第16話 無理せず五倍訓練?
『五倍訓練』
嫌な響きだ、とプラグは思った。
六月十五日。今日からついに鍛練も勉強も五倍になる。
リズが予定を組み直すからと言ってしばらく間が空いていた。
説明があるとかで、午後。がらんとした教室に集められたのは、プラグ、シオウ、アドニス、フィニー、アルス、ナージャ、そしてなんと青髪のウォレスの七人だった。
そのまま入った順に着席する。
ウォレスは少し遅れて入って来たのだが、彼を見てフィニーが首を傾げた。
「あれ? ウォレス?」
他の候補生達は飛翔駆けに出ていて、彼もそちらに行くと思っていたのだが……。
当のウォレスが一番、分からない、という戸惑った様子だ。
フィニーは首を傾げつつも「あ、ゴメン、呼ばれたの?」と尋ねた。
「うん、走ろうとしたら、なんかいきなり背後から肩叩かれて……スゲー恐かった……皆の気持ちが分かったよ」
ウォレスは肩を落とした。どうやらリズに呼ばれたらしい。
しかしウォレス。彼は結構な実力者で、意外に勉強もできて成績も悪くないのだが……いきなり五倍に呼ばれるとは。リズの事だからきっとろくでもない理由があるのだろうな、とプラグは考えた。
ウォレスは青髪、青目で、大きな瞳と、きりっとした眉、元気よく跳ねた髪を持つ感じのいい少年だ。元気が良いので『美少年』と言う雰囲気ではないが、顔立ちは良いので、数年もしたら好青年になるだろう。
元気がいい……と言えばゼラトもいるが、ゼラトとペイトは同じ上位でも呼ばれていない。ゼラトとウォレスはちょうど成績も同じくらいなのでこの人選は偏っていると言える。そう言えばナージャもいる。
と、そこでリズが入って来て、教壇に立った。
「よう、運のいい諸君!」
いきなりこれだ。プラグは大人しく説明を聞いた。
「えー、今日から五倍鍛練が始まる予定だったんだが――少々、問題が発生した為、変更になった」
リズの言葉には、一部で「はぁ」と言う素っ頓狂な声が上がった。
リズは拳を握って、教壇を叩いた。
「なんと、リーオの奴が『五倍は無理だ』と言いやがった! 非常識だと!!」
なるほどーと言う空気になる。
確かに、プラグとシオウは三倍鍛練をしているが結構きつい。その上宿題も三倍で、分量的にはもう精一杯だ。
……近頃は、宿題で休日返上も当たり前になっていた。
リズの暴走を止めてくれたリーオには感謝しかない。シオウが拳を握り「やったぜ、リーオ!」と呟いている。プラグも同じ心境なので二人は喜びを分かち合った。
「あと、この前のプラグ吊し上げの件があったからな。差別は程々にしろと言われちまった」
吊し上げ、と言う程でも無いが……確かに、このまま生徒ごとに二倍、三倍、五倍などの区別が続けば、またどこかで不満が出るに決まっている。おそらくリズはとても叱られたのだろう……。
「では、どうするかと言うと――鍛練は増えない。今後は集団戦、模擬戦、そのほか研修や、実戦訓練が入ってくるから、三倍は三倍のまま、二倍は二倍のまま。お前達はその訓練に参加する。つまり今やってる事は維持、で、他の奴等と一緒にも戦う、って事だな。これならできるだろ。むしろ模擬戦やその他訓練は参加必須だから、楽になるくらいだ」
プラグはなるほど、と頷いた。今まで通りの、訓練棟での弱点克服や、ルネとの稽古、他の隊士との手合わせはそのまま、集団戦にも出る。これなら何とかなる。
「で、余裕のあるやつは、自己申告で、二倍、三倍鍛練を受けられるようにする! これなら文句ねぇだろーッ!」
リズが教壇を激しく揺らした。
プラグは感心した。今までリズが独断と偏見で決めていたから不満が出たのだ。自己申告とは良い方法だ。
アドニス、フィニー、ウォレスからも「おおーっ!」と言う声が上がる。
「いけそうなら試しにやってみて、無理となったら、元に戻せる。って事だな。そうやって自分で挑戦して、上を目指していく、いやぁ――青春だなぁ」
リズが腕を組み、一人で頷いた。
プラグもうんうんと頷いた。まさしく青春だ。
「でも、やっぱり五倍って響きは捨てがたい、ってことで何が五倍になるかというと――勉強だな、やっぱし」
そこでリズが手を叩いて、「入ってくれ!」と大声で言った。
すると教室の扉が、リーオの手によって開けられ……ぞろぞろと、年齢、性別、体格もばらばらな人達が入って来た。不健康そうな若い男性、恰幅のいい中年男性、細い感じの貴族女性、髭を蓄えた老人、老女も含め、三十名程いた。
プラグは一目見て分かったのだが……この凄そうな方々は、おそらく。
「えー、こちらが、新しい教師の皆さんだ! えーっと……?」
リズが手元の紙を見て、読み上げる。
「精霊学、プレート学、ダンス、礼儀作法、芸術、医学、薬学、生物学、心理学、植物学、神話学、警護術、調査術、暗殺術、変装術、軍略、政治、経済、歴史、後は歌と詩吟、社交術、そして数学、建築学、地理、歴史――ん? 歴史はさっき言ったか? ああ、言語学。これで全部か? その道の権威をとにかく呼んだ! 教えるのが上手いって奴を集めたらしい」
――やはり、教師達だった。それにしても多い。
「で、まとめ役は、なんか凄ぇ爺さんに頼んだ。なんか凄ぇらしい。爺さんが教師達をまとめて、お前等に合ったカリキュラム? を組んでくれるって。良くワカラン」
まとめ役、と言われた老人は、良くある、黒い、丈の長い貴族服を着ているが……明らかに凄そうだ。身長は百六十セリチ程度。顎に二十セリチ程の白い髭を蓄えていて、首に眼鏡――おそらく老眼鏡――を提げている。体は細いが、いかにも学者……権威……と言った雰囲気だ。威圧感は無く、優しげな微笑みを浮かべている。
「一応紹介すると、名前はレイモンド・バウル・ゼ・ライン・アストラ。『老公爵』っつー専用の爵位がある。バウル公って呼び方が一般的か? 今は王室の教育係だそうだ。先代の国王にも、今の国王や王子にも教えたとか、後はなんか凄い経歴があるらしい。一応、王族の端っこ出身で、御年七十歳。見た目はぽっくり逝きそうだが、まだ若いし? 健康だ。あと十五年は生きそうだな。で、お前等が使ってる教本の何冊かを作った、代表者だとかなんとか。敬えよ!」
――バウル老公爵、バウル公、と言えば有名すぎる人物だ。
そう言えば教本の最終頁に肖像画が載っていた。
しかしそちらは二、三十歳頃の絵だったので今見ても気付かなかったのだ。
『老公爵』は『公爵』相当の爵位だが一代限りとなっている。そもそもが王族なので爵位なんてあっても無くてもどうでもいいのだ。感謝と尊敬を込めて、先代国王が授けたとか……。
プラグは、もう少しいい説明をした方が良いのでは無いか? と思ったがリズはまあリズなので仕方無い。
確か、一応、政治が専門で宰相も副宰相もこなし、思い立って各国を渡り歩いた後はまた国に戻り、ラヴェル大学で教鞭を執り……医師の証も裁判官の証もなんでも持っている。しかもそれが自国、他国問わず。証が歩いてくる、とかなんとか。その上、騎士としても強いらしい(当然のように剣術もできる)。さすがにもう騎士は引退していると思うが。画家、建築家、文筆家、翻訳家としても名を馳せ、災害があれば現地に飛んでいき、復興に尽力して凄い街を作ってしまう。首都にも各地にも彼の設計した建物があり、そう言えばコインの絵柄にもなっている。
……こういう人物がぱっとできてしまうのだから、『人間』というのは本当に恐ろしい。
神の設計ミスではないだろうか? 対する精霊達の、いかにのんびりでか弱い事か……戦おうと思わなくて本当に良かった。
ちなみになぜプラグがこんなに詳しいのかというと、彼はカルタ伯爵のラヴェル大学での恩師――と言うか名誉学長なのだ。伯爵はよく『恩師が』と言っていたが、その恩師の一人だ。確かに『今もご健在』と聞いていた。
「で、科目だが、お前達七人は、このレイモンド・バウル公……もうレモンちゃんでいいかな。レモンちゃんと面談して、授業内容を決めていく。苦手な科目とか、必要そうな科目を上手いこと調整して、あと十ヶ月で、必要最低限、教えてくれる? らしい、よくわかんねーが、まあ、お任せでいい」
レモンちゃんなんて呼んでいい人物では無いのだが。リズはリズだから仕方無い。
……リズはいつか不敬罪で投獄されるのではないだろうか。
『ご本人』は楽しげに微笑んでいる。
「で、他の候補生達は、自分が必要と思う科目を好きに取る。一応、希望の進路に合わせて、幾つかひな形を作ってくれるっていうから、それももうお任せだ。レモンちゃんじゃなかったら、バウル教授かバウル公って呼べ。うん。レモンも可愛いけどな――」
リズが残りの教師達を見る。
「で、うーん。一応、自己紹介、するか? せっかく集まったんだし……レモンちゃんから、名前と、専門分野? 何を教えるか、細かい経歴は長くなるからとりあえず無しで。順番によろしく」
そして自己紹介が始まった。名前と何を教えるかを軽く語っていく。まあ、よくぞ集めたな、と言う感じの顔ぶれで、異国人の教師もいる。
それにしても豪華なので不思議に思った。どう考えても、皆、忙しそうなのだが……。
