第17話 模擬戦(旗取り)④
開始前、青組はお互いに腕の紐を結び合った。
……アラークは紐を持って、しばらく考えていた。
「いやまじ、プラグって凄ぇ……頭良いんだな」
「さすが首席だよな。俺、精霊の効果なんて覚えて無いし。いきなり相談って言われても、何も言えないって」
ジャソンとエイドが言い合っている。
この二人は青組の中で、ウォレス、エミールを抜けば上位にいる。
アラークがウォレスとエミール以外で選べと言われたら、迷わずこの二人にしただろう。
……と言うか、この組、そもそも上位が少ない。むしろ下位クラスが多いし、最下位のヨアヒムなんて、普通はお荷物だ。
……プラグは本当に考えたらしい。
「……」
アラークは手に持った青紐を見て、プラグを振り返った。
プラグは既に自分で頭の紐を結んでいて、今は左足の紐を結んでいる。右腕、左腕の紐はまだだ。
「おい」
「ん?」
プラグが顔を上げた。
「腕、結んでやる」
「ああ、助かる。じゃあ俺も結ぶから」
アラークは左右の二の腕に結んでやった。プラグもアラークの腕に結ぶ。
腕の紐は自分では結べないので、皆、それぞれ結び合っている。
「……勝つつもりで行くから、お前、あっさり死ぬなよ?」
アラークは言った。
なぜか、勝たせてやりたい、と言う気分になってしまった。
「分かった、頑張る……」
プラグの表情は微妙だ。
まあ、アドニスとシオウが来るかも、となったら、アラークでもこんな表情になるだろう。
アラークは溜息を吐いた。
「当分、同じ組だろうから、勝ちまくって、紐を取りまくって、点数を稼ぐ。でもな、集めた紐が集計に入るって言うなら、お前もせいぜい、沢山、狩って成績上げろ。俺は、お前が首席じゃなきゃ認めないからな。いいか、お前は、首席で卒業だ! 気合い入れろ! 気の抜けた顔すんな! 手伝ってやるから、堂々としろ! 手加減無しで、全力で戦え! 分かったか?」
――プラグは目を丸くして、しっかりと頷いた。
■ ■ ■
「では、結んだわね。各自、初めは自分達の旗の場所から始めるから、移動して。五分後に、この平たい鐘――銅鑼(どら)って言うんだけど――をユノさんが鳴らします。音の精霊結晶が仕込んであるので、遠くまで音が聞こえるわ」
リゼラがつり下げ型の薄い鐘を示して言った。四角い木枠に薄い鐘が吊してある物で、鐘に装飾は無いが、確かに銅鑼だ。銅鑼はこの辺りでは珍しいが、船に乗せてあったり、東寄りの国では使われていたりする。
打つのはユノがやるらしい。ポニーテイルを揺らし、バチの感触を確かめ、鳴らす気満々、と言う感じだ。
「初めはここからか」
アラークが言った。プラグ達、青組は玄関の前なので、低い位置にある旗の側にいる。
と、そこで追加の隊士達が見学に来た。
若い隊士達や、見た事のない事務方の隊士、年上の隊士、果ては厨房の料理人、宿舎の管理人達や、手伝いの婦人達、暇な教師陣もいる。精霊もいつの間にか増えていて、窓から顔を出していたり、観衆の防御役になったり、お茶を出したりしている。
「あ、候補生さん達も、休憩にお水が出ますので――飲みたい場合は取りに来て下さい」
「失格者はこの敷物の上に座って下さいー」
「敷物、もう少し後ろがいいんじゃない?」
精霊達も賑やかだ。普段、宿舎で見ない精霊もいる。懐かしい顔ぶれに楽しくなって来た。
リリがハンデをまとめた紙を貼った板を、精霊に渡した。
精霊は観衆の間を飛び回り、今回の規則を説明する。
「『コリント隊士、リゼラ隊士は精霊を使わない。キールさんは弓矢が使用可能。今、アルスとプラグが喧嘩してるので、青組のプラグが狙われるかも?』だそうです。プラグ君は銀髪の子で、アルスちゃんは赤い巻き毛の女の子です」
「二回、三回戦もできたらいですわね」
リリが言った。
ユノが頷く。
「時間的に二回までしょうかね? 反省会もありそうですし、楽しみです」
エミールが周囲を見回した。
「――って言うか増えてきた?」
「なんか多くないか?」
ウォレスが観衆を見て、微妙な顔をする。座学の教師達を含めざっと四、五十人はいるだろう。玄関の前に広がって並んでいて、その中には、厩舎のビルフ夫妻の姿もある。教師陣は『折角だから、一度、見ておこう』という感じらしい。昨日、バウル教授が誘われていた。
