第18話 イメイア家 ⑤青い花
ルネ公爵の結婚式は、脅威の早さで決まり、あっと言う間に準備され、滞りなく終わった。
『藍玉鳥イルトレア』まで出て来たのは驚いたが、さすが『アメル』だと言う感想だ。
シオウも一応、ルネには世話になっているので惜しみない拍手を送った。
周囲は祝福の声にあふれ、ルネのファン達があちこちにいる。
シオウは式が終わった後、候補生達と一緒に葉っぱ型のクッキーを摘まんで、腹が減っているので適当に何か食べようと思っていた。厨房はずっと結婚式の料理とクッキーを作っていて、昼食はパンとチーズしか食べていないのだ。既に他の候補生達は、パイの屋台や、炊き込みご飯、肉を挟んだパン、揚げパン、棒飴、プレッツェル、砂糖菓子、紅茶屋、葡萄酒などの屋台に群がっている。精霊も同じくだ。
「あ。そだ」
シオウは精霊達が飛んでいるのを見て、思い至ってプレートを取り出した。
「イル、コル、お前等も出て来て何か食べろ。もう式は終わったけど、霊体でいれば良いだろ」
プラグが教室を出て行った後、ギナ=ミミムが入って来て、バウル教授と精霊達は式の準備にかり出されたのだが、火の精霊と雷の精霊は除外されていた。
「あ! そうだ俺も! マヌちゃん」
シオウを見てナイドが言って、マヌ=ヴィスを呼んだ。
「あ、俺も。出てこいー」「ごめんねー出てきて! 食べよ!」
その後、火と雷の精霊達を持つ候補生が精霊を呼び出していた。
「はぁ~! おっそー! シオクズのろま! アホ!」
外に出るなり、コル=ナーダが愚痴をこぼした。
「はいはい。何か食べてこい」
シオウは適当に受け流した。
式の間は大人しくしている辺り、悪い奴じゃないんだよな、と思った。
「わぁ! 屋台がある! 焼き鳥! 食べたい! あっ、棒アメ!」
イル=ナーダが目を輝かせて言った。コル=ナーダが「棒アメ!? 私も!」と競うように飛んで行った。
シオウは苦笑した。
棒飴というのは三十セリチほどの棒につけた細い飴で、棒に沿って白い飴を細長く貼り付けて、その上に色の付いた飴を垂らして模様をつけたお菓子だ。棒を横に回しながら垂らすので巻き飴とも言われる。飴と言われているが、食感は餅に近く、柔らかな甘さが子供に大人気だ。
そこでシオウはルルミリー=エルタの事を思い出した。彼女は湖から出られないので、少し可愛そうだ。
「お前等、物、燃やすなよー! 欲しい物あったら取ってきてやるから、上の方で食べろ。あ、あと湖にルルがいるから、何か持って行け」
すると通りがかったアリア=エルタが「あ、じゃあ私、行きます!」と言った。ニア=エルタは日傘を差しながら、楽しげに歩いていたが、はっと思い出して日傘を閉じて「私も!」と言って屋台へ向かった。
ニア=エルタは炊き込みご飯を目に留めた。
「おじさんー、そのお米のやつ、いっぱいちょうだいー。二人分!」
「おう、大盛りだな!」
今日の代金は全て公爵持ちなので、皆、好きな物を好きなだけ食べている。
ふと見ると、プラグが居て、アルスと何か話していたが、アルスの隣にはアメルがいる。
「ん?」
シオウは眉を顰めた。
今いる『アメル』がプラグの筈だ。ではあの『プラグ』は一体……?
シオウはプラグと目が合ったのだが……プラグが微笑んで手を振って、手招きした。
シオウは首を傾げながら近づいた。見た目は完璧にプラグだ。
「何だお前?」
するとアルスがシオウに「ラ=ヴィアちゃんなの」と耳打ちした。
「――ああ! なるほど。へぇ。ほー?」
「俺とアメルは今から教会に行くから。楽しんでね」
「ああ。わかった」
シオウは軽く手を挙げた。近くで見ても普通にプラグにしか見えない。
ラ=ヴィアは人に擬態ができるらしい。まあどうでも良いことだ。
シオウは目を細めた。
「さー、折角だ、美味いモン食うか!」
「お花どうぞー!」
その時、アナ=アアヤが両手いっぱいに、青紫色の花を抱えて飛んで来た。飾り付けに使った花をルネのファンや候補生に配っているのだ。アナ以外にも何体かの精霊達が配っていて、ルネのファンは引き出物の代わりにもらっていた。
アナ=アアヤは『風路(ふうろ)』の精霊だが、ピンク色の髪で、服も裾はピンク色っぽいので花の精霊に見える。
「じゃもらう」
シオウは手を伸ばしたが、するとどっさり渡された。草っぽさの混じる、切ない香りがした。しかし一拍後、甘い匂い広がってシオウはむせこんだ。
アナが持っていたのは全て同じ花だった。
青紫で、茎が細くて、繊細で、変な形の花で……何という名前だったか――。
(あれ……?)
シオウは瞬きをした。
周囲に花が見える。花畑だ。同じ花が一面、ずっと咲いている。
花はシオウの膝上まであって、伸び放題……。
シオウは、はっと息を呑み、焦り出し、何かを探して、辺りを見回した。
(どこだ……!?)