自己紹介が終わった後、リズが不気味に笑った。
「ふっふふ、お前等は運がいい。とてもいい。特にシオウ。お前は、運が良かった!」
「……はへ?」
シオウが首を傾げる――リズが更にニコニコした。
「国王陛下が、ルルミリー=エルタ発見の報告を引くほど喜んでな! お前に褒美を出す、何がいいだろう、って大はしゃぎで言ったから、教師をくれと頼んだんだ、で、こうなった。自分で蒔いた種だ。きちんと刈り取れよ!」
「げ……うぇ……違うのが良かった……レガンの独立とか……もったいねー」
シオウが呻いた。
シオウは中々ふっかける。しかし確かに、独立は無理でも、言えば未来の領主の地位くらいは保障してもらえただろう。ルルミリー=エルタの発見はそのくらいの出来事だ。
しかしリズは中々上手い事を言ったと思う。一度の授業でとんでもない金額を取れそうな教師ばかりだが、謝礼はどうなっているのだろう……? まさかとは思うが……。
「ちなみにタダで雇ったから、感謝しろよ! 期間は卒業まで!」
プラグは、うわ。と思った。そんな気はしていたが。リズは目茶苦茶だ。
まあ国王直々の召集で、しかもバウル教授に会えるのだから、喜んで行きます、となったのかもしれない。
「以上、あ、何か質問はあるか?」
プラグは特に無かったが、ウォレスが「はいッ!」と元気よく、必死に手を挙げた。
後はナージャも何か言いたげだ。
「ウォレス」
当てられて、ウォレスが口を開く。
「あの、俺、なんでここに呼ばれたんです?」
「――あー。お前な。お前、自分で心当たりあるだろ」
リズはそう言った。
するとウォレスが微妙な顔をした。
「なんとなく……でもなー……俺、関係あります?」
「ある。大ありだ! プラグもヤバイが、お前もヤバい! 気がする。愛国教育もあるからな! 私の目に狂いはねぇ!」
「何なんだ?」
とシオウが珍しく首を傾げて呟いた。
するとリズが溜息を吐いて首を左右に振った。
「ざっくり説明するとなァ。こいつの兄貴は、平民出身だったが、なんだかんで近衛にいた。近衛でもまあまあ強い騎士だったんだが……七年前、良い所に婿に入って、今は結構な地位に収まっている。んな事がしょっちゅうあったら困るだろ。せっかく育てた人間が、あっさり、結婚しまーす! 僻地に移住します! だぞ? 愛国心どこ行った! 我が国第一を勉強しろ! せめて自国人と結婚しろ!」
リズの暴露に、ウォレスが溜息を吐いた。
……ウォレスにそんな事情があったとは。しかし兄の事なので、見事なとばっちりだ。
するとリズはプラグも、シオウもナージャも見た。
「お前等に言っておくが! 精霊騎士は、めちゃくちゃモテる! 特に『クロスティア』なんて言ったら、女も男も目の色変えて迫ってくる。恋愛目的! 金借りる目的! とりあえず仲良くしとこう目的! 嫌がらせ目的! うざいったらありゃしねー! とりあえず殴っときゃ収まるが、上手い躱し方も伝授する。その道のプロもいるからな」
確かに……いた。社交術の教師が、二人。
一人はいかにもな美女。もう一人の男性は、一見地味で教師に見えなかったが、一癖ありそうな感じは出ていた。確かに、ある層の女性には人気がありそうだ。
「じゃあ、教師陣はしばらく、薔薇の館かアプリアの屋敷に滞在する。で、生徒は薔薇の館で授業を受けたり、宿舎に呼んだりする。ってことで、まずは面談だな。じゃあレモンちゃん、後は任せた!」
そう言って、リズは笑いながら去って行った。
■ ■ ■
教師達は、リズと入れ違いで入って来たリーオに案内されて、薔薇の館を見学している。
残ったのはレモン……否、バウル教授だけだった。
バウル教授は、図書室を借りて順番に面談を始めた。ウォレスから始まって、プラグは最後になってしまった。
その間、黒髪、青灰色の瞳を持つ、若い男性隊士が教師の経歴書、今後の仮予定をくれた。
「ざっと目を通しておいて下さい」
――彼はシリング・アフラと名乗った。
黒髪は短く、真ん中分けにして、額を出している。年は二十歳でアプリアの同期だという。
涼しげな容貌だが冷たい感じは無い。しっとりと落ち着いた雰囲気の好青年だ。
彼は前線に出る事もあるが、主にリーオの補佐や近衛との連絡役をしているとか。
『六月』
個人訓練、並行して集団戦の訓練開始。まずは模擬戦(旗取り)。
『七月』
同じく模擬戦(魔霊想定、精霊剣、旗取り)。個別進路の決定と個別研修の開始。
できれば近衛との合同訓練開始。決闘(ゼラルート)の練習。
『八月』
戦闘クラスの希望者は夏の遠足(もちろん鍛練。某所で合同訓練)。
事務クラスはラハバ領に遠足(こちらは普通の遠足)。
『九月』
実戦訓練、実地研修。引き続き模擬戦。
近衛騎士団での捜査実習(一ヶ月予定、希望者はもう少し)。
『十月』
実戦訓練、模擬戦。普段通り。
『十一月』
普段通り(未定)。
『十二月』
普段通り(未定)。
『一月』
普段通り(未定)。
『二月』
最終試験の後、配属先決定。
――改めて見ると、まだ先は長い。
たまに『希望者』と書かれていたが、プラグ達はおそらく選べない。
シリングが微笑んだ。
「えーっと、今年は皆さんが優秀なので、日程がかなり前倒しになっています。その為、隊長は新しい教師をお願いする余裕があった、と仰っていました。例年は半年過ぎた辺りで礼儀作法、一般教養などが入る感じです。後半は全体の習熟度に合わせて変える予定です――では『進路希望』と書かれた紙を見て下さい」
プラグ達はシリングに言われて、進路希望の紙を見た。
「第一希望、第二希望、第三希望があります。ここにいる皆さんは、とりあえず第一希望は『精霊騎士』と書いて下さい。後は自由です。精霊騎士は例年は五名採用なので、第二希望、第三希望も記入お願いします。あ。『枠増加』については未定です。隊長の気分次第、一応検討中、と言ったところでしょうか。職業一覧は、この紙がそのまま食堂の掲示板に貼り出されるので、この中から選んで下さい。他の皆さんとまとめて、二十日の夕食で回収します。名前を書き忘れないように注意して下さい」
シリングが、進路が書かれた紙をアドニスとアルスの間に置いた。
紙はもう一枚ある。
「もう一枚の紙は、教科の希望です。皆さんはバウル教授が直接、面談で決定しますが……もし興味があって学びたい分野があったら、そちらも学べるので、記入をお願いします。こちらの一覧表も、後で掲示板に貼り出します。このくらいかな。何か質問は?」
プラグは手を挙げた。
「どうぞ」
「はい。教科は幾つまで取れるんですか?」
「自由ですが、一応、上限十までとなっています。礼儀作法やダンスは必修です。これも貼り出されます。ここにいる皆さんはおそらく、折角だからと一通り、最低一回は講義を受けると思います。後は教授と相談しても構いません。バウル教授はこの宿舎に滞在しますので。いつでも相談可能です」
「え。こちらに……?」
プラグは瞬きをした。この宿舎は、王族が滞在するには質素だ。
するとシリングが苦笑した。
「移動が大変だから……本舎でも遠いと。護衛も無しで、お風呂も食事も男子と一緒だそうです。部屋は一階二号室の女性達に、二階へ移動してもらう事になりました」
女子棟一号室はアプリアが来た時、既に女子棟二階に移動している。プラグは女子棟の二階を見た事は無いが、空きがあるのだろう。
部屋の引っ越しは前もあったことなので、問題は無さそうだ。
――そこでウォレスが図書室から戻って来た。
ウォレスは「緊張した……アプリア隊士がいた」と溜息を吐き「次、ナージャ」と言った。
ナージャは「……はい」と言って出て行った。
「そのくらいです。他の候補生にも、戻って来たら紙を配ります。後は――この紙を見て自由に相談してください。席を立っても良いです」
「一応、見るか」
シオウが溜息を吐いて言ったので、プラグも席を立った。フィニー、ナージャも席を立ち、シリングは戻ったばかりのウォレスに説明を始めた。
『就職先一覧――精霊騎士、近衛騎士団、領土騎士団(希望領土も記入)、プレート管理員、プレート研究員、クロスティア支援騎士、クロスティア救護員、クロスティア事務員、領土騎士事務員(希望領も記入)、巫女、その他希望があれば記入』
プラグは何だか近衛騎士団でもいい気がしてきた。第二は近衛、第三はいっそ巫女にしてしまおうかと思った。
「シオウはどうする?」
「こんなん、適当でいいだろ」
シオウが言った。
「俺は精霊騎士、やめてもいいかなって思えてきた……やめるなら今だ」
プラグは呟いた。何だか凄く面倒そうだ。
「じゃ、どこに行くんだ? もしやめられたらの話だけど」
シオウが尋ねてきたので「近衛か巫女かな」と言った。
「巫女かよ」
「もう何でもいい」
「まあ選べねぇからな。でも、巫女はやめとけ。研修があるかもしれないし。プレート管理員とかは?」
「あ。でもそれなら、領土騎士がいいかも。エスタード領とか、行ってみたい。シオウは?」
プラグは言った。その方が楽しそうだ。むしろ第一希望にしたいくらいだ。
「うーん。近衛は面倒そうだな。領土騎士、後はその他でレガン領主って書いとくか……」