確かに、精霊騎士候補生の訓練を見る機会は中々ないだろう。
観衆が増えたので青組の旗は玄関のすぐ前から前庭の中央寄りに移された。
「えー、旗取りは、暇な精霊とか暇な人が見に来る場合があるから気にしないでね。こんなに多いのは、毎年初回だけだけど、皆気になってるのよ。普段お世話になってる人達だから楽しませてあげて。別の旗の近くに見学者がいる場合もあるけど、その場合は見学場所が決まっていて、必ず隊士か、防御の得意な精霊がいるから安心して。あ、もう精霊を出していいわ、私も行くから。ル・フィーラ!」
リゼラが言って去って行く。赤組のアドニス達も、緑組のシオウ達も各々持ち場に向かった。開始はそれぞれの旗の前からとなる。紐の色が違うので誰がどの組か分かりやすい。
「じゃあ、皆、精霊を出して」
プラグが言って、青組の全員が精霊を出した。支援女子も精霊を出す。
そこでプラグは『あ』と思った。
「――精霊も一緒に会議に参加した方が良かったな。できるなら、次はそうしよう、今回は仕方無い。皆、移動中に作戦を伝えて」
「わかった」
アラークが頷いた。
「円陣でも組むか?」
言ったのはエミールだった。
「円陣? 丸くなるやつ?」
プラグは戸惑いながら、言われたとおりに輪になった。
「隊長、何か言ってくれ」
と皆に言われて。
「――えっーと……、勝ちます?」
言ってみた。
するとアラークが「あー!」と声を上げた。
「気合いが足りねぇ! 俺がやるぞ? ――俺が絶対勝つぞって言ったら、おーって言え。お前等! 絶対勝つぞ! いくぞ!」
「おー!!」
「特にプラグ、手抜くなよ!」
「おーっ!!」
プラグも合わせて、やる気を出した。なるほど、掛け声は重要だ。
「なるほど、こうやるんだな」
「全くお前、アホっぽいんだかなんだか。応援が来るまで、頑張れよ」
「分かった。そっちも頑張って」
プラグは頷いた。
■ ■ ■
――そして銅鑼が大きく鳴った。
一度かと思ったら、リズムを付けて何回も叩かれる。ユノは音楽センスがあるようだ。
「――では、前半、始め!」
ユノの声が玄関前に響き、観衆が声を上げて拍手をする。
「よし、頑張ろう!」
プラグ達は気合いを入れた。
アラーク達を見送って、プラグは改めて旗を見た。
旗には鉄の丸い台座に立ててあって、長さは三十セリチ程度。
長さ三十セリチほどの木の棒に、三角の色布が付いている――ここの旗は青色。
短いので、旗を取るには屈む必要がある。
プラグは旗の左側に立った。
プラグの側には実体化した『ナダ=エルタ(水/削氷)』が浮いている。
プラグの、左右の二の腕と左右のふくらはぎ、頭には青色の紐がある。
紐の結び目は引きやすいように外側に向いている。頭の紐は後ろで蝶結びになっている。
武器は長剣と短剣。短剣は腰の後ろ。プレートケースは左側。
剣は実剣なので当たれば怪我をする。その為、『ナダ=エルタ(水/削氷)』と『盾』と『飛翔』は常に出したままだ。
『ナダ=エルタ(水/削氷)』のプレート、『盾』と『飛翔』プレートはプラグの左肩、手を伸ばして届く場所に浮いている。これはプラグの動きに合わせて勝手に邪魔にならない位置に移動する。プラグはもう少し左に寄せた。
旗から十メルトほど下がった場所に、救護所があって、救護所の横に観衆がいる。観衆の背後に宿舎の正面玄関がある。プラグの少し後ろに、やや赤みのある金髪を長い三つ編にした、薄茶色の瞳を持つ少女……サラがいる。身長はプラグより少し低い。
ちょうど風が吹いて、彼女の三つ編みが風に揺れた。
「あ、サラ、誰か来たら、危ないかもしれないから、もう少し下がってて。呼んだら来てくれる?」
「あ、うん」
「飛翔と、盾は常に出しておくように。何か飛んで来たら、精霊に守ってもらってね。精霊さんもよろしく。名前は?」
「アナ=アアヤです」
精霊が微笑んだ。
彼女の精霊は『アナ=アアヤ(風/風路)』――薄い桃色の髪で、背が低めの、とても可愛い精霊だ。髪は肩を過ぎる長さで真っ直ぐに切ってあり、左右の横髪がそれぞれ三つ編みになっていて、ピンクのリボンが揺れている。
白いドレスはスカートが膨らんだ物で、裾にいくにつれて薄いピンク色になり、裾では濃いピンク色に変化している。胸元や、袖の縁には繊細なレースがついている。衣装の特徴は腰の後ろで結んだ、長いリボンだろうか。羽は鳥の白い羽で、背中と、頭にある。羽の先も、やはりピンク色に染まっている。