シオウはここにあるはずの姿を探し、歩き出した。
しかし――。
「きゃっ?」
「!」
誰かの声で、立ち止まった。花がばさりと石畳に落ちる。
ぶつかったのだ、と気付いてシオウは慌てて拾った。
「あ、すみません……!」
シオウは謝った。
あらかた集めた後、シオウは眼前の女性に『彼女』がどこに行ったか聞こうと思った。
「あ、こっちに『……』……あれ?」
シオウは瞬きをした。
花畑は無くなっていて、茶髪の女性がシオウを覗き込んでいる。
「どうしました?」
「――え? あ。……あれ……俺、どうして……?」
シオウは首を傾げて、頭を抑えた。
「大丈夫ですか? あ、お花です」
女性が最後の一本を渡して来た。
「あ、どうも……うん、…………どうも。すみません。ぶつかって」
「いえ、混んでますし」
「あ、この花、あげます。じゃあ」
シオウは女性に花を押しつけ、その場を離れた。
■ ■ ■
「……またか……!」
シオウは宿舎の中に入って、舌打ちした。
シオウは『秘術』のせいで、複数の魂(レフル)だか、意識だかを持っているので、稀にこうして謎の記憶を見る事がある。
どうやら、シオウの一部になった誰かの『思い出』に反応しているらしい。
大体、はっと光景が浮かぶ程度なのだが。今回は長かった。
頻繁にあるわけでは無いのだが、いつ何が引っかかるかは分からない。
(前みたいなのはヤバイから、気を付けねぇと)
シオウは息を吐いた。何度か深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
今は……不思議な気持ちになっている。
切ないというか、寂しいと言うか。しかし悪い感じはしない。少し嬉しいような……。
全く意味が分からない。
今回は大丈夫なようだが、以前、フィニーと風呂場で喧嘩した時は……気が付いたらもの凄くむかついて、思いっきり殴っていたのだ。
しかも一度殴っただけでは、怒りは収まらず、二、三発殴っていた。
あれは本当に不味かった。
プラグが止めてくれて、正気に戻ったのだが……それからも、しばらく苛ついていた。
その時フィニーは女の話をしていたので、それが『誰か』の『記憶』に引っかかったのだろうか。
「めっちゃ困るこれ……!」
シオウは嘆息して、どうやら花は危険だと学んだ。
たぶん、あの青紫の花がいけないのだ。
ふと見ると、全て渡したつもりだったが、一輪だけ手の中にあった。
……最後に渡された一輪だ。
シオウは匂いを嗅いでみたが、何も起きない。
花を眺めた後、これは何という花だろう、と思った。
シオウは植物には全く興味がないので、知らなかった。
レガン――領主の館には、切り花が沢山あったが……見た覚えは無い。
この、茎のひょろい感じは南国産ではない。
どっさりあったので、多分、ストラヴェルの花だ。
「プラグに聞くか……?」
しかしプラグは教会だろう。シオウはしばらく考えた後、図書室に行くことにした。
女子か花屋に聞けばいいのだが、何となく、一人でいたかった。
一階の廊下を歩き、誰もいない図書室に入った。
先に机に花を置き、植物の本を探した。
植物図鑑は三冊しかなかった。シオウはとりあえず、机に戻り……。
『誰でもできる! 園芸入門』と言う本を開いた。
著者はカール・ラ・フルメイ。
目次を見ると、花の色ごとに章が分かれていて、青い花の所に幾つか名前が並んでいる。
先頭の花から見て行くと、彩色本では無かったが、ペン画の挿絵が付いている。シオウは花を本の横に置いて頁をめくっていく。
「青……んー……、あ!」
本の、ちょうど真ん中くらいの頁に、よく似た花の絵があった。
『デルフィス・アマティスタ』
多年草。開花時期は五月から十二月。
キルト地方一帯、山間部でも平野部でもよく見られる。
特にストラヴェル王国で多く見られる。
青紫の物が一般的だが、白、ピンク、黄色、赤もある。茎の長さは、種類にもよるが、二十セリチから長い物は一メルト程度。デルフィス・アマティスタの花弁は五枚。細い茎先に数輪の花が咲く。一般的なデルフィスには毒があるが、ストラヴェル王国産のデルフィス・アマティスタには毒性が無く食べることが可能。ストラヴェル王国では食糧難時代から食べられていた。見栄えが良いため、皿の飾りつけ、砂糖漬け、塩漬け、ケーキ、香草としても使われている。ジャムにしても美味しい。
「……これじゃね? へぇ。食えるんだ?」
絵と見比べてみても、間違いないと思えた。葉の形も同じだ。
育て方まで載っている。増やす方法は、種も穫れるが、今は野草を摘んできて咲かせるのが一般的だとあった。ストラヴェルを代表する花らしい。
「……引っこ抜いて植えたらすぐ増える……ふぅん。確かに食料無いって時はいいのか。へぇー……デルフィス・アマティスタ……洒落た名前だな」
『デルフィス』は確か、ゼクナ語でイルカと言う意味だったと思う。イルカ……には見えないが、確かに色はそんな感じかもしれない。
『アマティスタ』は青紫色の宝石なので、おそらく色を現している。実物の花は宝石より薄い色合いだが、何となく気に入った。
