。

「アリア、見てこれ、『ククナちゃん』だよ! 新しい服!」

「まあ! きゃあ! なんて可愛らしいんでしょう! 花嫁衣装ですか!?」

「そうそう、リリが素敵だったから。ブーケも作ったよ」

「きゃーっ! 素晴らしいです! うわぁ。私も服、変えようかしら……!」

精霊は基本の服装を持って生まれるが、念じることで服を替える事ができるので、皆、それぞれおしゃれを楽しんでいる。

ルルミリーも早速、服を考え始めたようだ。

「ルルも花嫁ドレスにしようかな、でも今のドレスも気に入ってるし、考えるのって難しい」

近頃のルルミリーはニア=エルタとドレスをお揃いの色違いにしていた。

ニア=エルタが白で、ルルミリーが黒だ。

「なら、今度、流行の雑誌を持ってくるから、それを見て考えたら? カルタから贈ってきたんだ。『ランリー・ロンリー』っていう新ブランドができてね。ルルが好きそうな、レースいっぱいの服があったよ。可愛い部屋着もあったし」

「! うん!! 可愛い服、着たい!」

ルルミリーが笑顔で頷いた。

少し前にサリーから送られてきた雑誌に可愛い服が載っていた。手紙には、新しいブランドが出て来たので、対策を練りたいと書いてあった。今のままの路線で行くか、少し寄せるか迷っているらしい。雑誌を見たところ、ランリー・ロンリーはレースがたっぷりで相当可愛かったので、プラグは逆に今のままで行く方が良いと返事を書いた。競合するよりは独自路線だ。

そして密かに業務提携か買収できないか提案してみた。ランリー・ロンリーはセラ国では大変な人気だが、個人経営の店らしい。情勢不安のあるセラ国から来たばかりで、営業許可は下りた物のストラヴェルに販路を持っていないのだ。サリー曰く、詳細は調査中だが、王女の誰かに出資者がいるとのことだ。

ランリー・ロンリーは可愛いが、その分、着る人と着る場所を選ぶ。年齢も十代向けが中心だ。提携や買収が無理でも、方向性が違うので上手くすれば住み分けができる。経営者との相性次第だが話がまとまれば上手く行くかもしれない。

サリーには今あるブランドで、少し大人向けのコレクションを作るのはどうか、と提案してみた。少女はいずれ成長するので、定着を狙う作戦だ。後は男性服の充実だが、これは縫製が全くが違うので検討中だという。試作品が出来たら送るので、プラグにはそのうちモデルになってほしい、と言われた。できればシオウやアドニスにも――。

アドニスを指名する辺り、サリーはちゃっかりしている。

「雑誌はまた誰かに届けてもらうね。じゃあ俺はそろそろ行くよ。寝なくちゃ――あっと、『私』の方がいいのかな? まあいいか、俺で、一応男の子だし。よし『ククナちゃん』は行くね。おやすみー」