彼女も懐かしいが、お互い、知らない振りをする。
プラグは微笑んだ。
「よろしくね。俺の精霊はナダ=エルタだけど、彼女は氷の精霊で、結構、攻撃の範囲が広い……ぐるっと輪っかに氷の刃が飛んでくるから、これはアナさんに防いでもらって、アナさんできる?」
支援女子達の担当は、適当に決めてもらったが、彼女達の精霊も考えたが方が良かった。
ただ、支援なので大きな問題はないだろう。
「はい、大丈夫です。お任せ下さい。他の攻撃も私なら反らせます。風の路(みち)が読めますから」
アナがふわりと微笑んだ。偶然だが、アナならできるだろう。風路の精霊は風を操るのがとても上手い。プラグは頷いた。
「支援の精霊も考えた方が良かったな。サラは危ないと思ったら盾か、飛翔で下がって避けて」
「わかったわ。プラグ君も、頑張ってね! 私は自分で避けるから」
サラが力強く言った。
「いきなり来るかな……? しばらく暇かも。ナダ、じゃあよろしく。前やったとおりに。いざという時、後ろは任せる」
「はい! 気負わず、頑張ります!」
ナダ=エルタが気負って頷いた。
後ろは任せる、というのはいざという時は滑り込んで、身を挺して庇って貰うということだ。
精霊は実剣で切られると、刺さるし切れるし手も取れるのだが、痛くないし出血もしない。
実体に刺さったと言う、軽い手応えの後に、そのまま抜けて、斬れたところは直ぐにふさがる。
つまり、一度プレートに入った精霊は『精霊剣』でなければ傷一つ付かないのだ。
要するに斬ってもすり抜けるのだが、ナダの場合は少し違って、氷が防御に向いていた。
プラグは羽を無くしたせいで、背中か側頭部に打撃を受けると悶絶して、不意打ちの場合は、ほぼ気絶する。弱点克服の訓練はナダも一緒にやり始めていて、成果は少しずつ現れているのだが、弱点には変わりない。
ナダは自分の体を氷のように硬くする事ができ、或いは自分の背中を氷で覆うこともできる。
そしてプラグの周囲に六角形の、氷の障壁を出現させる事も可能なので大抵の攻撃は受けられる。
障壁の強度については、気合いの入った一撃は通ってしまうこともある。
まだ練習中の所もあるが、盾と合わせればかなり防げる。
どの精霊もそうだが、皆、優れた能力を持っているのだ。
「試すつもりで、どんどんやっていこう」
その時、飛翔で着地し、砂利を踏む音がした。
現れたのは赤くて長い巻き髪の少女――アルスだった。
『ウル=アアヤ(風/掠風)』も実体化していて、アルスの左側にいる。
「アルス……?」
真っ先に来るとは。
来るだろうと思っていたが、思った以上に早かった。
アルスは眉をつり上げて、やる気だ。
アルスの左側には『盾』と『飛翔』の赤プレートが浮かんでいる。プレートは術者に絵柄が見えるように展開されるので、プラグからは絵や文字が見えないのだが、候補生は持っているプレートが少ないので『盾』と『飛翔』だと分かる。
アルスは長剣を抜いた。
「やっぱりここにいたわね。色々あったけど、とりあえず今は、正々堂々、勝負しましょう」
アルスは切っ先を真上に向け、刃もこちらに向けて構えた。
――良い構えをする。もう、長剣にも慣れて来たようだ。
「分かった。やろう」
プラグは切っ先を少し上げて、中段に構えた。
「ナダ、行くよ」
「はい!」
アルスを待ちながらプラグはナダに声をかけた。
「ウル!」
「――風よ!」
アルスは臆せずに突っ込んできた。この思い切りの良さは彼女の怖い所で、プラグは右に大きく避けた。いつの間にか、浮遊中の姿勢制御も着地もできるようになっている。足を地面に着けずに、風で浮き上がり、旗を手にして着地する、その瞬間、ナダ=エルタがアルスに向けて氷の刃を放った。
五本の氷をウルが風で防いだ所で、プラグは間合いを詰めて、アルスに足払いをかけて腰の旗を抜き取った。『飛翔』を使っているので五メルト程度は余裕で飛べる。
「よし、ありがとう」
わざと微笑んで元の場所に戻る。危ないので台座はナダに渡して、リリの所に届けてもらう。旗はベルトの左側に差す。これで自由に動ける。