「なるほど。んー。この花どうするかな……押し花? んん……アルスがやってたな……」
そこでシオウは眉を顰めた。プラグは相当な間抜けで、山に入った後、たまにアルスに『お土産』だと言って花を摘んでくる。アルスはとても喜び、せっせと押し花にして、糊でくっつけて栞にしている。
アルスの技術はなかなかで、栞にするときには一度花びらを解体して、台紙に並べた後、水糊を塗って、花が崩れないようにしてしまう。薄い紙や薄い布を貼ることもある。並べ方は芸術的で、文字を書いた紙を置いたり、別の花を添えて豪華にしたり、リボンで作った飾りを挟んだりする。そして乾かした後に重しを乗せて、最後に綺麗なリボンをつける。もはや職人技で、誕生日が来た女子の為に、せっせと作って喜ばれている。
当然、採集係のプラグにも渡していて、プラグはとても嬉しそうに眺めている。
シオウは『お前等、早く結婚しろ』と思うのだが、二人とも、純粋なのかバカなのか、道のりは遠い。
――アルスに任せれば、上手く栞にしてくれるだろう。
「どこの誰の記憶かしらねぇが。化けて出るなよ……」
シオウは幽霊が苦手だが、それは実際に見た事があるからだ。
シオウは、絶対に、見える人ではないのだが、おそらくこれも記憶のせいだ。
……夜、寝ているとシオウの周囲を亡霊みたいな物がうろつくことがある。
足音だけ聞こえる事もあるし、下半身や上半身、首や目だけの時もある。正直言ってめちゃくちゃ不気味だ。『幽霊? そんなの平気だって』なんてのは、実際に見た事が無いから言えるのだ。さすがにそろそろ慣れたいのだが、不意打ちが多いのでぎょっとする。
普通に精霊の場合もあるので、余計に気色悪くて紛らわしい。
「ねむ……」
シオウは眠くなって来て、あくびをした。日差しが丁度良く、最高の挙式日和だ。
――はっと気が付くと、机に伏せて眠っていた。
宿題で寝不足だったせいだろう。外はまだ賑やかで、大して時間は経っていない。
シオウは本を片付けて、花を持って二階に上がった。
■ ■ ■
気持ち良く爆睡したプラグは、ふっと目を覚ました。
「……ふぁ。よく寝た」
疲れていたからか、とても気持ち良く眠れた。
開けっ放しのカーテンの外は、オレンジ色に染まっていた。
起きようと思って姿勢を変え、ベッドに肘を突く。
そこで、ぐに、と何かが肘に当たった。
「ぐに? ――うわッ!?」
傍らを見たプラグは声を上げた。
黒髪の――女、ではなく、これはシオウだ。
「えっ、何で!?」
シオウは髪をほどいて布団に入り込み、プラグに抱きつき眠りこけている。
よく寝ているので、寝ぼけて入ったのかもしれない。
「シオウ……!? ベッドはあっちだぞ」
「んんー、まだ寝る……」
「ええー……」
やはり寝ぼけているようで、プラグは溜息を吐いた。
「しかたないな……」
そっとシオウの腕を腰から外し、そーっと抜け出そうとしたところで、服を引っ張られた。放さない、と言った様子だ。再び腰に腕が回る。シオウはしっかり眠っている。
「シオウ、何やってんだ……?」
プラグは呆れながらしばらく奮闘した。そして『あ。起こせば良いのか』と思って頭を叩こうとしたとき、扉が開いた。
「プラグー! 起きてる――!? 夕飯、凄い」
笑顔のアルスはプラグとシオウを見て、一瞬で後退し、扉を閉めかけた。
「アルス! 待った!」
「――エッ、まっまっまっ待つの!? わわわわかったわ!」
扉の隙間からアルスの声がする。
プラグは焦ってシオウを蹴落として、大急ぎで扉を開けた。
「いや、誤解! シオウが潜り込んだんだ!」
「え」
アルスが口をあける。
一方、床の上ではシオウが目を覚ましていた。
「う~? あれ、何だ?」
シオウは「あれ、何で床で……?」と首を傾げている。
アルスはプラグとシオウを交互に見たが……やがて口を開いた。
「えーっと、大丈夫?」
アルスがプラグに尋ねたが、プラグは固まっていた。
「んー、大丈夫」
シオウが代わりに答えて、目を擦りながらしっかり伸びをして、立ち上がった。
その後、掛け布団を持ち上げて自分のベッドを見て首を傾げたが、後ろを見て……プラグのベッドにそっと掛け布団を置いた。
プラグは焦って弁解した。
「……えっと! シオウが寝ぼけて俺のベットに入ったらしくて。今起きたとこ!」
すると、アルスが知性あふれる表情をした。理解したらしい。
「あ。そうなのね、珍しい事もあるのね……ちょっと様子が変だったから、一度見に来たんだけど、いなかったのよ。シオウ、具合は良いの?」
「は?」
シオウは長い髪を耳にかけながら振り返った。
アルスが心配そうに話しかける。
「熱はない? 人にぶつかってたでしょ? 大丈夫?」
「あー。大丈夫。疲れてたけど寝たら治った。たぶん寝不足。抱き枕のおかげで安眠快眠! レガンってベッドに枕がいっぱいあるんだよ」
「抱き枕……」
プラグは呆れたが、習慣なら仕方無いのだろう。そう言えばシオウはたまに枕を抱えて眠っている。しかし変な誤解をされるところだったので、少し頰を膨らませた。