シオウは書かなくてもいずれ領主になれると思うのだが、家もなくなった状態らしいので意思表示は必要だ。
「そうだな、あ、俺もカルタっていう手があった。ああでも、領主は大学が必要か。カルタの領土騎士ってなれるかな」
「無理じゃね? 勿体なさ過ぎ」
シオウが雑に言った。まあ、無理だろう。
「アドニスとアルスは?」
プラグは尋ねたのだが――二人とも、とても微妙な顔をしている。
「私達は、精霊騎士じゃなかったら、何にもなれないわ……王女一択よ」
アルスの言葉はもっともだ。彼女はがっくりと項垂れ、机にもたれた。
アドニスも同じ様子で頷いた。
「はぁ。ですね……王族って面倒です……一応、希望は何か書きましょうか」
アドニスが一覧を見る。アルスが頷いた。
「そうね……第二、第三希望が研修に関わるっていうのはありそうね……ああでも。近衛は、王族が何やってんの? って気分になるから無しで、巫女か領土騎士辺りがいいかも。エスタードね……私もそこにしとこうかしら。近いし……」
アルスが言った。
確かに、近衛騎士団は王族を守る為の騎士団だから、アルスが入ったら『王族が何をやっているんだ』となる。
と、そこでナージャが戻って来て、フィニーが出ていった。
「どうだった?」
とアルスがナージャに尋ねた。ナージャは瞬きを繰り返し、うろたえている。
「ええっと……なんだか……大変な事に……」
「そうなの……?」
「ええ……なんだか大変で……」
「うわー……そうなの? ナージャは何になりたい?」
アルスの言葉に、ナージャはしばらく反応しなかった。
「ナージャ?」
「――あっ、はい! いえ、何でした?」
「進路だけど……」
「……今は、考えられません……どうしよう……」
ナージャは深く項垂れ、とうとう机に突っ伏した。
「うわー、そうよね、ごめん……」
面談は大変らしい。プラグは教科の紙を見た。それにしても色々ある。
教師も良さそうだし、なんだか楽しくなって来た。
「教科か。結構あるな。十までか。どれを取ろうかな。全部取りたいんだけど」
プラグの言葉に「ふぇ?」と言うおかしな声が上がった。
フィニーとアドニスだ。アルス達もプラグを見ている。
「お前本気か?」
シオウに言われて、プラグは首を傾げた。
「え、だって、一年じゃそんなに大して覚えられないから……いっそ全部取ってしまって……先生も豪華だし、全部やろうか……と?」
皆の反応を見ていると、プラグは何か間違った事を言っているらしい。
「いやいやいや。そりゃ無い。さすがにやめとけ!」
シオウが言った。
「あ、そう……うん、そうだな? うん。やっぱり一つか二つにする。建築学と歴史、後は神話学、天文学と調査術かな。数学も気になる。でも入れてもらえるかもしれないから……それ次第か。言語学は何をやるんだろうな。詩吟も気になるし」
「プラグってやっぱり変なのね」
アルスが言った。
「そうかな、普通だと思うけど」
「そんな普通があってたまるか。普通さんに失礼だぞ」
シオウが呆れた。
するとアドニスが控え目に手を挙げた。
「あのー僕、いっつも思うんですけど、プラグ君って勉強は誰に教わったんですか? 前も少し聞きましたけど、もうちょっと詳しく」
アドニスの言葉に、プラグは少し考えた。
「カルタの伯爵と、あと伯爵が呼んだ教師達。後は、巫女達にも色々」
嘘は言っていない。伯爵は大学の知り合いを大勢呼んで、ストラヴェルでの過ごし方や、この時代の常識や、各種学問も教えてくれた。
教師の数は多く、ほとんど同窓会だった気がする。
「でも一番教わったのは巫女かな……本が色々あって、同期の子と一緒に勉強してた。あ、アメルの同期だけど。図書館も教会の近くにあったから」
「それだけで? 学校は行きましたか?」
アドニスの言葉にプラグは首を振った。
「ううん。昔はあまり外に出られなかったんだ」
プラグの言葉に皆が首を傾げた。
代表でアドニスが尋ねてきた。
「それはどうして……? 教会が厳しかったとかですか?」
「いや。実は子供の頃、動物に襲われて大怪我をして。そのせいで入院。その間に教会で色々教わったんだ」
「んんん?」
アドニスが首を傾げた。
「でも教会は元々、しっかり教えてくれたし。後はアメル――妹がよくできたから、一緒に勉強したり、訓練したり色々」
「はぁ……なるほど……?」
「カルタの巫女は厳しくて、皆、精霊剣くらいは使えたんだ。カルタには大きな熊とか、大きな鹿とか狼、危ない動物が多いから、短剣で戦ったりとかは当たり前で、妹と一緒に教わってた」
そこでナージャが顔を上げて「ああ、そう言えば弓も使えましたね」と言ったのでプラグは頷いた。
「巫女弓もついでに習った。これも妹に引っ張られて。他にも色々教えてくれた」
「……そうなの。……カルタって凄いのね……、それから少しして、カルタ家の養子に入ったの?」
アルスが言った。
――どうやら誤魔化しに協力してくれるらしい。プラグは頷いた。
「うん、俺は伯爵の家にお世話になって、それでそのまま。伯爵が凄く顔の広い人で、昔の知り合いが沢山来てくれたんだ。アルスは?」
するとアルスは苦笑した。
「私、実は、バウル先生にも教わっていたのよ。あと、知ってる先生がちらほら……礼儀作法のミッシャラ先生とか、十人くらいはお城の先生よ。なんだかすごく気まずいわ……」
「そうなんだ。アドニスは? かなり色々勉強してるけど……」
プラグはアドニスに尋ねた。
「いえ、君ほどでは無いと思いますよ……たぶんアルスちゃんと同じ感じですね。専属の教師が何人もいて、代わる代わる教わって、と言う。――でも確かに良い機会ですね。まさか、ストラヴェルの教師陣から、最高の授業を受けられるなんて……! 来て良かったです。それに、バウル教授と言ったら何といっても、あの素晴らしい教本を作った方ですし、騎士であり、精霊学者であり、医師でも建築家でも政治家でもあるんですから! 生ける伝説としてヒュリスでも有名ですよ! そんな凄い方に、まさかお会いできるなんて!」
アドニスが満面の笑みを浮かべた。
「本当、それは嬉しい」
プラグも頷いた。
やがてフィニーもぐったりして戻って来て、そのすぐ後、リーオが戻って来た。
面談は時間が掛かりそうだから、自分の番が終わったら各自、自主鍛練、手合わせでもしろと言われた。
プラグは最後なので結局、待つことになった。
■ ■ ■
「やっと終わったぜ、俺、先、鍛錬に行ってる」
シオウが言った。
ようやく順番が回ってきたので、プラグは図書室に移動して、ノックの後、返事を聞いて扉を開けた。
「失礼します」
聞いていた通り、図書室にはアプリアとバウル教授がいる。
バウル教授は真正面の机に座っていて、アプリアはバウル教授の斜め右に座っている。背後の窓だけ青いカーテンが引かれていた――逆光で眩しかったか、背中が暑かったのだろう。
アプリアの前には書類を綴じた、厚み五セリチ程度の冊子が三冊。候補生達の成績表かもれない。その中から、二枚がアプリアの前、一枚がバウル教授の前に置かれている。
……確かにこれは緊張する。
バウル教授が微笑んで、口を開いた。
「どうぞ、座って下さい。大変お待たせしましたね」
「いえ……失礼します」
プラグはバウルの正面の椅子に腰掛けた。
「――さて。はて……ふむ。残りの二枚を」
バウルはアプリアから紙を貰って、目を通した。やはり成績表のようで、びっしり書かれている。
「そうですね。貴方にも見せましょうか。今の所の、貴方の成績です」
と言って、見せられた。
一枚目はプラグの出身地、経歴から始まり、性格などが細かく書かれている。
ただし両親、誕生日、血液型など、不明、と書かれた項目も多かった。
『プラグ・カルタ』
男。カルタ領、カルタ本家養子。五男。
双子の妹(アメル・ドーゼ)がいる。
アメルはカルタでは有名な巫女。黒プレート浄化の祝詞『エル・エミド』を考えたスゲーやつ。別名、聖眼のアメル、熊殺しのアメル、井戸掘りのアメル、八つ裂きのアメルなど。アメルの評判は首都にも届いている。(ミリルが知ってた)しかしプラグ本人には特に目立った功績や噂無し。あまり人前に出ていないらしい。カルタ家の使用人達は『馬小屋の王子様』と呼んでいた。
『馬小屋の王子様』――このあだ名にプラグは苦笑した。
養子に入った後、プラグはファータを構ってしょっちゅう馬小屋で寝泊まりしていたのだが、それを見た使用人達が付けたのだろう。
性格は……『大人しく見えるがやべー事をすることがあるので注意。一周回って性格悪い気がする。基本は素直、根は良い奴? 少し精神が弱い? 訂正。そんな事なく、ぶりっこなだけ。手加減は無用、叩けるだけ叩いて伸ばせ』と書かれていた。
そして下の方に『訳あり・詳細不明・詮索無用・細かい事は気にするな。巫女の妹は可愛いので出入り自由。焼き鳥を預かり中』と書かれている。
……おそらく書いたのはリズだ。徐々に書き足されている感がある。
二枚目は実技の成績。裏面には現在追加で行っている訓練内容が書かれていた。そして実技の、月ごとの順位が書かれている。