ナダが攻撃したのは、旗が奪われたら相手を氷で攻撃するようにと言ってあったからだ。一応毎回、攻撃の広さは自由、と言う事になっているが、初回は五本と決めてあった。
これ以外にも、ナダは出来るときは好きに攻撃していいと言ってある。
プラグがナダに合わせる形なので、連続攻撃や、氷の範囲や大きさ、強度を強度を変えて、フェイントをかけても良いと伝えてある。実戦の機会と言う事で、色々試すように伝えてあるのだ。
精霊達がはっとして、観衆の前に進み出た。
「皆さん、もう少し下がって下さい――たぶん飛んで来ます!」
銅鑼の近くに、金髪おかっぱで、銀縁の眼鏡をかけた前髪が七三分けの精霊――『ターシェル=リンド(知恵/分析)』がいて、彼女は短い鉄の棒を持って何か話し始めた。
『えー、今回の解説はわたくし、分析の精霊、ターシェル=リンドが担当致します!』
棒きれの先に音の結晶があるのか、声が通常よりよく響いて驚いた。
どうやら解説役らしい。
服装は白いブラウスの上に紺色のベストとスカート、足元は紺のハイヒール。襟元に赤のリボン。羽は水色。相変わらずきっちりした印象だ。
『今の攻撃はナダ=エルタの氷の刃ですね。彼女は生まれてまだ二年の新精霊で削氷(さくひょう)、つまり氷の精霊です、生まれはセラ国、雪深いパラケラ山。縁あってこちらに来て、プラグさんの精霊になりました。対するアルスさんの精霊は――』
よそ見をしたのは一瞬だったが、伝わったのだろう。アルスが眉をつり上げた。
「――ッ! 貴方って、本当に腹が立つわ! 行くわよウル!」
アルスは今度は飛ばずに、切っ先を下げて走って来た。判断が正しいのも彼女の強いところだ。先程のように飛んでもプラグはかわせてしまう。
刃同士がぶつかり、高い音がする。
刃を合わせて分かったが、明らかに上手くなっている。力の乗り方が以前と全く違う。
「アルス、上手くなったな!」
驚いて嬉しくなった。
「ああもう、馬鹿力……ッ! 何でなのよ」
鍔競り合いにも上手く対応してくる。プラグは僅かに剣を滑らせ、中ほどに持って来た所で剣の平が上に来るように傾ける。すると突きの動きをして来たので――満足して、軽く剣を跳ね上げる。その時、アルスが崩れたところにナダが右側から氷を乱射してくれたので、そのまま左に一歩動いて、盾でアルスと自分に迫る氷を防ぎつつ、アルスのすぐ後ろに回って、頭の紐を勢いよく引っ張った。
「よし、取った!」
プラグは取った赤紐を掲げた。
「――ッえ」
アルスは自分の頭を触って、振り返った。
「ラウ、頼む。アルスは脱落!」
「あ……、えっ、はい!」
ラウが飛んで来て紐を受け取る。
「えーーッ! うそー!」
アルスが悔しそうな声を上げる。周囲がどっと歓声を上げた。
特に精霊達は黄色い声を上げて大はしゃぎだ。
プラグは思わず笑った。
「昨日はごめん。また、後で話そう!」
「もー!! もう。いいわ、分かったわよ。本当に! 貴方ってホント! もう」
アルスは怒ったまま、玄関左側、『脱落者』と書かれた敷物の上に移動して、膝を抱えてふてくされた。
憂いがなくなりすっきりしたプラグは、早く誰か来ないかなと思った。
次に来たのは、コリントとシオウ、イル=ナーダ(火/火矢)だった。
シオウの側には二枚、『飛翔』と『盾』の赤プレートが浮かんでいるが、コリントは何も無い。『飛翔』『盾』のプレートが隊服の袖か、どこかに仕込んであるのだ。
「!」
手強い相手が来た。プラグは剣を収めていなかったのでそのまま中段に構える。
しかし二人だけと言う事は、他は旗取りに行っているのだろうか。
二人とも剣を抜いたが、シオウは動かず、コリントが動いた。
次の瞬間にはプラグの剣とぶつかっていた。コリントの背後から、若干の弧を描き、五本の火矢が飛んでくる。背後と言っても、頭、左右の腕、と三方向に分けている。火矢を曲げる事と良い、シオウだからできる扱い方だ。火矢はナダの氷を溶かして、プラグが『盾』で作った霊力の障壁に当たり、肩、足、嫌な位置をめがけて来る。これは防げたが――コリントの力が強い。互いの表刃(相手を切る方の刃)が強く交差した状態で、プラグは眉を顰めた。コリントは力が強いのだが、当たりが軽い。狙いが別にある。コリントは剣を押し、プラグの左側から右側上に軽く斬り上げる。弧を描き二撃目につなげる。今度は右斜め下からプラグの右手を狙う。プラグは裏刃で弾いた。直ぐに突きが来る。