「おやすみー、ククナちゃん!」

「おやすみなさい、ククナちゃん!」


ルルとアリアに手を振って、ククナはぱっと霊体になった。


■ ■ ■


「アルスさん、朝ですよ」

ウル=アアヤに声を掛けられて、アルスは身じろぎをした。

「ん~?」

「朝ですよ」

「……あ……うん、おはよぅ……」

アルスは体を起こして伸びをした。カーテンに『鍵』のプレートと、闇と旋風の結晶がついてからアルスの睡眠環境は向上したのだが、一つ大問題があった。

外の様子が分からないのだ。

『闇』は常に真っ暗で、快適なのは良いが明るさで目が覚めない。外が火事になってもアルスは全く気付かないだろう。

逆に中でアルスが倒れていてもプラグ達は気付けないし、ウル=アアヤにも鍵は開けられないので『闇』『旋風』はともかく、鍵はかけない事になった。

あの喧嘩は何だったのだろう、と三人で苦笑した。


『鍵』が無くても『旋風』の結晶による音消しと『闇』の赤プレートによる暗さだけでも快適だ。

おかげでアルスはうっかり寝坊しそうになる。

今朝はいつもより十分遅れて、四時四十分に目が覚めた。五時からクラリーナとの鍛練だ。

アルスは急いで訓練着に着替えて、身繕いをして、勢いよく仕切りのカーテンを開けた。

すると今日は珍しく、プラグがまだ寝ていた。

「おはよう、プラグ、シオウ、朝よ、起きて!」

「……」

プラグはこれまた珍しく、起きる気配が無い。

すやすや、と聞こえて来そうな綺麗で穏やかな寝顔だ。相変わらず睫毛が長い。

今日は少し微笑んでいる気がする。


……城には美形が多いので、アルスは美形に見慣れている。

そのアルスでさえもプラグは凄いと思う。

美形にも色々あるけれど、プラグは親しみやすいのにたまにぞくりとする綺麗さで、アルスはたまに見とれてしまう。

日の下ではきらめき、部屋の中では……透き通るような美貌というのだろうか。仕草にも品があって、どこにいてもはっと目を引く。

あまりはしゃぐ方ではなく、大抵、ゆったりと微笑んでいる。真面目な顔をしていることも多い。

美形には人を寄せ付けないタイプもいるがプラグはそうではない。

性格は大人しくて穏やか。無表情でいる事も多いが、そう言うときも機嫌は悪くない。

たまに、何かどうでも良い事を考えているようだ。

一度『今、何考えてるの?』と聞いてみたら『皆の髪型について考えてた』と言われた。

候補生の女子達は髪色が様々なので、誰にどんな髪型が似合うか、どう結って、リボンはどう結ぶのがいいか考えていたのだという。最後の方にはシオウの髪の毛をどうしようか、アドニスは、フィニーやゼラト、ウォレスはどうしよう、など。

もっと難しい事を考えていると思ったら、相当どうでも良いような事で、アルスは拍子抜けした。

プラグは考え事をする時、たまに目を閉じている事もある。アルスは目を閉じて考え事をするとすぐ眠くなるのでやらないが、プラグは眠くならないと言う。アルスは少し変わっているなと思った。

これはプラグに接していると分かるが、彼は機嫌が悪いとすぐ顔に出る。

感情と表情が直結していてとても分かりやすいのだ。

アルスはこの『分かりやすさ』がプラグに『親しみやすさ』を与えていると思っていた。

女子達は良くチラチラ見ていて、目が合って首を傾げるプラグを見ては、手を振って楽しんでいる。

プラグはある程度親しくなれば、手を振ると首を傾げつつ振り返してくれるのだ。振り返さないときも首を傾げて微笑んでくれる。これは可愛いと好評だ。女子曰く小動物みたいなところがあるとか……。女子のガーラは『見ていると癒やされる』と言っていた。やはり兄と同じく癒やしの空気が出ているらしい。

同室のアルスはあまり離れる事が無いので手を振った事は無いが、機会があったらやってみたい。

授業で遠くにいるとき、アルスもお手本としてたまに見てしまうのだが、じっと見ているとすぐ気付かれるのでなるべく見ないようにしている。


それにしても神様は一体、何を考えてプラグにこれ程の美貌を与えてしまったのだろう? 彼は目を閉じていても綺麗なのだ。アルマティラが惚れてしまうのも無理は無いというか。きっと影で何人もの女性が泣いている。

ちなみに種類の違う美形――シオウもよく寝ている。

シオウは壁を向いて枕を抱えて眠っていて、寝相は健康そのもの、と言った感じだ。


「ふぁ、おはようございます」「ミー? 朝み?」

先にナダ=エルタとラ=ヴィアが起き出して、プレートから出て来た。


アルスは時間を思い出して焦った。

「あっ、先に行くから、早く支度してね!」

アルスは言って、大急ぎで部屋を出た。


■ ■ ■


「プラグさん、朝ですよーッ!」

ナダ=エルタの耳元での大声に、プラグは、はっと目を開けた。

「! びっくりした……!」


ラ=ヴィアが頰を膨らませている。

「ミー、おはよう。三秒で支度!」

ラ=ヴィアはまだ怒っているようだ。

当然、抜け出したのはばれていて、プラグの姿で部屋に戻ったときも怒っていた。

「う、わかった……!」

プラグは慌てて着替えを始めた。ナダ=エルタはシオウにも声を掛けている。

シオウが起き出して眠そうなまま着替えを始めた。


支度を終え、急いで裏庭に向かう途中、シオウが話しかけて来た。

「なあ、お前、昨日どこに行ってたんだ?」

シオウも気づいていたらしい。

「ん、ああ、夜の散歩」

「はぁ? お前そのうち、退舎になるぞ? っとに」

プラグは苦笑した。もうこれきりだし、ばれるならそれでもいい。

「何でもいいけど、死ぬ前に相談しろよな」

「え?」

シオウの言葉にプラグは呆気にとられた。

「お前、昨日ずっと、思い詰めた顔をしてたから、死ぬつもりかって。ラ=ヴィアが大丈夫って言わなきゃ追ってた」

「……顔に出てた?」

するとシオウが声を上げて朗らかに笑った。

「あはは。バーカ、冗談だって。何かあったら、口裏を合わせてやるから、またクッキーでもくれよ」

「うん……!」

プラグはシオウを追いながら、シオウって良い奴だなと思った。


「――いや、ちょっと待て、やっぱクッキーはやめる。クッキーも欲しいけど、別の事、頼んでいいか?」

ところがシオウが珍しく前言を撤回した。

「? どんなこと?」

「また今度話す」

プラグは首を傾げながら、ついていった。


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