「もう全く、抱き枕、何か買えよ。もう。びっくりした」
「悪ィ、そうする」
シオウが溜息を吐いた。
「もう」
プラグはそっぽを向いた。
「――あ、そうだ、二人とも、疲れていないなら、食事に行きましょうよ。すっごい豪華なの。見たこと無い料理が沢山あるのよ。黄色い積み上がった何かとか、お菓子の塔とか! イルモンテさんの演奏も素晴らしいの! ねえプラグ、一緒に踊りましょうよ! 隊長さん達もドレスに着替えているのよ。魚の姿焼きが食べたいわ!」
アルスは興奮していて、色々な楽しみが混ざっているようだ。
プラグは思わず笑った。そう言えば夕方だし、お腹も空いてきた気がする。
「うん、行こう」
「ふぁ。俺はどうすっかなぁ……」
シオウがふと自分の机に目をやった。
プラグは、来ないのかな、と思って振り返った。
「それなら何か持って来ようか? 具合が悪いなら、無理をしなくても」
「いや――、行くか……何か変な花があって、ソイツが無ければ」
「花……?」
「あ、それって、さっきのツバメソウの事?」
アルスの言葉に、シオウが眉を顰めて首を傾げた。
「燕草?」
「ええ、さっきシオウがもらった花。匂いがあるものね――えっと……ダンスホールは薔薇が飾られていたけど、あの花は無かったと思うわ。ピンクと、黄色、白って感じよ」
「これ燕草って言うのか……?」
するとシオウが自分の机に置いてあった、一輪の花を手に取った。
「あ。それって、デルフィス?」
プラグは言った。
「ああ、知ってるのか?」
「それは勿論。良く咲いている花だよ」
プラグは頷いた。ストラヴェルでは有名な花で、あちこちで見られる。精霊大戦後の食糧難を救った奇跡の花だ。
――伝説にある『奇跡の花(ミスティック・フラワー)』とは別物だと思うが、そう呼ばれている。
「あ、そうなんだ。ふーん。さっき調べたけど、食べられるんだって?」
シオウの言葉に、アルスが笑顔で頷いた。
「ええ、普通は毒があるんだけど、聖女メディアル様が毒のない花を発見して、国中に咲かせたって。まるで花の精霊みたいよね。――あ、いえ。雰囲気だけど。シオウが食べたクッキーにも入っていたけど、気付かなかった?」
「え? あー、あれ、そう言えば何か入ってたな。ああ、あれがそうか。レガンには無かったな」
「季候のせいかしら。南国には無さそうよね。でも持って来たの?」
「ああ、まあ、記念に?」
「じゃあ、押し花にする?」
「そうだな、頼む」
「分かったわ、さ、ご飯食べに行きましょ……シオウは?」
「行くかな。ちょっと顔を洗ってから。お前ら先に行け――あ、やっぱしお前も顔洗えよ。あと髪直せ」
シオウに肩を掴まれて、プラグは立ち止まった。そう言えば少し寝癖が付いている気がする。
「わかった。あ、花は――花瓶に入れよう。このままだとしおれる」
プラグは言った。最近、良く花を摘むので、部屋には花瓶がある。と言っても高さ十セリチ程度の、飴の空き瓶だが。
「あ、そうだな、ル・フィーラっと」
シオウが『水』のプレートを使って、瓶を水で満たして、すぐに花を入れた。
アルスは「じゃあ、薔薇の館の、一階の大広間にいるわ。聞けば分かるわ」と言って先に出ていった。
プラグが手鏡を取り出して、ブラシで髪を梳いていると、シオウが話しかけて来た。
「なぁ。お前に、ちょっと頼みがあんだけど……」
「ん?」
髪を梳かしながらプラグは振り返った。
「もし俺が変な事したら、さりげなーく、周りから引き離してくれるか?」
「ん? 変な事ってどんな?」
「えーっと、突然、あちこち彷徨い出したり、変な事つぶやいたり、何も無いところを見て青ざめたり、後は、うっかり誰かの布団に入り込んだり? やばいな結構」
常に無い様子にプラグは心配になった。
「えっ大丈夫かそれ、何かの病気とか……?」
「いや、そーいうのじゃない。いいか、頼めるか?」
シオウは真剣だ。プラグは頷いた。
「ええと……変だな、って思ったらさりげなく引っ張って、どこかに連れて行けば良いのか?」
「そうそう。しばらくすれば治るから。家系の伝統みたいなもん。休めば治る。わかったか?」
シオウに言われて、プラグは更に深く頷いた。
「分かった。気を付ける。でも、酷かったら医者に診てもらえよ?」
「いや原因は分かってるから。よし、じゃあ顔洗って、行くか。急がねぇと食いっぱぐれる! ほら行くぞ! あ、櫛貸せ!」
シオウは急に笑顔になって、プラグにブラシを借りて、急いで髪を梳かし、三つ編みにして、プラグを急かした。
「うん――」
プラグは心配しつつも、シオウに続いて部屋を出た。
■ ■ ■
「おおー!」
「凄い」
薔薇の館、一階の大広間は、北の一番奥にあった。場所としてはダンスホールの真下になる。中央、大きな長机の上に料理が所狭しと並べられている。料理は豪華で、宮廷料理もあるが、普通の物もある。はっきり言って貴族的ではないが、庶民ばかりなので良いだろう。