コリントの剣は力があり手数が多い。はっとするような巧みさで的確に狙ってくる。そのどれもが相手を斬る――殺すための動きだ。今の剣戟も当たれば右手が切れていた。
隙も少ないので崩しにくく、技巧だけで言えば、二十歳組にも引けを取らない。
しかも、プラグの紐を取る気でいる。
そこでシオウがプラグの右腕、青い紐に手を伸ばした。シオウと二人相手はさすがに分が悪い。
「ッ、ナダ!」
プラグは下がって、コリントから間合いを取り、ケースからプレートを取り出した。
「はい!」
ナダがプレートに入る。
精霊の判断より術者が操作した方が良い場合もある。
今回は弱点属性対策だ。水であれば火には強いのだが、ナダ=エルタは氷なのでシオウの火矢とは相性が良くない。氷の、火に対する耐久力は、一概には言えないのだが、シオウが操る火矢の火力は強く、一瞬で溶かされてしまうのだ。
コリントが舌打ちして、すぐ突きを繰り出した。
プラグは後ろに避けて、シオウの剣も屈んで避ける。
「ル・フィーラ!」
プラグは自分を中心にして、放射状に氷の刃を飛ばした。大きさは手の平程度にしてある。
一度、発動したプレートは手を離せば宙に浮くので、『ナダ=エルタ』は『飛翔』『盾』と共にプラグの側に浮かんでいる。
その時には、シオウがイル=ナーダのプレートを手に持って「ル・フィーラ!」と唱えていた。
シオウは今度は『火矢』――というには威力が強い火の鞭――弧を描くように動かし、飛び散った刃を一気に溶かす。
上手すぎる調整に今度はプラグが舌打ちする。氷は当てにくいように小さく、三十本出したのだが全て溶けて消滅した。
シオウはプレートから手を離して自分の側に浮かせた。
「こんな感じで、氷は強火で溶かしていくんで、気にせずどうぞ。俺も行きます」
「ああ、頼む!」
コリントが頷いて斬りかかってくる。コリントは素早いので、プラグは押されながらさばいていく。そして示し合わせていたようで、シオウが背後に回ろうとする。
プラグは立ち位置を変えながら、シオウの火矢をナダの、六花型の氷でガードしつつ、時折刃を出して攻撃し、旗を取られないように避けていく。
――が、さすがコリントは現役隊士だ。強い。身長は百六十セリチ後半なのだが、この年齢でこの力強さ、この技量というのは、相当鍛えたのだろう。コリントの剣をしっかり受ける事はしたくない。その隙にシオウが狙ってくるからだ。
力で言えばシオウも馬鹿力だ。精霊の孫の代は本当に強い。
左後方にいたシオウが急に左横に移動して、ふっと目を細め、プラグの耳元を狙った。シオウはプラグの視界の端に入っていたが、今、シオウに対応すると反対側のコリントに斬られる。
シオウの踏み込みに、プラグはコリントの剣を押しのけ、上に飛んで、二メルト間合いを取った。シオウが火矢と共に追って突っ込んでくる。コリントも体勢を変えて振り向き、一瞬で二人同時に斬り掛かってくる。プラグはシオウの火を『盾』の、霊力の障壁で防いで、シオウとコリント、それぞれに向け、かなり強度を上げた氷の棘を二本出して、カウンターを仕掛けた。コリントは首を振って躱すがそこは連続で発動させて退かせようとしたが、これは盾で防がれた。
■ ■ ■
――リリ・カトンはコリント、シオウ、プラグの戦いを外から見ていた。
リリは隊士だから目で追えるし、何が起こっているのか分かるのだが、観衆は「すげー」「早い」「あの子凄いね」くらいにしか見えていない。
飛翔を使っているので動きが速く、移動範囲が大きくて、慣れていないと、目で追うだけで精一杯なのだ。
突然、シオウが思いついた、と言う動きでプラグの耳元を突いた。コリントが逆側にいて、当たると思ったのだが、プラグは無数の氷の刃を生み出して、二人にカウンター攻撃を仕掛けた。コリントが首を振るだけで避ける(これは盾のプレートがある故のほぼ捨て身なので、この後コリントはプラグを攻撃するはずだ、なぜならシオウがいて攪乱してくれるからだ)。シオウはコリントと共に斬り掛かる、ように見えたが。シオウはプラグの背後を通って左側にずれて、プラグの左腕に手を伸ばした。シオウの手が青い紐かすめる。
リリは声を上げた。
「! 惜しい」