三枚目は学課の成績、試験の点数など。こちらにも月ごとに順位が書いてある。
十二ヶ月分横に書けるようになっていて一年使う物らしい。
しかし、まだだった三ヶ月と少しで、これだけしっかり作ってあるとは。驚いた。
「どう思いますか? あ、気軽に答えて下さいね」
「……どう……? 結構しっかり書いてあるなと」
ねちっこいリズの事だから、全員このくらい書いてあるのだろう。
するとバウルが微笑んだ。
「ええ、私も見て驚きました。この成績表はリズメドル隊長が考案し、アプリアさんとリーオさんが形を作ったそうですよ。貴方の他には、シオウさんにも見て頂きました」
「シオウにも?」
「ええ。そうしたら、ふぅん、と言っていました。あれはやる気ですね」
バウルが苦笑する。
プラグも苦笑した。シオウらしい。
「貴方は今の所、実技も学科も一番を取っていますが。これからも取れると思いますか?」
尋ねられて、プラグは少し考えた。
「いえ。難しいと思います」
「おや。それは何故でしょう?」
「――」
プラグはどう答えた物かと考えてしまった。
「理由はありますか?」
とバウルに小首を傾げて、可愛らしく……尋ねられた。
「いえ、皆、優秀なので。きっとどこかで追い抜かれると思います。半年後にはシオウの方が強くなっているかもしれないし、アルスやアドニスが頑張るかもしれない。後は、新しい教科が入って混乱するかも」
実際は、人の振りをする以上どこかで制限をして、手加減しないといけないから……なのだが……。
するとバウル教授が声を上げて笑った。
「はっはっはっ。なるほど、今年は本当に、珍しい年ですね。では――これも、廃棄でいいですかな?」
「はい」
アプリアが頷いたのを見て、バウル教授は、びりっ、と音を立てて、実技と学科の紙を破いた。
「えっ」
縦に破り、横に破り。綺麗に四つに裂かれてしまった。
「破かれたのはどうしてか分かりますか? 答えて頂けますか?」
プラグは混乱しつつも……。
「……分かりませんが……可能性として、もう決まりとか。いやまさか……落ちた、の方かな」
と答えた。
バウル教授はまた笑った。
「決まりの方ですね。後は己を見つめて、このまま精進し、精霊騎士にふさわしいと皆が認めたら、貴方は精霊騎士になれます。ちなみにシオウさんも、同じく破りました。驚いていましたよ」
シオウは戻ってきた時いつも通りだったが、プラグと同じように驚いたのだろう。
しかしプラグは早計だと思った。
「でもまだ六月ですよ? さすがに、少し早いのでは?」
「いいえ。資質というのは、変わらない物です。特に精霊騎士になるには、揺るぎない才が必要です。後は貴方次第。ここはどうでしょう? 楽しいですか?」
「……楽しいですが、たった今、難しいなと思いました」
プラグは少し、眉尻を下げた。
「ふむ。貴方は控え目な方のようだ。お幾つですか?」
「十四歳です」
すると笑われた。
「ずいぶんとお若い――それはさておき――教科はどうしましょう。王女様から、やりたい科目が多いと聞きましたが?」
「アルスが?」
「ええ、王女様とは、ちょっとした縁があり、勉強を教えていたので、人となりは分かっています。代わりに皆さんの話を伺いました」
「そうなんですね」
プラグは相槌を打った。
「ええ、シオウさんは冷たく見えるけどとても優しい子、プラグさんは、優しくて良い子だけど、ちょっと難しい子、と仰っていましたね。貴方は王女様の事をどう思いますか?」
「……どう、とは?」
「好きか、嫌いか? でしょうか」
「……どちらとも言えないです。彼女はちょっと難しい」
「おや。同じ言葉を借りましたね」
バウル教授の言葉に、プラグは頷いて、首をひねった。
「彼女の事は、よく分からなくて。でもそこまで嫌いでは無いです。……不思議な人だな、って思います」
「ほう。なるほど。ふむふむ。興味深い。――そうだ、科目についてですが。これでもかと言う程、色々ありますが。一つ、足りないもの、あえて足さなかった物があります。それが何か分かりますか?」
「……」
プラグはあるとすれば、と思った。
しかしあまり答えたくない。
「お分かりでしょうか? 当てずっぽうで、外れでも構いませんから、答えて頂きたいのですが……駄目でしょうか?」
「……何となく、分かるような気がするんですけど……あんまり言いたくないような気がして」
「お気になさらず。無理に勧めませんから。安心して下さい」
「…………帝王学ですか?」
「おお。当たりです。どうして分かりましたか?」
バウル教授が微笑んで言った。
「……ナージャが動揺していたので。後はウォレスの兄の話を何となく、聞いた事があったので……青髪の騎士が、ギービフという、北の島国の王様になったという」
「なるほど。どうです、やってみますか?」
プラグはすぐに首を振った。
「必要ありません」
「おや……それはどうしてでしょう。精霊騎士はモテますよ? それこそ、どこかの姫や貴族に見初められて、貴族や王族の仲間入り、と言う話は良く聞きます。普通は隊士になった後に覚えるそうですが……今年は折角なので、教えておこうとなりまして。国によって、教える事は違いますから、楽しいと思いますが?」
プラグは首を振った。
「ふむ、では……変えましょう。やって下さいますか?」
それでもプラグは首を振る。
バウル教授が苦笑する。
「これは不思議な物でしてね、首を振る方には教えた方がいいのです。まあ、教養の一つとして入れておきます。皆さんも一緒ですので、ご安心を。後は、そうですね、一通り全部入れておきましょうか。もちろん全て一年で、とは言いません。隊士になった後も、希望があれば皆さんに声をかけてみましょう。ああ、破いてしまいましたが、成績はまた付けていくので。気にせずに、頑張って下さい。――ぜひとも、皆が見惚れるような、立派な騎士になってください」
■ ■ ■
部屋に戻った後、プラグは少々、元気を無くしてしまった。
精霊騎士になるとは、つまりそう言う可能性もあるのだ。
そんなのある訳ない、と言えばそれまでだが。『国』に取り込まれたら厄介だ。
「どうしたのプラグ?」
するとアルスが話しかけて来た。
彼女は自分のベッドに腰掛けて、今後の予定と進路希望の紙を眺めていた。
シオウはもう書いてしまったらしく紙は机の上に放置して、ベッドに寝転んでいた。
プラグは何も持たずに、ベッドの足側に座っている。
プラグは振り返ってアルスを見た。
アルスはのんびりと髪を櫛で梳いていた。訓練時は結んでいるので、訓練後、整える姿を良く見る。髪を大切にしているようだ。
「いや……アルスはバウル教授と知り合いって言ったけど、面談はどうだった?」
「私? 私は教授とわりと親しいから、面談と言うか雑談だったわ。やりたい科目はある? って聞かれたから、私も全部って答えておいたわ。ちょっとずつならやれそうだもの」
プラグの話を聞いて、彼女も『折角教師がいるのだから』と思ったのだろう。
そして、アルスがふと顔を上げた。
「そういえば、フィニーは元から入っていたけど……実は、ナージャを推薦したのは、アドニスなのよ」
アルスのとっておきの話題だったようだが、プラグは、そんな気がしていたので頷いた。
「……そんな気はしてた。事前に聞かれたんだ?」
プラグの言葉に、アルスは苦笑ぎみに頷いた。
「ええ。アドニスと、あと私はね。昨日、隊長に声かけられて、こんな感じで五倍鍛練は勉強だけ増えるけど、五倍に入れたい奴はいるかって。貴方達とフィニー以外で一人だけって言われて、ウォレスを推薦したんだけど、彼は予定に入ってる、って聞いて驚いたわ。帝王学ですものね……滅多な人は推薦できないわ。ウォレスを抜いてあと一人、って言われたけど、とりあえず無しで良いって言ったわ。だったら皆で良い、って言いたくなったもの。隊長は隊士になったら一応、皆、教わるって仰っていたけどね」
するとシオウが首を傾げた。
「なあ、それって何やるんだ? テキトーに本、読んどきゃいいんじゃね?」
シオウの言葉にアルスが頷いた。
「そうなのよ。響きは凄いけど、実際はあんまり大した事はないと言うか……心構え、って感じで。説明とか、過去の資料とかの読み込みね。あとは政治とか、軍略とかもちょっとだけ。でも今回は軍略と別になっているから、やっぱり心構えじゃないかしら。シオウはレガンで教わったの?」
するとシオウは起き上がって、ベッドの縁に腰掛けてアルスを見て、首を振った。
「いや。それが全く違う物というか。レガンを出た後一応、ってことで、こっちのも聞いたけど、全然違って大笑いした。レガンの帝王学、基本の三大原則は『邪魔者は殺せ』『臣下の意見には耳を貸すな』『師は必要ない』だからな。真逆すぎて、もうおかしいったらありゃしねぇ。腹がよじれるかと思ったぜ……!」
シオウは思い出したのか、腹と口元を押さえて笑っている。
アルスもつられて笑った。
「それは確かに、笑うかも。本当に真逆じゃない?」
帝王学というのは、国によって違うが、だいたい統治の心構えを説く物で『臣下の意見に耳を傾けろ』とよく言われる。