貴族の婦人らしい女性方も気にせず食べている。
中央のテーブルは大きいが、この広間は大きいので、周囲に幾つか小さめのテーブルが用意されていて、皿や飲み物を置くことができる。
「やべ、結構食われてる」
女性や候補生達の食欲は凄まじく、多分アルスが言っていた『黄色い何か』はあと少ししかない。ただ、追加はあるようで次々に運び込まれている。
――プラグは良く準備できたな、と思った。
「プラグ、シオウ、こっち」
アルスは候補生と、近衛兵が集まる一角にいた。
場所としては、扉を入って、すぐ右側、部屋の端だ。窓は南側にあるだけなので、こちらは北側になる。もしかしたら、近衛兵はアルスを警備しているのかもしれない。食べているが、酒は入っていないようだ。
「黄色い物、食べてみて。何だと思う?」
確保してくれたらしい。皿が二枚あって、それぞれに黄色い何かや、美味しそうな肉が載っている。
近衛兵がフォークを差し出してくれた。
「あ、どうも。何だろう?」
シオウも同時に口へ運んで……。独特の味付けに目を丸くした。
「なんじゃこれ! すっぱい!」
シオウが先に感想を述べた。
「こういう果物なんですって。面白いわね」
「すっぱい……水」
プラグも顔をしかめた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
再び近衛に渡されてプラグは頷いた。
アルスも食べ始めたので、プラグは自分の傍らにいた、金髪巻き毛の近衛兵を見た。
アルスの警護らしいのだが、立っている以外、する事は無くて暇そうだ。
年齢は二十代半ばか、もう少し若いくらい――背が高く、とても顔立ちの良い男性だった。
美しい青色の瞳を持ち、鼻筋も通っていて、少し垂れ目で、意志の意志の強そうな、きりりとした金色の眉。金髪は襟足が肩につく程度まで自然に伸ばし、額は前髪で隠している。お洒落に気を遣っているのだろう。巻き髪の跳ね具合まで計算されているかのようだ。
近衛の青い騎士服の上に赤いマントを羽織っていて、驚く程似合っている。華やかな雰囲気の美青年なので、広間の片隅にいても女性の視線を浴びている。
「それにしても、女性達はすっかり楽しんでいますね」
プラグは金髪の近衛兵に話しかけてみた。
すると金髪の近衛兵が苦笑した。
「――ええ、あの騒ぎは何だったのか、という感じですね」
思ったより甘く優しい、良い声だった。
「皆さんは警備を?」
「はい、ですが皆、ほとんど、食べていますね。あ、酒は飲んでいないですが」
「そうですか。今日はお疲れ様です……」
「ああ、いえ」
するとアルスが話しかけて来た。
「あのね、隊長が面白かったの。私の口からはあまり言えないけど。二階でダンスしてるから独身の近衛は女子にダンスを教えてあげて、仲良くなれって」
「! なるほど。確かにこれだけの女性がいるんだから……あれ、でも貴族じゃなくていいの?」
「近衛には平民出身の人もいるのよ。後は、色々ね。隊長は真剣に付き合うなら良いって仰ったけど」
アルスが苦笑した。
「いえいえ、皆、職務中です。女性のエスコートは騎士の役目ですから」
金髪の近衛兵が言った。
「あ、プラグ、こちらの方はね、セベヴィア・ラ・パチェーコさんと、こちらがサージ・ル・ウルダンガリンさん。二人とも王室警護兵でよく私の警護を担当してくれるわ。ちなみに二人とも婚約者がいるから余裕なの」
「なるほど」
プラグは微笑んだ。
セベヴィアが今、プラグと話していた金髪の美形だ。
――セベヴィアの隣にもう一人、濃い紫の、髪の長い男性がいる。
彼がサージ・ル・ウルダンガリンだ。彼もとても美形で、背は高いがセベヴィアより若そうで、二十一、二歳くらいに見えた。肌は白いが、どことなくシオウのような南方の雰囲気がある。
リズより若干明るい色の髪で目は同じく紫。髪は直毛で、首の後ろで一つに結んでいる。前髪は左右に少し分かれていて、眉間が見える。切れ長の瞳が格好いい。
南方かもと思ったのは、南方には吊り目が多いからだ。
サージはプラグに目で会釈した。プラグは微笑んで軽く頷いた。
二人の家名は聞いた事が無かったが、プラグもさすがに全ての貴族を把握しているわけでは無い。
ただパチェーコと、ウルダンガリンと言う、珍しい響きの家名は一度聞けば忘れないだろうから、もしかしたら出身地が首都から離れているのかもしれない。カルタ周辺、首都近辺はだいたい知っているのであるとすれば南か、東海岸……? これは当てずっぽうだ。
「セベヴィアさんは長いからセベさんって呼んでいるわ」
アルスが言ったが、プラグがそう呼ぶわけにもいかない。
するとアルスは「セベさん、プラグもセベさんでいい?」と尋ねた。
「ええ、勿論」
金髪のセベが頷いた。
「いいんですか?」
プラグは少し首を傾げた。するとアルスの近くにいたペイトとリルカが笑った。
「全員、もうセベさんって呼んでるわ」「王室警護って大変よね……」
候補生はあちこちに散っていて、女性と話していたり、仲間同士で固まっていたりする。