シオウの狙いは、プラグの左腕だったがプラグは寸前で気が付き、腕を引いて体の向きを変えた。
けれどシオウも、コリントも次の一秒には攻撃に切り替えている。
プラグは剣を振って、二人を離す。しかし今回はシオウが察知していて、プラグの正面に回って斬りつける。プラグは後ろに飛んで、先程の位置から右斜め後ろへ移動する。
そうすることでコリント、シオウが再び視界に入る。コリントが斬り掛かる。シオウは火矢を使って支援して、プラグはコリントの剣を受け、再び剣がしっかり重なった。しかしまた氷の刃で牽制される。コリントは今回、精霊が使えないので『盾』の霊力障壁で全て防いで、一瞬剣を上げ、再び下ろし、鍔ぜり合いに持ち込んだ。プラグとコリントの剣が重なると同時に、シオウがプラグに火矢を打つ。プラグが次の攻撃に移る前に、体勢を崩すつもりだろう。
これは盾で防がれ、プラグがコリントの右斜め後ろ、プラグから見れば左斜め前に大きく飛んで逃げた。飛翔を使って五メルトほど飛ぶ。
シオウが連続で火矢を打たないのは氷で防がれると分かっているからだろう。
今度はシオウとプラグの剣が重なる。プラグは切っ先で受けやや体勢不利。対するシオウの力は充分乗っている。隙を作るための長い押し合いだ。そこへコリントが背後から鋭い突きを仕掛ける。プラグは対応出来ないかと思いきや、ぱっと下がって空中に逃げてしまう。プラグの動きは軽やかだ。
……と、リリには分かるのだが。
観客は食い入るように見つめて――理解出来ないまま応援している。
空中でも隙が無い。プラグが逃げる先にコリントが飛び、空中で斬り掛かる。プラグが切っ先を振ると今度はそこから氷が飛ぶ、コリントは剣で弾いて、背後のシオウと同時に斬り込んだ。
普通なら当たるはずだが、プラグは『何かを触って』空中で動きを変えて、二人より早く着地し、体勢を整えた。プラグの旗は取られる気配が無い。
着地前、プラグが触れたのは空中に固定した氷の障壁だ。さらりとやっているが、一番難しい調整になる。氷のプレートでこれができてしまうと、上手く氷を出し続ければ、氷だけで空中や、水の上を歩ける。
リリは特訓で見ていたから知っていたが、コリントは初めて見るはずだ。プラグは、空中を歩くのはさすがに出来ない……らしいが凍らせる水があれば、短距離ならできると言っていた。
しかし、コリントも隊士。少し眉を顰めて再び斬り掛かる。
プラグの弱点は頭と背中。つまり、そこをずっと氷の障壁で守っていればいいのだが、ルネ様は『それは、いかにも弱点ですって分かるからやめた方がいい』と仰っていた。プラグも同意した。出しっ放しは霊力を消費するので、無駄でしかない。
氷の障壁は、霊力を消費するはずだが疲れた様子は無い。
(全く、どう見ても、人間じゃないですね……)
さすがにリリは、ルネの態度で気づいている。
――しかし、プラグはギリギリ人間であると言い張れる強さにしている。
シオウもコリントも強いので、二人相手は厳しいようで、段々、疲れて来ている。
二人は斬りながらも、旗や紐もどんどん狙い、プラグを休ませない。このまま行けば程なく捕まるだろう――と言いたいが……。
■ ■ ■
プラグは氷の障壁に軽く手で触れて、本来降りる場所から少し外れた位置に着地した。
シオウとコリントが舌打ちする。
プラグは一瞬、呼吸を整えた。しかし、シオウが直ぐに火を放って牽制してくる。
「俺、火を出しながら、ひたすら紐、狙っていくんで。お願いします」
「ああ!」
「あ、取れそうだったコリントさんもお願いします」
プラグが少し疲れて来たかも、と睨んでのシオウの提案だ。おそらくコリントとの連携を考えていたのだろう。
(さすがにきつい……!)
体力的には、まだ余裕があるのだが二人して狙われる。
シオウだけでもかなり大変なのに、コリントもいる。旗も、紐も守らなければならない。
思った以上に動きにくく、後半は接近戦よりプレートでごり押しの方がいいかもしれないと思った。
だが時間を稼ぐのも仕事だ。
ちらりと銅鑼の横に目をやるとあと『五分』。
――精霊が懐中時計を見ながら、時間が書かれた紙を手でめくっている。
「前半、あと五分です!」
リリが声を上げる。
今の所、二人以外の誰かが現れる気配は無い。
(誰も来ないのかな?)