「そうそう。だからレガン流で行くから必要ないって言った。まあ一応聞いとけって言われたけどな。お前は? 何か辛気臭い顔してるけどさ。嫌だったんだろ」
シオウに言われて、プラグは頷いた。
「そういうの嫌いで」
「あー、だと思った。まあ趣味の一つだと思って聞きゃ良いだろ。寝てても良いし」
プラグの左側でシオウが苦笑する。
右側でアルスも頷いた。
「そうよ。先生達、プラグには、期待してるのよ。どこかのお姫様と結婚してなんか凄い事をしてほしい、みたいな? あわよくば宰相にとか。そんなの無理よね。適当でいいのよ適当で。どうせ一年なんだから、そんなに深くは勉強できないだろうし」
アルスが気軽に言った。
「確かにそうかも」
プラグは頷いた。左右から話しかけられるので、首が忙しい。
「そうそう。ま、てきとーにやって、てきとーに、俺に負けて二番で入れ。お前が一番取ると良いこと無いぞ。代わりに俺が取ってやるからさ」
シオウの言葉に、プラグは何と言えば良いのか分からなかった。感謝すれば良いのか、いや頑張る、と言えばいいのか。反応に困る。
「そもそもお前なんで精霊騎士になりたいんだ。意味分かんねぇんだけど?」
シオウが、プラグが皆に聞いている事を聞いてきた。
「シオウは?」
「それだけどよ。お前しょっちゅう、皆に聞いてるだろ。何でだ?」
「何でって……気になるから?」
「はぁ。つまり答えを探していると。ほんっと、アホッぽいって言うか、遠回りなやつだなー」
シオウが立ち上がって近づいて、プラグの頭をぽんぽんと叩いた。
プラグはまた少し困ってしまった。確かにそうだ。ぽんぽん叩かれながらアルスを見た。
「背が縮むからやめてくれ。――アルスは……? どうして王女なのに精霊騎士になりたいんだ?」
するとアルスが笑った。
「格好いいし、憧れだもの。後はそうね――楽しそうじゃない? お城から走ってる隊士達とか、候補生達とかちょっと見えるのよね。任務は大変だろうけど……あとは」
アルスは少しうつむいて、顔を上げた。
「私らしいかな、って思ったのよね。なんとなく」
その後「まあ、そもそも、なれるか分からないんだけど」と言って笑った。
「でも、なれなくても、後悔しないわ。楽しかったもの。ってまだ四ヶ月なのよねぇ。もうずっと一緒にいたみたい。部屋が一緒だからかしら」
するとシオウが快活に笑った。
「それな。たまに俺も、あれ、もう十年くらい経ったか? って思う。隊士になってもこんな感じなら、まあ、いいんじゃねぇ? 青春って事で」
「青春……」
プラグは思い出してみた。生まれてこの方、青春という時代はあったか、何をしていたかと……。
それがさっぱり思い出せなかった。幼いと言われるときは、うつらうつら、寝ている間に、一瞬で終わった気がする。ずっと寝ていたかもしれない。
それは人間で言えば赤ん坊、くらいだろうから、……その後、精霊達と共にラ=サミルに色々教わっていた頃がプラグの青春なのかもしれない。あんなきつい青春はいやだ、と思いかけて思い直す。それこそが青春なのだろうと……。
あちらの青春に比べれば、今の所、まだ余裕がある。少なくとも、毎日睡眠が取れるのだ。たまに宿題が終わらず、徹夜になりかけるが、その程度だ。
そう言えば、似たような時期は他にもあり……プラグは青春とは『学ぶ事』では無いか、という真理? を見つけた。
となると今は三度目の青春。さすがに青春が多い気がして、プラグは口を開いた。
「え。でも、隊士になりたいです。って言って、理由聞かれて『青春がしたかったら』ってさすがにそれはちょっと……駄目じゃないか?」
真面目に目指している人間もいるのだ。アルスもきっと王女らしい何かを持っていると思うし。シオウだって、そこそこ真面目に目指しているはずだ。
するとシオウが「有りだと思うけどな」と言った後。少し考えてくれた。
「じゃあお前もう『この国が好きだから』って適当に言っとけ。通りがいいし」
シオウの言葉に、アルスは首を振った。
「私は正直に、決まってませんけど、頑張りたいです、で良いと思うわ。でもプラグ、何か理由があるんでしょう? だったら少し笑って『それは内緒です』って言えば皆、コロッと騙されるわよ。一度やってみたら?」
それはいいかも、とプラグは思った。
「そうだな、やってみるか……」
「採用ね。あ、そうだ。悩むくらいなら、先生に相談に行けば? バウル先生、そういうのしっかり聞いてくれるわよ。今からでも」
するとシオウが眉を顰めた。
「もう夜だぞ。年寄りだし寝てるだろ」
「そうかしら? お風呂前だし――まあそうね。明日とか。食堂で、ご相談がありますって言えば? でも本当に、皆と一緒なの? 凄いというか、まあ、変わった方よね……」
アルスが言っているのは宿舎の事だ。普通やらない。
アルスは笑って、ベッドの縁で、少し身を乗り出して続けた。大きな瞳が綺羅綺羅していて、楽しげだ。
「――皆がね、プラグはどうして精霊騎士になりたいんだろう、って気にしていたわ。この前、うっかり殴っちゃった後、反省しながら。きっと壮大でなんかすごい理由に違い無いって。これでただの『青春がしたかったから』だったらきっと、大爆笑よ。一回言ってみたら?」
「んー……機会があれば……」
「すぱっと言っちまえばいいのに。すぱっと。教えろー」
シオウがプラグを揺らしながら言った。
どうやら二人はプラグをからかって遊んでいるらしい。
アルスもついにプラグのベッドに乗ってきて、頭を撫でたり、頰を引っ張ったりしてきた。
「このこのー。秘密ばっかりなんだから。さっきちょっと冷やっとしたわ。嘘つきなんだから」
「ああ、アメルの」
アルスが言ったのはアドニスに聞かれた時のことだ。
「あれって嘘でしょう? アメルちゃんはもういないもの……」
「うん、確かに」
プラグは一旦、曖昧な同意で流したが、もう少し話そうと思って口を開く――前に、シオウが睨みながら顔を近づけた。
「実際どうなんだ? たぶん凄ぇ理由だろうって思ってるけどさ?」
「……そうだな。凄く壮大で、凄く格好いい理由かもしれない」
プラグは苦笑した。『この世界の滅亡を止めるため』とは中々壮大だ。
するとアルスが、プラグの右頰を軽くつまんで引っ張った。
「それって、もしかして、隊長は知ってるの? なんかー、仲良しよね? ちょっと羨ましいわ。えい」
「イタイ。知ってるというか、知ってるけど」
「なんだそうなのか。ふうん。お、伸びる」
シオウがプラグの左頰を引っ張った。少々、気に入らない様子だ。左右から引っ張られ、さすがにプラグは二人を止めた。
「あ。そだ。お前、アルスもだけど。もし精霊騎士になれなかったら、レガンに来いよ。そしたら家来か、領土騎士として雇ってやる。んで、テキトーに、部族まとめて、レガン復活、その後プラグは目的に向かって邁進。アルスは自由を満喫。でいいんじゃね。もうこれ第二希望にしとけよ。第二希望、レガンで領土騎士、第三希望はシオウ様の家臣になるって」
シオウの案は、とても良いものに思えた。
「じゃあそうしようかな。うん、そうする。よろしくな」
プラグは決めて微笑んだ。レガンで領土騎士として暮らす。
実現可能な明るい未来に、少し元気が出た。
「えっ、プラグ、いいのそれで?」
「うん、そうする。アルスはどうする?」
「え、えー……そうね……どうしようかしら……」
アルスは口をへの字に曲げ、しばらく考えた。唸って唸って。
「分かったわ! 私もレガンに行く! でも、一年か二年が精一杯よ」
と言った。
まさかアルスが行くとは思わなくて、プラグは驚いた。
シオウは「おおおっ」と声を上げた。
「よっし、決まりだな! ――二年もありゃ十分だ――いやぁ、家来ができて嬉しいぜ。よしでは二人とも、紙に書け。気が変わらんうちに、ささっと、ほら」
シオウが紙と万年筆を持ってきた。
「――そうね、もう書いちゃいましょう。どうせ第一希望しか通らないんだし。いいわ。第二希望、王女、第三希望、聖女じゃつまらないもの。もう、暗い人生はうんざりよ。私はいっぱい遊びたいの。第三希望は? エスタード領?」
プラグは頷いた。
「うん。それで。そこの領主とは、少し知り合いというか縁があるというか……駄目だったら来ていいよって言われてる」
「まあそうなの? それなら安心ね。じゃあ、第一希望――精霊騎士、第二希望――領土騎士(レガン)、第三希望は領土騎士(エスタード)と……」
アルスはさらりと書いてしまった。
プラグも同じ内容を書いた。これで一緒にいられるだろう。
まあプラグは精霊騎士になりたいのだが……もう皆でレガンでも良い気がしてきた。むしろシオウが一緒なら、その方が動きやすいかもしれない。
(そう言えば……)
プラグが、精霊騎士になりたい。そう思ったのは、大広間に入ってきたリズを見た時だった気がする。颯爽としていて、格好いいなと思ったのだ。あと制服のデザインが良かった。
それまでは勧められたから、目的に適うし、じゃあそうしようという感じだったのだ。
(なんて微妙な理由だ……)
(これくらいなら言ってもいいかな?)