後は……隊士のユノ達が酒を飲んで騒いでいる。「うおー! 朝まで飲むぞー! エーリャス!」と言う乾杯の合図が聞こえる。混沌とした様子だ。
アルスが魚を突き刺して口に運ぶ。作法は置いてきたようだ。
「ナージャとアドニスは二階ですって。沢山食べたら行きましょう」
「そんな慌てず、骨に気を付けてね」
プラグは苦笑した。
するとペイトが思い出したように「あ!」と声を上げた。
「そう言えば、プラグのお兄さんが来てるわよ。ちょっと聞いたけど凄かったわ」
「ああ、うん。教会で会って、一緒に来たんだ。ちょうど城にいたらしくて」
プラグは答えた。
シオウは既に食べる事に集中している。
「そう言えば、ナダ達はいた?」
プラグはアルスに尋ねた。給仕以外、精霊の姿を見かけない。
「どこかしら。精霊は皆、厨房かも? さっき、ソルベを運んで来たもの」
アルスがさらりと答えたが、プラグにとってはかなり重要だった。
「ソルベがあるんだ!?」
「あら、食べたことあるの?」
「うん、昔――えっとカルタで。何味?」
「桃と、ミルクと、後はオレンジだったわ。あ、あそこにあるわ」
「いいな――あれか、後で食べよう。何か取ってくる。アルスは――欲しい物ある? セベさん達も、ソルベを食べますか? 持ってきますよ」
「いえ、お構いなく」
セベが答えた。
「私が来る前、セベさん達もいっぱい食べたって」
アルスが笑った。アルスが来たから護衛に付いた、と言う事かもしれない。
リルカが興味ありげに部屋の真ん中を見た。ソルベは小さなグラスに盛られていて、既に女性達が手に取っている。
「ねえソルベって何? 美味しいの?」
リルカの疑問にプラグは頷いた。
「うん、氷を使ったお菓子で美味しいよ。ナダにも作ってもらいたい。もしかして作ったのかな?」
ラ=ヴィアが作り方を教えてナダ=エルタが実践したのかもしれない。
「じゃあ食べたいけど、うーん! もうデザート、食べ過ぎたわ……」
リルカがお腹をさすってぼやいた。
ペイトは食べる気があるようで、チーズタルトのかけらを、ぱくりと口に入れて、水で流し込んだ。
「私は少しならいけるわ。全種類食べたいもの、半分こしない?」
「あ、それならいいわ。一口ちょうだい」
リルカの言葉にペイトが頷いた。
「ええ。もう、デザートまとめて取ってくる? アルスはどう?」
ペイトに言われて、アルスがお腹と相談した。
「――そうね、まだ入りそうだけど……。一緒に行くわ。折角だから他にも何かもらってくるわ。プラグとシオウ、まだ食べるでしょ」
「あ、じゃあ私も行くわ。食べたくなってきた。でもこれが最後!」
リルカが言った。結局、ペイト、リルカ、アルス、プラグ――シオウ以外で食事を取りに行き、あれこれ皿に取ってきた。もちろんソルベも持ってくる。
「溶けるかな」
「まだ大丈夫よ」
楽しく食事をしていると、広間にリズが入って来た。
「よー! 皆、やってるかー!」
そう言うリズは酔っている。二階で飲んだのか、飲んでから二階に行ったのか……。
候補生や女性達の返事を聞きながら、リズは続けた。
「えー! 連絡事項! 候補生は夜八時まで。女子は泊まっていけるが今から帰るってヤツはまとまって帰れ。三十分後に馬車置き場まで隊士が送る。泊まるってやつは薔薇の館の奥に客室がある。まあ、風呂はごった煮でタオルは奪い合い、明日の朝は残り物だがな。あ、ついでに片づけもちょっとは手伝えよ! 家に連絡してないやつは諦めて先に帰ること。いいな? 帰るやつ手を挙げろ!」
リズの言葉に、女性の大半が悲しそうに手を挙げた。
「そんな顔すんなよ……。泊まるヤツは部屋に案内するから一緒に来い。手を挙げろー」
残りの女性達が嬉しそうに手を挙げた。
手紙のプレートで連絡し始めた女性もいる。
「ふむ。まあ一部屋に二、三人ってとこか。適当に詰めるか」
しばらくして大半の女性達はリズと隊士達に感謝を告げて、素面の隊士に付き添われて帰っていった。すっかり仲良くなったのか、元から仲が良かったのか、残った女性達は笑顔でリズについて行く。
プラグとアルスはデザートを食べていたが感心した。
「リズはやっぱり女性には優しいな。きちんと考えてるし、良い人――……な、ところもある」
「そうよね。ちょっと変わっているけど、美味しいわ」
「アルス……」
プラグは笑った。アルスはケーキに夢中だ。
アルスがプラグの空いた皿を見た。
「ねえ、これ食べる? 美味しかったの」
「あ、食べる」
アルスが苺のタルトを皿に移してくれて、プラグも夢中になった。
するとシオウが水の入ったグラスを置いた。
「ふう、食ったー! 腹いっぱい。最高。久々にこんなに食った!」
候補生宿舎のシェフ達は、育ち盛りに足りる量を用意して、味にも気を遣ってくれているが、どうしても質素になりがちだ。
プラグも頷いた。
「うん、初めて食べる料理ばかりだ。どれも美味しくて凄い。急なのに、どこのシェフかな……?」
これだけの料理を作って、どこかから運んで来ている……下拵えはおろか、素材の調達もしていなかっただろう。シェフの確保もいきなりでは無理だ。