赤組、緑組の作戦は分からないが、おそらくアドニス組は前半はこちらへ来ない気だろう。
となるとリゼラも自由に動けるし、このままでは作戦負けの可能が高い。
赤と緑は打ち合わせをしていないから、アドニスはシオウの動きが分からないなりに最適な作戦を選んだと言える。
シオウの動きは確かに、紐狙いに変わっている。もちろん宣言通りとは限らないが、プラグは仕掛けることにした。
――プラグは長剣を収め、背中の短剣を左手で抜いて、右手に持った。
プラグの短剣は片刃なので峰打ちがしやすい。手加減無しでいけるのだ。
プラグは玄関の方向に向いていて、コリントはプラグの正面、二メルト程度先にいる。
プラグは長剣の時より間合いを取っていて、間合いが変わったので戸惑っている。
シオウはプラグの右側やや後ろから、わざと上段斬りでかかり、たぶん紐を狙っている。プラグはまず、短剣を持たない左腕を上げて、シオウの腕を取ろうとしたがシオウは取らせない。おっ、と思ったら蹴りが来た。これは想定済みなので、その瞬間に飛んで避けられた。絶妙に間合いを外して、もう一度足払いが来そうなので、すぐに立ち位置を変える。
これは朝の手合わせでもやっている。やや遊びっぽい雰囲気もありシオウは口の端を上げた。
シオウがプラグの左腕を掴んで投げようとする。蹴りに対応した結果、上半身に隙ができてしまった。このまま左腕を掴まれるとプラグは地面に叩き付けられて――結果、紐を取られる。光景が目に浮かぶようだ。と言うかシオウに触れられるのはどこであっても不味い。シオウは投げ技が本当に上手くて、手合わせでもプラグはすぐ投げられてしまう。
『手詰まり』の予感がするのでやや身を低くして左横に飛んで、シオウから距離を取る。
その時にはコリントが真後ろにいて、プラグの、頭の紐を引こうとした。
「……わッ!」
プラグは慌てて、少ししゃがんで避ける。ついでに『盾』の霊力障壁を出したので剣も弾いた。手も弾かれ、それ以上届かなくなる。コリントが「あッ! くそ」と声を出した。今のは惜しかった。
だが丁度良く近づいてきてくれた。プラグは地面に手を突き、飛翔を使って、足元から勢いをつけてシオウの顔面に切っ先を向けて、突きをした。ほとんど突進に近い。
「くっ」
「ッ」
プラグは飛びかかり、めいっぱい左手を伸ばして、シオウの、右腕の紐を、引き下げるよう引っ張って取った。本当は頭が良かったが、こちら側からではシオウのサイドテイル邪魔で狙えない。しかも紐をサイドテイルの下を通して結んでいるので上から引き抜くことはできないし、とにかく邪魔だ。
「髪が邪魔だ! ずるい!」
「うるせぇ! くそ! おい、治療!」
ここで初めて治療が入って、ずっと立ちっぱなしだった、緑組のカール――赤毛で茶色目の細身の少年――が掛けよって腕を掴み「えっとル・フィーラ!」と言ってから紐を結び直し、三十秒を数え始めた。
利き腕とは言え、欠損の場合はそのまま戦っても良いはずなのだが、シオウは治療を選んだらしい。と言うかシオウは左手でも普通に戦える。
何か作戦がある――? しかし何も分からないので次はコリント。
プラグはもう動いていて「ずるい!」と言った時にはコリントに向かっていた。シオウに背を向けるリスクは大きいが、すぐ離れるし、実はコリント狙いだ。
コリントにぶつかる直前で、一メルトほどの氷の障壁と氷の刃を一気に出して、腰を掴んで押し倒す。勢いに任せた力押しだ。おまけでコリントが頭をぶたないように落下地点に盾の霊力障壁を出すが、コリントは自ら受け身を取って、狙い通りに、僅かに右肩を浮かせた。そこで頭の紐を取る。
「とった!」
「……ぁあっ!?」
コリントが声を上げた。
しかしその時、頭上に複数の影が降りた。
「マヌちゃん! 最大で」
ナイドの声が聞こえ、プラグはすぐに立ち上がった。宿舎の屋根、向こう側に緑組が潜んでいたのだ。マヌと共に飛翔で飛んでいる。コリントも弾かれたように駆けて離脱する。
どこへ逃げる、とぱっと見た時、サラが目に入る。彼女はちょうど真下にいる。
「サラ!」
プラグは飛翔で飛んで、サラを掴んで、飛翔の霊力を乗せて精霊のいる玄関方向へ投げ飛ばした。アナも隊士もいるので怪我はしない。たぶん。
『雷河』は空中から滝のごとく落とされて、観衆を越えた前庭に広がった。