「……実は……」
プラグは正直に、制服が良かったらなりたいと思ったと言ってみた。
「リズが格好良く着こなしてて、ああいいな、って思った気がする。だってハイヒール。騎士団なのに。だから楽しそうかな、って思ったんだ」
するとアルスは笑って『あなたらしい』と言った。
■ ■ ■
「つかさ。お前さ。忘れてるけど、論文あるんだぞ? そんな、進路とか、理由とか言ってる場合じゃなくね?」
シオウの言葉に、プラグは我に返った。
「――そうだった」
「あ。これだな。分かった。お前、あれだ。悩んだときは目の前の問題、思い出せ。そしたらやる気が出るんだな、なんだそんな事か」
シオウは言って、自分のベッドに戻って布団に入った。
「心配して損した。……俺が心配。変な事もあるもんだ……寝る。灯り消せよ」
「ああそうだな。ル・レーナ」
プラグは灯りを消したが、アルスが「ちょっといきなり消さないで!」と言った。その後何か派手に落とす音が聞こえた。紙と、万年筆、他にも何か落ちたらしい。
「ああ、ごめん何が落ちた? ――あっ!?」
プラグも紙を飛ばしてしまった。落ちた場所は分かる。慌ててベッドから降りた。
「えっと紙と――本、どこかしら? そっちに転がったわよ、灯りを――ル」
「うわっ」
拾おうとしていたプラグは、アルスのどこかに派手につまずいてしまった。数歩つんのめって、思いっきり転んでアルスのベッドに手を突こうとして、見事に失敗して転んだ。そしてベッドの縁で頭を強打した。ぐぎゃ、と言う悲鳴が下から聞こえた。
プラグは悶絶し、強くぶつけた頭を押さえた。
「いった……ぶった……!」
「おっ、ちょこちょいなんだから……! 重いッ」
「重い?」
手を動かすと、なんと手の下にアルスの顔らしき物があった。どうなっているのだろう。
「えっ、大丈夫……? ル・フィーラ」
プラグは灯りを点けた。
するとプラグはアルスの鳩尾に、見事に膝を乗せていた。アルスは仰向けになって、ベッドに並行に転んでいるので、頭を押さえつけて乗っかり、全体重をかける格好だ。
「ああっごめん!?」
プラグはアルスから退いた。
「あなた私に恨みでもあるの……?」
「ごめんっ大丈夫!?」
プラグは大慌ててアルスを起こして無事を確認する。押さえつけてしまった顔も大丈夫か確認して、髪と寝間着も整えた。
そう言えばむぎゅという体が潰れる感触があった。
プラグはアルスの頭を撫でて、痛み取りのおまじないをした。
「ああッ、痛かったよな!? よしよし、ごめんな、ラノ・レイナス・アール、大丈夫か?」
アルスの肩を両手で支えて、手を突いてしまった顔を確認する。一体どう言う倒れ方をしたら仰向けになるのだろう。
するとアルスから、変な声が上がった。
ふぇ、とか、はぇ、とか。そんな感じの声だった。
どこか痛いのか、吐きそうなのかと思ってぎょっとする。
「大丈夫、吐く……!?」
プラグは背をさすろうとしたが、アルスが固まった。
すみれ色の瞳から、涙がせり上がり――、一瞬で決壊した。
「ふぁ、ぁあああああ――」
プラグはぎょっとした。そして青ざめた。
泣かせてしまった。
アルスは大粒の涙をこぼして、結構大きな声を上げて泣いている。
「えッ!? ご、ごめんっ本当にごめん!! あああ…………」
「――おい、何やってんだ……!?」
シオウの声にプラグは振り返った。シオウは起き上がっていて、こちらを見て焦っている。
「ぎゅってふんじゃって……!」
「そんなの分かる! とにかく宥めろ、大丈夫か、王女」
「ごめん、大丈夫? しっかり、よしよし」
抱きしめて頭を撫でたが、しかしアルスは更に泣いた。
わぁーーと泣きじゃくっている。
「や、やばい、火が付いた! んなアホな!?」
シオウが言った。
「火!? 何だそれ!?」
「うわ馬鹿か! 早く泣き止ませろ」
「アルス、しっかり、傷は浅いぞ!」
「それじゃない、ああもう、――落ち着け、泣くかこいつが!?」
「ごめん、踏んじゃって、もう踏まないから……! 痛かったんだよな……!」
シオウも側に近づいて、膝をついて「どうすりゃいいんだ!? 痛くない、痛くないぞ!」と言った。
すると――扉がノックされた。それも何回も。
「ヤベ!」
シオウが慌てて走り、扉を開けた。
「どうした、泣き声が聞こえたけど」
隣室のマシルだった。
「いや、なんでもない……! プラグの馬鹿が、アルスを蹴飛ばして」
「言い方!」
プラグは思わず突っ込んだ。
「蹴飛ばした!? ハァ、喧嘩?」
「いや、事故、たぶん、体を思いっきり踏んづけて……アイツ、どうやったら泣き止むんだ?」
「エッなんでそうなったんだよ……ええ……アプリアさん呼ぶ?」
「いや、もうちょっと落ち着かせよう……つか、アルスがまさか泣くか?」
シオウが言った。プラグはその間も宥めているが、アルスは泣き止まない。
「どれだけ強く踏んだんだよ……ひでぇ、入って良いか?」
「ああ、もう何でも、泣き止ませてくれ……」
シオウがげんなりと言った。
マシルはアルスの前に膝を突いた。
「――アルスちゃん大丈夫? どうしたの?」
「……ッわかんないわ!」
「いや踏まれたから、痛かったんだろう?」
マシルが言った。プラグはどうして良いか分からず、あちこち見るばかりだ。
「そう、かも……ぎゅうって踏まれた……」
アルスが頷いた。
「それだ、そうだそれだ。プラグ、とりあえずハンカチかなんか」
「あ、うん……えっと、えっと……あった」
プラグはベッド下の籠からタオルを取り出して渡した。
「ごめんアルス……」
「いえ、いいわ……ちょっと、びっくりしたの……踏まれたの初めてで」
アルスはタオルで涙を拭った。
「そりゃそうだろうよ……床で寝てたのか?」
マシルが言った。
「……ちがうわ、一緒に転んだの。馬鹿みたいよね」
――と言ってアルスが少し笑った。涙は収まったらしい。顔が真っ赤だ。
プラグはほっとして、マシルに礼を言った。
「ありがとう、良かった……助かった……」
「いや、まあな、俺、妹がいるから」
マシルの言葉に、プラグはそう言えば自分も妹がいた、と思って衝撃を受けた。
アメルは恐がりだが滅多に泣かない。感動する事はあっても……。
余程の事がない限り……。
――プラグはまた青ざめた。
「ごめん、アルス……」
「いいわ、そんな深刻にならないで……、ちょっと、顔を洗ってくるわ……頭、冷やしてくる……」
アルスはふらりと立ち上がって、部屋を出てしまった。
■ ■ ■
部屋を出たアルスは、ふらふらと階段を下りて一階に来た。
凄く痛かった。あの踏み方は普通に酷い。
一体どう倒れたらああなるのか。顔には平手打ちの勢いで手を突かれて、鼻がもげるかと思った。
でも、その後、よしよしされて、なぜか嵐のような感情がわき上がって、泣いてしまった。
そして、ちょっと昔の悪いアルスが顔を出した――。
『わたし、おうじょなのよ』という高飛車なアルスだ。
プラグに対して癇癪を起こしそうになって……。
恥ずかしくてアルスはまた真っ赤になった。
(嘘でしょ、あんな嫌な私とは、決別したはずなのに!)