プラグの疑問にはアルスが答えてくれた。
「あ、何か、伝説の料理人、みたいな凄い人らしいわよ。首都で一番美味しい店、みたいな。騎士団の行きつけらしいの」
「ええ? 凄いな。それで給仕も素早いんだ?」
空になった食器は、置いた側から回収されていく。
「『カール・ラ・フルメイ』ってお店らしいの」
アルスの言葉にシオウが「えっ?」と声を上げた。
「それって植物学者の? さっき見た本の作者なんだけど……!?」
シオウが言った。
「ああ。ええ、農業学者よ。でも、お店の名前だからシェフは違う人なのかも。確かご本人は各地で色々な食材を育てていて……分かりやすく言うと、豪農ね。エアリ公爵家の領地、アルマア領にも農園があったはず……? 公爵ともお知り合いかしら?」
いつもながらアルスの知識には驚かされる。
プラグが感心していると、アルスは腹をさすって微笑んだ。
「さぁ、お腹いっぱい食べたし、二階に行って踊りましょう。皆も行く?」
「私達は行くけど見学よ」
ローナが苦笑した。
「あー、ダンス! 早く覚えたい! もう少し後だったら踊れたのに!」
サラが嘆いた。
「リルカは?」
プラグが尋ねると、リルカは少し考え「様子を見て、できそうだったら」と言った。
「プラグ君は踊れるの?」
リルカがプラグに尋ねた。
「だいたいは」
するとペイトがうろんな目をした。
「……だいたい、ね。もう! 貴方って完璧じゃない? ――いっそ、アルスと結婚すれば?」
ペイトの言葉に、一瞬、周囲の時が止まった。
ペイトがはっとして、口を塞いで「今のなし! すみませんアルス様!」と言って頭を下げた。ここには近衛もいるし、さすがに不味い。
するとアルスが苦笑した。
「大丈夫よ、そんな事ないから。私、自分の結婚相手が誰か、何となく分かってるの」
アルスの言葉に、候補生は勿論、近衛も目を丸くした。
「外国の王子様よ。たぶんだけどね。あ、アドニス王子じゃないわ」
「え――そうなんだ?」
プラグは少し驚いた。アドニスでは無い。もう決まっているのか彼女が察しているのか……? それともペイトを庇って、適当な事を言ったのか。
プラグは改めて、アルスを見直した。
強くて――賢くて、優しくて。なんて素晴らしい女性だろう。
(こんな人がいるんだな……人間って凄い。努力の生物だ)
プラグの中ではアルスの好感度はかなり高い。
今までにも賢い女性はいたが、こんなに若いのに、こんなに凄い女性に出会ったことは無かった。しかも剣も使えると来た。プラグの苦手な『ずる賢さ』もあまりない。
総合的に見て、アルスは人間女性部門の第一位だ。
彼女にはこのまま良い所を伸ばして行って欲しい――と、プラグは感じ入りながら、次の会話を待っていたのだが。周囲はなぜかプラグを見つめている。
候補生も近衛の二人も息を詰めてじっと様子を窺っている。会話が途切れ、時が止まってしまった。
時が止まった事にアルスも気が付いたようで、少し首を傾げた。
(あれ、これって俺が何か言う流れ?)
するとアルスが目線で何か訴えてきた。さっぱり分からないが周囲を見ていることから察するに、何か言って、と思っていそうだ。
しかし先にアルスが口を開いた。
「それで、何か私に言う事は無い?」
「え? アルスに? 頑張ってとか?」
外国に嫁ぐなら花嫁修業は大変だろう。
しきたりの違いで戸惑うこともありそうだ。
「そうだな、外国は習慣が違うから、ストラヴェルより大変そうかも。でもアルスなら大丈夫じゃないかな」
ストラヴェルはかなり自由な国だと思う。普通なら、こうしてプラグが王女とため口で話す事はできない。しかしそこはアルス。何とかするだろう。
いつもの彼女なら「そうなの……?」と言って勝手に納得してくれるのだが、今日の彼女はひと味違った。
「もう少し何か無いの? 外国に嫁いだらもう会えないのよ。そうしたら貴方はどうするの?」
プラグは首を傾げた。これはもしかして、プラグが何か彼女に不味い事を言ったのだろうか……意図を読もうとしたが分からない。
「どうって……」
プラグは鈍いが、さすがに『おめでとうって思う』とは言えない。きっと、将来に関して微妙な年頃なのだ。多感だから、不安や迷いもあるのだろう。
「そう、どうするの? 私がいなくなったら。貴方の思っていることを、何でも良いから正直に聞かせてちょうだい。ずっと気になっていたの」
アルスが少し微笑んだ。
「アルスは何でもはっきり言うな」
しかしおかげで、何を言えばいいのか分かった。思っていること……プラグの『正直な気持ち』が聞きたいのだ。それってどういうことだろう、と思ったが、正直に言うしかない。
自分の気持ちを言葉にするのは苦手だが、たまにはこう言う試練もある。
「アルスが嫁いだら、俺がどうするかってこと?」
プラグは確認した。
「ええそうよ。何年後かは知らないけど。あ、もし明日嫁ぐってなったらどうする? おめでとうって言ってくれる?」
「それはもちろん」
プラグは頷いた。