プラグは更に飛ぼうとしたが、横幅も深さもあって、避けきれず。雷河に呑まれて感電した。
「――ぁ゛あ!」
感電の衝撃で動けなくなり、悶絶したが『あ、でもちょっと加減してある』と思った。意識が飛びかけたとき、何かが後ろからプラグの襟首を掴んだ。プラグはそのまま玄関方向へ斜めに投げ飛ばされた。
プラグを弾き飛ばしたのは豹型の雷獣に変化した『アンナータ=ヴィス』だと頭の片隅で分かったのだが、プラグは頭から落ちた。
地面に叩き付けられる、と思った瞬間、横から来た『何か』がプラグの体を攫った。
衝撃は来ず、代わりに見えたのは……青い髪。
「大丈夫か!」
「ウォレス」
噛まずに言えた。
プラグを抱き留めたのはウォレスだった。
ウォレスは華麗に着地し、横抱きにしたプラグを見下ろしている。
ビリーが雷獣に乗ってプラグを投げ飛ばし、ウォレスが迅雷でいち早く動き、受け止めてくれたのだ。
「良く頑張ったな! アラークは旗、取ったぜ!」
ウォレスの言葉にプラグは目を丸くした。
「……! ありがとう、ウォレス、ビリー! 助かった! アラークが取ったのか」
「ああ、凄く格好良かったぜ!」
笑顔で言うウォレスも――青い髪が風になびき、惚れるかと思うほど格好良い。
そちらの趣味はないので、慌てて足を下ろした。
しかし雷をまともに受けてしまったので、体が痺れている。威力は加減してあるようだがぐらついた。
「大丈夫か?」
ビリーも優しく支えてくれた。二人の優しさが心に染みる。
ビリーは焦げ茶色の短い髪に、同色の瞳を持つ、年の割に体格のしっかりした少年だ。
顔立ちは精悍な部類に入る。順位は二十六位だが、この辺りの実力は拮抗していて、皆、一定以上の強さはある。
「助かった……旗、取ったのか?」
プラグの言葉に、ウォレスが頷いて続ける。
そこでリリの「あと一分」と言う声が聞こえた。
「でもすぐ追われちゃって、今、逃げ回ってる! って、もうすぐ前半終わる!? つかあと一分!?」
「ってことはこれとあと一本か」
――と言ってベルトを見た瞬間、プラグはあっと声を上げた。
「旗が無い!」
プラグは焦った。
「やった、いただき!」
吹き飛ばされたとき、落としてしまった旗をナイドが掲げていた。
「ああ、しまった!」
プラグは思わず声を上げた。
ナイドは雷の河の中にいて近づけない。『雷』はどれも、プレート発動中は術者自身には効かないのでナイドが感電することは無い。旗を取ったので緑組が喜んでいる。全部シオウの作戦だったらしい。
シオウが遠くからナイドに「そのまましばらく粘れ! 前半終わるまで!」と言った。
ナイドが「りょーかいッス!」と頷く。
旗を奪われたプラグはキッと眉をつり上げた。
「ビリー、雷獣を貸してくれ。取り返す! まだいける!」
「えっ、あ、……わかった、アンナータ、プラグを手伝え!」
ビリーはよく分からないながらも雷獣に指示をした。
「俺を乗せて! 頭の紐を取る!」
ビリーは雷獣に乗ってきた――だから『雷獣に乗ってしまえば感電しない』と彼を見て理解した事にする。雷獣はプラグを乗せてナイドに向かって突進した。
ナイドがぎょっとする。
「ごめん、狡いかも!」
プラグはすれ違い様に頭の紐を取った。
「ああああ! うそだろ!」
あっさり紐を取られ、ナイドが丸い頭を抑えて叫ぶ。
「ついでに旗も取る! 旋回」
そしてそのままアンナータはとって返して、プラグは旗を奪って、離れた場所に着地した。
遠くから「えええ!? それ反則だろ!」と言う緑組の声が響いた。
プラグは振り向いて、苦笑した。
どのみち前半終了で仕切り直しの後、雷獣がいれば取り返せたから……良いと思う事にする。
「あはは……さあ、どうかな、今の、審議でお願いします! とりあえず頭の紐まではありじゃないかな?」
プラグは雷獣の上で言った。
「――審議中です! 終了まであと五秒! 四、三、二……」
ユノが言った。サラは無事だったようだ。目を白黒させているが、アナ=アアヤや精霊達にしっかり受け止められた様子だ。プラグは息を吐いた。
リズと『ターシェル=リンド(知恵/分析)』が、それぞれ両腕で大きな丸を作った。
「――有効!」
リリが言って、ユノがバチを振り上げる。
銅鑼の音が響いた。
「そこまで! 前半、終了ーッ!!」
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