四歳、五歳くらいまで、アルスは手の付けられない乱暴者だった。
カタリベの劇を見たとき、あれは稀な例外だ。劇のショックで大人しくなっていたのだ。
……まだ子供だったのだ。仕方無いとは言え、恥ずかし過ぎて思い出したくない。
(ああもう、何てこと……!)
アルスは嘆いた。母の死をきっかけに、アルスは今までの我が儘ぶりを後悔し、変わろうと決意した。
母には甘え過ぎていて、我が儘しか言わなかった。
あれがほしいこれがほしい。これはいや、あれはいや。母は本当にもの静かで、優しくて、何も言わない人だったので、アルスは自分の意見をはっきり言う事は良い事だと思っていたけれど。周りは迷惑していただろう。
――もしかしたら、父がカタリベの劇を見せたのは荒療治だったのかもしれない。
かなり効果はあったと思う。少し大人しくなったのだから。
その後しばらくして、セラ国に行って……やはりアルスは我が儘だった。
あれがしたいこれがしたい。あれはいやだこれは嫌い。ドレスのリボンが気に入らないから、鋏で切って付け直させたり、礼拝で見た女性のブローチが欲しいと言って侍女を困らせたり。ブローチは実際に手に入ってしまって、母が青ざめて返したり。かと思えば遊びたいと言って部屋を飛び出して、木登りや虫取りをしていた。
今では年相応だったと思うのだが。それにしても恥ずかしい。
母の死を目の当たりにして、アルスは後悔した。
アルスが我が儘を言って困らせた侍女達も……皆、死んでしまったのだ。
我が儘と言っても……本当に可愛い物だったけれど……今のアルスとしては納得がいかない。
セラ国にはアルスの楽しい思い出、恥ずかしい思い出、悲しい思い出を全部置いて来て、心機一転、いい王女になったのだ。
アルスには優しいところもあって、そこは上手く伸ばしつつ、ひたすら頑張って、良い感じに成長できたと思っていた。勉強はできるし、優しいし。評判も上々。まさに完璧。国の誇り。アルスも自分に自信を持っていた。どこへ出ても、どこへ嫁いでも恥ずかしくない王女だと。
(でもまさか、何も悪くないプラグに我が儘をぶつけそうになるなんて……)
アラークの一件は、アルスにとっても衝撃だった。
もしかしたらプラグが標的になるかも、くらいに思っていたのだが、本当にそうなるとは……。プラグとは仲良しだと思う。よく話すし、一緒にいて一番楽しい。まだ女子とあまり親しくないから、と言うのもある。プラグはよく分からないが『アメル』とは親友になりたい。仲良くしたい。プラグはアメルと言う事実はさておき……アルスは『自分だけはあの子に優しくしよう』と思っていたのに、我が儘アルスが邪魔をした。プラグに対して、ああしてほしい、こうしてほしいと言い出したのだ。このままでは不味い。
アルスは困ったあげく、『先生』の部屋を尋ねた。
「先生~……!」
「おや!? どうしました」
「ちょっと話を聞いて下さい~!」
『バウル先生』はすぐ察してくれた。
バウル先生は出国前もいて、穏やかな『じいじ』にアルスは良く懐いていた。彼は王族、つまり親戚だし、アルスは祖父母の思い出が無いので、本当の祖父のように思っていた。
そのせいもあってか、この国に戻ってからは嫌な事があるといつも泣きついていたのだ。
バウルはアルスの目茶苦茶な希望を笑わず、こうしたらできる、ああしたらできる、先生を呼びましょう、と言ってくれた。セラ国でレイピアとサーベルを続けられたのもバウルの計らいだ。父は女の子だからもう少し控えろ――程々でいい、もう止めろ、と言っていたのだ。
その度にバウルが『まあまあ、女の子ですから、もう少ししたら飽きますよ』『あちらの道を走ってはどうでしょうか? 私もついていますし』などと言って宥めてくれたのだ。
本当に大好きだ。
バウルは笑って部屋に入れてくれた。
「どうぞ、どうぞ。いや懐かしい。お入りなさい。変わっていませんな」
「すみません……もうこれっきりにします……」
これっきり、を言うのは五回目くらいだと思う。
「ははは、どうぞ、座って、今度は何がありましたか」
――アルスは椅子に腰掛けて、事の顛末を説明した。
シオウ、プラグ、アルスで楽しく進路相談していたら、灯りを早く消しすぎて、プラグがアルスに躓いて(と言うか踏まれた)滑って、うっかり転んで、思いっきりアルスを膝で踏んづけて、顔には平手打ちかという強さで手を突かれて、鼻がもげそうになり、鳩尾には見事な膝蹴りが入った。
そんな事をしておきながら、プラグは痛み取りのおまじないをした。
それに腹が立ったのか、思いっきり泣いてしまった。痛かったのもある。
「よしよし、ってそんな……なんかもう、どうしたらいいの? 一応王女相手に、あんな変な子だとは思わなかったわ……もう! 私も何で、仰向けになったのかしら……! ベッドの下の物を取ったんだけど、手が届かなかったのよ」
万年筆はプラグのベッドの、真ん中より奥にあった。上品な取り方では届かない。その為、アルスは思い切って、仰向けに寝転んで手を伸ばしたのだ。まさかプラグが躓くとは思わずに。うつ伏せならまだましだった。うつ伏せにならなかった理由は体勢で、あの体勢からだと、仰向けの方が楽だったのだ。実はアルスにはずぼらな一面がある。これも良くないアルスだった。焦らず声をかけ、灯りを点けてシオウに拾って貰えば良かった気がする。プラグが転ばなければだが。
その後は驚いて、大泣きしてしまうし、恥ずかしいやら悔しいやらだ。アルスは自分でも自分の事を優しいと思うのだが……若干気の強いところがある。お姉さん気質というか。長女気質というか?
すると思いっきり笑われた。
「はははは! いや、面白い。そんな事があるのですね……! レガンで一緒に、領土騎士! 王女に躓いて膝蹴り! いったいどうしてそんな事に」
「笑ってないで、何か解決策を出して下さい……そのまま出て来てしまって、気まずいんです……」
アルスは言いながら、溜息を吐いた。
バウルはしばらく考え口を開いた。
「そうですなぁ……、まあ、『ごめんね、痛くてびっくりしたの』と言って『中々いい一撃だったわよ、いえ、二撃かしら』とでも言っておけば大丈夫でしょう」
「それはちょっと……まあ、素直に謝るしかないわね……」
アルスは肩を落とした。
「しかし、仲良しなのですね」
バウルの言葉にアルスは微笑んだ。
「そうよ。とっても仲良しなの。シオウは面白いし、プラグも面白いし。一緒にいて楽しいの」
「ほう。二人とも面白いのですね」
「ええ、凄く面白いわ」
「――どちらかが好きとか?」
「もう、そんな訳無いわ! 流石に無いわよ」
アルスは苦笑した。
「シオウは人間に興味がないし、プラグはいずれ精霊と結婚するんだから!」
アルスの言葉に、バウルは吹き出した。
「ふっ、ぶふっ、ははは! そうなのですか……?」
「ええそうよ。シオウって、きっとあんまり人間に興味がない人なのよ。だいたい、ぼーっとしてるんだけど。誰かを好きになるなんて想像できない。あんなカラッからに涸れた男の子もきっと珍しいわ。優しいんだけどね。下々の者に優しくしてやろう、みたいな? きっと王様気質なのよ。プラグの事は気に入ってるみたいだから、何かと目をかけてるけど、たぶん将来の家臣としてね。側近かしら……?」
「……ほう、プラグさんは?」
「プラグはね。精霊達ととっても仲がいいの。だからそのうち、精霊の誰かと結婚すると思うの。そうしたら、美男美女みたいなお似合い夫婦ができると思うの。プラグって、本当に、たまに、この子、精霊なのかしら? って思う程、純粋で清らかなのよ。ちょっと気弱でか弱くて、打たれ弱いとこもあるから、人間の女の子よりも、優しい精霊が合っているんじゃないかしら? 森で精霊とデートなんて素敵よね」
アルスはうっとりと言った。これはずっと誰かに言いたかったのだが、話す相手がいなかったのだ。どの精霊がプラグに合うか、今考えているところで、第一候補はラ=ヴィアだが、ナダ=エルタやニア=エルタも良いかもしれない。
バウルが更に笑い、口を押さえて、腹を抱えた。
「ははは、ひひ、はー! ……そ、そうですか、なるほどー」
「ああすっきりした。ねえ先生、私、ここに来てから、百回はどっちが好きなの? って聞かれたわ。もううんざり。お父様にも言っておいて。プラグは精霊が大好き、たぶんプラグを好きな精霊もいっぱいいる、シオウは女性に興味がない。あ、だからって、男の子が好きって事も無いはずよ……さすがにね」
アルスは苦笑した。
父――国王はアルスを心配して、兄の視察にこっそりついて来ていた。大人しくしていたが、歩き方に癖があるので、あと護衛が付いていたので、明らかにあれだと分かってしまった。
「ええ、そうですね、楽しそうで何よりです。しかし、泣いてしまうとは珍しい」