「それで貴方はその後どうするの?」
「そうだな、時期によるけど、もし精霊騎士になれた後なら、旅に出るつもり。あ、これはすぐじゃ無くて、いつかの目標なんだけど。色々な国を見て回りたいから」
「そうなの? それって一年は後よね。じゃあ明日だったら?」
「――そんなの、急いで送って行かないと間に合わないよ? 支度しなくていいの?」
プラグは笑った。アルスはただプラグをからかっているだけなのだ。
するとアルスが笑った。
「そうね、それもそうか、ふぅん、じゃあ私の結婚相手が、どうしようもない変なおじさんだったら? 反対する?」
「ええ……しないよ。だって国王陛下が選んだ人なら、間違いは無いはずだし……陛下はすごくアルスの事が好きだから……おそらくだけど」
「確かにお父様は親ばかね。よく分かるわ」
アルスが頷いた。
「じゃあもし、私が『結婚したくないわ~! ああううう』って泣きじゃくっていたら貴方ならどうする? あなた、私を納得させて、結婚させるような事が言える?」
プラグは考えた。アルスの表情を見るに、完璧にからかわれている。
もしかしたら、アルスは周囲が黙っているので、戸惑っているのかもしれない。
しかし皆は、徐々に話に飽きたのか、そっぽを向いたり、食べるのに集中し始めたり、水を飲んだりしている。
プラグは理解して、深く頷いた。
今、プラグに求められているのは『笑い』だ。
アルスが作ったこの空気感は、気の利いた事を言って笑いを起こす為の物だ。アルスはプラグを試している。
こいつは人を笑わせることが出来るのかと。
プラグは頑張って、頭をかなり回転させて、面白い事を考えた。
「そうだな……ところでアルス、あの約束を覚えてる?」
「約束?」
「そう、二人だけの大事な約束!」
プラグは人指し指を立てて、とても明るく、少し大きな声で言った。
アルスが瞬きをした。
「なにかしら……あ、手紙?」
「それじゃない。ほら、プレートの正しい由来。アルスが東に行くなら、俺は西に行ってその話を広める。北に行くなら南へ下る。一人より二人、二人より大勢。ってことで、君は泣いている場合じゃ無い。急いで支度して、遅刻せずに駆け込んで、次の日から知ったかぶりで先導するんだ。きっと向こうの人は簡単に信じる。だってきみは完璧だから! ――こんなのでどう? ……ごめん、滑った」
プラグは潔く頭を下げた。プラグには笑いの才能は備わっていないのだ。
アルスは意外と面白い事が言えるのだが。プラグには無理だ。
「俺に笑いの才能はない……無念です」
すると頭の上から、アルスの笑い声が聞こえた。呆れ切っているようだ。
「ふふ、もう、へったくそ! なにそれ~! せっかく空気を作ったのに! そこはもっと面白い事、言ってよ!」
プラグは笑うしか無かった。ものすごく頑張って恥ずかしさに耐えて言ったのだ。今更だが恥ずかしくて、真っ赤になった。
「だってアルスみたいなのは無理! 君ほどのセンスがあれば、どこでだってやっていける、とかにする? 変更可能?」
「だめ、一発勝負よ!」
アルスは腹を抱えて笑っている。これが風が吹いても笑うお年頃、と言うやつなのか。
笑うアルスが面白くてプラグも笑ってしまった。
「お前等なにやってんだ? アホか?」
シオウの言葉にアルスとプラグは大笑いで答えた。
「ねえ、その由来とか約束って何?」
リルカが尋ねてきた。
「ああ、大した事じゃ無いのよ、二人でプレートって誰が作ったんだろうって考えてね――」
アルスがとても上手く説明する。プラグは感心して最後に拍手をしてしまった。
やはり王女というのは何か違う物なのだ。
■ ■ ■
「さ、お腹もいっぱいになったし、時間もあと少しだから、皆で踊りに行きましょう」
アルスの言葉に皆が頷いて、笑顔で移動を始める。プラグはふとテーブルを見て立ち止まった。
「プラグ、来ないの」
「片づけを手伝おうかなと思って。厨房の」
ずいぶん食べたし、精霊達の様子も見たい。
「え。……今日は行きましょうよ。片づけは皆に任せて! ほら」
アルスがプラグの手を引っ張って、かと思えば、後ろに回って背中を押す。
「ああ、ええ……?」
「貴方には、クラーシュ弾いて皆を驚かすとか、皆にダンスを教えるとか、色々やることがあるのよ」
「ええ……クラーシュ弾きたくない」
「我が儘言わないの、ほら」
アルスはプラグの手を引っ張って進んで行く。
するとペイトが苦笑した。
「クラーシュが嫌なら弦楽器は? どうせ弾けるんでしょ?」
するとリルカがにやりと笑った。
「そうそう、笑い以外は全部得意な、プラグ君!」
つん、と頰をつつかれて、プラグは赤くなった。
「恥ずかしい。さっきのは忘れて……」
アルスはぐいぐい引っ張るので、プラグは素直に階段を上っている。
「ほらほら、行くわよ」
「無理よ、面白かったもの!」
リルカが含み笑いをする。ダンスホールには音楽が鳴り響いていた。
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