「そうなのよ……久々に泣いたわ……涙腺決壊、ってやつ? たぶんね、プラグに踏まれたからだと思うの」
アルスの言葉に、バウルがまた吹き出した。
「そう、ですな!」
「でしょう? 私プラグの事は、正直、体重が無い物だと思ってたのよ。現実感が無いって言うか。おとぎ話の主人公みたいな? 精霊の血が入ってるのかもしれないって。シオウもそんな感じあるんだけどね、プラグはもっと凄いの。色々と内緒なんだけどね。何だか、きっと何でもできるんだろうな、って思っていたから。体重があった事に驚いたの。え、ちゃんと男の子だったの? って。本当は女の子じゃ無いかって本気で疑ってたもの……、あ、着替えは覗いてないわよ?」
アルスはバウルに続けた。
「……みんながプラグに厳しくて、こうしろああしろって言うけど、プラグはそういうの嫌だと思うのよ。のんびりゆったり、自由気ままにあちこち行きたい人なのよ。だからあんまり、苛めちゃ駄目よ? 今日だって、なんか結構、落ち込んでたもの……」
そこでアルスは、少しうつむいた。
アルスはプラグと同室で、気になる事が一つある。
「たまにね、うなされてるのよ。孤児だって言うし……色々大変なんだと思うわ。でも、たまにふっと期待に応えてくれることがあるから、私達は、こっそり励ましながら、のんびりゆったり、待てば良いのよ。あ、あと! これは言いたいわ」
アルスは拳を握った。これは絶対に言わなくてはならない。
「プラグって、人見知りするところがあるから。いかにも権威です、みたいな感じで接すると、心を開いてくれないわ。もっとざっくばらんに、リズ隊長みたいな感じで、一緒になって遊んで、転げ回るくらいが丁度良いの。隊長は凄い人よ。あんな凄い人見たこと無い。色々な意味でね。そういうことだから、バウル先生も、もっと気楽にプラグとお話ししてあげて。ちょっと見てて、プラグが可愛そうだもの。だって五倍に論文よ? この前何もしてないのに殴られてたし! 意味分からない! 飛び抜けて強いし、えっ、ってくらい、頭の良い子だけど、中身は精霊みたいに清らかで純粋、これ宿題に出ます!」
言いたい事は言ったので、アルスは立ち上がった。
「じゃあそう言う訳で……失礼しました……あー、何しに来たんだか……こんな時間に、お邪魔しました……でも、きっと、先生とプラグ、仲良くなれると思います。警戒心が強い猫だと思って、気長にね。あ。レモンちゃんって呼ばれるくらいが丁度良いのかも。隊長ってセンス良いわ……プラグの事、よろしくお願いします。仲良くなれば、最高に面白くて、とってもいい子なんですよ」
頭を下げるアルスに、バウルは笑って頷いた。
「ええ、そうしましょう。また気楽にお話ししてみます」
バウルの言葉に、アルスは微笑んで部屋を出た。
■ ■ ■
「ハァ!? あり得ない! こんな薄いカーテン一枚! もっとちゃんとしてると思ってた! お前等馬鹿か!? 相手は王女! しかもお年頃! 超絶な美少女! スタイル抜群! ありえねー!! ちょっと反省しろ! どんだけ気遣わせてんだよ! そりゃちょっとの事でも泣くわ! うっわ、この国マジかよ! 王女だぞ!? 中に個室があると思ってた!!」
アルスが出て行った後、プラグとシオウはマシルに正座をさせられ、説教をされていた。
「俺、妹いるけどさ! 妹がこんな扱いされたらぶち切れるわ! は!? 男と同室!? 本人の希望だとしても、鍵無し!? ありえねー! どうぞ食べてって言ってる!? ありえねー! イジメかよ! 明日、隊長に言って何とかしてもらえ! つか部屋移ってもらえよ。この国の大事な第一王女様だぞ!? ハァ!? 何かあったらどうすんだよ! お前等、これ、俺達も同罪で全員死刑だぞ!」
ちなみに、部屋には数名の男子がいる。
他にもなんだなんだと、男子達が入り口に集まって覗いている。
部屋に入った男子達は青いカーテンをめくり。
「うわ……うっそ。こんなんだったのか……薄い……」
「え……お前等正気か? ちゃんとついてる?」
「確かにこれは酷い……」
「俺が女なら一日で心折れるってこれは」
「それな。王女様の精神力ヤベェ、マジ惚れそうだわ」
等と言い合っている。
シオウとプラグは、ひたすら反省するしか無い。
「あー、この部屋には、一応、結構、厳しい決まりがあってだな……」
とシオウが言ったが、ぶーぶーと言われただけだった。
マシルが溜息を吐く。
「とにかく、何か起こる前で良かった……やれやれ、ここって本当目茶苦茶だな、そう言えば、あの噂。お前等が本当は騎士で、王女の護衛だっていうの本当か?」
「え?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも目を丸くした。
マシルが頭を押さえた。
「あー、そうだよな……うん。てことは、王女がどっちかと付き合ってるってのは?」
「は?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも瞬きをした。
マシルはうろんな目をした。
「あー。じゃあどっちかが王女の許嫁とか、婚約者だって言うのは? 片方はその家臣だって言うのは?」
「はぁ?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも呆気にとられた。
「うっわ、まじか」「えええ……そんなことある!?」「意識すらしてないのかよ」
「まじで? 何も無し?」「こいつらおかしい……」「強さと引き替えに男を捨てたのか?」
「いや性別すら超越した何かなのか!?」「やっぱりそうか」「つか精霊かよ!?」
マシルは深い溜息を吐いた。
「お前等は男の風上にも置けねぇ……! ったく。今日から、アルスにはアプリアさんの部屋かどっか女子部屋で寝てもらえ……! 仲良いのは分かるけどさ! 節度を持て!」
「マシル、良い奴!」「よく言った!」
「おめー見直した!」「俺もずっとそう思ってた!」
「マシル!」「マシル!」「最高!」「マシル!」
男子達が手を叩き囃し立てる。
ちょうどそこにアルスが戻って来た。
「ただいま、どうしたの集まって……?」
マシルはアルスに声を掛けた。
「あ! ちょっとさー、この部屋、初めて見たけど、こりゃ無いわ! お前、一応王女様なんだからさ、せめて部屋区切って鍵、つけるとかさ、部屋を移るとかしろよ。ちゃんとしないと国王陛下が泣くって。何かあってからじゃ遅いんだぞ! 今日みたいに、コイツがうっかり転んでキスでもしたら全員絞首刑になるって」
マシルはプラグを親指で指さした。
「あー、その話ね。でももう慣れちゃったわ。カーテン無しでも良いくらいよ」
アルスは自分のベッドに腰掛けた。
「やべ……王女やべ」「アルスって地味にすげーよな……」
「どんな神経してるんだ……」「鋼鉄でできてるのか……?」
プラグはさすがに、これは駄目だったと思って口を開いた。
「アルス、今までゴメン……君が良いって言うから、何も考えていなかった……」
周囲の男達はまじか、と呟いている。
「リズに頼んで、闇の精霊結晶でカーテンの向こうを隠して貰うとか、壁を作ってもらうか考える。無理そうだったら悪いけど部屋を移ってくれないか?」
「え。うーん……折角慣れて来たのに……勿体ないわ……どうしようかしら……前もその話あったじゃない? その時はプラグが一年、経験だと思ってやってみよう、って言ってくれたのよね」
プラグは頷いた。確かに言った。
アルスが微笑んだ。
「あれ結構嬉しかったのよね。だから我が儘だと思って聞いてくれる? あ、でも、確かに仕切りができたら便利かも。でも部屋が狭くなるから区切りは無しで、プレートで何とか出来ないか聞いてみて。プラグはできると思うの?」
「たぶん。できると思う」
プラグは頷いた。
「じゃあそれでいいじゃないの。解決ね。泣いて疲れたから寝るわ。思いっきり踏まれてすごく痛かったのよ。皆、おやすみ、心配してくれてありがとね」
アルスはあくびをしながら手を振って、カーテンを閉めた。
「灯り消すわよー、退出命令。さーん、にー、いち」
と言う声が聞こえ、男子達が慌てて外に出た。
「アルスは凄い……」
「プラグも寝て。あ、教授にもっと優しくして、って頼んでおいたから。気軽にレモンちゃんって呼んでみて」
プラグは首を傾げたが、知り合いだと言っていたし、気安いのだろうか――?
「わかった、また話してみる……とりあえず寝る……」
プラグは布団に入った。シオウは素直に布団の中だ。
正直、二人ともアルスには逆らえないので心配は無用なのだ。
(これは一緒に過ごさないと分からないか……)
「おやすみなさい。ル・レーナ」
アルスの一声で、あっさりと灯りが消えた。
〈おわり〉
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